『私たちの空間』



      作:りきお


 すべてが終わった後――。


 私はやはり、あの子の傍にいた。
 ううん…いることが出来た。
 まだ、いられた。
 また、いられた。


「わふー…」

 私の隣で気持ち良さそうに眠る女の子。
 その寝顔を独り占めできる幸せを噛み締める。

 ベッドから手を伸ばし、布団から出ていた手を握ってみる。
 
 …あったかい。
 
 とても小さくて、とてもすべすべしていて、何度も感触を確かめたくなる。
 何度も握りなおしては、気持ちいい場所を確認する。

「クドリャフカ…」

 眠ってるのに、聞こえるはずが無いのに、その子の名前を呟く。
 その言葉を紡ぐだけで心が温かくなる…気がする。

 私にとって唯一の存在。
 唯一、身も心もさらけ出せる存在。
 身も心もさらけ出しても、なお受け入れてくれる…。
 こんな存在、世界中のどこを探してもいないのだから。

 私の、何を犠牲にしてもいい。
 この子だけは守りたい。
 この子といるこの空間だけは。





「わふー…、寒いですねえ」
「そうねえ」

 木枯らしの吹くような日。
 ふたりで公園まで散歩に来た。
 
 特に目的があるわけじゃない。
 ただぶらぶらと。
 ふたりきりの時間を楽しみたかっただけ。
 ふたりで同じことをしたかっただけ。
 だから、何でも良かった。


 ♪〜いしやーきいもー〜♪
 
 遠くで懐かしい音が聞こえた。
 その音は徐々に近づいてくる。
 
 寒い+公園+ふたり。
 何となく、雰囲気的にはぴったりな感じ。

「やきいも、食べる?」

 まあ、あんなところで売ってるやきいもなんて、高いわりにはどこ産かわからない芋なんだろうけれど。
 でもまあ、雰囲気代ということで、妥当な価格なのかもしれない。

「わふっ。いいのですか?」
「構わないわ。私もちょうど食べたかったところなの」


 屋台を呼び止め、ふたり分のやきいもを買う。
 値段は…思ったほどじゃなかった。

「あいよっ。ねえちゃん美人だからまけとくよっ」
「あ、ありがとう…」

 こんなことを言われた記憶が無いから、ちょっと動揺してしまう。
 100%お世辞なんだろうけど…。

「デートかい? うれしそうじゃねーか」
「なっっ」

 ぼっ。
 そんな効果音が頭か顔面から出たような気がした。

「佳奈多さーんっ」

 待ちきれなかったのか、ベンチから飛び出してきた。

「なんでぃ。女の子か…」

 何が不満かはわからなかったけれど。
 傍まで来た彼女も、私とやきいも屋の主人を見比べながら、不思議そうにしていた。




「さあ、食べましょうか」
「はいですっ」

 ほかほかと湯気の立つ芋を、一本ずつ手に取り、ふたりでほお張る。

「あら? あなたは皮は剥かないの?」

 皮がついたままかぶりつく姿は…何だか妙に映る。
 食べ方を…知らないわけじゃないだろうけど。

「はい。おじいさまが『このほうが食物繊維が取れて身体にいい』って言っていたのを思い出しまして」
「そう? 確かに繊維はありそうね」
「はいっ」

 細かいところはこの子の祖父譲りなんだろうけれど、
 健康を気にするところがおかしくって。

「でも、皮を剥いたほうが美味しいわよ。食べてみる?」

 私の芋を、皮を少し剥いて食べさせてあげる。
 ぱくりっ、と、小さな口で私の手にある芋を口に入れた。

「美味しいでしょう?」
「はい…。雑味が無くて、なめらかで、とても美味しいです…」

 少し彼女の表情が曇る。
 悲しい出来事を思い出させてしまったのかもしれない。
 あるいは、大切な思い出を汚してしまったのかも…。
 何かいたたまれなくなった私は、手に持つ芋のほうへ視線を移した。
 そこには…小さな、可憐な歯形が。
 私はそれにかぶりついた。で、不謹慎ながら気づく。
 
 …これって、間接キスだと言うことに。



「まあでも、皮と一緒に食べるお芋もなかなか美味しいわね」
「そうですか? 佳奈多さんにもその良さがわかりましたか」
「ええ。このくらい柔らかい皮ならね」

 食べ進んでいくうち、話をしていくうち、彼女は元気を取り戻してきたみたい。

 はふはふ言いながら芋をほお張る彼女の横顔を眺める。
 すると、口元に芋のかけらが付着しているのに気づいた。

「クドリャフカ。お芋がついてるわよ」
「わっ…どこですかっ?!」
「ここよ。じっとしてて…。取ってあげるから」
「わふー。すいませんですー」

 彼女の口元にハンカチを近づけ、芋のかけらを取ってあげた。
 そして、ハンカチについた芋のかけらをはらう…ことをせずに、自分の口に入れた。
 
「えっ? わぁっ、佳奈多さんっ?!」
「だって…もったいないじゃない」
「えあ…う…、そ、その…」

 真っ赤になってうつむく彼女。
 それは当然かも。
 だって、そんなことをした私も、頬が紅潮していくのがわかったから。




「それじゃあ、委員会があるからここで別れましょう」
「あ、そうなのですか…」

 公園からの帰り道。
 そう名残惜しそうにしてくれるのが何か嬉しくて。
 
「それじゃあ、しーゆーねくすと、ですっ」
「あのねえ…。また夕方には部屋に戻るじゃない」
「あはは、そうでした。しーゆーれいたー、ですっ」
「ええ。See you later.」

 大げさに手を振って見送ってくれている。
 私もそれに応えるように、見えなくなるまで手を振り返した。
 …って、こんな短時間の別れなのに、何をしているんだろう?
 



「やはー、おねえちゃんっ」
「葉留佳…。そんな大きな声出さなくても聞こえるわ」
「やはは、ごめんごめん。ちょっと探しててサ」

 学校に入ると、妹に声をかけられた。
 しかも探してたらしい。

「で? 話って何?」
「ああ、そうそう。私ってベルマーク集めてるでしょ?
 それでちょっと困っちゃうものが当たってサ」
「困っちゃうもの?」
「ダブルベッドなんだけド」
「ダブルベッド!?」

 いや、そんなものがベルマークで当たるなんて聞いてない。
 ベルマークで送られてくるものは、学校生活に関係あるものしかないはずなのに…。
 何でそんなものが…って思考は、すぐに打ち消されていった。

「ベルマークのだから、家に持って帰るわけにもいかないし、だいいち置けないしネ。
 どうしよっかなあ…って」

 ダブルベッド…。
 利用方法などあるのだろうか?
 保健室? …保健室がいかがわしいホテルにでもなりそう。
 
 うーん、と考えた。
 そこで、なぜかルームメイトの少女の顔が浮かんだ。
 
 ダブルベッド。
 クドリャフカ。
 …。
 良からぬ妄想をしてしまった。
 でも…可能かもしれない。
 今のこの立場なら。
 権限を使って。

「じゃあ、とりあえず寮長さんのところに運ばせておいて。
 後のことはそれから考えるわ」
「おっけー。じゃあ後はよろしくネー」

 そういうと、笑顔で手をひらひらさせながら走っていった。
 相変わらず忙しい子だ。

 私ものんびりしていられない。
 自分のために行動を開始することにした。




「あーちゃんセンパイっ。ちょっといいですか?」

 そこは寮長室。見知ったセンパイが居を構える一室。
 女子寮のことは彼女が取り仕切ってるから、彼女に話を通せば早いはず。

「どうしたの? やけに慌ててるみたいだけど? 珍しいわね」
「えっ!? そんな風に見えますか?」

 自分では冷静なつもりだったんだけれど…。
 知らず知らずのうちに、気がはやっているのかもしれない。
 あまり、私の本心を知られるのもよくないだろうから。

「あの、妹…三枝葉留佳がヘンなものをこちらに預けたと思うんですが」
「ヘンなもの? …ああ、アレかしら?」

 指したその先には…、

「本当に…」

 …ダブルベッドがあった。

「本当に、何?」
「いえ、別に」

 妹を疑ってたわけじゃないけど、実際に目にするまでは信じられないという気持ちもあった。
 本当に…ダブルベッドなんだ…と。

 私は作戦を実行に移すことにした。

「あーちゃんセンパイっ。頼みがあります」
「何?」
「このベッド、私の部屋で使わせてくれませんか?」
「これを?」
「実は、私のベッドが壊れてて、その…狙ってました」

 彼女は少し驚いていたけれど、何も断る理由は無いはず。
 ベッドが壊れた…なんてのは嘘だけど。

「そうなの? ならどうぞ。シングルの替わりもないし、そもそもスペース取りすぎて困っていたのよ。
 …あ、でも部屋に入る?」
「大丈夫です。ベッドを二つとも出しますから。では」
「そう。それなら大丈夫ね。…って、ルームメイトと同じベッドってこと?」

 最後の言葉には答えず、最後の行動に移った。




「ベッドを2つとも解体して運び出して」
「…で、あのベッドを部屋に入れて」

 風紀委員を使い、作業を着々と進めていく。
 何と言うか、自分の私欲のために委員たちを使うってことに、
 さすがに少しはためらいがあったけれど、一応大義名分があるのだから気にしないでおく。

「委員長。どうしてダブルベッドに替えるんですか?」
「替えのベッドが無いらしいの。で、2つ置くスペースもないってこと」
「そういうことでしたか。
 なら、壊れたベッドはこちらで修理しておきます」
「頼むわ」

 風紀委員会に整備委員会を組み込んだことが、自分の生活に役立つとは思わなかったけれど。
 
 
 かくして、私の作戦は終了した。
 
 


「ただいまーですっ、佳奈多さんっ」
「おかえりなさい。クドリャフカ」

 待ちに待った人が戻ってきた。
 この部屋にいなければならない存在。

「…え? ベッドが一つ、無くなってます?」

 まずそこに気づく…のは当然かも。
 ベッドは一つになったのだし。
 視覚的にもわかりやすい変化だし。

「も、もしかして、私は別の部屋へ転出ということでしょうか…」
「そ、そんなわけないじゃないっ!!」
「わふっ。違うのですか?」

 あらぬ方向へ勘違いするものだから、思わず取り乱してしまった。
 そんなことになったら、私の望みが、計画がすべて台無しになってしまう。
 
「ベッドの大きさをちゃんと見て頂戴」
「大きさ…ですか? あっ…ものすごく大きくなってますっ。
 これは、だぶるべっど、ですか?」
「そう。片方のベッドが壊れてしまって。代わりがこれしか…無かったのよ」

 …嘘なんだけどね。

「そうなんですか…。それなら仕方ないですね。
 …でも、それならどうやって寝るんでしょうか?」
「ダブルなんだから…一緒に寝ればいいじゃない」
「そうですね…って、佳奈多さんと毎晩同じベッドで寝るってことですかっ!?」

 それこそ、私の願い。と言うか、狙い。
 今日一日で計画した…夢の世界。
 あとは彼女の同意だけなんだけど…大丈夫だと思う。
 まあ、部屋の環境的にも、もう後戻りできないと思うから。
 
 ちょっと卑怯な策だとは思うけれど、私の欲望を優先すればこうなってしまうし。
 それに、受け入れてくれないとも…考えていないし信じていない。

「そうよ…嫌?」

 本当に卑怯かもしれないけど、そう言わずにはいられなくて。
 どう答えるのかもわかっているのに。

「嫌じゃないです。…その、佳奈多さんさえ良ければ、ですけど」

 こうして、私の作戦は…成功した。




「そろそろ寝るわよ、クドリャフカ」
「は、はいっっ」

 明らかにガチガチに緊張してる様子の彼女。
 だけど、別に取って食おうと言うわけじゃないし。何処かの誰かさんでもあるまいし。

 布団に入ると、強張らせたままの彼女にそっと触れる。
 案の定、びくっ、と驚いたみたいだけど、そのまま後ろからそっと抱きしめた。

「佳奈多さん?」
「緊張しなくていいのよ。私がこうしたいからしてるだけだから」
「は、はい」

 でも、まだ少し緊張しているみたい。
 その緊張を解きほぐすように、やさしく、やさしく撫でた。

 暗がりでもわかる、亜麻色の綺麗な髪のにおいがする。
 大好きなにおい。

「わふー…あったかいですー。何だか気持ちよくなってきました…」
「よかった」

 緊張が解けていくのが、腕で、顔で、手のひらで、…身体全体でわかった。
 それを合図に、抱きしめる力を少しだけ強めた。
 より密着度を増すように。

 彼女は、大切な家族を亡くしている。
 祖国は平和に戻ったとはいえ、失ったものは大きい。
 居場所…も。
 
 その居場所になれるなら…。
 私の傍…この場所が居場所になれるのであれば。
 直枝理樹が彼女の居場所にならないのであれば…尚更。
 
 たぶん、明日は前から抱きしめることになるだろう。
 そして日を追うごとに距離はゼロに縮まっていって…。
 それで…。
 …。




 後日。
 食後に、相変わらず英語に悪戦苦闘してる彼女を、手取り足取り指導しているときのこと。

「佳奈多さん。言い忘れてましたっ」
「何?」
「今日、この部屋でお勉強会をすることになってるんです」
「何ですって?」

 こんこん。
 
「わふっ。もう来ましたっ」

 とりあえず隠さないとっ。
 …って何を? 何から? 何まで?

 後ろには…ダブルベッド。
 これは隠さないと…って、そんなの無理に決まってる。

「クド公〜、いるぅ?」

 うあっ…。
 真剣に見られたくない…。

「クドリャフカ君。開いてるならお姉さん入っちゃうぞ?」

 うわっ…。
 真剣に見られたくないPart2。
 見られたら…色々と終わりそうな気がする。あの人には。
 だから隠さないと…って、それは無理だから…。
 
 ああ。頭が回らない。
 私ってこんなだっただろうか…。

 何も行動を起こせないうちに、扉が開く音がした。
 今、この状態が一番の問題だと言うのに…。

「やは〜、クド公にお姉ちゃん〜っ。…って、何やってんの?」
「何って、英語の勉強だけど?」
「って、クド公をひざの上に座らせて?」
「えっ…」

 そこまで言われて初めて気づいた。
 今の体勢が不自然すぎることに。
 
 私は、クドリャフカをひざに乗せた状態で、英語の指導をしていた。
 ひざの上に乗せた状態で。

「ああっ。これは…ね、葉留佳」
「どういう状態なんだ? 葉留佳君」

 そして、妹の後ろから顔を覗かせる刺客。
 見られると不味いっ。
 そうは思ったけれど、無理にクドリャフカを引き離すことはしたくないし…。

 迷っていたら…目が合った。

「二木女史のひざの上に、クドリャフカ君?」
「まあ…そうですネ」

 何も返せなかった。
 こうしていること自体が、この状態が異常な件についても。
 
「…っっ!! ベッドが一つしかないっ!!!!!
 何でなんだ? ってことは…二木女史とクドリャフカ君が同じベッドで寝ているのかっ!!?」
「ちょっと落ち着いて!? 姉御っ」
「しかも今もひざの上で抱いているっ??」
「姉御ーっ!??」

 ばたーん。
 刺客はそんな効果音を鳴らし、鼻血を出して倒れた。

「…でっ、どういうこと? お姉ちゃんっ」
「どういうって…その…あの…」
「わふっ。私離れたほうが良いですか?」
「い、いいえ。あなたは悪くないのよ、クドリャフカ」

 不安そうに見つめられたら、やっぱりひざの上から退けるなんて選択肢が浮かぶわけもなくて。
 逆に、ぎゅっ、と抱きしめなおしてみたり。

「いいんですか?」
「いいのよ…」

 抱き心地が良すぎて、もう離したくない。

「何とか言ってやってよみおちんっ」
「…わたし的には無しですが、来ヶ谷さん的にはとても美しいのでは無いでしょうか?」
「そうじゃなくて、お姉ちゃんとクド公に…って、
 そこっ、クド公もうっとりしないのっっ!!」
「わふー…」

 外野がうるさいけれど、放っておこう。
 ここは私たちの部屋なんだから。
 私たちだけの空間なんだから…。



「どうしたの? …って、えぇっ!!?」
「あ、理樹君っ。お姉ちゃんがねーっ」

 人が集まってきたみたいだけど、もう気にしない。
 私はただ腕の中に抱いている温もりだけに身を委ねた。



<終わり>


----------------------


 これを書いたやつ、りきおです。
 クラやリトバスSSで知ってる方がいましたら、どうもです。
 知らない方は初めましてです。


 さて、どうだったでしょうか? 僕の中では佳奈多×クドはガチなんですが(ぇ
 受け入れてもらえれば幸いです。
 あと佳奈多がメインになってしまってる件については申し訳ない限りですが、
 佳奈多×クドを書く際には仕方の無いことだと言うことで。

 佳奈多については…やけにツン成分が少ないのは仕様です。
 と言うか、ああいう性格なので、思い込んだらこのくらいやってしまうだろうって想像です。

 もしよろしければ、感想などいただけると嬉しいです。




ばっくとぅいんでっくす、なのですっ


専用掲示板にじゃんぷですー