端的に今の状況を説明するとすれば、
『娘さんを下さいと父親に頼み込む彼氏、ただし恋仲の二人は小学生』って感じだ。
……いやだって。誰よ。誰よこの子。押入れの中からってドラ○もんか。

仮に押し入れから出てきた男の子をAくんとしよう。
彼は見た目小学三、四年生、よくて小六で、実際の年齢もたぶんそのくらいだろう。
顔つきはどちらかというと可愛い系、あどけなさの残る表情が特徴的。
短髪の色は黒、瞳の色も同じく黒。弱々しい印象も受けるが、立ち居振る舞いは不思議と洗練されている。
そして、ひとつだけ引っ掛かることが。

「うーん……誰かに似てるような気がするんだが……」
「………………私もそう思う」
「あたしもー」

三人が揃って感じる違和感。
しかしどうにも思い出せず、もどかしい。

ちなみに舞は俺とまいがAくん(仮)を見て叫んでしまったので、当然ながら起きた。
不機嫌だったので横から蹴りを喰らった。二人とも。

「……で、今まで(色んな意味でのショックで)訊き忘れてたんだが、どうしてここに? 金目の物はあまりないぞ」
「いえ、別に僕は物盗りじゃないですよ」
「なら何の目的で来た。……はっ! まさか、貴様間男か! そういえば前にそんな話読んだことあるな」
「違いますって」
「………………祐一、この子は押入れから出てきた。箪笥からじゃない」
「じゃあ違うな」
「論点そこですか……」

苦笑するAくん(仮)。どうやら俺達の高尚な会話についてこれないらしい。

「まあとにかく、理由くらいは聞かせてくれ」
「それが、僕にもよくわからなくて……目覚めたらいきなり、って感じです」

……実を言うと、とっくに見当は付いていた。
むしろ原因はそれしか考えられない。とすれば十中八九彼は立派な被害者だ。

(…………舞、"力"の発動は?)
(……感知した。私かまいかはわからないけど、間違いない)

俺達の身の回りで常識で解明できない現象に立ち会った場合、ほぼ確実に舞(もしくはまい)の"力"が加担している。
いまいち条件とかはわからないが、稀に自動で『受け入れる』らしい。
舞曰く「たまに何かを引き寄せるから」。大きな力は色々なものを呼び込む、と。

ちらりと彼の方へ目をやる。
何だか落ち着かない様子で手とか足とかを調べている。

「体調でも悪いのか?」
「あ、その、どうも慣れなくて。こうして動くのは本当久しぶりなので」
「……久しぶり?」
「はい。えっと、たぶん…………十年近く」

ふと、あゆのことが思い浮かぶ。
彼もあのボケ天使に似た境遇だったんだろうか。

「今まで病気で一歩も外に出られなかったとか?」
「うーん……なんて説明すればいいんでしょう……」

もごもごと口ごもるAくん(仮)。
何故かものすごーく言い難そうにさっきよりもさらに苦い笑い。
代表者として質問係を任されていた俺は後ろの二人に目線を送る。

(どうするよ)
(えー、そんなこと言われても。祐一くんが聞き出せばいいじゃん)
(でもすっげえ口にしにくいことらしいぞ)
(…………デリカシーのない祐一にはわからない)
(何で俺が責められてるんだ!)

内輪揉め開始。
超小声であーだこーだと口論し始め、まいと俺の頬のつねり合いになったところで、玄関から物音が。

「ただいま戻りましたー」

佐祐理さんが帰ってきた。
足音がこちらに近づき、テーブルの前で向かい合う三対一の構図を視界に捉え、


――― 一瞬で、その表情が凍った。


荷物をぽとりと落とし、細い足が、手指が、かたかたと震え出す。
まるで幽霊でも見つけたかのような、そんな顔で見つめる先にはAくん(仮)の姿。

「………………一弥」
「……かずや?」

その名前、どこかで聞いた気が……気が…………はっ!?
俺は思い出した。舞と佐祐理さんと、同居生活を始める時のことだ。
一切の隠し事はなしという取り決めの下、一連の魔物騒動、過去に俺が体験した傷の全てを佐祐理さんには聞かせた。
そしてその時、佐祐理さんも話したいことがあると、俺に聞かせてくれた過去がある。
佐祐理さんにいた、一人の弟。幼くして亡くなった少年の名は確か、



倉田、一弥。



……誰かに似てるのは当然だ。
よくよく見ずとも、面立ちには佐祐理さんに近いものがある。
動くのが久しぶりというのも無理はない。
幽霊になったことはないからわからないが、きっと生きてる時とは色々事情が違うんだろう。

佐祐理さんは固まったまま微動だにしない。
重い空気が部屋を支配して、俺も、舞やまいも、そして一弥少年も立ち上がることさえできない。

長いようで短い硬直の後。
状況を変えたのは、他でもない佐祐理さんだった。
一歩を踏み出し、二歩目はより大きな歩幅で、三歩目になると跳ねると言った表現が正しい距離で一弥少年に向かい、



「かぁぁぁぁぁぁぁぁぁずぅぅぅぅぅぅぅぅぅやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ね、姉さうぷっ!」
「かずやかずやかずやかずやかずやっ! 本当に一弥なのね!」
「うん、く、苦しいよ姉さんっ」
「会えてよかったっ……だって、わたし、わたし…………っ」

突撃。
あまりの佐祐理さんの豹変ぶりに唖然とする俺とその他二名。
物凄い勢いで頬擦りしながら千切れんばかりにぎゅうっと抱きしめるその様子は、普段の佐祐理さんからは考えられない。
騒動の当人である一弥少年は、苦しそうに、嬉しそうに、でも表情は相変わらず苦笑を保っていた。










「……えっと、自己紹介が遅れてすみません。倉田一弥です」

結局佐祐理さんが落ち着くまでには十分ほどを要し、どうにか話を聞く姿勢が作れた。
万に一程度の確率で人違いというのも有り得たが、その可能性もなくなった。
正真正銘、佐祐理さんの弟で間違いないらしい。証拠としていくつか過去の出来事も教えてもらった。
内容に関しては割愛。ただ、

……そうか、昔はそんな感じだったんですね佐祐理さん。あんまり今と変わりないですね。

というのがどこか遠い目を見るように話す一弥くんの言葉を耳にし、俺が抱いた正直な感想だった。
ぽん、と彼の肩を叩く。同情と憐憫、深い理解の色を自分の瞳に宿して。

――― 苦労してたんだな。
――― ええ。それはもう。
――― 今日から君は盟友だ。
――― はい、僕も嬉しいです。あ、僕のことは一弥って呼んでください。

アイコンタクトで意思を交わし、俺達は頷き親睦を深め合う。
これが男同士の友情というものだ。ああ、何か忘れかけていたよ。理解者に年齢の差は関係ないんだな。

「…………………………?」
「どうしたの祐一くん、幻覚でも見えた?」
「うっさい」

遠慮容赦ないまいの台詞にデコピンで返す。
無言で額を押さえる幼女を無視し、改めて一弥へと向いた。
確認すべきことがいくつかある。

「舞、発動条件はわかったか?」
「…………まだ曖昧」
「まいは?」
「祐一くん、謝罪する気ゼロだね。……舞と同じかな。まだはっきりとは言えない」
「一弥、思い当たるところは?」
「うーん……特に自覚はないんですよねぇ。おぼろげに"見てた"って記憶はあるんですが」
「何を?」
「姉さんと、皆さんの生活を」
「佐祐理さんにくっついてたってわけだな。守護霊みたいなものか?」
「いえ、僕に訊かれても……」
「いわゆるこの世に未練があるとか」
「そりゃあもうちょっと生きてたいとは思いましたけど」

考えてみるも、今の段階では結論が出そうにはない。
とりあえずこの件は保留。残る問題はもうひとつ。

「さて……一弥、これからどうしたい?」

さしあたっての目的がないのなら、何をすべきなのか。
状況的には見切り発車みたいなもので、ゴールがどこなのかも知らない。
まいという前例がある以上、おそらく彼は普通に腹は減るだろうし眠くもなるだろう。
つまりそれは、生活する環境が必要だということ。

「行くところがないなら、俺はここで過ごせばいいと思うんだが。みんなはどうだ?」
「…………私は平気」
「あたしもー」
「佐祐理さんは?」

敢えて訊ねる。
どんな心境で佐祐理さんがいるのかはわからない。でも、答えは既に出ているはずだ。

「佐祐理は……一弥が望むなら、一緒に暮らしたいと思います」
「ま、そんな深刻に考えることはないさ。九死に一生を得たとでも思って生を謳歌すればいいんじゃないか?」
「………………祐一、それは違う」
「佐祐理もそう思いますー」
「あはは、祐一くん頭わるーい」
「…………………………」
「な、なんであたしだけって痛い痛いホント痛いっ!」

こいつに言われるのだけは勘弁ならない。
タップをスルーして腕ひしぎ十字固めを掛けていると、

「ぷっ、あ、あはははははっ!」

一弥がまず笑い、

「………………ぷぷっ」
「ふ、ふふっ」

舞と佐祐理さんがそれに続き、

「くっ、はははっ」
「ちょっと待って祐一くんそろそろ腕が折れる、折れるー!」

結局、可笑しさは伝染して全員で笑った。少し涙が出るほど笑った。
それはきっと、俺達が打ち解けた証だ。

「……代表して言おう。よろしくな。一弥」
「はい、こちらこそ。舞さん、まいさん、祐一さん、姉さん。よろしくお願いします」


こうして、この家の住人は五人に増えた。
もともと騒動の絶えない面子だが、さらに楽しくなればいいと思う。


――― いや、決してスケープゴート役を期待してるわけじゃないからな?



「祐一くん、いい加減離してー!」











ということで、無事に一弥くん登場と相なりました。

舞「…………無事?」

何ですかその「嘘つけ」的な視線は。

舞「……別に」

目逸らすなよぅ。いいじゃんかよぅ。

舞「…………私、あんまり出番ない。扱いが変わってない」

ちょ、ちょっと待って、まだ剣持ち出すのは早過ぎるって。

舞「………………早めに始末すれば、出番は増える」

ストップストップ! もうちょい猶予期間プリーズ。具体的にはあと二話。

舞「…………予定だと全六話って」

その分見せ場があるってこと。おーけー?

舞「…………………………(胡散臭いものを見る目)」

信じてー。ホントにKanonで一番私が好きなのは舞さんなのよー。

まい「ここで唐突に参上っ!」

お前は呼んどらん。帰れ。

まい「嘘つけー。だって次回のあとがきは佐祐理と一弥っちのコンビでしょー?」

だから?

まい「当然、舞とあたしのコンビになるよね?」

ならない。

まい「なんでっ!?」

幼女には気遣いが足りない。あと自制心。

まい「どこがよー。この出来た女を捕まえてー」

だって、舞の台詞が減るし。

まい「………………後ろを振り返る」

舞「………………(抜刀の構え)」

まい「殺る気満々ー!?」

んじゃあとよろしく。君は気遣いという言葉を覚えなさい。

まい「本編に続いてこのオチはないでしょー!」

舞「……大丈夫。まいは峰打ちにしておくから」

……やっぱり私も狙いかっ!(脱兎の勢いで逃げる)

舞「…………逃がさない。霧散」

ぐあっ!(足下をすくわれる)

佐祐理「はーい、久しぶりのフルコースにご案内ですよー」

私こそこのオチかあぁぁぁ……

まい「……収拾付かないからこの辺で終わろっか」

舞「…………あとは楽屋裏で」



一弥「………………あの、僕はこの場に入るべきなんでしょうか」