目覚めは穏やかに、そして緩やかに。

脳の覚醒は残った身体の痛みも一緒に加速させる。
視界が黒から極彩色に変わった瞬間、傷が叫び始めた。
少し歯軋りをしながら、ゆっくりと上半身を起こし辺りを見回す。


すぐ横に天使が寝ていた。


腹の立つほど幸せそうな顔で、寝返りのひとつもなくそれはもうぐっすりと。
そんなのを見たら、こっちだって幸せな気分になれそうだ。



天使の傍に置いてある、姉のギターを拾い上げる。
音を鳴らしてみるが、ろくにチューニングもされていないそれは曲のひとつも演奏できそうになかった。





道具、まだ残っていたかな。




















note-somewhere in the earth.




















「程々にしとけよ」
「いいじゃない、こういう時ぐらい」
「…………どういう時だ」

酒場に久しぶりにやってきたのはいいんだが、彼女が俺を待っていたのが運の尽きか。
これでもかってくらいに付き合わされ、しかも異常なほどのハイペースで、水を飲むかのようにがばがばと酒を喉に流していった。
もう数えるのも面倒で何杯目かは忘れたが、そろそろ二桁に突入すると記憶している。
最初は独りでゆっくり飲もうと思っていたんだが…………まぁ、酒を飲むことに変わりはない。



こちらが五杯目を注文した時、彼女はテーブルに突っ伏した。

「もう眠い…………おやすみ…………」
「おい、寝るなって。置いて帰るぞ」
「家まで連れてって…………」
「お前の家、知らないんだが…………………………」
「地図がポケットの中に入ってるから…………よろしく」

揺すっても起きない。頬を軽く張ってみても起きない。
どうしようもないらしいので、彼女を背負って家まで送ることになった。勘定は既に払い終えている。
片翼しかないからなのか、それとも女性だからなのか、彼女は軽かった。感じる奇異の視線は気にせず、店を出る。

彼女の家まで、10分は掛からなかった。
鍵は開いている。無用心だな、と当然の感想を抱きながら、背中の彼女を寝室まで連れていく。さすがに玄関に置いていくわけにもいかないだろう。
ベッドに慎重に乗せてから、足音をなるべく殺して家を出る。





なんだか少し可笑しくて、ひらひらと手を振りながらその場を去った。





















地球はもう"終わって"いる。
だが、その上に立っているヤツらは終わっていない。無論、俺も含めて。
それが許されることではないから、アリストテレスがやってきた。

ヒトは罪を犯し続ける。生きている限り、其処に在る限り。存在自体が原罪。
ならどうすればいいかなんて解らない。ヒトは生きているしかないのだから。
何処にいようと帰るのはいつも地球の上で、ヒトの始まり、故郷は地球以外に有り得ない。
――――――答えなんてなくて、ただ俺達は歩いている、それだけだ。





「よし、できた」

引っ張り出してきた道具を放り、一息つく。
同時に狙ったかのようなタイミングで、俺の隣の天使が起きた。

「…………あ、おはようございます」
「おはよう。ほら、これ」

差し出したギターを見て、天使は首を傾げる。

「チューニング、終わったぞ。これで少しはマシな音が出るはずだ」

そう言ってやると、「はい」と嬉しそうに受け取った。
今は、そんなこいつの顔を見ているだけで十分。そう、心から思う。










にせものの天使の弾くギターは、やっぱり"にせもの"だから下手くそだった。