言葉は静かに流れ出た。 伝えるために、届いてくる音。 俺は耳を傾ける。 単語のひとつも聞き逃さないように。 しっかりと、己の心に刻むために。 知らなかったことを、今から知ろう。 一歩も退かず。 真っ直ぐ前を向いて。 受け止めよう。できる限り。 know-3 はじまりはいつかわからないけれど。 気づけば"私"という人格はあった。"ディス"というカタチがあった。 おそらく、この世界ができてから。 此方から彼方までに存在がありふれるようになって、故に私が生まれたのだと思う。 必ず存在は終わりを迎える。それは決定事項。 ならば、終わったモノは何処へ行くのか。その解答を私は知っている。 世界の果て。何もない何か。全てが在り全てが無い場所。 ヒトであるならば死ぬと其処に辿り着き、また始まりへと還る。新たに誕生するため。 死神とは、其処へ連れていく案内人だ。 迷わないように、離れられるように。 現世に留まるモノ達を、終わらせるためだけにいる。 生まれた時から。私は、そういう風にできていた。 それが役目。死神たる、私の存在理由。 誰も彼も、世界から離れようとはしない。 必死にしがみつく。まだ生きていたいんだと叫ぶ者も少なくない。 けれどそのままでは連れていけないから、そのままでは還ることができないから。 私が受け止める。生きていた時までに持っていた感情を全部。 彼らのこころはとても重くて、とても痛くて。 でも手放せない。私は私の中に刻む。それは、彼らが確かに在った証だから。 忘れないように、失くならないように。 ただ、私が覚えてさえいれば、誰も消えることはない。 永遠にも似た繰り返し。 全ては巡り、この世界に戻ってくる。 生きるために。そして、死んでいくために。 今も、多くの存在が始まり、同時に多くの存在が終わっている。 間断なく、際限なく。こころが、流れてくる。 ずっとそうやって生きてきた。 疑問に思うこともあった。戸惑うこともあった。 それでも、私は私で在り続けてきた。 "ディス"。否定を意味する、名前。 きっと、それが私の在り方。何もかもを終わりに導く、私の在り方。 足掻いても変わらない。足掻くつもりもない。 私は自分の位置を認めている。在るべくして、在るのだと。 誰よりも終わりを知る者。 世界中の"痛み"を抱く者。 そのためだけに、生まれてきた だから、触れ合うことは許されなかった。 …………救済は、どこにもなかった。 ずっとひとりで、ずっとこのまま。 何も得ず、与えず、ただ終わらせながら生きていく。 「私は何処にもいない。居場所は、私の中にだけしかないから」 …………現実は非情だった。 知らないままでいるというのはこんなにも楽なことだったのか。 世界に生きていれば、必ずどこかで傷を負う。 身体に。あるいは精神に。 その深さはまちまちだけれど、まっさらなままでいられることはまず有り得ない。 治ることはあっても、消えることはないのだ。 痕が残ってしまう。白紙に引かれた線のように。 目に見えなくとも、記憶の中へ刻まれる。深ければ、頻繁に思い出しては痛む。 けれど。終わってしまえば、全て、失くなってしまうだろう。 ならそれは、抱えていた傷は、何処に行くのか。その答えが彼女の言葉にあった。 消えない 苦しみの終着点。最後に、何もかもを背負う唯一の存在。 その役割を与えられたのが、ディス。世界にたった一人の死神。 あまりにも背負っているモノが大きすぎる。 少なくとも俺なら、耐えられる自信はない。 自分だけでも精一杯なのに。自分だけでも、諦めているのに。 「それは………… 「ええ。変えられない、変えようとも思わない、決定事項」 彼女の前では全てが小さく見える。 たった一人分の痛みなど、大海の一滴に過ぎないのだ。 その身に、どれほどの苦しみを詰め込んでいるのか。 心は……磨り減らないのか。削れていかないのか。 「…………私には」 発される言葉が俺の鼓膜を打つ。 声は一度途切れ、静寂が来る前にまた聞こえる。 「…………私には、未だ答えの出ない疑問があるの」 それは、問いかけ。 誰にでもなく、俺に向けられた。 「今でなくてもいい。できるのなら――― 私に、教えてくれないかしら」 彼女は求めている。 たったひとつの解答を。俺が出せる解答を。 知るために努力を怠るな。怯えて身を引くな。 一歩を踏み出せば、何かが必ず見えてくる。 俺は、どうしたい? …………ただ、応えたい。 「…………その、疑問は?」 訊ねる。 「…………どうして、私には人間と同じような"こころ"があるのか。それを、知りたい」 これは、俺に預けられた問題。 |