「夏だー!!!」



男は大概夏が好きなものである、と俺は断言しよう。
何しろ暑い。暑いと(男はともかく)女性の衣服が薄くなる。それを嫌がるヤツは男じゃない。
さらに、水着に浴衣にとバリエーションも実に多い。素晴らしい。

だが、

「夏だー! 夏休みー!」
「……お前は年中夏休みみたいなもんだろう」
「違うよー。これは気分の問題だよ」

完全に完璧に通常の性癖な俺にとって、横のちんまい生き物は対象外だ。
というか対象に入ったらヤバい。ここまでつるぺただと十人中十人が犯罪と答えるだろう。
いや、むしろヤバいのは他の部分なのだが。頭とか頭とか。





俺と舞と佐祐理さんの生活に、黄金色の麦畑の少女、いわゆる『まい』が加わってからおよそ半年。
幾度となく死にかけたり、街の牛丼屋が悉く潰れていったり(これは決して米産牛の輸入停止が原因ではないだろう)。
舞が何か赤い液体で服を染めて帰ってきたり、朝起きたらまいに逆さ吊りにされてたり。
大学構内で倉田佐祐理親衛隊略して『くらしん』に絡まれ「ネーミングセンスねえなぁ」と呟いて集団暴行に合ったり。
時には安らかな夜の眠りさえ満足に得られない日もあれど、その毎日は決して嫌なものじゃなかった。

…………ごめん今嘘ついた。やっぱ辛い。しんどい。泣いていいですか。

――― まあとにかく。
凍えるような冬が過ぎ、春を越え、そして夏。
佐祐理さんの手回しなく訪れた夏季休業に喜びはしゃいでいた、七月終わりの頃。
俺達はまた、ひとつの変化を迎える。それはある意味、この生活がさらに賑やかになる変化だった。


今回は、そんな話。




















"まい"のいる生活+1。 -1-




















とりあえず横のうさみみ(まだ付けてるのか)を黙らせ、俺はコップに注いだ麦茶をぐいっと飲む。
クーラーなんて上等なものはない。あっても使えない。電気料金が馬鹿にならないからだ。
よって、我が家の夏のお供は扇風機とうちわになる。窓も全開、服も上下一枚。
それでも暑さは完全に凌げないので、冷たい麦茶の世話になっている、というわけ。

「うだー……」
「やめろ、そんな顔をされると余計に暑くなる」
「さっき叫ぶなって言ってあたしをマットに沈めたのは祐一くんじゃん……」
「だって騒がしいし」
「その前に『夏だー!!!』とか叫んでたのは誰よ」
「空耳だな。もしくはやまびこ」
「ボケのキレもないね…………」

暑さというものは気力を根こそぎ奪っていく。
何しろ、動けば動くほど暑さが増すのだ。そりゃあ何もする気がなくなるだろう。

なので俺とまいはひたすらゴロゴロしていた。
もう食べなくても牛になるってくらいにゴロゴロしていた。
これで眠くなればいいんだが、世の中そうは甘くない。
じりじりと外から熱気が部屋を侵食してきて、寝苦しいったらありゃしない。

「なぁ、まいー……」
「なにー……」
「お前の力で無料で使えるエアコンとか氷の塊とか出せないのか……?」
「無理ー……。そんな都合いいものじゃないよ……」
「俺達心から願ってるんだがなー……」

まいの力が"希望"だというなら、それくらいの奇跡叶えてもいいんじゃないか。そんな理不尽な事を考える。
……まぁ、真面目な話、あの力は絶対に乱用すべきものじゃないんだが。

「………………ただいま」
「お、おかえり」
「おかえりー」

がちゃり、という扉の開く音と同時に聞こえてくる声。
買い物に行っていた舞が帰ってきたらしい。
だらしなくぐったりとしている俺達のところに来た舞は、大きな袋をふたつほど抱えていた。
ちなみに中身は、追加の麦茶ペットボトル(2リットル)が数本と素麺、そして野菜だ。

この半年ほどの特訓が功を奏したのか、舞の調理技術は俺やまいをあっさり通り越して現在我が家で二番目。
複雑な過程を要求される物以外ならおおよそ何でも作れるようになっている。
素麺なんて茹でるだけ、初歩の初歩なので、今の舞には朝飯前だろう。

俺がのっそり立ち上がり舞の戦利品を冷蔵庫や棚に仕舞っている間、着々と昼食の準備が進められる。
無言ながらもてきぱきと動く細身の姿は、揺れる長い黒髪も相まっていい感じ。
昔からは想像できないくらいに家庭的だ。ぐっじょぶ。ぐっじょぶコーチの佐祐理さん。

まいはというと、身長その他の問題で役立たずの専ら皿を並べる係だったりする。
ていうかそれしか任せられない。しかもたまに滑って転んで割る。お前はあゆか。

そうこうしているうちに、素麺が茹で上がった。
軽く炒められた醤油ベースの野菜と一緒に食卓に置かれる。


「いただきます」


つゆに浸けて一口。うむ、冷たくてうまい。
しばらく黙々と食べ続ける三人。ずずず、しゃくしゃくと音が響く。

「…………佐祐理は?」
「今日は少し遅くなるってさ。どうもバイトが人手足りないらしくてな」
「忙しいよね佐祐理。……それに比べて祐一は」
「何だその目は」
「べーつにー」
「………………ニート」
「違うわい。探してる最中だ」

現状、佐祐理さんが一番忙しい。
学校にバイト、さらに時々謎の用事で出かけたりするため、休日以外は夕方過ぎまで帰ってこないことが大半。
次点が舞で、ちょこちょこ外に行っては何故か大量の札束を持って戻ってくる。怖くて仕事の内容は聞けない。剣持ってってるし。
まいはそもそも戸籍が存在しないというか、外見が小学生以下なので働けるはずもなく。
かくいう俺は先日色々あって働き口を失い、職探し中なわけだ。

一度佐祐理さんに「お仕事紹介しましょうか?」と言われたんだが、丁重に断った。
こういった類のことは、自分で動き、自分で頑張らなければ意味がないから。
舞も佐祐理さんも一人でやっているし、俺だけそんな手抜きをするのはあまりにも男として恥ずかしい。

……先に言っとくが、決して俺はヒモじゃないからな。


「ごちそうさまでした」


食器を片す役目は主に俺とまいだ。
料理の出来ない役立たずはこの辺りで名誉挽回するしかない。

「…………祐一、私、寝る」
「珍しいな。こんな時間に」
「………………何だか、眠くて」
「わかった。いつ頃起こせばいい?」
「佐祐理が帰ってきたら」
「了解」

目を擦りながら舞がそう言った。
どうやら本当に眠たいらしく、ベッドに向かう足取りも少し覚束ない感じ。
ぽすん、という音と共に倒れ込んで、そのまま掛け布団を被り動かなくなった。

「まい」
「なにー?」
「舞は疲れてるみたいだな」
「そだね」
「騒がしくするなよ」
「それくらい心得てるよー。心外だなぁ、祐一くん」

あるいは、夏の暑さにやられたのかもしれない。買い物に行く前は全然元気そうだったし。
ただ、佐祐理さんもまいもそうだが、あまり自分の不安な部分を表に出さないところがあるからな。
ゆっくり寝かせておこうと思う。それにほら、寝顔可愛いから。見ているだけでも結構飽きんのだ。

「……祐一くん、なんかデレっとしてる」
「心外だな、まい。俺は24時間体制で真面目さを保ってるぞ」
「真面目な顔でそんな嘘つかれても」

何だその「はいはいそうですか」的な視線は。

「この口か、この口が言うのか」
「ひふぁいひふぁい! ていうか騒がしくするなって祐一くんが言ったんでしょー!」
「お前が大声出さなければ問題なーい!」
「ひょんにゃむひゃにゃー!」

小さな口に指を突っ込み思いっきり両側に引っ張った。
これがかなり痛い。昔散々親にされたからわかる。

「ひゃあひにゃいへひょー!」
「何言ってるかわからん」
「ひふひんー!」

ちなみに上から、

『そんな無茶なー!』
『じゃあしないでよー!』
『理不尽ー!』

である。
付き合いが長いとこういう解読もできてしまうので嬉しいのか嬉しくないのかで言えば嬉しくないんだが。
ついでに、まいも実は小声なのでその辺は確かに心得ていたりする。

そろそろ手を離してやろうかと力を抜き始めた時、不意に背後で鈍い音が聞こえた。
どさっ、と。何か重い物体が落下して地面についたような。

「…………何かな」
「さあ」

俺達の背後には、押入れがあった。
専ら物置と化しているが、あまり雑多には入っていない。
精々季節物を収納してあるくらいだ。こたつ布団とかストーブとか。

「………………(視線を送る)」
「………………(了承)」

この間一秒足らず。アイコンタクトで通じ合った俺とまいは、すぐさま行動に移った。
即ち、音の発生源、押入れの襖を開く。
突入係はまい、その後ろに俺が控え、万が一の事態に備えて構える。

――― いや、普通は上にあった物が落ちた、と判断するんだろうが。
生憎この家には不思議パワーを行使する生き物がいるのだ。
そもそもまいが三人に増えた時点で何が起こってもおかしくないと俺は達観している。
そう、何が起こってもそれは舞、もしくはまいが考え、願った何かが起点になるはずなのだから。

「とりゃっ!」

果たして、襖の向こうには―――


「あ……あの、ど、どうも」


見知らぬ誰かさんが尻を抑えて苦笑していた。











まい「あたしは帰ってきたー!!!」

はいはい。

まい「うわ、二年近くも放っておいてその態度は酷くない?」

いやだって、まぁ、色々あったし。

まい「誤魔化し方も適当ー」

嘘じゃない。七割くらい。

まい「三割嘘じゃん」

そうだけど。

まい「もういいよ。あとで佐祐理に処理してもらうから」

……またか、またあの悪夢が再来するのか。

まい「書いてるのあんたでしょ」

そうだけど。

まい「ところでさー、+1って何?」

文字通りだが。一人増える。

まい「またあたしとか? え? あたしふたり? さすがにそれは二番煎じだよー」

ちゃうわい。つか、増えるって言ったら私はこのメンバーだと一人しか思いつかないぞ。

まい「あ、わかった! kむぐっ!」

そっから先は禁止ー。一応まだネタバレはなし。

まい「むぐー! むー!」

つーか、どうもブランクあったから調子戻らないなぁ。

まい「むー…………」

ん? どした?

まい「…………………………」

あ←口を押さえていた手を離す

まい「…………………………」

やっべ。顔青いよ。チアノーゼだよ。……まあいいや。しばらくの間、このおはなしにお付き合いいただければ嬉しいです。ではー。



まい「………………ぷはっ!(息を吹き返す)あの馬鹿作者、っていないし!
   何であたしはこんな役割ばっかりなのさー!」