初め、自分がどこにいるのか、どうなっているのかが全くわからなかった。
 目を開けた、という自覚はあるのに、視界には何も映らない。上下左右の感覚さえ不明瞭で、僅かな光も見当たらない世界に於いて、存在しているだろう肉体はまるで意味を成していなかった。自分の身体の輪郭が掴めない。手足が動く動かないという話以前に、たぶんとしか言えないけれど、今の僕は人間の姿をしていないんじゃないかと思った。
 不思議なことに、意識だけははっきりしていた。外界から遮断されたこの状況で他にすることも頭に浮かばず、まずはどうしてこうなったかを考えてみる。

(えっと、確か昨日は……)

 いつも通り勉強を済ませて、少し真人と話して、早めに布団に入ったはず。特筆すべき点もない。強いて言うなら、沙耶からおやすみのメールが来たってことくらいだろうか。でもそれだって最近はほぼ毎日だし、そもそも僕達は付き合ってるんだから何もおかしいところはない。
 じゃあ何でだろう、と闇の中で呟いた時、ふと物音が聞こえた。僕の意識が形作る仮想の耳に、箪笥を引くような乾いた音が響く。それはすぐに止まり、今度は別の、例えるなら着替えを選んでいるようなごそごそという音に変わる。
 視覚が働かない、状況を明確に把握できない所為で、じわじわと不安な気持ちが膨らんでくる。何かが、僕のすぐ近くで何かが行われているのはわかるけど、その正体が掴めず、しかも身動きは一切取れないとなると、静かにやり過ごすしかない。息を潜めて待つこと数秒、唐突に僕は、全身が持ち上がる浮遊感を得た。

「今日はこれ、かな」

 ほんの少し上の方から届いたその声に、言葉を失う。
 聞き間違えるわけがない。今、僕を持っている人物の正体は――沙耶だ。
 なら、こうして沙耶の目の前にいる自分は、いったい何なんだろう……?
 新たに出てきた疑問について考えをめぐらせようとした瞬間、身体が横に伸ばされる。痛くはない。人間には有り得ない柔軟さを発揮した僕は、おそらくは沙耶の両手に導かれるまま空気を掻き分け、

「ん、しょっと」

 するりと、柔らかくも固くもあるものが僕の中を通っていく。端の方が滑らかな皮膚らしき部分に擦られ、くすぐったさと心地良さを覚える。再度同じ感覚が来て、途中で僅かな間どこかに引っ掛かりながらも、さらに上へと運ばれた。
 ……ここに至り、ようやく僕は現状を理解し始めた。ただ、心の隅に現実を認めたくない自分がいて、否定する材料を必死に探している。けれどもひっきりなしに伝わってくる沙耶の動作が、仕草が、教えてくれる。
 確証はない。でも、何となく、これが答えな気がした。

 そう。
 今の僕は、沙耶の、ぱんつになっている、らしい。










 トライアングラー










 信じ難いことに、僕は沙耶に穿かれている。比喩や冗談じゃなく、本当にそのままの意味だ。これが実に奇妙なもので、沙耶の肌の柔らかさとか温かさはしっかりはっきり伝わってくるのに、触れているという認識がどこから来るのかは全くわからない。推測でいいならば、僕の身体――つまりぱんつの生地全体に触覚があるんだろう。穿かれれば当然沙耶に密着するわけで、全身を優しく引き伸ばされているような、息苦しさとも気持ち良さとも判別の付かない感じがする。彼女が動く度に足の付け根辺りの生地が小さく擦れて、否応なく僕は沙耶の太腿やお尻の肌触りを味わうことになっていた。
 着替えが終わってから、最初に聞いたのはドアの開閉音。いくつもの足音に混じり向けられる挨拶に、控えめながらも快活な声で彼女は「おはよう」と返していく。段差を跨ぐ時の僅かな、けれど僕にとっては大きな歩き方の変化を頼りに沙耶の居場所を想像することで、少しでも気を紛らわせようとした。
 視界は失われているにもかかわらず、何故か聴覚と触覚は生きている。何も見えない分そのふたつが強調されて、やすりで削り落とすよりも早く僕の理性を奪ってく。あらゆる外界の刺激が劣情を煽ってくるけど、手足も何もないこの身体ではどうすることもできず、限界が近付いてくればくるほど、余計に酷い精神的な拷問を受けているようだった。
 引き戸をほんのちょっと動かす音。沙耶が教室に辿り着いたことを理解する。
 椅子に腰を下ろした瞬間、僕は思わず声を上げてしまった。ある程度室内は温まってるとはいえ、朝の大気に晒されていた椅子の表面は当然ながら沙耶の肌より冷たい。心の準備をする間もなく襲いかかった温度差とお尻のふくよかさに、心臓が跳ね上がる思いだった。幸いなのは、ぱんつに声帯がないことかもしれない。有り得ないとわかっているけど、もし僕が文字通り沙耶の尻に敷かれていると知られたら大変なことになる。
 先生が出席を取りに現れて、最初の授業が始まってからがまた辛かった。いつもなら板書を見てノートに書き写したりするところだけど、チョークが黒板を叩く音が聞こえるだけで、白い字を読む目もペンを持つ手も今の僕にはない。寝ようとしても、時折沙耶がお尻をズラしたり足を組んだりするものだからどうしようもなかった。おそらく僕にしか聞き取れない声量で唇から漏れる悩ましげな吐息も、集中を乱す一因になった。こんな調子じゃ眠れるはずがない。
 極めつけに、休み時間のトイレだ。そりゃあ沙耶だって人間だし、生理現象は抑え続けられるものじゃないのもわかる。でも、いくら不可抗力とはいえ、女の子のトイレに強制的に連れてこられて、自分以外に誰かがいるというのを当人が全く理解していない状況の中、耳を塞ぐこともできずその現場に立ち合わされるなんて――もう死にたい。実際僕に聞かれてると知ったら死にたくなるのは沙耶の方だろうけど、望まず凶悪犯罪に手を染めてしまったというか、人間として致命的な領域に足を踏み入れた気がする。……僕、そんなに悪いこと、しただろうか。

 昼を過ぎても、事態は一向に好転してくれなかった。
 友達らしき女子生徒と一緒に食堂でご飯を済ませ、午後の授業。沙耶達は体育らしく、更衣室に入ってすぐ、指がスカートと僕の身体に掛かったのがわかった。ぱさりと布の落ちる音が響く。他の人も着替えてるはずなのに、僕は沙耶が発する音ばかりが気になって仕方なかった。それでいつの間にか時間が過ぎていたのは、不幸中の幸いなのかもしれない。スカートとは違う、僕を外側から覆い隠すようなスパッツの感触。今までが開放的だったからかどうにも慣れないけれど、色々なことにずっと耐えてきた僕にとって、このくらいは我慢のうちに入らない。むしろ、大変なのはここからだった。
 賑やかな女の子達を静かにさせた、一際大きな教師の声を聞く限り、今日は体育館でバスケらしい。床で弾むバスケット用のボールの特徴的な重い音がそこかしこから響き始め、全身に伝わってくる刺激、身体の収縮から、沙耶も動き出したのを感じた。
 クラスが違うから合同で授業を受けたことはないけど、彼女は運動神経がすごくいい。きっと試合でも活躍するだろうし、コートを走り抜けるその快活な姿は、間違いなく見ていて飽きないものだと思う。こんな状況でしか沙耶の授業風景を知ることができないのは悔しくもある――というか、下半身の動きが(特に試合中は)激し過ぎて、心の中で応援する余裕がなかった。滲む汗でしっとりと濡れた肌、柔らかく跳ねる足の動作に合わせて擦れる生地。増していく人肌の熱はさらに僕を追い詰め、授業が終わった頃にはもう精神的に疲れ果てて、しばらく何も考えられずにいた。
 ようやく復活できたのは放課後になってから。部活に入ってない沙耶は、クラスメイトに別れを告げて教室を出る。廊下を歩きながら、ふっと呟かれた言葉に、何度目かわからない胸の痛みを僕は覚える。

「……理樹くん、出ないな」

 休み時間のうち数分、必ず沙耶が無言になる瞬間があって、その時微かにこちらへ届いてくる音から、彼女が携帯でメールを打っていることに気付いた。憂いを含んだ溜め息と一緒に僕の名前を呼ぶのが聞こえて、複雑な気持ちになる。
 実際僕自身がどうなっているのかは謎だけど、僕の意識がここにある以上、おそらく今、本当の身体は抜け殻になっているんだろう。眠ってるのか、あるいはもっと違う状態になっているのかはわからない。ただ、手元に携帯がなく、例え目と鼻の先に置かれていたとしても触れる手が存在しない現状、沙耶のメールに返信するのは不可能だった。

 ――不意に、恐ろしいことを考える。
 もしこのまま元に戻れなかったら、僕はいったい、どうなるんだろうか。

「……そうよね、恋人なんだから心配するのも当然よね」

 こっちの不安を余所に、沙耶は何かを心に決めたのか、急に廊下を走り出した。予想していなかった刺激に僕の思考は乱される。軽いステップと共に幾度も彼女の身体は機敏に動き、スカートの中で僕は為すがままに振り回されていた。二十秒も経たず足が止まる。引き戸に手を掛けたのか、疾走の勢いを殺した沙耶は、迷いのない足取りで教室の中程を目指して進む。
 聞き慣れた声が、お、と少しだけ意外そうに漏らした。真人だ。
 遅れて鈴と謙吾の声も耳に入る。恭介はいないみたいだった。

「ねえ、井ノ原くん、理樹くん知らない?」
「あー……朝の早いうちにアレで倒れちまったからよ、ベッドに寝かせてオレ達だけ先に登校したんだ。でも、何かみんなでメール送ってんのに全然反応なくてな」
「普段こんなに長い間起きないことはなかったんだがな……。これから様子を見に行こうと思ってたところだ」
「棗先輩は?」
「……抜けられない用事ができたらしい」
「そっか。あの、見に行くのあたしに任せてくれないかな」
「む……正直俺達も心配なんだが、まあ、無理に大勢で顔を出さなくてもいいだろう。見舞いが終わったら教えてくれ」
「うん。ありがとう」

 再び全身が揺さぶられ、教室を離れたと知る。段々ぱんつであることに慣れてきている自分が怖い。
 階段を駆け降り、渡り廊下を通って男子寮へ。女子寮と違って特に見張りもいないから、門前払いされる可能性はまずない。沙耶自身は人目を惹く容姿だけど、一応付き合ってることは隠してないし、寮内でナンパされはしない……と思う。
 僕と真人の部屋に、沙耶は真っ直ぐ向かっているらしかった。一階の中間地点辺り。徐々に速度を緩め、ぴたりとストップ。入るね、と確認する声が聞こえる。いつも通りと言うべきか、盗まれて困るものはほとんどないので、鍵は掛かっていなかった。だいぶ錆び付いてきているドアが小さく悲鳴を上げ、開いた扉と玄関の隙間に沙耶はその身を滑り込ませる。仕草のひとつひとつに焦りめいたものを感じ、今更彼女を心配させている自分が情けなくなった。
 入口から数歩、身体の伸び方、皺の寄り方で、沙耶がしゃがんだのを察知。しばらく下半身の動きはなく、上の方から伝わってくる微かな揺れに、ベッドで横になっているであろう僕に手を伸ばしてるのかもしれないと当たりをつける。

「理樹くん……」

 愛おしげな、けれど一抹の寂しさと不安が混じった声色に、一層僕の心は軋んだ。
 できるのなら、今すぐにでも目覚めたい。沙耶の前に現れて、大丈夫だよと安心させてあげたい。抱きしめたい。
 そう願っても僕がぱんつであるという事実は少しも揺るがず、風通しの良い制服のスカートに守られ、ただ無言で沙耶の下腹部とお尻を包み込むことしかできない。現状に於いて、僕はどうしようもなく無力だった。

『沙耶……っ』

 届かない。
 わかってるのに――わかってるけど、叫んだ。
 繰り返し繰り返し、喉があれば枯れて潰れてしまうほどに、彼女の名を呼び続けた。
 幾度声を張り上げただろうか。急に沙耶が立ち上がり、上半身を機敏に動かし始めた。まるで辺りを見回すような、誰かを探すような。まさかと思った瞬間、囁きに近い言葉が降りてくる。

「……今、理樹くんの声が聞こえた」

 何故、どうして届いたのかはわからない。けれどひとつだけ確かなのは、このチャンスを逃せばもう打つ手がなくなるということだ。馬鹿馬鹿しくても、有り得なくても、信じてもらうしかない。僕に残された唯一の意思伝達手段を以って、自分が沙耶のぱんつであると訴える。脳の血管が切れそうな勢いで叫んでいるにもかかわらず、こちらの声は断片的にしか伝わっていないらしかった。それでも愚直に、僕は同じ台詞を吐き出す。沙耶が穿いているぱんつが僕なんだ、と。

「ぱんつ!? ぱんつが何なの?」
『だから、……ま、……に……って……!
「ああもうっ、携帯じゃあるまいし!」

 突然の、尋常じゃない事態に沙耶も混乱してたんだと思う。でなければこんなことをするなんて考えられない。
 僕の身体、つまりぱんつの両端に指を掛け、彼女はおもむろにそれを勢い良く脱いだ。汗の浮いた肌に引っ掛かってくるりと丸まった僕を元に戻し、持ち上げていく。そして柔らかくも複雑な形をした場所――おそらくは耳に近付け、押し当てた。

『……あの、沙耶?』
「本当に上手く行くとは思わなかったけど……理樹くん、なんだよね?」
『うん。今、僕が沙耶の目の前で寝てると思うんだけど、でも、僕はここにいるんだ』
「訳わかんない……。何で理樹くんがあたしのぱんつになってるの?」
『ごめん、起きたらもうこうだったから……』
「原因は不明、かあ。……え、ちょっと待って。起きたらって、もしかして、朝からずっと?」

 その問いには頷けるわけがない。とはいえ無言でいることはそれ自体が肯定になるもので、結果、気まずい、痛々しくすらある静寂が場を満たす。何か言おうにも、沙耶をそうさせている原因が僕自身な以上どうしようもなかった。一秒。二秒。三秒。表情は窺えないけれど、彼女の様子は脳裏にありありと思い浮かべられる。
 そして、一呼吸の間を置き、

「うわあああああああああああああああああああああぁん! 理樹くんに全部聞かれたあああああああぁぁぁぁっ!」
『わ、ストップ、ストップ沙耶! 声大きいよ!』
「もうこうなったら死ぬしか……!」
『早まっちゃ駄目! お願い、お願いだから落ち着いて!』
「でっ、でも、あたしトイレにだって入ったし、着替えの時とかもっ」
『聞いてない、聞いてないよ、耳塞いでたから!』
「……ぱんつなのに、どうやって?」
『………………』
「やっぱり嘘なんだあああああぁぁぁ!」

 男子寮の一階、僕と真人の部屋で響き渡る沙耶の泣き声。自室に女の子連れ込んでしかも泣かせたなんて、醜聞以外の何物でもない。いや、そんなことより、この状況は致命的だ。どうにかして沙耶を宥めようと思いつく限りの言葉を並べてみるも一向に静まらず、自然に落ち着くまで待つしかなかった。
 幸い誰かが騒ぎを聞きつけてやってくることもなく、ようやく一段落した沙耶が目元の雫を拭った頃には、色々と神経を削られて僕はへとへとになっていた。

「……理樹くん、ごめんね。取り乱しちゃって」
『いやまあ、仕方ないとは思うよ……。不可抗力とはいえ僕が悪いんだし』
「ううん。理樹くんだって、こうなりたかったわけじゃないんでしょ?」
『ぱんつになりたいなんて言ったらただの変態だよ』

 そりゃあ僕も男だし、興味がないと言えば嘘になる。それが沙耶のであるなら尚更。
 だけど僕が好きなのは沙耶であって、ぱんつじゃない。必要以上にプライバシーを暴く必要も、当人が見せたくないものを無理に見ようとする気持ちも持ち合わせてはいない。
 そう返すと、安心したような声色でもう一度、ごめんね、と沙耶は囁いた。

「にしても……どうしてあたしのぱんつなんかになっちゃったのか、心当たりはある?」
『さっぱり。手掛かりも全くないけど、強いて言うなら――』
「言うなら?」
『ここに来て、僕の声が届いたってことかな』
「じゃあ、理樹くんはその前にもあたしに呼びかけたりしたんだね」
『何度か試したけど駄目だったんだ。……今考えると、聞こえなくてよかったのかもしれないけど』
「どうして、……って、ああ、そっか」

 僕と沙耶だけの空間に、小さな笑みがこぼれる。

「こんな風になってもあたしを気遣ってくれるなんて、やっぱり理樹くんは優しいな」
『……別に、特別なことをしたつもりはないよ』
「あはは、照れてる照れてる」

 気恥ずかしくなって口を閉ざした僕を掴んでいる手、その親指で、沙耶は優しく生地を撫で擦り始めた。
 我慢できず声が漏れる。それに気を良くしたのか、全身に絡む指が甘い圧力を与えてくる。
 痛みとは程遠い、愛しささえ伝わってくる感覚に、胸の奥底で渦巻いていた漠然とした不安が少し薄くなった。

「あの……ね、理樹くん」
『うん』
「もし、もしこのまま理樹くんが戻れなかったら……戻れなくても、あたし、絶対見捨てたりなんかしないから」
『……うん』
「だから、だから――どんな姿でも、あたしの気持ちは変わらないよ」

 ぱんつのままじゃ、キスも、抱き合うことも、まともに触れることだってできないのに。
 ひたすらに純粋で真っ直ぐな言葉と想いには、これっぽっちの嘘も感じられない。

『沙耶』
「なに?」
『ありがとう』

 戻らなきゃ。
 本当に心から、僕はそう思った。










 闇に埋め尽くされていたはずの視界にベッドの裏側、部屋の天井が入った時、最初に僕は自分の目を疑った。
 一拍遅れて身体の重みに気付き、無意識のうちに頬へ当てられていた手を前に伸ばし、眺める。
 ゆっくり上半身を起こすと、組んだ腕を顔の下に置き、傍らですやすやと眠る沙耶を見つけた。その左手に皺の寄ったぱんつが握られているのを知り、ああ、夢じゃなかったんだ、と嘆息する。
 ぱんつでいた頃は時間の感覚が全くなかったけれど、枕元に転がっていた携帯は意外と早い時刻を示していたので、知らないうちに意識を手放してから目覚めるまで、さほど経ってはいないんだろう。

 結局、僕が沙耶のぱんつになった理由も、無事に戻れた理由も、わからずじまいだ。
 夢でない以上、何か超常の力が働いていたのは間違いない。でも、僕をぱんつにして特定の人が得をするとは到底考えられないし、仮にこちらを貶めるつもりだったなら、もっと他にやりようがあったはず。悪意を向けられたわけじゃない……と、とりあえずは信じたかった。
 あるいは――これは試練だったのかもしれない。僕と沙耶を試すもの。何のためにそんなことをするのかと訊かれると答えられないけど、そう、例えば、僕達を見守ってる誰かが変な気を利かせちゃった、とか。

「……なんてね」

 苦笑してベッドから出る。
 みんなにも迷惑と心配を掛けた。真人達には感謝しなきゃいけないかなと思う。
 でも、何よりも先に――ふにゃりと安心しきった顔で、無防備な寝顔を晒している彼女の髪に触れ、撫でる。
 それからそっと左の手指を解き、お腹を冷やしてしまわぬよう、静かにぱんつを穿かせることにした。

 傾きかけた橙色の陽に照らされて、沙耶のぱんつがどこか誇らしげに輝いて見えたのは、たぶん、錯覚だろう。










 あとがき

 久々に第17回草SS大会へ投稿したもの。思いついちゃったからしょうがない。
 ベースは佐々美さんシナリオでして、表に出しちゃいけない副題は『ぱんつの余計な恩返し』。日頃穿いてもらってることに感謝していた沙耶さんのぱんつ達が、何故か意思を持ち一念発起して理樹君と沙耶さんの仲をより進展させようとしました。その結果がこれだよ!
 発想こそ自分でも「これはひどい」としか言えないんですが、とにかく真面目に。実際ぱんつになったら悲惨ですよね。どっちにとっても。その悲惨さを強調するため、そして理樹君の純情さを出すために敢えて描写にこだわった……あ、うん、まあ素が漏れたのも否定はしません。
 ちなみに結構どうでもいい設定や書かないでおいた部分があって、例えば箪笥の中にいた理樹君はシュレディンガーの猫状態で沙耶さんが手に取った瞬間『選ばれたぱんつ』であると確定されてたとか、本当はぱんつを穿かせようとした瞬間真人達がお見舞いに来て一悶着あったとか、虚構世界ってことで書いてるけど実は名前と若干の描写を変えればアフターでも成立するとか、いやまあマジでどうでもいいですね。ぶっちゃけ沙耶さんである必要はさほどないんですが、ぱんつと言えば沙耶さん、沙耶さんと言えばぱんつ(言い過ぎ)なので、その、私がいつも通り変な方向に妄想膨らませた結果だと納得してください。それ以上でもそれ以下でもない、純然たる趣味とリビドーのSSです。
 もうひとつ余談。タイトルはダブルミーニングです。トライアングラー→三角形のもの→ぱんつ。それと、言うまでもなく坂本真綾さんのあの曲。「ほしーをめーぐるーよじゅんじょうー♪」が頭から離れなくて。
 久々に好き勝手書けたので満足です。まさかの二票で、色々安心しました。受け入れてもらえたよ……。



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何かあったらどーぞ。