友達と遊んだ帰り道、彼は家路を急いでいた。
いつもより少し遅くなってしまい、両親に迷惑が掛かると思ったからだ。


精一杯駆け、家の扉に辿り着く。

開けて、靴を脱いで、同時に「ただいま」を言って。


短い廊下を歩く、角を左に曲がる、リビングにその小さな足を踏み入れる。
そこには母親が待っていて「おかえり」と笑顔で迎えてくれて、少しすれば父親が帰ってくるはずで、










――― 目の前に死体がふたつ、転がっていた。










ソファの上に座っているのは女性の身体。
首が半分ほど千切れ、そこから外気に晒され錆びついて固まった血が大量に流れた形跡がある。
胸は何度も刃物で突き刺した跡があり、服は赤黒く染まっていた。

これで生きてたら人間じゃない。

右腕、だらりと弛緩。
左腕は肘から先がずたずた。皮膚はほとんど残っておらず、筋肉と骨が直に見える。
両の足は投げ出されるように広がり、そこも流れた血の色。

顔は原形を留めているが、目が開いていた。
どうしようもなく濁っていて、生気はなくて、恐怖に彩られていた。

床には血の他、ばっさり切られた髪の毛が無造作に散らばっている。
何故生命活動に関係のない髪を切ったのか、そんなことわかるわけがない。



もうひとつは地面に、仰向けに倒れている。
脇腹が掻っ捌いてあり、小腸だか何だか…………内臓がはみ出ている。
左足が僅か離れた場所へ飛んでいて、それだけを見ると限りなくグロテスクな人形の一部品のよう。

他は別に何ともなかった。
ただ、顔が正視できる状態でない。
原型も面影も留めておらず、どこが口でどこが鼻かもわからない。





彼の、母親と父親だったモノ。





まだ彼は子供だった。小学生だった。
よくわからなかった。でも怖かった。
身体が震えて、膝が笑って、腰が落ちて、歯がかちかちと音を立てて、


床に付いた手が、何かに触れた。ぶにぶにとした、柔らかい何か。















眼球だった。















―――――― そこで、意識が途切れる。






























事件は新聞、ニュースなどあらゆるメディアで発表された。
それを彼が知ったのは翌日の昼のこと。多少誇張表現があったりもしたが、報道されている事実は大して違わない。

思い出すと、震えが来た。
脳裏に浮かぶ光景。真っ赤な部屋、人間だったかも怪しいくらいに壊された母親と父親。
触れても動かなくて、気持ち悪くて、吐きそうになって、眩暈がした。
酷い悪夢と思いたいあの記憶の中の場面はどうしようもない現実で、認めたくなくとも認めざるを得ないモノ。


幼いながらもしっかりとした思考は、全てを受け入れた。
もう何も帰ってこない。今まで在ったモノはことごとくが崩れ、奪われ、二度と戻らないのだと。

…………理解してみると、妙に落ち着いている自分がいることに彼は気づいた。
これから為すべきことは、目指すべきことは、明瞭。





恨もう。自分を孤独にした、何もかもを破壊した、その元凶を。
探し出し、見つけ出し、苦しみを、痛みを、死ぬまで味あわせよう。


彼は立つ。


ただひとつ、復讐のために。この心の傷を、少しでも小さくするために。





――― 物語の始まりは、それから九年後。