「…………はぁ、どうしてこの子はこうなのかしらね」 試験四日前の土曜日。 泊まり込みで勉強をしようという名雪の申し出により、あたしは現在水瀬家にいる。 相沢くんは北川くんと何やら"漢の約束"があるらしく、何処かに二人して出掛けてるとか。 あのバカコンビの頭の中にはテストという文字がどう考えてもない。……とは言っても、あの二人が真面目に勉強なんかしていたら天変地異が起きるだろうからあれでいいんだろうけど。 もうとっくに陽は落ちて、夕食も御馳走になった。 今は9時頃だろうか。部屋の中は無駄なほどに静か。 …………………………無論、名雪は夢の中。 一度寝てしまったらあたしじゃ起こすことはまず不可能だ。 スリープモードに入ってしまった彼女を起こせるのは相沢くんぐらいだろう。 とりあえず名雪をベッドに運び、毛布を被せる。 安らかな寝顔を見ていると何だか勉強なんてどうでもよく思えたりするのだが、その考えをすぐに振り払う。 「…………うにゅ、いちごじゃむおいしい………………」 ふと部屋に響く寝言を聞く度にやる気が抜けていく。 名雪みたいに寝てしまった方が楽なんじゃないか、とか勉強なんて明日でもできる、とかそんなことばかりが頭を掠める。 何故だか今日は酷く眠い。 瞼はすぐにでも閉じてしまいそうで、ふっと沈みそうになる意識を頬を叩くことで引っ張り出す。 ペンを持つ手が止まった。 もうこれ以上は頭が付いていかない。そう判断して、あたしも寝ることにする。 「あらあら、名雪はもう寝てしまったのかしら?」 その瞬間、ドアから秋子さんが現れた。 ホットミルクをふたつ。 「ごめんなさいね、あの子相変わらずで」 そう言いながら秋子さんは持ってきたふたつのコップをテーブルに置く。 中はホットミルク。湯気がゆらりと立ち昇っている。 「ありがとうございます」と先に口に出してから、片方を取って少し啜った。 喉を通り、胃に広がる熱。その気持ちよさに、思わずほぅ、と溜め息が漏れた。 「どうかしら、熱すぎない?」 「あ、大丈夫です。ちょうどいい温かさです」 秋子さんもコップのひとつを手に取り、軽く口に含む。 きっと名雪の分として持ってきたのだろうが、その名雪は既に熟睡中。 しばらく沈黙が続く。 半分ほどホットミルクを飲み終わったところで、秋子さんがテーブルの上に置いてあった現代文の教科書を手に持った。 「もうすぐ香里さん達は最高学年、でしたよね」 「はい、そうですけど…………」 ぱらぱらと捲られていくページ。 何処にも止まらず、捲り続けられた教科書は表から裏にひっくり返った。 「将来の夢…………というか、展望ってあるのかしら?」 不意に、そんなことを訊かれた。 …………その答えはすぐに出てくる。 「色々考えましたけど、やっぱり、医者になろうと思うんです」 それが自分にとって一番の選択だと思うから。 今なら、迷わず口に出せる言葉。 「そうですか。…………香里さんなら、きっとなれますね」 返ってきたのは、母のような笑顔だった。 日曜日の昼前。 秋子さんに出された紅茶を優雅に口に含んだところで、階段の方からどたどたと足音が聞こえてきた。 「かおり〜、どうして起こしてくれなかったの〜」 声の主はご立腹の名雪だった。珍しく寝起きなのに糸目ではない。 「あら、あたしが揺すっても声を掛けても起きないあなたが何を言ってるのかしら?」 「………………うー」 反論は返ってこない。 事実なんだから、反論されたら困るけど。 名雪もテーブルに座り、秋子さんから手渡されたパンといちごジャムを食べ始める。 相変わらず、いちご関係のモノを食べる時は実に幸せそうだ。 そんな名雪を見ながら、あたしはゆっくりと紅茶をまた喉に流した。 少し遅いけど朝だからか、あたしの気持ちは晴れやかだった。 余談。 昼を過ぎたところで、相沢くんが傷だらけになって帰ってきた。 「き、北川め…………謀られた…………………………」 そんな台詞を呟く彼の顔はどことなく安らかで、世界は平和なんだな、とあたしは実感していた。 いちまんひっとおめでとうございますー、と今更ながらお祝いを(ぉ 相当謎風味ですがお気になさらないでください。私もよくわからないんです(マテコラ 香里さんは医者(または看護士)かモノカキが似合っていると思うのは私の頭の中だけですね。きっと。 ではでは、こんな駄文でよろしければー。 |