一本目
二本目
三本目
四本目
五本目
六本目
七本目
八本目
九本目
十本目





1.部屋に置いてあった謙吾が持ってきたらしい巫女服をクドに着てもらう


「……リキ、どうですか?」

 背中を向けて耳も塞いで、着替え終わるまで待つこと五分ほど。
 振り向いた僕が見たのは、明らかにサイズの大きい紅白の衣装を身に纏ったクドだった。
 白布の袖はどう考えてもぶかぶかだし(全然手が出てない)、緋袴も腰上で留めているのに思いっきり床に付いてしまってる。そのまま歩いたら踏んで転びそうなくらいの余り様だ。また、一緒に置かれていた水引で、長い亜麻色の髪を軽く束ねている。どうしても、巫女と言えば日本的な黒髪のイメージが強いけれど、両手を前で重ね、恥ずかしげに俯くクドには、随分と似合っているように感じた。
 僕がじっと見つめているのに気付き、クドはますます身を縮める。そんな仕草が初々しく可愛らしく、数歩の距離を詰めると、後ろに下がろうとしたクドが緋袴の裾に足を引っ掛けて、

「わ、わふっ!?」

 倒れそうになったところで、ギリギリ間に合った。
 すっぽりと僕の腕の中に収まったクド。些かその身体に不釣り合いな装束が、肌に当たって乾いた音を立てる。
 触れた生地は思ってたよりも薄い。一枚の布を通して、クドの柔らかさと仄かなぬくもりが伝わってくる。
 鼻孔をくすぐる女の子の匂いと、そっと抱きしめた腕越しに響く速い鼓動。

「クド」
「は、はい」
「僕は、謙吾みたいに変な趣味嗜好は持ってないと思ってたんだけど……」

 巫女服の何がいいのかは、正直よくわからない。
 でも、こうしてクドが着ると、何か形容し難い神秘性が付与されたような気がする。
 それは一種の背徳感を僕にもたらして、あっという間に心拍数が跳ね上がった。
 包み隠さず、自分の今の気持ちを口にするならば――クドの巫女服姿に、僕は間違いなくくらっと来ていた。

「どうしよう。いつもより、ドキドキしてる」
「……不思議です。私も、何だかとてもドキドキしてます」

 日常ではまず有り得ない状況に、どこか理性が麻痺してしまってるのかもしれない。
 特別な思惑があって頼んだわけじゃないんだけど、無造作に畳まれ置いてあった巫女服を、着てみたらどうかな、なんて言ってみたその時は、我ながら何口走ってるんだろうとちょっと後悔したくらいなのに。

「リキ……」

 微かに潤んだ瞳で僕を見上げるクドは、幼げな体型ながら、背筋がぞくりと震えるほどに艶めかしくもあった。
 謙吾の書き置きを読んだ限り、どうやら巫女服は僕のサイズに合わせて用意したらしい。いったいこっちに何をさせようとしてたのか、本当に僕が着るとでも思っていたのか、気にならないと言えば嘘になるけれど、重要なのはそこじゃない。
 本来ぴっちり肌を覆うはずの白布は、緩過ぎて胸元との間に大きな隙間を作っている。つまり、少し俯いて見下ろせば、その隙間の奥が覗けてしまうのだ。いけないとわかっていつつもつい目は向き、僕の視線の行き先に気付いたクドは、慌てて襟を押さえ引き締めた。

「……見ましたか?」
「あ、その……うん。ごめん」
「リキは変態さんなのです」

 にこやかにそう言われると返す言葉もない。
 慌てて僕が顔を横に逸らそうとしたところで、不意にクドの右手が伸びてきた。
 ひんやりとした指が頬に触れ、押さえを失った襟が再び緩んで開く。

「でも……リキなら、変態さんでも構わないです」
「………………」
「触って、みたいですか?」

 もう片方の手も、外された。
 薄闇に満ちた空白地帯が、露わになる。
 明確な誘惑に、僕の頭は自然と縦に振られていた。
 心臓がはちきれそうで、喉はからからに乾いて、最早意思とは半ば関係なく、僕の手がクドの胸元へと――


>のっけからこの方面か私。いやでも、くどみこと二人きりでぶかぶかと来たらもうこれしか!
>チャットで元テンチョーさんがくどみこについて熱く語ってらしたので、ちょっとネタを失敬しました。感謝!


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2.休日の朝ルームメイトの佳奈多に髪を梳いてもらいお返しにクドも佳奈多の髪の手入れをする


 むくりとベッドから起き上がり、私はふぁ、と小さな欠伸を噛み殺しました。
 学校はお休みの日ですが、普段通り目覚まし要らずの朝です。部屋の時計は六時過ぎを指していて、眠い目を軽く擦り、すぐに見つけた背中に向けて私は声を掛けます。

「佳奈多さん、ぐっどもーにんぐなのです」
「おはよう、クドリャフカ」

 頬を撫でる涼しい風で、窓が開けられていることに気付きました。佳奈多さんも起きたばかりなのか、まだパジャマ姿。それでも、今日は平日だと錯覚してしまいそうなくらい、いつものように凛としています。
 さっきの欠伸が急に恥ずかしくなって無意識に口元を押さえると、何も言わずに佳奈多さんは表情を緩めました。
 ……仕方のない子ね、といった感じのそんな顔が、私は好きです。
 子供扱いされてるとは思いません。自分にも他人にも厳しい佳奈多さんが、本当はとても優しいことを知っていますから。

「……あら、ちょっとクドリャフカ」
「はい、何ですか?」
「こっち来て鏡を見てみなさい」

 手招きされ、言われるままに化粧台へ近付いてみると、どうして呼ばれたのかはすぐわかりました。
 寝ている間に潰してしまったのでしょう、私の髪の一部に妙な癖が付いています。ちゃんとベッドに入る時には色々工夫したり調整したりしてるのですが、どうやら昨日の夜はちょっと寝相が悪かったみたいです。
 幸い、学校がない分セットには多少時間が掛けられます。食堂で家庭科部の活動もしておきたいと考えていましたがそれはまた次の機会に……と考えていたその時、ふと鏡の向こうに佳奈多さんが映りました。
 私の頭に隠れて上手く見えないものの、手には櫛とヘアトリートメントのボトル。

「自分で整えるのは面倒でしょう。やってあげるわ」
「え、でも……」
「遠慮しなくていいわよ。別に急ぎの予定はないもの。それに」
「それに?」
「あなたの跳ねた髪を放置する方がよっぽど気になるから」
「……じゃあ、お願いします」
「ええ」

 何というか、すごく佳奈多さんらしい理由です。
 苦笑しながら身を任せると、髪が指で梳かれているのがわかりました。トリートメントで癖のある部分を戻し、それから櫛が通ります。頭頂部を起点にして、丹念に、丹念に。佳奈多さんの手付きは、決して荒っぽくはなく、むしろ穏やかなものでした。絡まった箇所をそっと解き、量のある髪を徐々にくしけずり均していく手際に、私は目を細めます。

「前から思っていたけれど……」
「わふ?」
「綺麗な髪ね」
「わふー……褒められると嬉しいですが、恥ずかしいです……。でも、佳奈多さんの髪も綺麗ですよ」
「そうかしら。自覚はないわ。……はい、終わったわよ」

 素っ気なく返答して、佳奈多さんはすっと私から離れました。
 後ろ手で一房持ち上げてみると、全く絡まらずにさらさらこぼれていきます。

「佳奈多さん、ありがとうございます」
「だから、感謝されるためにやったんじゃないわ」
「それでもです。あ、ではお礼に私も佳奈多さんの髪のお手入れ、手伝いますねっ」

 戸惑う佳奈多さんの背中側に回り、私は軽く肩を押して鏡の前に座らせます。
 流れるような長髪は、同性の私から見ても羨ましく感じるものです。もっとも、この質を保つのに必要な手間がどれほどなのか、一応ながら知っている身としては、手入れを継続させていることにこそ感心するのですが。
 今は真っ直ぐ結わわずに下ろされた髪へ、佳奈多さんから受け取った櫛を通します。頭頂部からいくつかの束に分け、左手で支えつつ、ゆっくりと傷めないように梳いていくと、さして抵抗もなく櫛が下に流れていきました。
 絹糸みたいな、という形容を私は脳裏に浮かべます。ふわりと漂ってくるのは、きっとシャンプーの微かな匂い。

「えへへ……」
「何? 私の髪をいじるのがそんなに楽しいの?」
「はいー。楽しいですし、嬉しいです」
「……そう。留めるのは自分でするわ」
「いえいえ、折角ですから最後まで私にさせてください」
「……仕方のない子ね」

 今度は表情だけでなく、声に出して佳奈多さんはそう呟きました。
 けれど嫌がる素振りを見せないのは、私に心を多少なりとも委ねてくれている、と思っていいのでしょうか。
 葉留佳さんのものと全く同じ、可愛らしい髪留めを持って、親指と人差し指で輪を作るくらいの分量を掴みます。そこにそっと髪留めを通し、ゴム部分をくるりと半周ねじってもう一度根元まで通しました。
 触れても解けないことを確認し、できましたよ、と告げます。
 佳奈多さんは結び目の辺りに手をやり、具合を確かめてから小さく頷きました。

「大丈夫そうね」
「よかったです。私はあんまり髪を自分で結ったことがないので、実はちょっと心配でした」
「あら、その割には手慣れているように思えたけど?」

 くすくす、と。
 あまり人前では見せない、柔らかな笑みを浮かべる佳奈多さん。

「……ありがとう、クドリャフカ」
「どういたしまして、なのですっ」
「英語ではどういうかわかるかしら?」
「え、えっと……ゆーあーうぇるかむ?」
「上出来ね。発音はまだまだだけど」
「わふ、精進しますっ」

 私も釣られるように、自然と頬が緩んだのでした。


>またまたチャットで、佳奈多さんの髪をいじるクドっていいよねという話になったので。おおよそるじゅなーさん。
ARI-COMさんで以前描かれていた朝の二人の様子からも妄想しました。この二人、何だかんだで仲良さそう。


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3.嫌がる真人に野菜たっぷり沖縄料理弁当を食べさせようとするクドとその様子を傍目から見て複雑な心境になる理樹


「いーのはーらさんっ」

 四時限目の授業が終わり、昼休みになった直後。
 食堂に行こうと立ち上がったところで、楽しげなクドの声が響いた。
 同じく半ば習慣めいた調子で席を立った真人のそばに寄り、両手を後ろに回したまま、机の正面に陣取っている。

「おう、どうしたクド公」
「井ノ原さんは今日、お昼ご飯は学食の予定ですか?」
「ああそうだぜ、いつも通り理樹達と一緒だ」
「では、何を食べるつもりです?」
「そりゃあもちろん、」
「カツだよね」
「カツだな」
「カツだろう」

 真人が答えかけた瞬間、それを遮るように僕は言う。鈴と謙吾も追従し、図星だったのか返事の代わりに呆けた顔が見られた。たぶん今、頭の中で「お前ら、エスパーかよ……」みたいなことを考えてるのかもしれない。
 質問をしたクドも頷き、小さく溜め息を吐いた。

「先日も言いましたが、井ノ原さんには野菜が足りなさ過ぎます。好き嫌いしてたら大きくなれませんっ」
「いや、でもよ……」
「というわけで、今日は私が井ノ原さんのためにお弁当を作ってきましたっ」

 とん、と机の上に置かれる包み。小さな手が結び目を解くと、シンプルなデザインながらもクドらしい、星の模様を散りばめた水色の弁当箱が現れた。開けてみてくださいと促され、真人は眉を顰めつつも蓋を持ち上げる。

「………………」
「どうですか、って閉められました!?」

 一瞬だけ中身を見て、蓋は呆気なく戻された。

「何だよこれ、緑色のもんがぎっしり詰まってたぞ……?」
「野菜たっぷり沖縄料理弁当ですから。身体にいいんですよー」
「うえー、沖縄料理って、こないだ言ってたアレだろ? ゴーヤとか」
「はい。これにもしっかり入ってます。にがうりの炒め物ごーやーちゃんぷるーもやしの炒め物まーみなちゃんぷるーヘチマの塩漬けなーべらーすーちかーよもぎの炊き込みご飯ふーちばくふぁじゅしーに、沖縄風ドーナツさーたーあんだぎー……」

 聞き慣れない単語が並べ立てられる度、真人の顔色が悪くなっていく。
 こっちからはどんな料理があるのかまでは見えなかったけど、クドが言うくらいだ、きっと本当に野菜ばっかりなんだろう。
 確かに普段真人はほとんど野菜を食べないし、嫌いなものは結構僕や恭介に渡してきたりする。
 それでもあれだけ大きくなってきてるんだから、クドのお説教にはいまいち説得力が欠けてるような気がするけれど。

「すまん、遅くなった……って、真人は能美と何をやってるんだ?」
「クドが真人にお弁当を作ってきたんだって」
「ほう。能美も随分なお節介焼きだな」
「え、そういう問題なの……?」

 僕が何となく複雑な心境になっていると、鈴が制服の肘の辺りを軽く摘まんで引っ張ってきた。

「きょーすけも来たことだし、はやく飯を食べにいくぞ」
「あ、うん、そうだね。真人とクドもあっちで食べようよ」
「はい、わかりましたっ」

 弁当箱を包み直し、井ノ原さん行きましょうー、なんて背中を押しながら僕達に混ざるクド。
 ……どうしてだろう。こう、胸の辺りがすごくもやもやする。

「ねえ鈴」
「ん、どうした?」
「真人とクドって、妙に仲良くない?」
「そうか?」

 首を傾げ、鈴は歩きながら考える仕草を見せた。
 振り返れば後ろに二人がいて、詳しい会話の内容までは聞き取れないけど、何やら楽しそうに話している。
 その様子をしばし眺め、僕に向き直って、

「たしかに、仲良さそうだな」
「だよね……」
「馬鹿とクドが仲良さそうだと、なにか困ることがあるのか?」
「いや、そんなことはないんだけど」

 きょとんとした顔の鈴に苦笑を返して、少しだけ僕は足を速める。
 気持ちは、どうにも晴れなかった。


>くどふぇす短編ボツネタ。真クドに見せかけた理樹クド。クドじゃなくて理樹君が嫉妬するとかそんな感じ。似合わない?
ヒゲナシさんの期間限定リトルバスターズ専用部屋にある絵(10/8付)が発想元。そういうの結構多いです。


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4.姉御の手回しでナース服を着てきたクドに風邪引いた理樹君が看病される


 再び目覚めた時、僕は最初どれくらい眠っていたのかもわからなかった。
 力なく手を動かし、枕のそばに置いたはずの携帯を探す。寝る前は横にあったのに、いつの間にか頭の下に紛れ込んでいたらしい。後ろ手で抜き取り、背中部分に映った時刻を確認した。

「あー、もうそろそろ放課後だ……」

 呟く声も細く、我ながら弱々しいと思う。
 朝の頃にはがんがんと鳴り響いていた頭痛もだいぶ治まったけど、まだ身体は重くて、まともに歩き回れそうにない。
 それでも無理矢理掛け布団を突き飛ばすように起き上がると、軽い眩暈を覚えた。本調子というには程遠い体調で、これは明日も休まなきゃいけないかなぁ、なんて考え、ただでさえ後ろ向きな気分が余計に沈む。
 とりあえず、携帯と一緒に除けておいた体温計を取った。恭介が借りてきたもので、腋に挟んで測るタイプだ。以前、耳の穴に差し込んでボタンを押すと一瞬で測れる体温計がテレビで出てきた時に、その話で二十分くらい盛り上がったのを思い出し、少しだけ気が緩んだ。
 しばらくして、静かな部屋に電子音が木霊する。小さな画面には、38.2℃の表示が。

「……ちょっとは、下がったかな」

 この前が三十八度後半だったことを考えれば、多少は良くなったんだろう。
 体温計をケースに戻し、額に滲んだ汗を袖で拭う。
 寝起きだからか、全身が異様に火照っていた。寝間着もぐっしょりと濡れ、こうしてぼんやりしているだけでも寒い。
 どうにかして着替えたいけど、正直ベッドから抜け出すのさえ億劫だった。
 このまま後ろに倒れたい、倒れてまた寝てしまいたいと思い、眩暈も手伝って身体が後ろに傾いだ瞬間、

「リキ、起きてますか?」

 ノックと共に、クドの声が聞こえた。
 突然のことに僕は戸惑い、携帯の時計を見直す。……まだ、授業が全部終わるには少し早い。

「クド……どうしてこっちに?」
「偶然最後の授業が自習だったので……いてもたってもいられなくて、来ちゃいました」
「そっか。他の、みんなは?」
「まだ教室にいますけど、後でお見舞いに来ると思います。私だけ、抜け駆けです」

 悪戯めいた口調に嘘がないことを感じ、少し嬉しくなる。
 と、そこでクドが僕の許可を待っているのに気付いた。
 恭介達はもう全くノックとかをしないから、その律儀さに感心してしまう。
 ああ、色々な感覚が麻痺してるんだなぁ、僕って……。

「ごめん、入っていいよ」
「はい、それでは、失礼しますっ」
「うん、何もできないけど、いらっしゃ――」

 言いかけて、硬直した。
 部屋に入ってきたクドの格好は、何故か制服じゃない。どころか、私服の面影すらなかった。
 白衣のようでいて違う……なんて言うんだろう、女性の看護師さんが着ている……ナース服?

「………………」
「あ、こ、これは来ヶ谷さんが、」
「もう言わなくていいよ……」

 そんなものどこから、とか、どうして着てるの、とか、全部来ヶ谷さんが原因ならそれだけで説明が付く。
 してやったりな笑みを浮かべる来ヶ谷さんの顔が容易く想像できて、またちょっと頭痛がぶり返した。
 無意識に額を押さえた僕に、クドが心配そうな表情を見せて駆け寄る。

「リキ、無理せず寝ていてください」
「……そうだね」
「熱はありますか?」
「まだ下がり切ってない……」
「ではタオルを濡らしてきますね」

 自分で持ってきたのか、無地のタオル片手に水道へと向かったクドの背中を眺めながら、僕は大人しく横になる。
 すぐに水の流れる音が響き、ふと喉の渇きを感じた。

「ねえ、クド」
「何ですか?」
「申し訳ないけど、コップに水入れて、持ってきてくれるかな」
「わかりましたー」

 一分も経たずに、僕の視界を影が覆う。
 そういえば、クドに見下ろされるのは初めてじゃないか、とどうでもいいことを考えた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう、っ!?」
「わふっ!?」

 手渡されたコップを掴み、予想以上に力が入らなくて手を滑らせそうになった。
 けれど間一髪、僕の手をクドが支えて事無きを得る。
 ぬるい水道水よりも、火照った手にはひんやりとしたクドの手の方が気持ちいい。
 だから、離されても大丈夫だけど僕は少しだけ甘えることにした。

「ごめん、うまく手動かないから、このまま飲ませて」
「……風邪引きなリキは甘えん坊ですね」
「そうかもしれない」

 頭だけ起こした僕の口元に、手を添えられたコップが近付いてくる。
 唇に硬質な縁が触れ、傾けられた器から水が流れ込む。
 少しこぼれて顎を伝い落ちていくのを感じ、でもそれを気にせず、全て飲み干した。
 喉が潤い、気持ち楽になった。自然と深い吐息が漏れ、肩の力も抜ける。
 ぼふっ、と枕に頭を投げ出した僕の額へと、クドは待ちかねていたかのように流れる動作でタオルを置いた。

「……つめたいや」
「眠れそうです?」
「どうだろう。目を閉じれば、いけそうな気はするけど」
「私のことは気にしないでください。リキが眠れるまではここにいますから」

 ベッドの外枠に両腕と顎を乗せ、クドは僕の顔を見つめてくる。
 たったそれだけのことなのに不思議と安心できて、いつしか意識が遠のき始めていた。
 薄らぐ記憶の中に、声が残る。優しい、でもどこか切ない、異国の言葉で奏でられる歌が。

「おやすみです、リキ」

 次に目覚めた時、もう少し良くなっていればいいな、と思った。


>またまたチャットで。るじゅなーさんにナース服着たクドはどうだろうと。
>でも全然その設定を活かせてないです……。これじゃあいつも通りの服装でも問題ないよなぁ……orz


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5.今度は休日に風邪を引いたクドがルームメイトの葉留佳に看病される


 自覚はありました。
 昨日の夜、何となく喉に違和感を覚え、一応念入りにうがいをして寝たのですが――どうやらあまり効果はなかったみたいです。呼吸をすれば息苦しく、細くなった気管支がひゅうひゅうと掠れた音を上げていて、虚脱感が全身を包んでいます。
 布団の中に籠もった熱さが不快で、ゆっくりめくるようにして身体から剥がすと、汗で湿ったパジャマがあっという間に冷えました。今度は逆に寒くなり、慌てて毛布を被りましたが、しばらく怖気にも似た震えは止まりません。
 何とか私はベッドから抜け出そうとしましたが、思った以上に手足は動いてくれませんでした。まず上半身を起こすのも辛く、立ち上がろうとした瞬間には、眩暈に襲われ危うく倒れかけました。それでも気力を振り絞り、たった七歩ほどの短い距離を、一度壁に寄り掛かり休んで歩き切ります。
 水道の蛇口を捻る手にはまるで力が入らず、どうにかちょろちょろと流れた水に口を近付けて飲みます。静かな部屋に、んく、と嚥下する音が響き、私はようやく一息吐きました。今度は少しだけ流水の勢いを強め、うがいを繰り返し。上手く入り切らなかった水が、口端から喉を伝い、襟元へと滑り落ちていきますが、汗まみれの肌にはむしろ気持ち良いくらいでした。

「……着替えたいです」

 でも、物音を立てるようなことはなるべく避けたいと思いました。
 これが一人部屋の頃ならいいのですが、今はルームメイトの葉留佳さんが眠っています。
 幸いと言うべきか、休日なので学校へ行く必要もありません。できれば葉留佳さんにはゆっくり、いつも通り寝ていてほしいですし、そのためなら多少の不快感は我慢しても構いませんでした。
 踏み出す足は鉛みたいで、ベッドに戻るだけでも私の体力は尽きてしまいます。残った最後の力で布団を被り直し、小さく丸まって目を閉じると、殊更に息苦しさを感じました。

 ……次は、いつ眠れるでしょうか。

 ふと湧き上がってきた心細さに、涙が溢れかけて……うぅ、と小さく呻いた時。
 隣のベッドから、ごそごそと物音が聞こえました。

「うー、今何時……? おおっ、こんな早い時間に起きるとは、休日なのにはるちん健康的っ」

 その声に頭を出して見てみれば、葉留佳さんがベッドに座り、片腕を天井に上げて伸びをしていました。
 と、私の視線に気付いたのか、首だけが小さく振り向きます。

「クド公おはよー……って、顔赤いよ? 大丈夫?」
「わふ、へいきです。だから葉留佳さんは二度寝してもいいんですよ、っ、けほっ」
「ちょっとちょっと、全然大丈夫そうに見えないよ」

 心配そうな表情に変わって、ベッドから降りた葉留佳さんは私の額に手のひらを当てます。

「む、これは熱がありますネ。クド公、もしかしなくても風邪引いた?」
「……はい、お恥ずかしながら」
「そっか。服、汗でぐっしょりでしょ。着替え出してくる」
「すみません……」
「水臭いぞー? ほら、私達ルームメイトなんだから、助け合うのは当然なのデス」

 軽い、明るい口調でそう言って、私の箪笥に近寄る葉留佳さん。
 言われたことの嬉しさにちょっぴり涙腺が緩み、こっそり私は袖で目を拭いました。

「よーし、ふらふらなクド公の代わりに私が着替えさせてあげましょう」
「え、それくらいは自分でできますよっ」
「遠慮しないのー。はいするするー」

 新しいパジャマを持ってきた葉留佳さんは、おもむろに背中の方に回り、アオザイのリボンを解き始めます。
 結び目が解かれると上着はするりと脱げ、ブラジャーが露わになりました。さらにホックも外されると、上半身を纏う服は何もありません。恥ずかしさに肩を縮め、私は小さく俯きました。そこで首の下辺りに触れる、仄かに温かいもの。

「……葉留佳さん?」
「お湯で濡らして絞ったタオルだよ。汗気持ち悪いだろうし、拭いてあげる」
「あの、何から何まで……」
「いいのいいの。でも、私が風邪引いたら今度はクド公が世話するんだぞ?」
「はいっ、もちろんですっ」
「うむ、いい返事だ能美隊員! ということで行くよー」
「い、いざなのです」

 優しく、タオルが撫でるように背中を拭いていきます。
 首筋から腰上、お腹の横と腋、肩。気遣いの感じられる手付きに、私はとても安心して身を任せられました。

「前はどうする私やろっかそうしよう」
「わふっ、そこは遠慮しますっ!」
「えー」

 こんな時まで変なことはしないでしょうが、純粋な羞恥の気持ちが勝って、タオルを預かりました。未だに握力が弱いのを確認しつつ、できる限り力を込めて汗を拭き取ります。
 めぼしいところが終わり、着替えも済んだ頃には、だいぶ不快感も薄れました。

「おしまい、っと。じゃあクド公、大人しく寝てるよーに」
「わかりました。……葉留佳さんは、どこか行きますか?」
「ううん、今日は一日部屋にいるよ。クド公が心配だし」
「別に、私のことは気にせず……わふっ」
「ルームメイトがこんな調子なのに一人だけ遊びに行っても面白くないの。どうしてそこんところわかんないかなー」
「至らなくて申し訳ないです……」
「罰としてクド公には、後でみんなにお見舞いされまくること」
「……え?」

 きょとんとした私に、葉留佳さんは携帯の画面を見せてくれました。
 そこには『メールを送信しました』という文字が。
 ――誰に向けて、どんな内容のものを送ったのかは、きっと深く考えるまでもありません。

「お昼にはおかゆ作って持ってくるからね。クド公はおかゆ食べられるでしょ?」
「……はい、好きですよ」
「はるちんお手製のスーパーおかゆ、今から楽しみにしてるんだぞー!」

 身体が弱ってしまうと、心も一緒に弱くなるものらしいです。
 でも、皆さんが付いているのなら、私は寂しい思いをせずにいられるのだと、自信を持って言えるような気がしました。


>微妙に上の続きネタ。きっと理樹君に風邪うつされちゃったんだよクドは。
>本当はおかゆを食べさせるところまで行きたかったけど尺の問題でカット。私の文章は最近長くなっちゃってまあ。


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6.夏バテしてぐったりした理樹に南国生まれで暑さに強いクドがやたらとじゃれつく


「そーれ、行ってくるのですーっ!」

 腰を捻り、回転運動でクドが投げたフライングディスクを、ストレルカがすごい勢いで追いかけていく。
『小さな矢』という名前の通り、真っ直ぐに駆ける灰色と白の毛並み。ディスクも随分速く飛んでいるはずなのに、遅れてスタートしたことなどハンデにもならないというかの如く、その口が宙に浮く円盤を捉えた。
 ぱしっ、と音が聞こえてきそうなくらい鮮やかに、くわえたディスクを振り向いて見せるストレルカ。
 行きと同じ速度で、あっという間に戻ってくる。

「よく続くなぁ……」

 芝生の上で大の字になって寝転ぶ僕は、頭だけをクド達の方へ向けて呟く。
 休日だから、久しぶりに普段は風紀委員の仕事で忙しいストレルカとヴェルカを遊ばせたい、なんて言い出したクドに付き合って来たはいいけれど、やっぱり散々走り回って僕が先にダウンした。
 足がもう上手く動かなくてふらふらだ。しかも、かなり身体が火照っている。

「わふーっ!?」
「あ」

 今度は役割をチェンジしたのか、器用にストレルカがディスクを投げた。
 低い軌道で飛んでいくそれへと手を伸ばすも、ギリギリで届かない。
 そのまま地面を滑るようにして遠ざかっていき、抗議めいた吠え声にせっつかれ、クドは走って取りに行った。
 さらに後ろから、ヴェルカが楽しそうに追随するのが見えた。
 ……本当に、仲の良い姉妹だと思う。

「はぁ、はぁ……いつもながらストレルカは厳しいのです……」
「お疲れ様、クド」
「はい。リキもお疲れ様ですー」

 未だに起き上がれない僕の横にクドは座った。以前こうして遊んだ時と同じく、その斜め後ろにはストレルカが、クドの膝上にはヴェルカが寄ってくる。……こうして並ぶと、わんぱくな三女ヴェルカに一番大人っぽい次女ストレルカ、ちょっと危なっかしいけど面倒見のいい長女クドと、バランスが取れた関係なのかもしれないなぁ、なんて考えたりもする。

「ちょうど木陰に入って、ここは涼しいですね」

 そう言って小さく微笑むクドに、僕も頷いた。
 夏真っ盛り、正午を過ぎても陽射しは全然弱まる気配がなくて、どこか湿っぽい空気は蒸し暑さを感じさせる。
 下手に走り回れば熱射病になってしまいそうだ。確か、最高気温は三十一度。真夏日、という単語が脳裏に浮かんだ。

「クドは元気だね……」
「そうですか? あんまり自分じゃわからないですけど」
「んしょっ……と、だって、これだけ暑いとみんな部屋でのんびりしてたいって思うんじゃないかな」
「……リキもです?」
「あ、いや」

 申し訳なさそうな顔で訊かれて、言葉が足りなかったなと反省する。

「涼しい室内にいるのもいいけど、僕はクドと一緒にいたいから、別に迷惑には思ってないよ」
「ならよかったです……。無理に付き合わせてしまったかと、ちょっと考えたりしちゃいました」
「ごめんね」
「いえ、リキは悪くないですよ」

 上半身を起こした僕は、うっすらと額に滲んだ汗を拭った。
 と、横からタオルが手渡される。

「使っちゃっていいの?」
「一枚しか持ってきてないので、私の使用済みでよければ、ですけど」
「……じゃあ、有り難く使わせてもらうね」

 あんまりまじまじ見つめるのもいけないかな、と思い、さっと拭いてクドに返す。
 仄かに感じた匂いは、洗剤とクドの汗のものだろうか。不思議とそれは心地良かった。
 入れ替わりで今度は水筒のカップに注がれたお茶が手渡される。
 至れり尽くせりなようで、僕はつい苦笑してしまった。

「ありがとう。冷たくておいしいよ」
「おかわりもありますから、欲しくなったらいつでも言ってください」
「うん。……そういえば」
「わふ?」
「クドが暑さに強いのは、やっぱり南国生まれだから?」
「はい。寒いのは苦手ですけど、暑いのは結構平気みたいです。リキはどっちが苦手ですか?」
「僕は……そうだなぁ、どっちも人並みに苦手かもしれない」
「あ、リキ、その答えは何だかずるいです」
「嘘は吐いてないつもりだけどなぁ」
「えいっ」

 おもむろに、クドが僕の背中にのしかかってきた。
 重さで身体が前に傾く。後頭部に顎が乗り、投げ出すようにして伸ばされた両腕が、僕の胸の前でゆらゆら揺れる。

「ずるっこなリキには、罰として私をしばらく背負ってくださいー」
「それって全然僕に対する罰になってない気がするんだけど……」
「わふー、リキはあったかいのですー……」

 どれだけ視線を上にやっても、クドの表情は見えない。
 でも、目を細め幸せそうな顔で呟いている姿が容易く想像できて、まあいっか、と思えた。
 クドが楽しそうにしているからか、ヴェルカもこっちの膝上にひょいと乗ってくる。

「って、ストレルカは無理! 無理だから!」
「ふぁいとですよリキっ! ここが男の甲斐性の見せ所なのですっ!」
「いやそれ絶対違うから、あ、お、重い……っ!」
「わふーっ!」

 ――結局僕が下敷きになるまでは、十秒も掛からなかった。


>Rodmateさんから「夏暑くてぐったりの理樹と無駄に元気なクドのお話はどげんか?」と言われたのでこんな感じに。
>無駄に元気なのは最初だけで、最終的にはいつも通りのいちゃいちゃパターンになってしまいましたとさ。


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7.メイド服を着て朝の食堂で給仕するクドを理樹と真人が食事しながら眺める


 珍しく、目覚めると真人がいなかった。
 普段はどちらかと言えば起こす側だから、こういう日は何となく新鮮だ。
 時計を見る限り僕が長々と寝ていたわけでもないらしく、たぶんたまたま早い時間に目が覚めてしまったんだろう。
 筋トレにでも出てるのかな、と思ったけれど、窓には鍵が掛かっている。

「……じゃあ、食堂かな」

 欠伸を噛み殺しながら、僕は着替えを始めた。
 制服ではなく、私服を箪笥から引っ張り出す。学校に行く用事もないし、今日は日曜だ。
 真人が脱ぎ散らかした洗濯物も合わせて纏めておき、食堂へと向かった。
 すれ違う幾人かの男子生徒と軽い挨拶の言葉を交わしつつ、歩いてすぐ。
 休日の食堂は、少しばかり朝の早い時間だからか、あまり席が埋まってはいなかった。
 僕は大した苦労もせず、見慣れた大きな身体を視界に入れる。

「おはよう、真人」
「おう理樹、今日も早えな」
「真人こそどうしたの? いつもならまだ寝てるでしょ」
「なーんか目が冴えちまったんだよなぁ。二度寝する気にもならねえし、たまにはいいかと思ったんだよ」

 そう言いながら箸を動かす真人の朝食は、カツ丼。
 相変わらずでよく飽きないというか、寝起きにそれは重過ぎるというか……。
 見てるだけでちょっと胸焼けしそうな光景から視線を外し、僕も食券を買いに行く。
 そんなにお腹も空いてないし、軽めでいいかな、と簡素な朝定食(和)のボタンを押した。
 ぴ、と音を立てて出てきた紙を取り、食堂のおばちゃんに渡す。
 それから一分もしないうちに、ほかほかのご飯と味噌汁、焼き魚と漬物を乗せたお盆が現れた。

「はい、どうぞです」
「ありがとう……って」

 ――ちょっと待って。
 伸ばしかけた手を止め、僕は仕切りの向こう側を見る。
 そこには、明らかに他のおばちゃん達より一回り小さい、クドがいた。

「……ねえクド、何やってるの?」
「学食のメニュー品質向上を兼ねた、厨房のお手伝いです」
「うん、それは前にも聞いたけど……僕が訊きたいのは、その恰好のことだよ」

 三角巾、はまだいい。特にこういう場所で調理作業をするなら必要なものだろうし、何らおかしな部分はない。
 でも、問題は首から下。明らかに、おばちゃんが着けてるような割烹着とは一線を画している。
 黒を基調とした上下一体型の、足首辺りまであるロングドレスと、真っ白なエプロンドレス。
 ……まあ、すっごく簡単に言うなら、メイド服だった。

「来ヶ谷さんにでも着させられたの?」
「いえ、ここで偶然会った井ノ原さんに」
「……え? ごめん、もう一回言ってくれるかな」
「井ノ原さんに着てくれって言われました」

 瞬間、僕はお盆を置きっぱなしにして、真人の許へと駆け出した。
 並ぶテーブルを迂回し、呑気に丼を抱える真人の正面に、ばん、と手を付いて、

「真人、クドに何妙なこと頼んでるのさ!?」
「ん? はんほおほは?
「あの服だよ! だいたいどこから持ってきたの!? あと口の中に物入れたまま喋らない!」
「お前は俺の母親かよ……。っと、いやまあ、何か朝起きたら部屋に置いてあってな。これはもしや普段世話してる筋肉達からのプレゼントかと思って、とりあえずオレが着ようとしたんだけど」
「何で!? っていうか、筋肉はプレゼントとか贈ったりしないよね!?」
「全然サイズが小さくてなぁ。破きそうになったから諦めて、誰かぴったり合いそうな奴に渡そうと持ってきたんだよ」
「………………」
「そしたらクド公と鉢合わせて、こう……気付いたら頭下げてた」

 もうどう言えばいいのかもわからない。
 真人=メイド好きは疑惑としてあったけど、まさか本当のことだったなんて……。
 僕が頭を抱えていると、手伝いを終えたのか三角巾を外したクドが、お盆をふたつ抱えてこっちに向かってきていた。
 あ……すっかり忘れてた。

「ごめん、手間掛けちゃったね」
「いえいえ。どうぞ、なのです」
「いや待てクド公、そこは『どうぞお召し上がりください旦那様』だろ」

 唐突な、幻聴と疑いたくなるようなそのひとことで、物凄い静寂が辺りに満ちた。
 ぴしりと空気が音を立てて罅割れたのが、僕の耳にははっきりと聞こえた。

「………………真人」
「お、おう」
「鈴の代わりに言うね。……ド変態」
「うあああああああああああああぁぁぁぁぁああああぁぁーっ!!」

 ……寮の部屋替え、検討した方がいいかなぁ。

「ど、どど、どうぞ、お召し上がりください、旦那様……」
「いや、クドも無理して言わなくていいからね……」


>るじゅなーさんから「メイド服着たクドはどうでしょう」と要望を受けて。でも結局真人が変態になっただけでした。
>微妙に中の人ネタ(ド変態)とかわかりにく過ぎる。あと、これもヒゲナシさんのメイドクド絵が微妙に発想元。


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8.放課後猫と遊ぶ鈴を見つけてストレルカと一緒に楽しそうに混ざるクドの様子を鈴視点で


 ぱたぱたと後ろから足音が聞こえてきたその時、あたしはテヅカのお腹の辺りをぐりぐり指でつついている最中だった。
 誰かが通りがかるのは珍しいことじゃないし、いつものように気にしないつもりでいたけれど、てっきりそのまま行き過ぎると思ってた足音がぴたりと止まったから、ついあたしは顔を上げて振り向く。
 新たな闖入者の姿を認めた猫達は、驚いて散り散りに逃げてしまった。
 ただ、あたしにぐりぐりされてるテヅカと、全然動く気のないドルジだけは留まったままだ。

「りーんさんっ」
「……クド」
「猫さんのお世話ですか?」
「ちがう。ヒマそうにしてたから、遊んでやってたんだ」
「そうでしたかー……って、もしかして私のせいで逃げちゃいましたかっ!?」
「クドはわるくない。あいつらちょっとびっくりしすぎだ」
「でも、ストレルカもいるので仕方ないと思います」

 しょんぼりするクド。
 その靴の爪先を、前足でぽんぽんとストレルカが叩く。
 なんだかストレルカにクドが慰められてるみたいで、おかしかった。
 あたしはくすくす笑いながら、言う。

「だいじょうぶだ、呼べばみんな戻ってくる」
「呼ぶ、とは……私の犬笛と同じような物を、鈴さんも持ってるのですか?」
「そうじゃないけど、これがある」

 懐から取り出したるは、モンペチ。
 缶の蓋を開けて地面に置き、少し待つとすぐにわらわら集まってきた。
 横でクドが「おおー」と感心したように頷いたから、あたしは得意げに軽く胸を張った。

「って、あ、こら、おまえたち取り合うなっ」
「わふーっ、缶の周りがすごいことになってますっ!」

 これで上手くいった、と思った直後、今度はモンペチに殺到しすぎて大変なことになった。
 さっきから微動だにしてなかったドルジまで……っておまえもか!

「ふかーっ!」
「ああっ、猫さんがまた逃げていきます……」

 結局あたしは威嚇することくらいしか思いつかなくて、あいつらは四方八方に駆けていってしまった。

「うぅ……」
「鈴さん、待ってればきっと寄ってきますよっ。あ、そうです、それまでストレルカを構ってあげてくださいっ」
「……いいのか?」
「はい、ストレルカもそうしてほしいって言ってます」

 オンッ、と中庭に響く鳴き声で返事するストレルカに、そろそろと手を伸ばす。
 クドに言われたからか、あるいは本当に構ってもらいたいからかはわからないけど、頭を触っても嫌がる様子はなかった。撫でてみると、ふさふさした毛並みの感触が手のひらに伝わる。あいつらとは違った柔らかさ、あたたかさ。
 しばらくその手触りを楽しんでいたら、ようやくあいつらが集まってきた。三度目の正直ってやつかもしれない。
 ――なんだ、別にモンペチ出さなくてもよかったんだな。

「ここの猫さんは、人懐っこいですね。わふー」
「そうか? 普通だぞ?」
「いえ、そんなことないです。鈴さんがどの猫さんにもちゃんと構ってるから、こんなに慣れてるんだと思います」

 近付いてきたジャッキーの前に人差し指を差し出して、クドは座った姿勢でくるくる円を描く。
 目でも回させようとしてるんだろう。でも、ジャッキーは指に興味を示さず、そのまま歩いてクドのスカートの中に入ろうとした。慌てて立ち上がろうとするも、いつの間にか別の一匹、アリストテレスが膝の上に乗ってるから身動きを取れない。さらに、後ろの方でマントをたしたし叩いていじってたユウサクが、いきなり背中をよじ登ろうとし始めた。
 ストレルカも、四匹くらいにじゃれつかれたり登られたりしてるから、助けにはいけないみたいだった。

「わふっ、そこはだめです、く、くすぐったいです……っ!」

 スカートの奥でジャッキーがもぞもぞ動き、クドは身をよじって悲鳴に近い声を上げる。
 さすがにこれは見過ごせない。あたしは駆け寄って、ジャッキーを引っ張り出した。
 ついでにアリストテレスとユウサクも首根っこを掴んで離れさせる。

「ひ、人懐っこ過ぎるのも困り物ですね……」
「……ごめんクド。あとであいつらにはよく言っておく」
「いえ鈴さん、私は大丈夫ですっ。……だから、もう少し遊んでいってもいいですか?」

 えらい目にあったばっかりなのに、クドは楽しそうな顔をしていた。
 だからあたしは頷く。頷いて、またあいつらの中に飛び込んでいくクドを眺める。

「……なんか、犬みたいだ」

 ふと、昔に聴いた歌が頭に浮かんだ。雪が降ったら犬と猫はどうするか、そんな歌だ。
 今は全然冬じゃないけれど、どっちにしろクドなら庭を駆け回るんだろうな、と思う。
 それで何となく、耳と尻尾がついてる姿を想像して、あたしは噴き出した。
 だって、あんまりにも似合ってる。似合いすぎだ。

「鈴さんも一緒に遊びましょうー!」

 ストレルカも交えて追いかけっこを始めたクドに、微笑ましさを覚えながら、あたしもその背を目指して走った。


>敢えて変化球で攻めてみようとしたわけですが、何か全然上手くいかなかったような。いや気のせいじゃないよ私。
>鈴の一人称はとりあえず死ぬほど難しいということが再確認できました。こりゃ封印かなぁ……。


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9.理樹とクドが夜の中庭でいちゃいちゃしていざってところまで寸止めで経緯とか状況とか全部無視してやってみる


「リキ……」

 どこか甘えるような、誘う声に引かれて僕は右手を伸ばす。
 同じく差し出されたクドの手のひらと合わさり、指と指の隙間を埋める形で、僕達は繋がった。
 左手は背中に回る。小さなその身を引き寄せるために軽く力を込めると、初めからひとつのものだったみたいに、クドは僕の胸に収まった。顔が近くなって殊更強く感じるのは、髪から漂ってくる香料の匂い。すぐ目の前でぱちぱちと瞬きをする瞼の少し上に、震える睫毛が見える。
 吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳は微かに潤んでいて、ずっとこうしてたいという気持ちが湧き上がるけど、僕の身体は勝手に動いていた。頭をほんの僅か斜めに傾け、さらに近付ける。息を吐く音が聞こえ、心臓がどきりと弾んだ。

「ん……っ」

 最初は触れるだけ。柔らかなクドの唇の感触を、僕は味わう。
 たった十秒の時間は、一瞬のようにも、くらくらするほど長いものにも思えた。
 どちらからともなく離れ、僕達はお互いに頬を緩ませる。

「……リキのキスは、いつも優しいです」
「そう?」
「はい。だから、何度でもしたくなります」
「じゃあ、またしよっか」

 返答は聞く必要もなかった。
 積極的に、今度はクドが僕の唇を奪う。押しつけるようにして触れ合ったそこに、人肌よりも熱いぬくもりがある。

「ちゅ……んふ、んぅ……」

 長くキスをしようとすると、どうしたって途中で空気を吸わなきゃいけない。でも口は塞がっているから、他のところで呼吸をする必要がある。だから息が続かなくなる度、僕達は鼻をふんふんと鳴らしてはまた唇を触れ合わせた。
 吐く息にも熱が篭もってるのだということを、実感する。きっとそれは、生きている証だ。
 再び離れると、クドはぺろりと口の周りを舌で拭った。たぶん無意識なんだろうけど、子供みたいな容姿とは真逆の艶めかしさを感じて、僕は余計に心臓を高鳴らせる。

「リキぃ……ん、ちゅ、ちゅ」

 聞いてるだけで脳が蕩けそうになる声と共に、クドは僕の頬についばむようなキスをする。
 それはゆっくりと、けれど着実に唇を目指し、三度目の邂逅を果たした。

「ふぁ……っ」

 舌が、割って入る。
 閉ざされた門をこじ開けて口内に侵入した僕のそれは、ほとんど迷うことなくクドのものを捉えた。
 ちょん、とつつくと、お返しとばかりに全く同じことをしてくる。
 以前初めてこうした時は、どうすればいいのか戸惑っていた覚えがあるけど――

「あむ、んん……ちゅく、ちゅっ……ふぅ、んっ、んん……っ」

 伸ばした舌を、クドは唇で軽く挟んでくる。甘噛みめいた、痛さとも気持ち良さとも取れない感覚にちりちりと頭を焼かれながら、その舌の裏を、歯茎を、頬の内側を、思う存分蹂躙する。背を抱えた左手に、時折ぴくりと身悶えするクドの動きが伝わるけれど、優しく撫でさするとすぐに落ち着いて、全身を委ねてくれる。
 閉じていた目を開け、僕は間近でクドの表情を見る。口内での動きが止んだからか、クドも瞼を上げた。
 熱っぽく濡れた瞳。興奮と羞恥で赤く染まった頬。さらさらと時折風に靡く、亜麻色の長い髪。
 何もかもが可愛らしくて、愛しくて、そして、奇跡のようなこの女の子が、僕の恋人であることを思い出す。

 ――優越感、じゃない。
 背筋を駆け上がる寒気めいたものは、そう、幸福感だ。
 恐ろしくなるくらい幸せな気持ちが、僕の中に溢れていた。

 最後にそっと舌先を触れ合わせ、僕はクドから少しだけ距離を置いた。
 あ、と小さく漏れた、残念そうな声色は、聞き逃さなかった。

「クド」
「……はい、リキ」
「ここで、いいかな」
「誰か、来るかもしれません」
「うん」
「服脱いだら、草とかちくちくすると思います」
「だろうね」
「……でも、リキは……その、したい、ですか?」
「うん。僕は、クドとしたいよ」

 そう言うと。
 恥ずかしそうに俯きつつも、クドは、はい、と頷いた。
 何度しても慣れそうにないそんなところも可愛いな、と僕は苦笑した。


>ここからまああんなこととかこんなことを、みたいな。ちょっと理樹君の一人称にしては描写が緻密過ぎかもですね。
>って、よく考えたら後でこういうような話書くのに、先にネタ使ってどうするんだ私……ま、いっか。なるようになるさ。


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10.筋肉という単語を全部おっぱいにして真人とクドと三人で遊んでみる


「ねえ、真人」
「どうした? いきなり改まって」
「真人はさ……おっぱいについてどう思う?」
「そりゃあ、オレにとっちゃなくてならねえものだよ」
「だよね。でも、僕にとってもそうだってことに、さっき気付いたんだ」
「どういうことだ?」
「ほら、おっぱいってひとことで片付けてしまうと単なるおっぱいだけど、見方を変えれば……なんていうか、うん、それもおっぱいだ。触ってみてもおっぱいだし、眺めてみても、拝んでみても同じだよね」
「まあそうだな」
「つまりさ、おっぱいはおっぱい以外の何物でもなくて、どんな形であっても、揺るぎないおっぱいだと思うんだよ」
「ああ……かもな」
「だから真人。おっぱいがおっぱいである以上、真人のおっぱいも同じおっぱいであり、揺るぎないおっぱいなんだ」
「ははっ、ちょっと待てよ、おだてたって何も出ねえぞ?」
「別におだててるわけじゃないよ。僕なりのおっぱいに対する熱い思いを語っただけだから」
「そうか」
「じゃあ今日も遊ぼう。僕達、おっぱいを崇める同志として」
「おう、わかったぜ。おっぱい、おっぱい〜!」
「やっほー、おっぱい、おっぱい〜!」
「おっぱい、おっぱい〜!」

 いつも通り真人と遊んだ。
 すると、そこにクドがやってくる。

「わふーっ、リキ、井ノ原さん、何だか楽しそうですー」
「クドも混ざる?」
「え、いいのですか……? 私のおっぱいは小さいし全然揉み応えがないですけど……」
「何言ってんだよクド公。大きさなんて関係あるか?」
「そうだよ。クドのだって、立派なおっぱいさ。一緒に遊ぼう」
「わかりましたっ」
「それっ、おっぱい、おっぱい〜!」
「よっしゃあ、おっぱい、おっぱい〜!」
「わふー、おっぱい、おっぱい〜、なのですっ!」

 今度は三人で遊んだ。
 握り拳を作って両腕を胸の前に出し、肘は折り畳んで左右に振る。
 掛け声に合わせて肘から先を動けば、何となく自分のおっぱいを揉んでるような気にならないでもなかった。

「理樹」
「え?」
「おまえにこれ、やるぜ」

 そっと何かを手渡される。
 何だろう……?

『理樹は豆乳を手に入れた!』

 翌日。
 休み時間、僕はまた真人を呼ぶ。

「真人、そういえば今日はおっぱい曜日だよ」
「なんだとぉ!? どんな日なのかさっぱりわからねえが、聞くだけで興奮するぜっ」
「謝胸祭……いや、おっぱいカーニバルが始まるよ」
「内容が全くわからねえけど、望むところだぜ……」
「じゃ、いくよ。準備はいい?」
「おう、いつでも来いっ」
「はぁー! おっぱい様よ、鎮まりなされえぇぇぇー!」
「う、うわあああああぁぁーっ!」
「わふーっ! 何やら蟲惑的ですっ!」
「さあ、クドも一緒に祈って! おっぱい様よ、鎮まりなされえぇぇぇー!」
「はいっ! おっぱい様よ、鎮まりなされぇー、ですっ!」

 クドと二人で、頭を抱える真人の周りをぐるぐると回りながら、おっぱい様に祈りを捧げる。
 そうしてまた三人で遊んだ。

「理樹」
「え?」
「おまえにこれ、やるぜ」

 そっと何かを手渡される。
 何だろう……?

『理樹はバストアップブラを手に入れた!』

 さらに翌日。
 暇そうに腕を組んでいた真人に声を掛ける。

「真人、今からおっぱい祭りだ!」
「マジかよ……って、昨日やったおっぱいカーニバルとどこが違うんだ?」
「昨日のはおっぱい様を鎮めるためのものだったけど、今日のはおっぱい様に感謝の気持ちを奉るためのものだよ」
「なるほど、説明されてもいまいちわからねえが、やべぇ、名前だけで鼻血が出そうだっ」
「おっぱいわっしょい! おっぱいわっしょい!」
「おっぱいわっしょい! おっぱいわっしょい!」
「血沸き胸躍るお祭りですっ」
「あ、クド、ちょうどいいところに! ごめん、ちょっとでいいからおっぱいを貸して!」
「はい、私のでよろしければどうぞなのですっ」
「ありがとう、それじゃいくよ! おっぱいわっしょい! おっぱいわっしょい!」
「わっしょいわっしょいおっぱいわっしょい!」

 クドのおっぱいを借りて三人で遊んだ。

「ふぅ、楽しかったな」
「うん」
「理樹」
「え?」
「おまえにこれ、やるぜ」

 そっと何かを手渡される。
 何だろう……?

『理樹は豊胸器具一式を手に入れた!』

 またな、と去っていく真人の背中を見送り、ふと思う。
 ――これ、受け取ったはいいけど、いったいどうすればいいんだろう。


>わふーっ、脳みそおっぱいなのですっ!
>……いや、最後の最後がこんなんですみません。思いついちゃったのがいけないんだ。ごめんね、ホントごめんね。



ばっくとぅいんでっくす、なのですっ


何かあったらどーぞ。


めーるふぉーむ


感想などあればよろしくお願いしますー。


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