窓の外から、降り積もる雪を眺めていた。

白一色の空。
どことなく悲しげなその景色は、少し待ってもそのままだ。


ゆらゆら。
ゆらゆら。


風に舞う羽根のように、柔らかく。





ベランダには雪うさぎ。ほんの一個だけ、ぽつんと置いてある。
白いうさぎに粉雪が掛かり、少しだけ形が歪になっているが、それは気にしない。

名雪が作った、雪うさぎ。

一生懸命に、冷たい雪を握って作る名雪の姿が思い浮かんで、微笑ましい気持ちになった。
景色に溶け込むように佇んでいる。此処にあるのが当たり前のように。


どうしてベランダにあるのか、彼女の意図がいまいち掴めない。
……いや、理由なんて考える必要はないか。もともと、そんなことに理由なんていらない。
窓を開け、冷たい風が室内に入るのも気にせずに足元の雪うさぎを抱え上げた。

冷たい。が、どこか暖かい。
彼女が作ったからだろうか。手はかじかんで震えそうなのに、小さな雪うさぎは仄かに暖かく感じる。



壊れないように元の場所に戻し、ベランダを後にした。




















It is my sin.




















一階に降りる。
まだ朝も早い。いつもなら学校に行くために慌てる時間帯だが、あいにく今日は日曜だ。名雪を起こす必要もない。

リビングに赴くと、既にテーブルの上には朝食が用意されていた。
普段通りでありながら、朝食とは思えない食事の出来に半ば尊敬の眼差しを送りたくなる。

「おはようございます、祐一さん」
「はい、おはようございます秋子さん」

もう当たり前になった挨拶。
朝はおはようが当然ではあるが、本当に初めの頃は少し戸惑ったものだ。
今では何の戸惑いもなく、自然に言えるようになった。


椅子に座り、「いただきます」のひとことを口にしてから味噌汁を啜る。
舌に感じる美味しさと、あたたかさにほぅと一息。



あっという間に、一人前の朝食を食べ終わった。





















「ちょっと出掛けてきます」

朝早く外に出るのは珍しい。
何か用事があるわけでもない。いつもなら、寒いからとこたつに入りっ放しだ。


明確な理由はない。
それでも出掛けようというのは、たぶん何か思うことがあるからだ。

「はい……いってらっしゃい、祐一さん」
「……いってきます」

秋子さんの言葉を背に、靴を履いて傘を持ち外に飛び出した。










白い景色に茶が混じる。
葉が落ち枝が剥き出しになった木々の道を抜け、目的地を目指す。



"学校"。



一面、地を雪に埋め尽くされたその場所は、紛れもなく二人だけの学校だった。
昔とほとんど変わらない。ただひとつ、荘厳と立っていた大木は白のヴェールを被った切り株へと変貌している。

何度か、冬に訪れた。
思い出の地であり、約束の地であり、別れの地であり……再開の地でもある。





今でも、まざまざと蘇る光景。

紅く染まる雪。小さな彼女はさらに小さく見えて、横たわる彼女を抱えた手は血まみれで。
笑っていた。どうしようもないくらいに笑っていた。だから、俺は縋るような声で応えて、でも涙は抑えて。
渡せなかったプレゼントのカチューシャは、風に舞う雪に煙っていた。
――――――俺の叫びは、何処に届いただろう。


ダメだ。
此処に来ると、どうしたってあのシーンが浮かんできてしまう。
セピア色にもならない、鮮明すぎる記憶。忘れていた、でも欠片も色褪せない思い出。


……いや、思い出すのは忘れられないからだ。忘れたくないからだ。
覚えていればいい。いつまでもあの苦しみを、あの悲しみを、忘却の彼方にしないように。



忘れていた。
もう拭えない、俺の犯した確かな罪。

辛いから、嫌だったから、思い出すのを避けていた。記憶を封印していた。
そりゃ酷いよな。最低だ。忘れることは、殺すこととある種同意なんだから。

だから、それをずっと抱えて生きていかなくちゃいけない。
その上で、彼女の傍にいる。俺にできることは、それだけだ。





"学校"に、何度目かの別れを告げた。
俺の残した足跡は、すぐに雪が塗り潰した。










「祐一くんっ!」

家に帰ると、あゆが飛びついてきた。
俺が出掛けている間にやってきたらしく、ちゃっかり例の如く朝食も一緒に食べたようだ。
普段ならあっさりと躱すところだが、今日は大人しく抱き止める。

「うぐっ!」
「おっと」

彼女もそれは予測してなかったらしい。こちらを見て、顔を赤くされては反応に困る。

「あら、初々しいわね」
「「秋子さんっ!?」」

そんな笑顔で言われるとさらに困るんですが。
いきなり登場した秋子さんは、いつものポーズでそうのたもうた。



……お互いに目を合わせて、ふたり笑った。





「俺、あゆには悪いことをしたと思ってるんだ」
「え? そんなことないよ」
「いや、した。辛いからってあゆのこと忘れて、長い間思い出せなくて。酷いよな。あんなに傍にいたのに」
「ボクは…………」
「……だから。俺は、忘れられていたあゆの苦しみとか、そういうのも抱えて生きていきたい」
「祐一くん……」
「春の日も、夏の日も、秋の日も、冬の日も、いつだって俺が傍にいることで」
「…………うん、嬉しいよ」

にこっ、と屈託のない純粋な笑顔を浮かべるあゆ。
その表情を見て、少し恥ずかしくなった。

「あのなぁ…………一応、遠回しに告白してんだぞ?」
「え!? え、えぇ、えっと……………………うぐぅ」



一度犯した罪は、消えることはない。
一度残した傷は、消えることはない。

だけど、それらを抱えながらでも生きていける。
大切な彼女がいるから。傍にいられるから。





互いに寄り添って、笑いながら毎日を過ごそう。
そうすれば、痛みなんてすぐに感じなくなるから。

幸せは、こんなにも近くにあるんだ。











あゆあゆ話。前半の雪うさぎは?(オイ
後半はまったり行ってみようと頑張ってみましたが、空回り感があるかなぁ。
祐一くんは思いっきりストレートに言うか遠回しに言うかのどちらかだと思うんです。両極端?(笑

ではでは、とりあえずはこの辺で。
まだ書くモノがぁ……(涙