1月7日午前6時30分。
 年が明け、今日から学校が始まる。
 始業日の前々日からとんでもない量の雪が降ったので私を始めとした風紀委員会、生徒会の面々は「ボランティア」の名目で校舎の雪かきに駆り出されていた。冬の早朝からあまりといえばあまりな作業だったが、校門周りと玄関先に積もった20センチを超える雪をそのままにしておくわけにもいかなかった。
 後輩や他の委員会の面々を叱咤激励しつつ、スコップで雪をかき出し続ける。玄関周辺の雪をどける作業はさほど時間が掛からなかったが、校門から玄関まで道を作る段になってからが地獄だった。
 委員長同士で最短距離を割り出し、各委員会で分担して取りかかったものの一向にはかどる気配がない。厳寒の中作業を始めたのが6時、慣れない作業にそろそろ皆も腰を痛めだしていた。むき出しの私の手はかじかんで、もう何も感じなくなっていた。
 スコップの手を休めて伸びをひとつ。と、ここに居るはずのない犬の吠え声を聴いた。
 視界の隅に、亜麻色の小さな影を捉える。
 明らかに周囲の人間よりひと回り小さい。
 全身を雪と同じ真っ白な衣で包み、身の丈に合わないスコップを使って雪かきを手伝っている。傍らにはストレルカとヴェルカ。

「んしょ……わふ……わっふ……わっふ……わふー」

 小走りで小さな人影に近づく。
「……こんな時間にこんなところで何をしているのクドリャフカ」
「わふ!? あ、佳奈多さん、明けましておはようございます!」
「昨日交わした新年の挨拶と混ざってるわよ」
「改めましておはようございますです!」
「わざわざ改めなくていいわ。それで、何をしているの」
「何って、見ての通り雪かきですが」
「貴方がする必要は無いのだけど……もし私を手伝うというなら余計なお世話よ。折角貴方を起こさないように出てきたっていうのに。ほら、部屋のこたつで登校時間まで暖まってなさい。寒いの苦手なんでしょう?」
「大丈夫ですっ! リキからのくりすますぷれぜんと、『ぴゅあなほわいとぐろーぶ』でぽっかぽかなのです!」
 ぐ、と純白の手袋をはめた握り拳を突き上げる。
 言われてみるとクドリャフカはいつものマント姿ではなく、ふわふわした白いコートを羽織っていた。それに白のマフラーとイヤーマフラー。もこもこした体型からして、コートの下に何枚も着込んでいるようだ。
「わりと暖かそうね」
「そうなのですっ。そんなわけで佳奈多さんの手伝いをしたいのです……ととと」
 雪掻きを再開しようとしてバランスを崩す。
「しょうがないわね……」 
 クドリャフカが持っていたのは木製の柄にステンレスを打ち付けた、男子御用達の重いスコップ。一体どこから持ってきたのだろうか。何にせよこれでは作業にならない。
「手伝ってくれるにしてもそのスコップじゃ足手まといね。ちょっと待ってて」
 近くにいた委員からスコップをプラスチック製のものと取り替えてもらう。
「か、軽いのです」
「それなら何とかなりそうかしら」
「なりますなります。ありがとうございます」
「私は厳しいわよ。途中で音を上げることのないように」
「大丈夫ですよ。佳奈多さんですから」
 思わずドキッとした。見れば、心の奥底まで照らされてしまうような笑顔。
「ちょっと!? 何を言うの!」
「何でもないです。宜しくお願いします」
 本当は私がお願いする側のはずと思いつつ、クドリャフカに簡潔に指示を出して雪かきを再開する。
 作業再開からしばらくすると、 


 『雪だ雪だひゃっほーーーーう!!』
 『筋肉いぇいいぇーい!! 筋肉筋肉〜!!』
 『マーーーーーーーーーン!!』
 『まじめにやれ、ぼけーーーーーー!!』
 『ちょっと、みんなちゃんとやろうよ!! これじゃ迷惑なだけだよ!!』


 ……どこからか私の頭痛の種でお馴染みの声も聞こえてきた。
 恐ろしい速度で縦横無尽に道が作られていく。周囲からは驚嘆と感謝の声。
 素直に感心し、感謝したいところだが――
 なるほど、そういうことね。
「雪かきで積み上がった雪で貴方たちは何か企んでいるという訳ね……人様の努力の結晶を無断で使うわけにはいかないから、この時点で一枚噛んできたと」
 呼び方を貴方「たち」に変えておく。
「えへへ……本当にただのボランティアかもしれないですよ?」
 傍らの親友は笑って誤魔化した。この様子では、昼休みどころか10分休みにも何かが起こりそうだった。仕事が増えたことを確信する。
 溜息をつく。
 私の大切なルームメイトは同時に宿敵のひとりでもある。
 まったく、可愛い顔をして侮れない。

 7時になって、「ボランティア」は解散となった。
 冷え切った身体を暖めるため、委員たちも生徒会もそそくさと引き上げていく。リトルバスターズはそのまま雪合戦を始めたようだ。
「朝から相変わらず元気よね……疲れを知らないのかしら」
 注意しに行こうかと逡巡していると、クドリャフカから声がかかった。
「佳奈多さん! 一緒に朝ご飯食べましょう!」
 そう言いながら私の手を取った。必死になって息を吐きかける。
「はぁーっ……はぁぁ〜っ」
「……何をしているの?」
「佳奈多さんはこんな寒い中で手袋もせずに雪かきをしてましたっ」
「それで?」
「ふりーずした佳奈多さんの手をあっためてるんですっ」
 ただ一途に。ひたすらに。
 犬歯が見えるほどに大きく口を開けて、白い息を吐く。
 湿り気、感覚が戻るときの刺すような痛み、そして僅かな暖かみ。

 ――少し、されるがままにしておいた。

「はぁーっ……わふぅ〜……少しはあったかくなりましたか?」
「全然」
「がーん!!? 努力が足りませんでしたー!?」
「冗談よ。充分暖まったわ」
「本当のほんとーですかー?」
「本当の本当。ありがとう、ご苦労様」
 素直な感謝の言葉を言いながら、そっとクドリャフカの頭に手をのせた。
「わふ……」

 結果としてリトルバスターズへの注意をそらされることになったが――
 まあ、いいか。 
「朝食に行きましょう、クドリャフカ」
「はいですっ!」
 歩きながら両手を擦り合わせてみる。
 手には、暖かみが宿っていた。



ばっくとぅいんでっくす、なのですっ


専用掲示板にじゃんぷですー