今、あたしは重大な問題を前にしている。
 そう――目の前にいる理樹君のズボンを下ろすか否か、という。





 ほとんど日課になってる迷宮探索を終え、男子寮と女子寮を繋ぐ渡り廊下の辺りまで戻ってきたあたし達はそこで別れた。さすがにこの時間だと寮の入口は鍵が掛かってるので、理樹君は予め開けておいた窓から部屋に入る手筈になっている。おおよそ十分。万が一にも誰かに見つからないよう、物陰でひっそりと息を殺しながら時が経つのを待ち、静かに移動を開始する。
 目指すは男子寮の玄関。周囲の状況に気を配りつつ、固く閉まった扉に辿り着いたあたしは懐から細い針金を取り出した。予算をケチってるのか、女子寮と比べてこっちはセキュリティが甘い。ロックは電子式じゃないし、前にスコープで確かめてみたところ、赤外線が張り巡らされてるわけでもなかった。一度鍵を開けて突破してしまえば、侵入し放題だ。こんな単純な道具でも、五秒ほどでロックは外せる。かちゃり、と軽い音がして、引いた扉は簡単に動いた。
 真っ暗な廊下を慎重に歩く。響く足音を最低限に抑え、要所要所に設置されてる非常灯の明かりとハンドライトを頼りに、左右に並ぶドアの中から理樹君(+1)の部屋を探す。一応何度か来たこともあるし、ぬかりはない。ないったらない。
 男子寮のドアノブは捻って開けるタイプで、備え付けの錠はなく、必要なら各自でということになっている。女子と違ってその辺は本当に緩い。盗まれて困るものがないからなのかもしれないけど、この場合は好都合だった。
 呼吸を整え、まずはノブに手を掛ける。鍵が付いてないのは事前に調査済みだ。左に捻り、肩を当ててゆっくり前に押し出していく。老朽化した古い蝶番が、きぃ、と微かに耳障りな音を立てた。大丈夫。奥に動く気配は感じない。ある程度の隙間ができたところで、半身をすっと滑らせるようにして中に入る。そのまま後ろ手で内側のノブを握り、今度は背中を触れ合わせて閉める。考え得る限り最小限の物音だけで、部屋への侵入は果たせた。
 一息。額にじわりと滲んだ汗を袖で拭う。
 既に数度来たこともある室内。ぴっちり閉められたカーテンの継ぎ目から薄く外の光が入り込んでいて、そのおかげで暗闇に慣れた目には割とよく物が見えた。二つの机と間に挟まった本棚、テーブル代わりのみかん箱と座布団。そして、梯子が立て掛けられた二段ベッド。
 視界の右手、ベッドの方に近付いて、あたしは下側で横になってる人影を覗き見る。掛け布団に包まり、枕に頭を乗せてこっち向きで眠る理樹君がそこにはいる。
 あどけない寝顔だった。連日あたしに付き合ってくれてるせいで、疲れが溜まってきてるんだと思う。すごく無防備な感じで、何というか、可愛い。時折睫毛を震わせて、んん、と妙に色気のある声を出したりするものだから、こうして眺めてるだけでも楽しくて仕方なかった。
 とはいえ、ずっと見つめてるわけにもいかない。平常心平常心。
 本来の目的を思い出す。うん。今のあたしにはやるべきことがある。そのためにわざわざ不法侵入までしたのだ。

「えっと、最初は……」

 頭の中で組み立てた手順を自分に言い聞かせるようにして、理樹君の足元の掛け布団を掴む。そろそろとお腹の方に引っ張り、腰から下を大気に晒す。穿いてるのは部屋着のロングパンツだった。前面に留め具やチャックはなし。ちょっと脱がせにくそう。ついでに少し服の裾をめくって、おへそを確かめる。つるんとしたお腹の真ん中にある小さなくぼみ。そこに指を入れてぐりぐりしてみたい衝動に駆られたけど、さすがにそんなことやったら一発で起きちゃうので自制した。
 裾を戻した後、掛け布団の顔側も肩口が露出するまで剥がしておく。ここからはさらに慎重さを要求される作業だ。理樹君が起きないように様子を窺いながら、じわりじわり、姿勢を仰向けに移行させる。一番難しいのは胸の前に投げ出された右手で、こればかりはあたしが直接取って奥の方に持ってくしかない。きゅっと握った手の甲はほんのりあったかくて、正直放しちゃうのが勿体無かった。
 仰向けの恰好にできたら、とりあえず肩まで布団を掛け直す。腰から下はそのまま。すーすーするからか、心許なさそうに足がもぞっと動いたりするけれど、それでも起きる気配はないので、まだいける、と判断する。
 左肩から身を入れ、あたしはベッドの上に乗り出す。両膝を付くと、底のマットが軋んだ。天井まであんまり高くないので、頭を上げるとぶつけそう。だから自然、理樹君を見下ろす形になっていた。
 今のあたしの恰好は、理樹君の太腿辺りを跨いでる感じ。なるべく自分の重みが掛からないようにはしてるけど、下着越しのお尻に布の感触があって、何とも言えない気分になる。
 馬乗りのまま、ごく、と唾を飲み込む。
 早鐘を打つ心臓を深呼吸で落ち着けて、穏やかな理樹君の寝姿を目に焼き付ける。
 ……いつしかあたしの胸中には、一つの疑惑が生まれていた。
 初めて出会った時、確かに理樹君は“男の子”だった。若干気弱なところもあるけど、ここぞという場面では格好良くて、一生懸命で、何より一緒にいるのが楽しくて、すぐに惹かれた。
 でも、そうして理樹君をよく見るようになってから、気付いてしまったのだ。
 理樹君は可愛い。何かもうあたしが自信をなくしそうになるほど可愛い。
 男らしく感じるのと同じくらい、ふとした仕草に胸がきゅんとすることがあった。面立ちも中性的というか童顔というかぶっちゃけ下手な女の子よりよっぽど可愛らしいし、身長だって女子の平均よりちょっと高い程度。ウエストは細く、肌も結構綺麗で、ついでに言えば足の毛とかも全然生えてない。たぶん軽く化粧して女の子の恰好させたら、大半の人があっさり騙されるんじゃないかと思う。胸がぺったんこ……というかないのだって、AAAなんだと言われれば納得しちゃう気がする。
 つまり、外見から理樹君が男の子であることを証明できるものは、何もない。
 勿論女の子であることを証明できるものもないんだけど、どちらなのかがわからない以上、他の手立てを探す必要が出てくる。でなければ、あたしの気持ちの行き場がなくなってしまう。それは傍から見れば馬鹿みたいなことかもしれないけれど、あたしにとっては物凄く大事なことだった。
 本当に理樹君は限りなく女の子みたいな男の子なのか、あるいは男の子の恰好をした女の子なのか。
 他人との接点が皆無なあたしには、こうする以外の手は考えられなかった。

 ――即ち、実際に“証拠”を見て確かめる。

 意を決し、あたしはロングパンツの縁に手を掛けた。左右を押さえ、内側に指を差し込む。
 そのまま下にゆっくりと。ずる、ずる、とシーツを巻き込みつつ、焦らずに下ろしていく。
 指の関節に腰骨が触れた。ごりっとした箇所を通り過ぎると、足の付け根が露わになる。よし、これであともう少し下げれば理樹君の性別は白日の元に晒され――いや待って! ストップあたし!
 ここで両手を引っ込めるわけにもいかず、中途半端な姿勢のままで固まった。微妙に前のめりなものだから丁度理樹君の胸の辺りに顔が行って、実はさっきから仄かに甘酸っぱいような匂いを感じていたりする。たぶん、理樹君の匂い。
 どうしよう。ちょっと、くらくらしてきた。
 これだけやっても理樹君は起きない。だからまだ大丈夫。時間はある。落ち着こう。
 うん。
 ひとまず大きく息を吸い、吐く。それを三回繰り返し、手指に力を入れ直す。
 足の隙間から僅かに見えるシーツが、皺を深くした。構わず、肌色の面積を広げる。
 蒸れた汗らしき匂いがふわりと漂って、鼻をくすぐった。胸の高鳴りが早まり、口の中が乾く。粘ついた唾を舌で解き、飲み干し、あたしは気が遠くなるような遅さで、それでも確実に、理樹君のパンツを脱がしていく。
 始めてからもう、何分経ったのかもわからない。
 やがて境界線が小さな起伏を捉えた。両手に感じるささやかな抵抗。
 リスクを冒してでも一気に引きずり下ろすべきか、あるいは最後まで慎重に行くべきか、一瞬迷う。
 長考するほどの余裕はない。ここでの判断ミスはそのまま計画の失敗に繋がる。

「こういう時は――」

 ――勢いで!
 柔らかそうなお尻の肉を引っ張りながら、ロングパンツの縁がポイントを越えた。
 思わず目を瞑ってしまってたあたしは、真実を見定めるためにそろそろと瞼を持ち上げて、















おちん○んランドはっじまるよ〜!



                                                            \わぁい/

  \わぁい/


                      \わぁい/















「……ねえ、沙耶さん」
「え、な、なに?」
「なに、じゃないよ。何か今日はずっと下向いてばっかりだし……もしかして、体調悪いの?」
「違う違うそんなことない。いつも通りあたしは普通よ、普通」
「じゃあどうして目を合わせてくれないの? 顔も赤いし、やっぱり風邪でもひいたんじゃ」
「大丈夫よ、ただその、おち……」
「おち?」
「そ、そう! 昨日本を読んだんだけど、オチが付いてなくていまいちだったなーって!」
「もしかして、それで?」
「変に期待しちゃってたからかな、あ、あはは……ごめん。あんまり気にしないでくれると助かるかも……」
「……辛かったら、ちゃんと言ってね?」
「うん……」

 付いてたから理樹君の顔が見られなくなったなんて、言えるはずなかった。










 あとがき

 第52回草SS大会に投稿したもの。最終回でした。
 長い草SSのラストを彩る作品群の中にこんなもん投げ入れて何やってるんだよという話ですが、MVPになったのが初参加なねるおさんの『あ〜!なるほど!』だった上、他にもっと酷いのがいっぱいあったのでむしろ埋もれました。さすが草SSの屈強な紳士どもだぜ……。
 タイトル及びオチの出典はふたばより。果たしてりっきゅんは男の娘なのかそれともおにゃのこなのか、それは実際見てみなきゃわからないですよね。あんな可愛い子が女の子のはずがない! のですけど、あんな可愛いからこそ男の子のはずがない! とも言えるわけで。正に性別:理樹。まあそういう一種哲学的な話にしたかったわけでは勿論なく、ぶっちゃけりっきゅんが脱がせられればそれでよかった。おとこのこを脱がせてえろく見えるかどうかを実証したかったのです。結果はご覧の通り、どれほどのものであったかは皆さんに委ねますね。本当はもっと仔細に、微に入り細に入り描写したかったんですけど、さすがにそこまでやっちゃうと十八禁になりかねないので自重しました。実際は脱がせてからが本番ですよね!
 そんな余談もそこそこに、草SS参加者方、主催代理の大谷さん、関わった全ての人達に、お疲れ様でした!



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何かあったらどーぞ。