1.愛故に、愛故に人は争わねば(ry


「実は、ちょっと作り過ぎちゃいまして」
「どこがちょっとだ、どこが」
「てへっ」
「可愛く誤魔化せばいいってもんでもねえよ!」

 どことなく覚えのあるやりとりをして、俺は頭を抱える。
 我が愛しの君、いわゆるマイラバー、恋人的存在であるところの美坂栞嬢が言うにはバレンタインチョコらしいのだが、俺の知る限りそういうのは大抵綺麗にラッピングされた、大きくても手のひらサイズの食べ物であるはずだ。
 しかし、今目の前に鎮座しているそれは、手のひらサイズどころか栞の上半身ほどの高さを持ち、しかも美坂家リビングのテーブルの上にどんと置いてあるものだから、頭を後ろに傾けなければ頂上が見えない。辛うじてチョコレートケーキだとわかる。が、わかりたくはなかった。三段重ねの威容は、視線を向けるだけで胸焼けしかねないレベルである。
 つーか無理だろ、これ食い切るの。
 去年も同じようなことがあって(一個一個がコンパクトな代わりに数十個単位のアホみたいな分量を手渡された)、その時は気合と根性と数日分の体調を引き替えにどうにか全部食べ尽くした。本気でしんどかった。
 ほぼ毎日作ってきてくれる弁当の方は、半年前からようやく落ち着いた分量になってきたってのに、どういうわけかこの日だけはおかしい。すぐそばに胃薬の小瓶が置いてある辺りもう確信犯じゃねえか。

「でも祐一さん、私だって別に考えなしに作ってるわけじゃないんですよ?」
「じゃあいったいどんな考えがあってこんなことになったんだ」
「愛故にです!」
「ならば戦争だな」
「待ってください、まだ話は途中です。ちゃんと理由は用意してますから」
「よし、聞くだけ聞いてやろう」
「私が祐一さんを好きで好きでどうしようもないのは言うまでもないことかと思いますけど、好き過ぎてきっとこの愛は半分も伝わってないんじゃないかな、って常々悩んでました」
「ほうほう」
「そこでバレンタインデーです! 好きな人に愛を伝える日、つまりこれは私の愛が試されているってことですよね! ということでこの溢れんばかりの気持ちを伝えるべく、三日前からケーキの制作に取り掛かりました。完成するまでに多くの困難、多くの障害が待ち構えていましたが、それを乗り越えてこそのバレンタイン。寝る間を惜しみ、材料は惜しまず、全身全霊一歩手前までくらいの気合で作ったこちらの一品に、祐一さんへのラヴをこれでもかってほどに込めました」
「具体的には?」
「常識には収まり切らない量で表現を」
「物理的に収まり切らんわ!」
「祐一さんなら大丈夫です! 気合でいけます!」

 無駄な信頼が痛い。しかもかなり本気で言ってるから性質が悪い。
 とはいえ、ここで断る、逃げるという選択肢が出てくるはずもなく、再度俺は聳え立つケーキと向き合った。ごくり、と唾を飲む。額から頬を伝う冷や汗が、静かに床へと落ちていく。
 いや、マジでどうすんだこれ。

「……しょうがない、期待に添えられるかどうかは正直微妙なところだが、一応チャレンジはしてやる。が、そもそもこいつどうやって食うんだよ。でか過ぎてどっから手付ければいいのかさっぱりわからん」
「それはですね……えっと」

 何も考えずに作りやがったなこのアホ。

「こ、ここはもう男らしく目の前のところざっくり切り崩してく感じで!」
「んなことしたら倒壊するだろ……。間違いなく悲惨な状況になるぞ」
「では逆に上から」
「どうやってあんな高いとこのを取るんだ」
「…………祐一さんなら大丈夫です! 気合でいけます!」
「一言一句同じこと言って誤魔化そうとしてんじゃねえよ!」
「愛は奇跡だって起こせるんですよ!」

 起こらないから奇跡とかのたまってたのはどこのどいつだ。
 その後もあーだこーだとしばらく醜い言い争いを続けていたところで、ふっと廊下の方から現れた香里が俺達の前を通り過ぎ、冷蔵庫から烏龍茶のペットボトルを取り出しつつ、

「土台ごと床に下ろせばいいんじゃないの?」
「……香里天才だな!」
「……お姉ちゃん天才だね!」

 結局、翌日の俺の出席日数を代償に愛は奇跡を起こした。
 ベッドとトイレを往復しまくった俺を看病してくれたのは栞だったんだが、マッチポンプな気がしないでもない。










2.西園さんは隠れ乙女に違いないという妄想


 得手不得手かで言えば、料理は割と得意な方である。
 が、基本寮の部屋に台所は存在しない。食材を保存するのに必要な冷蔵庫も備え付けの物はなく、一部の生徒が自分で小型のを持ち込んでいる程度。食堂の調理場を借りられれば諸々の問題は解決するだろうが、これもまた簡単なことではない。
 そして何より、軽食が作れるからお菓子作りも得意か、というと、そんなこともないのだった。

「……どうしましょうか」

 二月十三日。これまで件のイベントには全く縁がなかったわたしも、今年に入って巷の女性達と同じ悩みを抱えるようになってしまった。思えばクラスメイトの子がやれ本命だ義理だとはしゃいでいた中、いったい何がそんなに楽しいんだろうと本を開きつつ冷めた目で見ていたものだが、当時はまさか自分もその輪に加わることになるとは考えもしなかった。
 ――バレンタインデーには、想い人たる男性にチョコを贈る。
 わたしだって女だ。好きな人を喜ばせたい、という気持ちは持っている。しかし、何分初めてのことなので、具体的にどうすればいいのかがわからない。やっぱり手作りの方がいいのか。でもそれで上手くできなかったらどうしよう。そうなると出来合いの物を買った方が賢いのでは。いえ、それでは如何にも適当な感じで悪印象を与えるだけかもしれない……などと、とりあえずコンビニで迷うこと三十分。何故か帰り道を歩くわたしの手には、無印良品のフォンダンショコラが入ったビニール袋がぶら下がっていた。
 悩んだ末に見つけた妥協点。さほど難しくはなく、一応手作り感も演出できるから、ということで選んだはいいものの、レジに持っていくのがとても恥ずかしかった。店員がどんな表情で会計をしてたのかもさっぱり覚えていない。
 誰にも会いたくない一心で、帰路を行く自分の足取りはいつもより早かった。部屋に辿り着くや否や荒れ気味の呼吸を整え、買ってきた例の物を袋から取り出す。素っ気ない外装。箱の表側には完成図が、裏側には小さな字で作り方が載っていて、中には袋詰めの材料が一通りあった。
 改めて、作り方を熟読する。

「あ」

 自分で一つも材料を用意していないことに気付いた。
 猛省し、散々落ち込んだ後に急いで買い集める。ついでに失敗した時のために予備分も確保しておいた。
 しかしここで問題発生。作るにはオーブンやら鍋やら諸々の調理器具が足りない。

「……酷い失態です」

 そう呟いたところでどうにかなるはずもなく、しばし途方に暮れてから食堂に向かった。こうなればもう後には引けない。引くつもりもない。今更出来合いのを買って済ませるというのは、自分の気持ちが許さなかった。
 時刻は夕方、まだ調理場に残っていた職員の一人を呼び止め、こちらをお借りできませんか、と交渉する。結果、一時間ほどの枠を何とか確保できた。早速材料を持ち運び、邪魔にならないよう隅で下準備を進める。時折年配の女性の方から助言を受けつつ、焼き上がりまで五十分弱、些か不格好ながら四つの完成品がわたしの前に並ぶことになった。
 使用した食器や器具を洗い、片付け、手伝ってくださった方々に礼を言う。
 食堂から引き上げ、まとめて丁寧にラッピングしたそれを部屋の机の上にそっと置いて、わたしは携帯のボタンに指を掛ける。最近ようやく慣れ始めてきた手順。
 アドレス帳を開き、彼の名前を選び、件名を決め、短い本文を入力する。
 送信。
 さて、今のメールを読んで、彼はどう思ってくれるだろうか。

「直枝さんの顔を見られないのは、残念ですが」

 これであとは明日。
 何事もないかのように平然を装って、どうぞ、と渡すだけ。
 それだけのことが、不思議と楽しみで仕方なかった。


 件名:バレンタイン
 本文:期待はしないでくださいね










1+2=3.リリーブラウン(よいこはまねしないでね!)


 まず初めに、二人がいる、と仮定しよう。
 そこは六畳程度の広さのフローリング部屋だ。床は少し冷たいがその冷たさが心地良い。互いの恰好は下着のみで、そうだな……仰向けになった栞君の腿の上に西園女史が跨っている。
 右手側にはボウルに入った湯煎されたチョコレートが置かれている。それを西園女史は引き寄せる。指先が濃い茶色の泉に沈み、粘つく液体を絡ませて栞君の白くいたいけな腹に塗りたくっていく。丹念に丹念に、水月の辺りから臍周りを撫で、下腹部に向かってすっと線を描く。
 生温い感触とくすぐったさに、栞君は何度も小さく声を上げる。

「西園さん、その、できればもうちょっとゆっくりお願いします」
「では、このくらいで?」
「あ、ん……っ、そうですね、このくらいなら、気持ちいいです」

 そんなやりとりをしつつも、西園女史の動きは止まらない。
 薄いチョコレートのコーティングを完成させると、次はそれを舐め取っていく。
 ちろりと覗く赤い舌先が少しずつ肌を這う度、ぴくぴく栞君が震える。パンツと下腹部の境目辺りからブラジャーの手前までを幾度も往復し、じっくり時間を掛けて再び肌色を露出させると、唾液でべとべとに濡れた腹を最後に一撫でして、

「綺麗になりましたね」
「……おいしかったですか?」
「少し塩辛かったです」
「それはたぶん、私の汗の味じゃないかなー、と」
「いいアクセントになってましたよ」

 唇を緩め、艶然と微笑む。
 と、そこまで受け身に回っていた栞君は、左手の人差し指をボウルに沈め、おもむろに上半身を起こして西園女史の口に指を挿し入れる。絡まったチョコレートを舐められるのに任せ、指を引き抜く瞬間、今度は唇で塞ぐ。触れ合う粘膜を通して伝わる、ねっとりとした甘さを味わいながら、盛大に水音を立てて長いキスを続ける二人。淫らに交わる舌と舌……うむ、想像しただけで思わず濡れそうになるな。
 互いの唇が離れ、僅かな隙間を細い糸が伝う。たわむそれが千切れる前に、また距離はゼロになる。今度はさらに情熱的に、唇だけでなく身体そのものを押し付けるような勢いで、栞君が西園女史の口内をねぶる。鼻先がぶつかり、薄く開けた目には情欲に潤んだ瞳が映る。息苦しくなればふんふんと鼻を鳴らして呼吸し、一秒たりとも離れることなく、チョコレートの味が薄れて完全に消えるまで存分に堪能する。

「んむぅ、っはぁ……西園さんのも、おいしいです。甘くて、でもほんのちょっと苦くて」
「チョコレート自体は同じものですが」
「私が感じたのは、きっと西園さんの味なんですよ。……もう一回行きます?」
「あなたがしたいというのなら」
「自分からは言わないつもりだこの人……。うー、わかりました。したいです」
「はい。わかりました」

 一周して再び西園女史の番だ。先ほどの栞君のように、指でチョコレートを掬い上げ、小さく開けられた口の中にぐっと捻じ込む。唐突な強引さに一瞬抵抗されたものの、すぐに意を得て栞君は能動的に咥え、細い人差し指に舌を這わせ、絡ませ、ざらついた表面で削り取っていく。

「はむ、んー……くちゅ、ちゅ、ちゅぷ」

 指を含んだ口内に唾液をたっぷりと溜め、溶け落ちたチョコレートと混ぜ合わせる。収まり切らない薄茶色の雫が口端からこぼれかけ、しかし拭うこともせず熱心にしゃぶり続ける栞君。ふやけるほどに舐め尽くされた頃、ようやく解放された指を西園女史は静かに見つめ、つつ、と手の甲側に垂れかかる唾液とチョコレートの混合液を愛おしそうに啄ばむ。
 身体の芯に灯る火照りを感じ、二人の肌にじわりと滲む汗。仄かに漂う、思考を痺れさせるような甘く蕩けた匂い。
 最早行き着くまでは止まらないと言わんばかりに、どちらからともなく胸を覆うブラジャーのホックに手を――む、どうした少年。折角これからがいいところだというのに、何故制止しようとするのかね。
 ……そもそも何でこんな話を? ああ、簡単なことだよ。今日はバレンタインデーだろう? こうやってエロい話を聞かせれば、我慢できなくなった少年が私にホワイトチョコをプレゼントしてくれるのではないかと、



 ばたんおわれ










 簡易解説(あとがきに代えて)



  1.愛故に、愛故に人は争わねば(ry

 栞かわいいよ栞。最初のひとことを言わせたいがためにできました。
 出オチなのでオチらしいオチが存在しません。二人が楽しそうにコントするだけの話です。
 あと香里さんは馬鹿を放置してずっと勉強してました。


  2.西園さんは隠れ乙女に違いないという妄想

 西園さんかわいいよ西園さん。結局書いてたら理樹君は出てきませんでしたとさ。
 敬体にしてもよかったんですが、常体で書き出してしまったのでそのまま最後まで、という感じ。
 ちなみに私は無印良品の手作りシリーズを買ったことがありません。でも地味にハードル高いですよねアレ。
 慣れれば西園さんはあのくらい携帯のメール機能使えるようになると思います。


  3.リリーブラウン

 ついったで「栞と美魚、どっちで書けばいい?」と聞いたら大谷さんに「栞と美魚の百合で」と言われたので。
 混ぜたら結果こんなことになりました。どうしてこうなった。
 それにしてもフェチ描写は難しいですよね。自分の未熟さに歯噛みする日々です。
 ……十八禁じゃないよ!