恭介の部屋からスクール水着が見つかった。





   直球勝負(『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』的な意味で)





 きっかけは、些細な違和感だ。最近どうも挙動不審だった恭介の様子が気になって、僕は野球の練習中、怪我を装い保健室に向かうふりをして寮に戻り、誰もいない部屋に踏み入って、その原因だろう何かを探してみることにした。ルームメイトの上級生には鍵を借りてある。固く閉ざされていた扉は錠を開けると呆気なく動き、経年劣化で錆び付いた蝶番が小さく軋む音を響かせた。
 ここ数日、用事がない時は足早に自室へ帰っていた恭介。初め僕はそれを、シリーズでまとめ買いした漫画を読むのに忙しかったからと解釈したけれど、グラウンドで、あるいは教室で、廊下で、食堂で、あっという間に遠ざかる背中には、妙な焦燥感が窺えた。そんならしからぬ姿が忘れられず、似合わないスニーキングミッションなんかを敢行した結果が、ベッドの下の段ボール箱だ。まだガムテープが剥がされてない、未開封の箱。
 伝票らしきものが貼ってあった痕跡があり、側面に書かれている名前からして、通販で取り寄せた商品らしかった。学校にはネットに繋がっていて、かつ生徒が自由に扱えるパソコンはなかったはずだけど、きっとインターネットカフェ辺りを探して手続きを済ませたんだろう。この辺にはなくても、少し遠出すればちらほらと見つかる。
 ベッドの下に隠せるくらいだから、随分薄かった。親指と人差し指を広げて、端と端にそれぞれ指先が付く程度。比べて縦横の幅は大きく、若干縦の方が長い。寸法から考えて、衣服の類かなと思う。畳まれてれば丁度良いサイズだし。

「…………」

 封を切るのにはちょっと抵抗があった。勝手に開けたらそりゃあ怒るだろう。僕ならそうする。
 でも、脳裏に浮かんだ恭介の表情が、鈍る手を動かしてくれた。爪でテープの始点を軽く剥がし、指の腹で摘まんでべりべりと引っ張っていく。ここまでやっちゃったら修復は不可能。もし当てが外れていれば、大人しく叱られよう。
 押さえる物がなくなった蓋をゆっくりと両側に開く。そしてまず目に入ったのは、

「……え?」

 ――深い、紺の色だった。
 素材はおそらく化学繊維。鈍く光を反射するそれを持ち上げて広げると、全容が露わになる。
 肩紐と、襟元から胴体、股間部までを包む、逆三角形に近い輪郭。どこを、どう見ても、スクール水着以外に有り得ない。
 けれど何故恭介の部屋からこんなものが出てきたのか。というか、本当に通販で買ったのか……様々な疑問が頭の中をぐるぐると廻り、僕は訳がわからなくなった。だって、この水着は女物だ。自分で着ないのに注文してるってことは、つまり恭介が手の施しようのない変態だという証左になる。僕だってここまではできない。
 しばし言葉を失い、呆然と包装されたままのスクール水着を見つめていると、不意に背後から物音が聞こえた。
 一瞬で鼓動が平静を忘れる。嫌な予感がして、僕は静かに振り向いた。

「そうか、理樹、それを見ちまったのか」
「恭介……? 何でここに……」
「怪我をしたって言ってた割に、痛みを耐える素振りはしてなかったからな。あの後俺も抜けてきた」
「そうまでして、隠したいことなの?」
「ああ。俺がそんなものを所持しているという事実は、誰にも知られちゃいけない。勿論お前にも、だ」

 真剣な顔で僕を、いや、僕の手にあるスクール水着を睨む恭介。

「……まさか」
「たぶんお前が思い描いてる通りだ」
「人目のない時間を見計らって自分で着て悦に入るつもりじゃ、」
「ちょ、ちょっと待て! 理樹、俺はそこまで人間として終わってるように見えるか……?」
「うん」

(21)だし。シスコンだし。
 即答したことで恭介は精神的に多大なダメージを負ったようだけど、すぐに持ち直した。
 無言のまま、一歩近付いてくる。尻餅を付いて徐々に下がる僕との距離を確実に詰め、ついに部屋の隅まで追い込まれる。蛍光灯の明かりを遮る恭介の表情は、影に覆われて判別できなかった。

「いいか理樹、スク水は未使用じゃ困る。魂の宿らない人形と遊んでも、得られるのは束の間の楽しさだけだ。そんなのは自分を相手にしてるのと何ら変わりない。だが、一度でも手足を通したのなら、肌が触れたのなら、その時点でスク水は形容し難い輝きを纏うだろう。使用済という現実が、俺達に幻想ではない、確かな実感を齎してくれる」
「じゃあ、まさか」
「今度こそお前が思い描いてる通りだ」
「恭介は……鈴にそのスク水を着せるつもりなんだね」
「ご名答」

 一片の曇りもなく誇らしげに笑う恭介の雄姿を、僕は不覚にも恰好良いと感じてしまった。
 でも、ここは譲れない。譲っちゃいけない。みすみす自分の大事な、宝とも言える女の子を変態義兄の下劣な欲望に晒していられるほど、僕の心は広くないんだ。それに何より――

「いくら恭介でも聞き捨てならないね。鈴の恥じらうスク水姿を見ていいのは、僕だけだよ」
「そう答えると思ってたさ。なら決着を付ける方法は一つだな」
「受けて立つよ。僕はもう、恭介にだって負けない。鈴が付いてるから」

 強く宣言する。
 恭介は口元を緩ませて、望むところだ、と頷いた。



 翌日、グラウンドにはいつにも増して多くの人が集まっていた。僕と恭介の戦いを観戦しようと、生徒達が一列に並んで始まりを待っている。バッターボックスの近くではリトルバスターズのみんなが僕の側に付き、未だ姿を現さない恭介を訝しんでいるようだった。予定時刻の二分前。ちょっと、遅い。

「来たぞ」

 背後である意味渦中の人物な鈴が呟く。
 悠然と登場した恭介は余裕の表情で辺りを見回し、僕の背後にいる鈴を認めた。

「おおー……まるで鈴ちゃんがお姫様みたいですネ」
「じゃあ、理樹君が王子様で、恭介さんも王子様?」
「なるほど。同じ人を愛してしまった二人は、やがて互いの間に芽生える感情を持て余していく……ありです」
「ちょっぴり鈴さんが羨ましいです……」
「ふむ、妹さんをくださいと迫る婿と、欲しければ俺の屍を越えて行けと立ち塞がるシスコン兄の図か」

 状況的にはあながち間違ってるわけでもない。一番重要な部分を故意に伏せて広められた情報は半日足らずで尾ひれや背びれが付き、気付けば僕が鈴との正式な交際、及び将来の結婚を許してもらうために恭介と戦うことになった、なんて話に変わっていた。ちなみに性的な意味では許してもらう以前にもうお手付きだったりする。

「……理樹」
「大丈夫。絶対勝つよ」

 珍しく不安げな声で名前を呼ぶ鈴に、僕は振り返って微笑みかけた。
 そう、大丈夫。大丈夫だ。鈴がいる限り、怖いものなんて何もない。

「勝負は男らしく一球。フェアゾーンに打てば理樹の勝ち、ストライクを取れば俺の勝ち。ボール球はノーカウント。判定は謙吾にしてもらおう。キャッチャーは真人、頼む」
「了解した」
「おう」
「何か異存はあるか?」
「ううん」
「よし、じゃあ始めるぞ」

 何度か恭介が投球練習をし、僕がバッターボックスに立つ。
 バットをきゅっと握り締めて、真っ直ぐマウンドの方へ目を向けると、鋭い視線が返ってくる。
 実際に受けたことはないけれど、おそらく鈴よりも速く、重い。そんな確信めいた予感があった。
 たった一球、様子見も許されないという状況が、逆に僕の思考を落ち着かせる。適度な緊張は神経を鋭敏にさせ、恭介の微かな動きさえも冷静に捉えられるようになる。
 勝負はほんの一瞬。球種を絞り込むのは不可能だ。だからといって、賭けに出るのはリスキー過ぎる。
 限界まで意識を研ぎ澄ませて、当てればいい。それだけでいい。

 ……ふと脳裏に、スク水を着た鈴が浮かんだ。胸元には平仮名で『なつめ』と書かれ、慎ましい『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』を覆っている。ぴっちりとした生地が細身の幼くも女性的な線を際立たせ、健康的な太腿を惜しげもなく晒す脚のラインや『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』からは何とも言えない背徳感が漂う。そんな恰好で羞恥に頬を染めながら、もじもじして身を捩る鈴。……ああ、ああ!
 水着はプールに入る時にしか着ちゃいけないなんて理由もない。別に『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』でだって構わないし、一緒にお風呂に入れる機会があるのならそれもいいかもしれない。腋から手を入れて『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』のもよし、『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』をずらして『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』のもよし、お腹に『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』だろう。夢が広がり過ぎて鼻と『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』に熱いものが込み上げてきたけど問題なし。今なら行ける、僕は、無敵だ。

「ふ、っ!」

 片足が上がり、後ろへ回された右腕が円弧を描いて力強く下ろされる。
 瞬間、指を離れた球は凄まじい速度で、真人のキャッチャーミットを目指し突き進んだ。
 そのスピードにタイミングを合わせ、軌道を計算し、僕はバットを寸分の狂いなく振り抜く。
 変化球なら空振りだ。でも、恭介なら、変態だけど紳士な恭介なら、男らしくストレートで勝負してくる……!

 ともすれば押し切られそうなほどの手応えを感じ、乾いた金属音と同時に、ボールは空高くへ舞い上がった。
 伸びて、伸びて、グラウンドの遙か彼方に落着する。普段外野が守っている位置の、さらに奥。間違いなくヒットだ。
 息が詰まるような静寂を挟み、僕がバットを手放した直後、一気に歓声が爆発した。
 ミットを放り投げた真人に鯖折りされかねない勢いで抱き締められ、謙吾には労いの言葉を掛けられ、遅れて駆け寄ってきたみんなが口々に褒め称えてくれる。そして最後、躊躇いがちに僕の前まで出てきた鈴を見て、気のせいでなければ、恭介は寂しそうな顔になった。

「理樹。鈴を(スク水的な意味で)任せた」
「……馬鹿兄貴」
「そんな顔すんな。お前達はもう立派に成長した。今一度それを証明してくれて、俺は誇らしく思うよ」
「恭介……うん、約束する。ちゃんと僕は(スク水的な意味でも)大事にしていくから」

 僕達はぐっと握手を交わす。
 事の裏側を全く知らない、無垢な僕の宝物は、うーみゅ、と恥ずかしそうに唸った。




















「ということで鈴、これを着て『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』しよう」
「いっ、いきなり変なこと言うなっ!」
「大丈夫、絶対似合うから。だから、ね?」
「いやだったらいやじゃー! ってあっ、こ、こら理樹、『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』……っ!」
「口では嫌がってても『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』はこんなに」
「にゃっ、やっ、やめ……、ふにゃあああああああああああああああああああああああああ!」



 ごちそうさまでした。










 あとがき

 第12回草SS大会に投稿したもの。そろそろ、限界です……。
 一行目から既に作者バレしそうな調子ですが、これ元々は全く違う話になる予定でした。〆切に気付いたのが〆切当日で、慌ててプロットを考えたところ、最初に出てきたのは来ヶ谷さんが(主に)クドとお風呂に入って(スクール水着を着せて)思考だだ漏れな感じでひたすら視姦してセクハラするという話。どっちにしろスク水なんですけど、そこは紳士の影響だと思ってください。
 感想会で大谷さんが言ってましたが、実は理樹君にもスク水を着せようかとは考えました。ただそれをやっちゃうと物凄い勢いで斜めに逸れていくので泣く泣く諦めた次第。色々詰め込むには時間も容量も足りなさ過ぎます。
 あと、今回のコンセプトは『変態シリアス』。……あれ?
 可能な限りシリアスな空気を維持しようと茶化すような描写を減らしてみたんですがまあ全然機能してないですよね、うん。野球のシーンも演出によってはもっと熱い感じになるでしょうし、そもそもあそこも元々はバトル形式で殴り合いする予定だったんです。でも疾走感を描写するのは私には荷が重過ぎて、無難な方向に逃げました。とにかくみんなを感動させられなかったのが心残り。……あれれ?
 伏字はどうしても一回やってみたくて我慢できなくなった結果ああなりました。私としては本当に珍しい顔文字の出典は 『(゚∀゚)o彡゜えーりん!』。あのノリで『(゚∀゚)o彡゜おっぱい!』と脳内再生してください。伏字の部分に本来どんなテキストがあるかは、ソースを確認すればわかります。右クリック→ソースの表示、で。結構見境なく伏せてるので「これなら別に隠さなくても問題なくね?」ってのから「全力でアウトー!」ってのまで差が激しいです。明らかなデッドボールは伏せないと情報サイトに登録できなくなっちゃいますからあしからず。
 ちなみに、タイトルは球種的な意味と変態的な意味でダブルミーニングですけど、お題『宝』に関しても、鈴とスク水でダブルミーニングです。これは言わなくてもわかるかなぁ。
 そろそろ本当に真面目な話が書きたい。えくすたしーの方も真剣っちゃ真剣なんですけどね。

 いっこ追記。
 恭介の台詞「いいか理樹、スク水は未使用じゃ困る〜」は、ニコニコのようじょぱんつのうたの一フレーズをほんのちょっぴりだけ流用してます。よーうじょーのぱんーつーはー、みーしよーうじゃーこーまーるー♪
 歌詞が致命的に駄目なことを除けば名曲です。変態紳士の皆さんは是非とも一度。



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何かあったらどーぞ。