わんこの花嫁



   プロローグ「結婚式はいつだって唐突だっ!?」



もう、朧気にしか思い出せない幾度も繰り返された世界。
それでもその世界の中で繋がった僕の樹と、クドの歯車は全てが終わった後でも繋がっていた。

僕達リトルバスターズだけの修学旅行の後、僕とクドは正式に恋人同士になり、お互いの絆を更に深めて行った。
リトルバスターズの皆はもちろん、クドのルームメイトで、今はまるで姉妹のように仲の良い二木さんも僕達の事を祝福してくれた。
「あの子が直枝君を選んだんだから、私が口を出す余地は無いわよ。それにしても物好きね、あの子も」
ちょっと意地悪な言い方ではあったけど、直枝君と呼び方を変えているあたり少しは認めてくれているのかなと思う。

そして、秋が過ぎてもうすぐ冬にさしかかろうとしたそんな時、僕とクドは放課後恭介にメールで空き教室に呼び出された。
「理樹、そして能美。3日後の土曜日の午後からお前達の結婚式及び披露宴を行う」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「わわわわわふ〜っ!?!?!?」
『恭介はいつだって唐突だ!』
開口一番にこう言った恭介に対して、こんなフレーズが頭の中に浮かんでしまう僕だった。

「恭介、なんだってそんな流れになるのさ?」
僕が問うと、恭介は顔を俯かせ、寂しげな顔でこう言う。

「理樹、俺もそろそろ卒業だ。例え絆は繋がっていても距離的には離れ離れになる」
「それは、確かにそうだけどさ」
「その前にお前達を盛大に祝ってやりたいと思ってな、メンバーの皆も諸手を挙げて賛成してくれた」
「ちょっと待ってよ恭介、僕まだ18歳じゃないから結婚なんて無理だよ?」
「心配は要らないさ、俺達リトルバスターズだけの仮想の結婚式だしな」
「それに、お前と能美は愛を誓い合ったんだろう? だったら何の問題も無い、違うか?」
愛を誓ったなんてさらりと言われて、僕もクドも顔が赤くなる。
「だからって、唐突過ぎるよっ!」
無駄だとは思いつつも、僕は最後の抵抗を試みてみたけれど…

「頼む理樹! 能美! もう全ての準備までしてしまったんだ。俺の最後のわがままだと思って受け入れてくれ」
恭介はそう言うと、土下座までして僕達に頼み込んできた。
付き合いの長い僕にはこういう時の恭介は、本気と冗談の割合が3:7だって事を知っているのだけど、
僕の恋人はとっても素直で良い子な訳で…
「分かりましたっ! 私で良ければお受けするのです!」
僕が止める間も無く即答してくれました。

「皆さんの好意を無駄には出来ませんし、良いですよね? リキ」
「いや、でもねクド」
「それに、仮想とは言えリキのお嫁さんになれるのは嬉しいですし〜」

俯いて顔を真っ赤にしつつ、両方の人差し指をつんつんと突付くクドの可愛さに抗える訳も無く。
そして、クドの花嫁姿を見たいと言う自分の欲求にも抗えなかった僕は首を縦に振るしかなかった。











   第一話 作戦始動



話は一ヶ月前に遡る。

恭介は放課後、空き教室にデートで不在の理樹とクドリャフカを除くメンバーを招集していた。
「急に呼び出してすまないが、皆に頼みが有る」
「恭介、理樹と能美が居ないと言う事は二人に関係有る事か?」
「流石謙吾、話が早くて助かる。一ヶ月後の土曜日に理樹と能美の仮想結婚式と披露宴をやりたい。協力してくれ」
「結婚式は放課後に理樹達の教室の2−Eを、披露宴は食堂を借りて行う予定だ」
「「「「「「「……………………」」」」」」」

いつもの事とは言え、あまりに唐突な提案に一同は呆気に取られる。
「仮想とは言え結婚式に披露宴か、恭介氏も思い切った事をするな」
「俺もそろそろ卒業だしな。その前に俺達の手で理樹と能美の心に残る思い出を作ってやりたいと思ってさ」
「それも含めて、馬鹿騒ぎしたいのも本音だろう?」
「まぁ、否定はしないさ」
「随分と素直な事だ。まあ、クドリャフカ君の花嫁姿を拝める機会を断る理由は無いな」
本音を突かれても悪びれもしない恭介に、唯湖は苦笑しながらも賛同。

「うん、すっごく素敵なアイデアだよね。私もやるよ〜」
こういう事が大好きな小毬も即答。

「理樹とクー公の為だってんなら、俺の筋肉いくらでも使ってやるぜ」
「良いだろう、俺も理樹と能美の為に全力を尽くそう」
真人と謙吾も気合十分。

「私もそういうお祭り騒ぎなら大歓迎ですヨ。はるちんまくすぱわーですヨ」
「三枝さんは少し自重する位で丁度良いと思いますが? 私も異存ありません」
「みおちんひどっ!」
騒ぐのが大好きな葉留佳は言うまでも無く、そんな彼女にさりげなく釘を刺しつつ美魚も賛同する。

「理樹とクドは大切な友達だ、あたしもやるぞっ」
かつてよりずっと積極的になった鈴も二人の為にと、やる気を見せる。
全員が賛成の意を示したのに恭介は満足気に頷いた。

「よしっじゃあ皆ミッ「ちょっと待ちなさい、貴方達っ!」」
恭介の号令に割り込みをかけてくる声が有った。

「二木?」「お姉ちゃん?」
恭介と葉留佳が同時に言う。
空き教室の扉を開けて入ってきたのは、風紀委員長で三枝葉留佳の姉でもある二木佳奈多。
「貴方達、直枝君とクドリャフカの仮想結婚式を行うのよね?」
「あぁ、その通りだ。 別に風紀委員の邪魔をするつもりは無いぜ? そもそも、式を行う予定の場所は生徒会や学校側にはちゃんと許可を取ってある」
そういう手回しに関してはぬかりが無い男、それが棗恭介。

「別にそんな事を言うつもりで来たんじゃありません棗先輩。貴方がそんな落ち度見せるとは思わないし」
「んじゃ、何の用で来たんだよ?」
佳奈多が咎める為に来たわけで無いと知り、彼女の真意を真人が問う。

「私もその仲間に入れなさい」
「ええぇぇぇっ!?」「ほわぁぁぁっ!?」「なぁぁぁっ!?」「マジかよっ!?」「何だとぅっ!?」
佳奈多の爆弾発言に、葉留佳、小毬、鈴、真人、謙吾が次々と叫ぶ。
恭介、唯湖、美魚は叫びこそしないものの驚きの表情を隠せなかった。

「お姉ちゃん熱でも有るの? それとも頭でも打った?」
「は〜る〜か〜。それはどういう意味かしらぁ?」
「いだだだだだだだだだっ。おねーちゃんギブ、ギブ。頭ミシミシって、ミシミシって音してるからぁぁぁぁぁぁ!」
葉留佳の失礼な物言いに、佳奈多は『鉄の爪』と称された往年のプロレスラー フリッツ・フォン・エリックばりのアイアンクローで応える。
「それにしても、どういう風の吹き回しだね? 佳奈多君」
「私だってクドリャフカの友人としてあの子を喜ばせてあげたいのよ…。それが答えじゃご不満?」
「合格っ!」

唯湖の問いに、頬を赤らめてそっぽを向きつつも素直な心情を吐露した佳奈多に、恭介は即決で参加を許可した。
「こいつは強力な助っ人だぜ」
佳奈多と言う強力な戦力を得て恭介のテンションは最高潮に達した。

「さて、ミッションを行うに当たって、今回俺達の手作りでやりたいと思う。衣装から料理、飾り付けまで全てな」
恭介は作戦概要の説明を始めだした。

「そこでまず衣装担当だが、謙吾、お前が中心になって裁縫をやってくれ」
「俺がか? 俺じゃなくても他の女子達で良いんじゃ無いのか?」
急な指名に驚きを隠せない謙吾。
「いや、今回は期間が短い。だから、ジャンパーを一晩で縫い上げたお前の腕を見込んで頼む。できるか?」
「ふっ、そこまで言われて断ったら漢(おとこ)が廃るな。 是非ともやらせて貰おう」
そう言うと握手しながら真剣な顔で見詰め合う。
「棗×宮沢、美形二人の熱い友情…大いにアリです」
頬を赤く染めつつ不穏な発言をした女子が一人居たが、とりあえず置いておく。

「そして、デザインとイラストは小毬と来ヶ谷。お前達に頼む」
「ふえっ、私とゆいちゃん?」
「妥当な人選だな」
恭介に突然話を振られ、あたふたする小毬と自信満々な唯湖。

「デザインはメルヘンチックな想像力と発想力を持つ小毬が、それをイラストにするのが来ヶ谷だ」
「私に出来るかなぁ? 自信無いよ〜」
「小毬、これは俺達の中ではお前にしか出来無い。能美の為にも頑張ってくれ」
真剣な顔で小毬を見つめ、恭介は励ます。
「う〜、クーちゃんの為かぁ。ようしっ、私頑張って可愛いドレス考えるよ」
一度目を閉じて胸に手を当てる。そして、小毬はいつもの掛け声とともに決心した。


「来ヶ谷は、まぁ聞くだけ野暮だな」
「うむ、小毬君のアイデアを元に思わず『萌へ〜』と言いたくなるようなイラストを描いてやろう」
「俺の理想は高いぜ?」
「私に万事任せておくが良い」
にやりと互いに不敵な笑みを交わす。

「俺を含めて後のメンバーは、買出し及び裁縫班のサポートに回る、良いな?」
その言葉に鈴・真人・葉留佳・佳奈多は頷いた。

「料理や飾り付けについては衣装が完成次第に通達する、まずは衣装作成に全力を傾けてくれ」
恭介の説明に全員が応と答えた。

「それじゃあ『理樹と能美には内緒だぜ? ビックリドッキリサプライズラブラブハッピーウェディング大作戦』ミッションスタートだっ!」

その瞬間、世界は凍りついた………

「壊滅的にセンス無いな」
まず鈴が呆れる。
「まぁ、恭介氏のネーミングセンスの残念さは折り紙付だからな」
それに唯湖が続く。
「これは聞かなかった事にしよう〜」
小毬は現実逃避。
「棗先輩っていつもこんな感じなの?」
「お姉ちゃんも早く慣れとかないと後がキツイですヨ?」
「一生慣れたくない気がするわ」
葉留佳・佳奈多姉妹が更に追撃。
「このタイトルに評価を下すのは…無粋ですね」
美魚がトドメを刺す。
「「……………………」」
謙吾、真人に至っては開いた口がふさがらない模様。
「俺だって何でも完璧って訳じゃないやいっ。と、とにかくミッションスタートだぁぁぁぁぁぁっ!」
全員の冷たい反応に半べそ+キレ気味でミッションスタートの号令を掛ける恭介であった。



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