一応ここは北国なのに、どうしてこんなに暑いんだろう、なんて思いながら昼の商店街を歩いてたあたしは、ぴたっと足を止めた。
何となーく目をやった掲示板に貼り付けられた一枚の紙。
そこに書いてあったのは、今度近くの神社でお祭りがあるよー、っていうお知らせ。

……これだ、と思ったね。

あたしの頭の中であっという間に組み立てられた予定。
祐一くんを誘う→二人で行く→つまりデート。こんなおいしい機会、逃す手はない。

そうと決まれば早速行動開始。
舞や佐祐理に先手を打たれる前に、祐一くんを確保しておかなきゃ。


くるくる踊り回りたい気持ちを抑えながら、あたしは帰りを急いだ。





睡恋 〜夏祭りの夜、夢に見た未来〜





「まぁ、日曜なら空いてるし、大丈夫だぞ」
「ほんと!?」
「んなことで嘘ついてどうすんだって」

玄関を突破、サンダルを放り投げるように脱ぎ散らかし、畳の上でぐったりしてる祐一くんからゴーサインを得る。
この時点で飛び上がりたくなるほど嬉しいんだけど、そこは自制。暑いし。だるいし。
一緒に横になってごろごろしながら、当日のことを考えた。

お祭りってことは、出店がいっぱいあるわけで。
遠足前の夜みたいにわくわくする。待ち遠しいなぁ、と思って、でもそれを表情には出さないようにした。

夕食後、帰ってきた残り二人の予定をさり気なく聞き出した。
どうやら両者共に日曜は空いてないらしく、そっかー、と白々しく呟いてあたしは心の中でほくそ笑んだ。
祐一くんと二人きりなんてまたとないチャンスだ。舞と佐祐理には悪いけど、日曜は一人占めにさせてもらう。
……だって、普段はあたしと祐一くんのセットで一日中、っていうのはないし。
だからたまにはいいよね、と思いながら、声には出さず置いてけぼりの二人に謝っておいた。

それはともかく。
あたしは佐祐理にちょっと訊いてみる。

「ねえ佐祐理ー。浴衣ってあるかな」
「まいちゃんのですか? そうですねー……明日、買いに行きます?」
「うん、行く行くー!」
「……でも、どうして浴衣なんて?」
「え? あ、あはは、ほら、近々お祭りがあるでしょ? それに着ていきたいなー、って」
「そうですか……一緒に行けなくて残念ですけど、その分まいちゃんは楽しんできてくださいねー」
「うんっ」
「あんまり祐一さんを困らせちゃ駄目ですよー」

……バレバレだった。やっぱり佐祐理は侮れない。
けど、これで浴衣もばっちりおっけー。あとは当日まで我慢我慢。


それからはもう嫌になるくらい晴れっぱなしの天気で、一日二日三日が過ぎ、気づいたら日曜。


あんまりにも楽しみだったものだから、集合時間の三十分前には待ち合わせ場所に着いてたあたし。
さすがに早過ぎたなー、祐一くんまだかなー、と足踏みすること二十数分。
相変わらずのラフな服装で歩いてきた祐一くんは、あたしを見つけても走らずにゆっくり歩いてきた。

「お、まい、随分早いな」
「だって楽しみだったから、ついねー」
「そか。お前がはしゃいでると逆に俺は落ち着けていいんだがな」
「……それ、どういう意味?」
「さあ」
「むー! 罰として今日は一日祐一くんの奢りー!」
「最初からそのつもりだぞ?」

軽口を叩き合いながら、あたし達は二人並ぶ。
うさみみを除くと二倍近い身長差があって、傍から見れば近所のお兄さんと子供、みたいな風に映るのかもしれない。
腕を組もうとしたけれど、どうにも届かずあたしはやきもきした。こんな時は舞が羨ましくなる。
でも、仕方ねえなぁ、と呟いた祐一くんがあたしの側の左手で、優しく伸ばした手を握ってくれたので全部吹き飛んだ。

「……歩きにくい」
「我慢して。あたしも歩きにくいし」
「離さね?」
「やだ」

左肩を下げたバランスの悪そうな姿がちょっと可笑しくて、それを顔に出したら腕をぶん回された。
お返しに下駄で脛を蹴って、痛みにうめく顔を見て満足した。

「…………ねぇ、祐一くん」
「ん?」
「何か、他に言うことはないの?」
「そうだな……今日のうさみみは一段と艶があるな。洗ったのか?」
「ち・が・うっ!」
「わかってるって。冗談だよ冗談。浴衣、似合ってるぞ。年相応に」
「あたしもう立派な成人!」
「どこが」
「酷っ!?」
「あーはいはい。まいはもうりっぱなおとなだな」
「それ棒読みだよ!」

なんて乙女心のわからない野郎なのか。
あたしは執拗に脛を蹴り続けて、根負けした祐一くんから今度はちゃんとした褒め言葉を貰ったのだった。










喧騒の中に入れば、そこはもうお祭りだー! って雰囲気で。
道行く人々の楽しそうな姿を見て、あたしもテンションがぐんと上がった。
漂う香ばしかったり甘かったりする匂い。思わず目を輝かせる。

「祐一くん祐一くん、あれあれー!」
「はいはい、ちょっと待ってろ」

今日の祐一くんは財布係なので遠慮なく連れ回す。
他ならぬ本人がいいと言ってるんだから、控えめなんて勿体無い。
あっちでたこ焼きこっちで焼きそばと立ち止まることなく食べ歩きタイム。
お祭りで買える食べ物は、佐祐理の作るものと比べれば天と地ほどの差があるけど、それでもおいしく感じる。
きっと、楽しいって思う気持ちが大幅にプラスされてるんだろうなー、と納得した。

ふらふらと出店の中身を眺めては品定めして、お腹いっぱいになるまで食べて食べて食べまくる。
ついでにデザートも「あ、これとかどう?」「うむ、いけるな」「でしょでしょー」って感じで。
どれくらいお金が飛んでったのかは知らないけれど、もう胃には入らないくらい二人でつまんで満足。

「いやー、おいしかったねー」
「まあな。……俺の財布には早くも極寒の冬が到来し始めたが」
「気にしない気にしない」
「少しは気にしろよお前」

ゆったり歩いてたその時、あたしの目にはっと止まったものがあった。

「………………」
「ん? まい、どうした?」
「あれ……」
「金魚すくいか。懐かしいなぁ。……何だ、やりたいのか?」
「うん。何だかね、昔、一度もやったことなくって」
「珍しいな。どこの祭りにもひとつはあるもんなのに」
「…………いい?」
「構わん。ていうか、今更訊くか?」

……そだね。
頷き、あとは何も言わず、店主の親父さんにお金を渡して銀色のお椀とすくうアレを受け取る。
じっと水槽の中を泳ぐ金魚を見つめてると、ああ、今あたし楽しんでるなぁ、って思えた。
小さめの一匹に狙いをつけ、動きを追い、一撃の瞬間を待つ。

―――― 止まった。そこだ!

手を流れるように水中へ。紙の上に金魚が乗る。そのまま持ち上げて、
……ぽちゃん、と破けて金魚が落ちた。残念だったねぇ、なんて気のない親父さんの言葉を右から左にスルーする。

「祐一くん、もう一回!」
「あんまり深入りすんなよ?」
「大丈夫大丈夫、心配しないでっ」
「俺はお前の心配をしてるわけじゃないんだけどな……」

祐一くんの台詞は聞かなかったことにする。
次こそは、と意気込んでは玉砕、その繰り返し。

「……まいって結構」
「なに」
「不器用なんだな!」
「にこやかに言われると余計むかつくー!」
「うははは。……まぁ、それはいいがこの辺でやめとけ?」
「でも…………」
「上手くいかなくてうがー! って気持ちもわかるがな。ほれ、ちょっと水槽見てみろ」
「え……?」

示された指の先を追うように、あたしの視線はさっきまでの戦場だった水面へと移る。
今も泳ぎ続けるたくさんの金魚。その動きが、こころなしか遅くなってる気がした。

「要するにな、弱ってきてるんだよ」
「………………」
「だから、ほら、もう勘弁してやれ。俺の財布にも優しくしてくれ」
「……うん、わかった。財布は別だけど」
「そんな!?」

愕然とする祐一くんを無視。
去り際、親父さんが二匹入った袋を渡そうとしてくれたけど、あたしは要らない、って言った。
あたし達の家に水槽はないから。持って帰っても可哀想なことになるだけだって、わかったから。

祐一くんは、もしかしたらそんな経験を昔にしたんじゃないかと思う。
だからあたしに、自分みたいに後悔しないよう、伝えたんじゃないかな、と。

財布の中身を見てぷるぷる肩を震わせる祐一くんの表情は、どことなく優しかった。










「あー、食った食った」
「お腹ぱんぱんだよー。しあわせー」
「その幸せは数多の犠牲の上に成り立っていることを忘れるな」

何かギリギリと歯軋りみたいな音が聞こえてくるけど気にしない。
他人の懐事情ほど心配しても無意味なものなんて、現状では他にないったらないのだ。

それよりも、主にお腹が重い。理由は食べ過ぎ。
最後に飲み込んだクリーム多めのクレープが胃の底に溜まっててもうこれっぽっちも入りそうにない感じ。
すりすり撫でてみてもすぐ消化できるはずもなく、歩みも三割減ってところ。
隣の祐一くんはというと、まあだいたい同じような様子だった。

大方の出店もチェックし終わり、そろそろ祐一くんが可哀想になってきたのでこの辺で打ち止め。
そうなるとあとは帰るだけだけど、二人揃ってその前に休みたいと意見が一致した。

「でも、座れるところとかあったっけ?」
「うーむ……神社裏辺りがいけそうだが、行ってみるか」
「そだね」

細々とした店が並ぶ境内を抜け、お賽銭箱をスルーし、木造物の裏に回る。
奥は事務所がないからか人気も皆無で、薄暗く静かな場所だった。
手頃な岩を見つけて、二人腰を下ろす。しばらくだんまり。

そっとあたしは祐一くんの横顔を覗き込んだ。
不機嫌そうな様子はない。ただ、どことなく物憂げにも思える。
……何となくむかっ。膨らむ頬を隠さずに、ちょっと穿った問いを掛けた。

「祐一くん、あたしと来て楽しくなかった?」
「何だよいきなり藪から棒に」
「だって、舞と一緒の方が嬉しかったのかなって……」

くしゃり、と大きな手があたしの頭を撫でる。……気持ちいい。

「んなこたねえよ」
「ほんと?」
「ほんとだ」
「ほんとにほんと?」
「……どうやったら信じてくれるんだ?」

そう訊き返す祐一くんは、拗ねたような困ったような表情をしていて。
唐突に、あたしは祐一くんの手を取った。そのまま引き寄せる。
「おおう!?」と思わず引っ張られる情けない姿を横目で確認しながら、空いたもう片方の手で自分の浴衣の襟元を掴む。
そして、開いた胸の隙間に勢いでえいっ、と祐一くんの手を滑り込ませた。

「……! …………っ!」

どうやら驚き過ぎで言葉も出ないみたい。
あたしは調子に乗って、さらに奥へと突っ込んだ。もにゅもにゅ。あ、手が強張った。

「な、な、ななななななっ!?」
「ななな?」
「何をすむぐっ!」
「大声出しちゃいけないよ、迷惑だよ?」
「……ぷはっ! 誰が、原因だと、思ってるんだ!」
「祐一くん」
「全部俺か!?」

慌てる様子は正直可愛い。あと珍しい。
ちなみに後半の会話は周囲に優しい囁き声。

「それより、見かけ通り大胆だね祐一くん」
「見かけ通りとはどういうことだっ」
「ツッコむとこはそこなんだ……」

胸元の手が抜かれる。残念。
警戒心をワンランクアップさせた祐一くんは怪訝な目であたしを見た。
無言の意思。何でお前はこんなことしやがった、とかそんな感じ。
それにはすぐに答えず、襟を整えることもせず、あたしは祐一くんの挙動を追っていた。
……その視線がこちらから逸れているのを、頬が錯覚でなく赤いのを、見逃さなかったのだ。

「ひょっとして、祐一くん」
「…………何だ」
「あたしの胸を触って、エロい気持ちになったとか?」
「なるか!」
「あれあれー? じゃあどうして顔が赤いのかなー?」
「くっ……屈辱! 認めたくない、認めたくないんだ……っ!」
「何を?」
「お前も……ま、まいも、一応、お、女の子だったんだな、と」
「………………ねえ」
「…………今度は何だ」
「ここでやらない?」
「ぶふっ!?」
「ちょっと、唾飛ばして汚いよー」
「お前だっていきなりその台詞はストレート過ぎるっていうか何でこうなってるのかさっぱりわからんし でもぶっちゃけ俺も男だし意識するなってかなり無理な話だし実は少し息子も反応したのは言えない絶対こいつには言えない」
「だだ漏れだけど」
「……世の中にいるロリコンの皆さんごめんなさい、俺今まで君達のこと誤解してたよ」
「次は錯乱し始めたね。だからどさくさ紛れに訊いてみよう、祐一くんあたしとえっちしたい?」
「正直したい。―――― はっ!? さてはこれが流行りの誘導尋問か!?」
「違うと思うよ」

そんなこんなで同意が取れました。

「ということでほら、ここで退いたら男じゃないよ?」
「その言い方には弱い……! しかしだな、男は紳士でもあるべきで」
「……あたし、これでも勇気、出したんだからね?」
「む……むむむむ……」
「えいっ」
「ぬおおおおおっ!? この慎ましくも確かに柔らかく弾力のある手触りはっ」
「やる気になった?」
「すまん、さすがに我慢できん。今だけはロリコンの称号を甘んじて受け入れよう」
「微妙に引っ掛かるけど…………あたし初めてだから、優しくしてね?」
「任せとけ」

胸元に入ったままの祐一くんの手が動き始めて、










「んー……祐一くん、優しい……えへへ…………って夢オチか!」










後日、あたしの見た夢はある意味正夢だったことがわかる。
……祐一くんとお祭りに行ったのは舞なんだけどね。ふんだ。あたし喜び損じゃん。