僕は絵を描く。
真っ白なノートにペンを走らせて、そこに世界を形作っていく。


映すのは目の前にある草花。
小さな道の隅にひっそりと咲いていたのが印象的だった。
だから、この手で描いてやろうと思った。



線を重ねる。
輪郭はしっかりと、鮮明に繊細に。
主役はそこにある花一輪だ。他は引き立て役として彩る。
全てはたったひとつを協調するために。名も知らない花が映えるように。

時間をかけて、色をつける。
急ぐ必要はない。自分の実力が許す限界まで、僕の目が見る風景を寸分違わぬ一枚の絵にする。



最初の線を描いてから二時間の後。
ノートのそのページは端から端まで埋まった。

満足感が、少しだけ。
他に感じることと言えば、何だろう。

「…………だめだ」

足りない。大事なものが足りない。
細部まで余す所なく捉えた絵。控えめに見ても、決して悪くはない。風景画としては十分な出来だ。



けれど。



僕は開いたノートを閉じる。
それと同時に目を塞いで、この視界に何も映らないように、一度意識も深くに沈めた。





さっきのページに描いたのは、二色、黒と白のみで構成された、草花の絵だった。






























他の何よりも、僕の世界には色が抜け落ちている。










目を閉じると夢を見る。
それはただの空想で想像。知らないことを夢に見る。


ひかりとかげ。ひるとよる。くろとしろ。

構成するのはその二色のみ。
あらゆるものが濃淡で表現される。
認識できないのは他の色彩だけで、生きていくのに支障はない。不備もない。

それでも僕には欠けている。
持っていないからこそ欲しがる。


故に望むのはまだ見ぬ世界。
三原色が複雑に、もしくは単純に混ざり合ってカタチとする、極彩色の風景。



道を歩けば人とすれ違う。
それは何気ないこと。印象にも残らないような、些細なこと。

なのに気にする。
今の人が見ているのは、きっと僕とは違う世界なんだろう、と。


白黒の世界にいる僕は、ある意味孤独。


酷く寂しいのはどうしてだろう。
知ることも叶わないのは何故だろう。

白っぽい晴れた空。灰色の草木。
赤と青と黄と緑。濃い薄いの差で区別するしかない。どれも同じ色にしか見えない。

何が赤色で何が青色で。
何が黄色で何が緑色?

わからないのは勿体無い。
それと、味気なくて悲しい。



教えてください。



あなたの見ているセカイは、何色ですか?










色盲、というものがある。
先天色覚異常。プログラムの間違いで、特定の色を認識できない"欠陥"のことだ。
人間の両眼にある三種の錐体、そのうちひとつでも欠けていると幾つかの色がわからない。
欠如していなくとも、機能が正常でないのなら見えにくくなる。
前者の場合を色盲、後者の場合を色弱と称する。どちらも不便であることに変わりはないが、 仕事などを選べば日常生活にはさして支障をきたさない。

が、極稀に全ての錐体が欠如している場合があり、それを全色盲という。
全色盲であると色を判別できず、昔の写真や映画のような白黒の世界しか知ることはできない。
さらに視力低下などの症状もあり、色覚よりもそちらの問題の方が難しい。

基本的に色覚異常は遺伝だ。
父親、もしくは母親がそうであれば子供にも同じ異常が現れる可能性は大きい。
両親とも異常がないように見えても、母親が遺伝的保因者であると生まれた男性のおよそ半数は色覚異常を持っている。
突発的に、正常な遺伝子の両親から生まれてくる"変異形"も可能性としてはいるのだろうが、とてつもなく低い確率だと思う。


どうしたって、日常の中では視覚で物体を判断するのが一番多く、容易い。
音や匂いとは違い、目で見るものは明確な形で脳が認識できる。
それを映像として記憶し、言語などと併せて"この物体は何であるか"を表現するのだ。
曖昧で不安定な概念よりも、遥かにわかりやすく伝えられるだろう。

だからこそ、色の欠けた世界は足りない。
自由が少ない。味気なく褪せている。

人の心が環境によって左右されるのなら、モノクロの景色しか知らない子供はどういう大人になるのか。

誰かと同じ場所で、誰かと同じ時間で、誰とも同じモノを見られない。
越えられない壁がある。届かない空のように、求めても背には生えない翼のように。
孤独と絶望に苛まれ、強制的な戒めに縛られ続けて。それでも歩いていけと皆は言う。

残酷で非情な現実ばかり。
……冷たくなっていっても、仕方ない部分だってあるかもしれない。


僕がそうならなかったのは、きっと母のおかげだ。
薄霞という地域の山奥に建っている旅館、そこの女将である母は、こんな風に生まれてきた僕をきちんと育ててきた。

敬遠することもない。
区別することもない。
ただ、できることとできないことだけははっきり教えてくれた。
それだけで十分だったし、とても有り難かったと今でも思っている。

絵を教えてくれたのも母だった。
趣味の域を出ないけれど、と言いながら見せてくれた風景画。
何てことのないもので、もちろん白と黒以外の色はわからなかった。
なのに好きになれたのは、単純に絵を描くということが僕に向いていたからなのかもしれない。

それから、独学で取り掛かるようになった。
たくさんの本を読み、学校で美術の先生に教えを請い、ひたすら白紙に線を重ねた。
他の何よりも、ペンを握って世界を描くことは気持ち良かった。

高校を卒業してからは、霧ノ崎にある小さな家を借りて過ごしている。
生活するため必要な分のお金を稼ぎながら、外に出てはスケッチブックやキャンバスを黒く塗って帰る日々。
ときどきは実家に戻って母の仕事の手伝いをしたり。充実してると言えば、頷けるくらいの人生だろう。


けれど。

絵を一枚描く毎に、気づく。
現実の景色、心情風景、カタチのないモノ。何を投影しても、違和感が付き纏う。

いつだってそれは、無理な可能性を欲しがっているのだ。
足りない欠片はたったひとつ。埋められるはずのない抜けたピース。



――― 色を知らない僕では、"絵を描く"ことに限界がある。