理由もなく、公園に寄った。
時間はもう遅い。既に夜なのだ。人の姿も見えず、二・三本立っている外灯の光が申し訳程度に地面を照らしているだけ。

冬、雪の降る外を好んで歩こうと思う人間は少ないだろう。
気温はきっと零下幾つかで、外気に晒されている首の後ろに酷く冷たい風が当たる。
一度身震いしてから、透けるくらいに薄く積もった新雪に足跡を残し汚す。その行為はどことなく気持ちいいと感じた。



…………さて、俺はどうして凍える夜に外を歩いているのだろうか。
別段用事があったわけでもない。家出でもない。秋子さんには「散歩してきます」と言ってある。



僅かに白いベンチ、其処の薄雪を払ってから座った時、自分に掛けた問いの答えがようやく解った。





ああ、きっと。
居もしない亡霊を探してるんだ。




















oneoff a requiem.




















あそこは、"学校"は意図的に俺が避けている。
もし彼女―――七年間の昏睡状態から一変、急な容態変化により呆気なく息を引き取った―――月宮あゆの亡霊を探しているのなら、彼女の死の直接的な理由を発生させた大木のあったあの場所に行くのが一番の近道なのはわかっている。

それでも、俺はあの景色を見たくはなかった。
気づいたんだ。血に濡れた雪、血に濡れた俺の手、渡せなかったカチューシャ、消えていく少女の笑顔。


――――――その全てを、忘れたくて忘れていたんだと。


今更「思い出した」と言って何になるだろう。
彼女がそれで戻ってくるのなら幾らでも叫んでやる。でも、当然のことあいつは戻ってこない。二度と。もう二度と。
後悔は途切れない。ああしていれば、こうしていれば、ここでどうこうしていれば。
どうにもならないことばかりを考えて、少しでも身の張り裂けそうな苦しみから逃れようとしている。醜い。



だからか。だからなのか。
知っているのに理解できていない現実と決別するために、俺は馬鹿みたいに夜空の下を歩いているのか。
もうあゆは死んだ。ころころと面白いように変わる表情も、いつだって元気そうに思える声も、この目に映りこの耳に入ることはこれから先どんなに生きたって一度たりとも有り得ない。
文章でなら幾らでも言えるのに、頭に浮かぶのに、そのれっきとした事実だけがまだ理解わかっていないのだ。


…………ゆっくりと、ベンチから立ち上がる。
その時、ふとした弾みでコートのポケットから何かが落ちた。
雪にまみれたそれを拾い上げる。





子供の頃あゆに渡した、天使の人形。
名雪に縫って直してもらった、翼を生やした少女の人形。





悔しかった。
もう何もできない自分が、たったひとりの少女の願いも叶えられない自分が。
己の無力さを呪ったって仕方の無いことだ。…………それでも、自身を責めずにはいられない。

足が勝手に動いた。
何処に向かおうとしているかはわかっている。ふたりだけの場所、"学校"。
息が切れるまで走り続けて、肺から根こそぎ空気が外に流れてしまったところで目的地に着く。
積もりに積もった雪の地面と、ぽつぽつと見える茶色の木々。
夜の闇に紛れ、明かりも無い切り株を中心とした広場はほとんど何も視界には映らなかった。

立ちすくむ。
静かにしゃがみ切り株に手を置いて、冷たい雪のヴェールの感触を感じて。
右手に握ったままの天使の人形を改めて見つめる。


あゆに似た純白の天使は、微笑む以外のことをしなかった。





――――――ようやく。
ようやく俺は、月宮あゆの死というモノを、誰よりも強く強く理解した。










たった、一度限り。

彼女に向けた鎮魂歌の旋律は、相沢祐一の涙と慟哭のみだった。











とりあえず最初のアホ台詞は抜きで。
…………うわエグっ。今までは平和ボケしたのばかり書いてたからギャップが激しいですねぇ。
幸せでもありません。あゆあゆ亡くなってます。「ボクのこと忘れてください」って言って消えてそのままです(マテコラ

あの『Kanon』という物語は、現実と程遠い位置にあるお話です。
故に、現実に当てはめるとどうしようもなく残酷になります。
もともと彼女達五人のうち、あの世界ではひとりの少女しか幸せにはなれません。
舞は祐一が関わらなければ魔物の本質には気づきません。佐祐理さんには悪いですが、彼女に舞を救うことは無理です。あの日舞に救いを求められた祐一くんでなければ。
真琴は他の四人にかまけているといつの間にか消えちゃいます。
あゆ・名雪・栞の三人は誰か一人しか絶対に助かりません。本人を含めた全ての"奇跡"はあゆの残りひとつの"願い"が起因だからです。
で、時間的にも一人しか祐一くんには扱えない、と。
いや、いわゆる『ご都合主義』を使えばどうにでもなるんですが、それだと現実味はまるでありません。
で、現実味を求めてしまうとどうしてもこうなります。
舞は…………魔物自体が非現実なので(本編で祐一くんも触れてるし)わかりませんが、
真琴はまず現れません。狐だし。
栞は普通に死にます。医者が匙を投げてるはずですから、治るわけがありません。治療法が土壇場で見つかるのもゼロに限りなく近い確率です。
名雪の場合は、秋子さんが死ぬかどうかは神のみぞ知るのでこれもどっちだか。
あゆはまず生き返りません。だいたい昏睡状態のまま七年間も持つのは難しいと思うのですが。
…………と、現実的にあの空想世界での物事を考えてみるとあまり洒落にはなりません。ほとんどダーク一直線です。
まぁ、はじまりの時点でエグいですからねぇ。『Kanon』って。

私のような本編の内容は大筋以外全くと言っていいほど覚えてない人間が語ってもしょうがないんですが。
文章を書くのはそれぞれ作者の自由ですから、そのアイデアとかにあーだこーだツッコんでもなんだかなぁ、と私は思うのですよ。
その文章自体が至らない私みたいなのは問題外ですが、それでも書きたい衝動は抑えきれません。性分。

…………………………長すぎましたね、あとがき。
とりあえず、表にあまり載せないタイプのモノを敢えて置いときます。私の無駄な挑戦です。短編のひとつの限界、みたいな。
こんなのでも見てくださったんだとしたら幸い、ですよー。