「わふー!」

 クドが嬉しそうに駆けていく。
 一面の白に、小さな足跡が刻まれていく。

「クド、待ってよー」

 僕はのそのそとその後ろについていく。
 冬山用のジャケットはやけに重たい。

 雪原はどこまで続いているのだろうか。
 立ち並ぶ針葉樹のうちの一つが、積もった雪を降ろす。

 どさ、と言う音。
 同時に前方からどしゃーっという豪快な音。

「わふっ」
「…クド、大丈夫ー?」
「…うう。あんまり大丈夫じゃありません…」

 転んだクドが頭を上げる。
 振り返った鼻の頭に、小さく白のデコレーション。

 そのまま、ふんふんと辺りを見渡すクド。
 堪えきれず、小さく笑いが漏れた。

「…ふふっ」
「…? どうしましたか、リキ」
「クド、鼻に雪ついてるよ」
「わふー?」

 わたわたとピンクの手袋が線を描く。
 鼻の頭と頭にかぶさった白が払われても、クドは白いまま。
 雪のように白い肌が、本物の雪の中でもはっきりとわかる。
 改めてそんなことを思った。
 こちらに向かって、クドは両手を振りながら笑顔をくれる。

「リキー! 早く来て欲しいのです!」
「うん、今行くよー」

 右足を庇いながら、元気一杯のクドに向かって歩き始める。
 積もった雪はそれほど深くない。
 空は快晴。
 これで…

「右足さえ捻らなきゃなあ…」

 誰にともなく、ため息が漏れた。
 そして。

「はやくはやくー!」

 クドの笑顔に、少しだけ元気をもらった。







 わんこまつり用SS/かまくらみかん byB.O.G.







「右足、大丈夫なのですか…?」
「あ、うん、割と平気みたい。恭介は大げさだから…」

 心配そうなクドの呟きに、僕は首を振った。
 …とは言っても、もう滑る事は無理だろう。
 ちょっとくらいなら大丈夫だと思うけど、恭介が止めるに違いない。

 つい十数分前の出来事を思い出す。

 スキーの最中に僕は段差に乗り上げ、転んだ。
 ただそれだけのことなのに、駆け寄ってきたみんなは大げさすぎた。

「理樹…っくそっ、俺がついていながらこんなことになるなんて…っ!」
「いや、大丈夫だよ恭介、ただの捻挫だから」
「くそう…すまない、理樹…っ! この償いは俺の一生をかけてでも!」
「重いよ謙吾、ほら、うご…痛っ」
「理樹…っ! 誰か担架を! このままじゃ理樹が死んでしまうんだっ!」
「何だとぅ恭介! 死ぬ、…理樹がかよっ! うおおおおおおおお! 死ぬな、死ぬんじゃねえぞ理樹…っ」
「アホだなこいつら」

 白のスキーウェアと帽子に身を包んだ鈴の、容赦ない突っ込み。
 けれどそれでもみんなの勢いは止まらず。

「…くっ。雪山では小さなミスが死に繋がると聞いたことがある…」
「恭介、だが俺たちはこの場所に詳しくない。下手に動くのは危険だ」
「じゃあどうしろっていうんだよおっ! このままじゃ理樹が…っ」
「なんかみんなノリノリですネ…」
「以心伝心とは素晴らしいものです。…それにしても今日は冷え込みますが」
「うんー、でもさすがに捻挫じゃ人は死なないんじゃないかな…」
「…ええいらちがあかん。少年、君は今日のところは休んでおけ」

 結局、まともに話せる来ヶ谷さんの進言どおり、僕は山から下りることになった。
 冬山に合わせた格好のみんなから、一人だけ離れようとして、来ヶ谷さんの声がかかる。

「ああ、一人で下りてもつまらんだろうからクドリャフカ君をつけよう。
 彼女は愛でてよしからかってよしあんなことやこんなことは言うに及ばずの高性能暇つぶし自動人形だ」

 来ヶ谷さんの中でクドはそんな位置づけなのか…

「この機会に好きなだけ遊んでおけ。私も彼女を手放したくは無いが」

 び、と手袋に包まれた指が三本立てられた。

「もずく三パックで手をうとう」
「わふー! なんだかものすごく格安にじんしんばいばいされましたっ!?」
「そんなの、クドに悪いよ」
「…」

 来ヶ谷さんの呆れたような顔。

「断言しよう。悪いのは他でもない君だ、少年。
 ではクドリャフカ君、この朴念仁を引き連れてどこえなりと消えてしまえ」

 そこまで言うと、来ヶ谷さんはこっちにギラギラとした眼光を向けてきた。
 ものすごく背筋が凍る…

「なんだかよくわかりませんが、私は構わないのですよ、リキ」
「ん…そっか。お願いしようか」

 よくわからないけど、そうしないとダメなようだ。

「はいっ♪」




 そんなわけで僕とクドだけみんなから離れることになった。
 …冬休みの後半を利用して僕らは雪国に来ている。
 もちろんというか、恭介の知り合いのところに。
 穴場らしく、それほど人は多くない。とはいえ数人の宿泊客とはすれ違った。
 予定は数日間の泊りがけ。
 期待しながら遊びに来たって言うのに、初日に足を捻ることになるなんて。
 …新年からついてないよ。

「クドも滑りたかったら行っていいんだよ?」
「わふ?」

 クドは上目遣いでこちらを見ると、人差し指をくっつけてうつむいた。

「でも、なんだか私はうまく滑れないのです…」

 呟きとともに指を離したりくっつけたり。
 …そう言えば、葉留佳さんから無理やり上級コースに連れて行かれて泣きそうになっていたっけ。

「それに…」

 ちらり、とクドがこちらに視線を向けた。
 言葉を続ける前に、ほわ、とクドが八重歯を見せる。

「リキがいないと、楽しくありませんからっ」

 トクン、と。
 心臓が小さく跳ねた。
 好意の大きさが、真っ直ぐ伝わってくる。

 …なんだか、照れくさい。

 クドの言葉はいちいちストレートで、困ってしまう。

「リキー、何して遊びますか?」

 無邪気なクドの笑顔に、僕は首を傾げる。
 部屋で休んでいてもよかったけど。
 というか本来はそうすべきなんだろうけど、それじゃあクドにひどく悪い気がした。
 それにせっかくこんなに雪があるんだから、ちょっと寒いけど外で遊ぼうと言ったのは僕。
 けど何をするかまでは考えていなかった。

 考え込む。

 振り返れば今日泊まることになるペンションが見えた。他にも同じような建物がいくつかある。
 そんなに遠くない場所だから、みんなが帰ってくればきっと見えるだろう。
 加えてこの足じゃ、あんまり大きな動きはできない。
 となれば…

「かまくらでも作ろうか、クド?」
「かまくらですか?」
「うん、…だめかな?」
「いいですよっ。かまくら作りましょう!」

 満面のクドに、僕も思わず笑みを零した。




「このくらいですか?」

 クドが両手一杯に抱えてきた雪に、僕は頷いた。

「うん。じゃあもっと雪を集めてきてくれる?」
「わかりましたっ。頑張ります!」

 クドは力強く頷くと、再度雪を集めに向かう。

 雪原では最近、雪合戦かなにかが行われたのだろう。
 積もる雪は多くなくて、その下には踏み固められた雪面がある。

 その真ん中に、僕らはかまくらを作ることにした。
 開けた場所に作ったほうが、恭介達からも見えやすいだろう。
 その分、他のスキー客にも見えてしまうかもしれないけど。

 クドが雪を集める役で、僕がそれを固める役。
 これならそれほど足に負担もかからない。
 クドが僕の何倍も動くことになるけど、不思議とクドは楽しそうだった。

 クドに答えるように、僕もかまくらを固める。
 道具は何にも無い。ただ、手で固めるだけ。
 こういうのは普通、どうやって作るのだろう。
 僕らが持っているかまくらの知識なんか、子供のものと変わらない。
 だからいつか見た記憶を引っ張りだして、それを形にしていく。

 最初は手袋の中の手も冷たかった。
 けど、何十分も作業を繰り返すうちに、段々温まってきて、今は暑いくらい。
 いつの間にか汗だくになって、僕らは一つのものを作ろうとしていた。

「リキー、雪持って来ました、っわふーっ!?」

 ずざー、とクドが滑り込む。
 抱えていた雪が全部地面に落ちてしまった。
 普段と違う足場に、まだクドは慣れていないようだ。

「大丈夫?」

 そんな声をかけるのも何度目だろう。

「今日はなんだか転んでばかりなのです…」

 消沈したような顔で、クドが立ち上がり、体についた雪を払う。

「足場が悪いからしょうがないよ。足、捻ったりしてない?」
「あ…はい」

 僕はクドが零した雪を拾い上げて、ようやく肩の辺りまで盛り上がった雪にくっつけた。

「休憩、しようか?」
「…そうですね、リキがそう言うのなら」

 こくん、と頷いてから、てて、とクドはこちらに駆けて来る。

「どうぞっ」

 親指だけ別になるような手袋が、目の前に伸びてくる。
 どうやら手を貸してくれるみたいだ。

「ありがとう」
「ゆーあー、うぇるかぁむっ」

 笑顔のクドに手を引かれるまま。
 右足をかばいつつ、歩き出す。



 僕らは列を作ってペンションの中へ。

 中は、外よりは暖かかった。
 木造の建物の中には大きな空間と、奥にはいくつかの個室。

 そなえつけの電気式ストーブに火を入れる。
 風情はあまりないけど、これなら風邪の心配はないだろう。
 でも、すぐにはつかない。ちょっとつくまでに時間があるみたいだ。

「クド、じゃあちょっと個人行動にしよう」
「わかりましたっ」

 クドは頷くと、ストーブの前に立った。
 温風が流れてくるのを待っているようだった。

「〜♪〜♪」

 鼻歌交じりで上機嫌だった。
 なぜだか安心して、僕はクドから目を離す。
 汗だくになった体を拭こうと思い、割り当てられた部屋へと向かう。
 クドはいいのかな、僕より動き回っていたから汗だくだと思うけど。
 …聞こうかと思ったけど、実行には移せない。
 なんだかものすごく恥ずかしい気がした。




 部屋の一つに入ると、僕は上着を脱いだ。
 大き目のスポーツバッグから替えの衣類を出す。
 ストーブをつけようかとも思ったけど、着く前に終わるだろう。
 諦めて低温の中、ジャケットを脱ぎ着替えることにする。

 茶色いタートルネックのセーターを脱ぎ、ベッドに置く。
 それから絵柄がプリントしたシャツを脱いだ。

 肌に寒さが伝わる。
 首にかけたシルバーのネックレスが冷気を訴える。
 寒さに身震いした。
 慌てて白のシャツを着込もうとして。

「リキー!」
「うわあっ」

 楽しそうなクドの笑顔に、部屋の中まで踏み込まれた。
 こちらは上半身チェーンアクセだけ。
 とっさに何をして良いかわからず、硬直しながら目を見開いた。

「ストーブつ…き…ってわわわわわわわ、わふーっ!?」

 同じように、クドも目を見開いたまま身を震わせる。
 かあ、と顔が赤くなるのを感じた。

「わ、わかったよ! 今、行くから!」
「すみませんですっ…あ、あいむそーりーリキー!」

 バタン、と大きな音を立てて木造のドアが閉まる。

 ああ、もう…
 今日はほんとについてない…

 はあ、嘆息してシャツに腕を通す。
 冷気より酷いものに胸を痛めながら、ベッドの上のセーターを着込んだ。

 そのまま座り込む。

 なんか、ショックだ。
 …いや、クドに見られることはいいんだけど。

 無防備な姿を一方的に見られたのがなんというか。
 僕ばっかり見られたのはいやだと言うか。
 どうせならクドも…
 って、何考えてるんだろう僕は…

 熱を持つ頬を、片手で押さえる。
 そのまま、どうクドに話しかけようか悩んでしまっていた。




「…あったかいね」
「は、はぃっ」

 散々悩んで無難に声をかけたつもりなのに、返すクドの声は上ずっていた。
 クドはストーブの前にある長いすに座ったまま、もじもじとしている。
 まあ、仕方ないか。
 でも普通、こういう段階ってとっくに過ぎてるものなんじゃないかな…

「クド、横、いい?」
「ははいっ」

 身をこわばらせて、クドが長椅子の隅に移動する。
 そんなに身構えなくても…
 クドの横だった場所に座り込むと、はあ、とため息が漏れた。
 こちらの気持ちを読み取ってか、クドの呟きが聞こえた。

「その…っ、なんといいましょうか…不意打ちだったのであの…」
「うん、ごめん。カギかけるべきだったね」

 部屋には内側から鍵がかけられるようになっている。
 それを怠ったのが悪かったのかもしれない。
 でも…

「その…別に見られても良い、んだけど」

 クドのほうは見ないで、声を出す。
 湿気を含んだ材木は、なんだか鉄筋より暖かい気がした。

「あ…と」

 横目でちらりと見れば、クドは指を絡ませて目を伏せている。
 そのうち、恥ずかしそうな笑顔をこちらに向けた。

「でも…なんだか、その、恥ずかしいのです」

 トクン、と心臓が鼓動音を響かせる。
 クドまでは一メートルほどの距離。
 けれどその小柄な体に触れたいと思った。

「クド」

 名前を呼び、手招きする。
 ずるずると、椅子に座ったままクドの体がこちらへ近づいてくる。

 クドはスキー用のズボンに上着のままだ。
 手が届く距離になったとき、もこもこしたその服ごと、僕はクドをこちらへ引き寄せた。

「わわっ」

 驚いたクドの顔に指を添え、唇を重ねる。
 まだ温まっていないのか、クドの肌は冷たかった。
 僕が悩んでいた時間は結構あったように思う。

 もしかしたらクドも、色々考えてしまって。
 ストーブの前でじっとしていられなかったのかもしれない。

「ん…」

 喘ぐような声が漏れる。
 一度唇を離し、もう一度重ねる。
 やわらかいクドの感触を確かめるようにして。
 僕はクドから顔を離した。

「…リキ、あったかいですね」

 ぎゅ、とクドの小さな体を抱きしめる。
 着替えていないままのスノトレは冷たかった。
 おそらく、クドの体も冷えているのだろう。

「ごめん、黙って待ってれば良かったかな」
「いえ、かまくらなんか作ったこと無かったので…」

 少しでも楽しいと思ってくれていたのだろうか。
 そうだとしたら、少しは気が楽になる。

「温まったら、続き、作りに行きましょう?」
「うん」

 笑顔のクドに、僕は頷き返す。
 それから、少しの間そうしていた。
 ストーブの音だけが響いている。
 クドの体が熱を持ってきたことを確認し、僕は体を離した。

「あ…」

 クドの残念そうな呟き。
 す、と僕は再びクドの顔に手を伸ばし。




「あーくそ! さみぃいいいいいいいいいいいいい!」




「わふーっ?」

 慌てて身を離す。
 見開いた目が捉えたのは、ドアを開け放ち駆け込んできた真人。
 …心臓がバクバクとやかましい音を立てる。

「ま、真人っ?」
「おお理樹、無事かっ!? くそ…やっぱ雪山を舐めたら死に繋がるぜ…」
「な、何があったのさ」
「来ヶ谷に促されるまま超上級コースとやらに挑んだんだが…途中でこけてよ。
 そのままゴロゴロ転がり続けたら体温がやばい低さになってよ」


『おい来ヶ谷…どう見てもただの谷じゃねえか』
『大丈夫だ、君の筋肉の本気を見せてくれ』
『おう! とくと見ろ! ってこれは無理だあああああああああああああああああ!』


 来ヶ谷さんに全力でからかわれる真人の姿が、ありありと浮かんだ。

「よかったね…真人の鎧のような筋肉がなければ死んでるよ」
「ああ…今回ばかりは俺も筋肉に感謝したぜ」

 ふと、真人がクドを見る。

「ん? どーしたクー公。顔赤いぞ」
「ええっ? あの、その…」
「ままま真人っ! そー言えばかまくら作ってるんだけど見た?」

 慌てるクドと真人の間に入り、必死で話を逸らす。

「かまくら?」
「そうそう! ペンションの横の広場にさ、つくりかけだけど小さな雪の山みたいなの、なかった?」

 僕の言葉に、真人が表情を曇らせる。

「あー?」

 腕を組み、真人が首を傾げる。

「んなもんなかったように思うんだが…」




 嫌な予感がした。
 けど、…認めたくなかった。
 だから僕らはすぐに出ようとはしなかった。

 体を温めた真人を見送る、という口実で外に出てみると、作りかけのかまくらはなくなっていた。
 ただ。
 バラバラの雪の塊が落ちている。
 蹴り壊されたように見えた。

「まさかアレか? 違うよな…どこに在るんだ、理樹?」
「ああ、ええと…雪、集めただけなんだ、ホントは」

 気がつけばそんな嘘を口走っていた。

「なんだよそうか、じゃあまだ全然じゃねえか」

 真人が豪快に笑う。

「んじゃ、俺たちが帰ってくるぐらいにはできてると良いな。
 体も温まったし、俺はまた滑ってくるな。次は滑りきって見せるぜ」
「あ、…うん。楽しんできてよ」
「おう。理樹も明日は一緒に滑ろうぜ!」
「…そうだね」

 真人の背を見送り、かまくらになるはずだったものを振り返る。
 …壊されたのか。
 誰にだろうか。周りを見渡す。
 ペンションは一つきりじゃない。
 悪意在る誰かの仕業だろうか。
 バラバラになったかまくらの横にしゃがみこむと、僕はため息をついた。

 …気分が沈んでいく。

 ふと、雪面に影が生まれる。
 見上げれば、クドがいた。
 残念そうな表情で、クドが呟く。

「崩れてしまいましたね…」

 やっぱり、そうだ。
 黙って待っていればよかったんだ。
 僕が頷こうとすると、クドはぎゅ、と手袋を握りこんだ。
 力強い表情で、クドが言う。

「また最初から頑張りましょう!」

 …ああ、そっか。
 そうだよね。

 何を僕は、それで終わりだと思ったのだろう。
 ちょっとだけ、理の樹の向こうにある世界に絶望しかけてしまっていた。

 …けど、それと同じぐらい僕らはこの世界に期待して良い。
 そんななんでもないことを、隣に立つ笑顔の似合う女の子が教えてくれる。

「うん…頑張ろうか。今度は崩れないくらい硬くて」
「みなさんが入れるくらい大きなのを作りましょう!」

 両手を振り上げ、クドは元気一杯に笑う。
 …よし。
 日はまだ高い。
 できる限りのものを作って、真人やみんなを驚かせてみよう。




 そうして気がつけば、日は傾いていた。
 かまくらはようやく人が三人ほど入れるくらいの大きさ。
 そこまで作って気がついた。

「…リキ、どうやって入りましょうか」
「…そうだね」

 記憶のまま作ったかまくらには、なぜか内部が再現されていない。
 これでは…

「なんだかただの山みたいです…」
「生まれたばかりの赤ちゃんが見たらそう思うかもね…」

 内部を掘ろうにも、道具が全く無い。
 どうしようかと見つめていると、ざ、ざ、と足音がいくつも聞こえた。

「くー! 山はいいねえー!」
「はっはっ。恭介、明日は負けんぞ」
「あぁー…さみいぜ…来ヶ谷、あそこ本当に滑れるのか?」
「君は一日中あの絶壁だけ滑っていたのか? もはや賞賛に値するな」
「ありがとよ」
「馬鹿なだけだな」
「あぅうー、服冷たいよー」
「ってなんだーっ? 小毬ちゃんが凍死しかけてますよー!?」
「だから初級だけ滑ろうと言ったのですが」
「でも私だってみんなと同じとこ滑りたいよー」
「小毬ちゃんには私が手取り足取り教えよう」
「うんー、じゃあ明日はお願いするよー」
「では今夜はスキンシップをくんずほぐれつ」
「ふええー、なんだかやだようー、そう言えば同室だよぅー」

 振り返れば、ぞろぞろとみんながやってきていた。

「おう理樹! できたかっ?」

 真人が気付き、こちらに向かって手を振る。

「あん? なんだありゃ…真人、理樹と能美は何をやってるんだ?」
「おう、かまくら作ってたらしいぜ」
「なんだとぅーっ?」

 ゴーグルを首にかけた恭介が、馬鹿みたいな声を上げ、こちらに駆け込んでくる。

「言えよ混ぜろよ! そんな面白そうなこと二人占めしようなんてずるいぞっ」
「そんなに面白そうかなあ…」

 こちらの疑問も気にせず、みんなが恭介の後ろに続いてきていた。
 スキー板もストックも、雪の上に乱雑に投げ出して。
 みんな疲れてるはずなのに、その顔は楽しそうだった。

「かまくらかっ。趣があっていい…というかなんだ、中がないじゃないか」
「道具が無くて掘れないんだ。…謙吾、どうにかできない?」
「いや俺はなんとも…恭介、どうだ?」
「まかせろっ」

 スキーウェアの恭介が、ば、と右手を体の前で広げる。

「さあいけ真人!
 お前の筋肉で掘り進め!
 …今日のお前は、モグラよりもずっと格好良いぞ!」
「マジかよっ! がぜんやる気が出てきたぜ…」
「いやあんまり褒められてないから」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 こちらの突っ込みも聞かず、真人が両腕にものを言わせて雪壁を掘り進む。

「っていうか掘れるんだ…」
「だいぶ硬かったのですが…」

 クドと二人、呆然とその光景を見詰める。
 その間に恭介がみんなに号令をかけた。

「さあみんな! 雪をかき集めるぞ!
 そして固める大役はお前だぜ、理樹」
「なぜ僕だけ名指しで役目が振られるんだろう…」
「ミッジョンスタート!」

 こちらの呟きは当然の様に無視し、恭介は真っ先に走り出す。
 掘り進む真人のことは置いておいて、皆へと僕は振り返った。
 皆呆れているんじゃないかと思ったけど、そうじゃなかった。
 誰もが雪を集めに走っていく。

 走る速さはバラバラだけど。
 みんな、一様に笑顔だった。

「わふー! みなさん待ってくださいー!」

 元気を取り戻したのか、クドがみんなの後ろを駆けていく。
 それをほほえましく思いながら見送って、僕は真人へ視線をずらした。
 そして、目を見開く。

「ちょっと真人! ストップ! それ以上掘っちゃ駄目だよ!」
「ああん? …なんでだ」

 掘られた穴は、ほとんど山の大きさと同じになっている。

「いや貫通するから。トンネルになるから。それはかまくらというより砂細工だから」
「…なんだよそうか。せっかくモグラよりかっこいいところ見せるチャンスだったのによ」
「そのくらい普段から見せて欲しいと思うけど…」
「それができたら苦労しねえんだよっ!」

 真人の中でモグラはどのぐらい格好良いんだろう…
 残念そうに、真人が両手をわきわきとさせる。
 それから、思いついたように腕を組んで見せた。
 
「…待てよ? 逆に考えれば、入口と出口がある新しいかまくらアートができるんじゃないか?」
「いや逆とかないから。真ん中に吹き込む風の寒さに愕然とするだけだから」
「あんだよ。しょうがねえ、俺も雪持ってくるか」

 真人もまた、皆と同じように周囲の雪を集めようと歩いていく。
 その姿を目で追って、僕は赤に染まりかけた空を見上げた。
 完成は、夜かな。




「今日の夜はアレだな…ご、ご…なんだっけ、ここまで出てるんだけどよ」
「ゴッサムとでも呼んでおけ」
「ああ。そうか。いやー、今日の夜はゴッサムだな謙吾」
「ああ。極寒とは今日のような夜を指すのだろうな」
「うおおおおおおっ違うじゃねえかよお! なんか前にも騙された気がするしよおっ!」
「無論気のせいだ。もしくは気の迷いだろう。迷ってばかり、という可能性もあるな」
「…よくわかんねえけど、すげえのか? 俺」
「凄すぎるよ真人…謙吾もその辺にしてあげなよ」

 日は落ちてからずいぶん経つ。
 食事などの休憩を入れたのもだいぶ前だ。
 肌が感じる寒さは寒いと言うより痛いと言うのが正しいものになってきた。

「二人とも、風邪引く前に戻ったほうがいいよ」
「…ああ? 理樹はどうするんだよ」
「もう少ししたら僕も行くから」
「そうか。そうだな。じゃあそろそろ中に入るとしよう。行くぞ真人」
「なんでテメエに指図されなきゃなんねえんだよ…」

 先に背を向けた謙吾に文句を言いながら、真人もペンションへ戻っていく。
 ほとんどの女性メンバーはちょっと前に戻っていった。
 あとは…

「ええー!? そうなのですか!?」
「ああ…実はそうだ。鈴と理樹は交換日記をするほどの仲だったんだ」
「変なことクドに吹き込まないでよっ?」

 なぜかかまくらの内部にいる恭介、クド。
 そして僕。

 身を縮めてかまくらに入る。
 苦労したかいあって、かまくらは何人かなら入る大きさになっていた。
 中は暗いけど、全く見えないと言うわけではない。

 恭介のきょとんとした顔が見えた。

「なんだ理樹。ほんとのことだろ」
「単にみんなで回してた時期があっただけだし!
 そもそもアレ書いてたのほとんど恭介だったじゃないかっ!?」
「みなさんで回していたのですか?」
「ああ…だが鈴が全然書かなくてな。
 二回に一回、俺が代わりに書いてたらそのうちほとんど俺が書いていた」
「…真人も一行とかしか書かなかったのにさ。
 …ある日突然、一ページに渡ってかかれてた日があって」
「その日から真人も俺の担当になった。
 それに気付いた謙吾まで、後はお前が書けと言いはじめてな」
「とすると、恭介さんが四人分書いていたのですか?」
「ああ…恐ろしいことに、…真人役の俺から謙吾役の俺へ、
 それから本来の俺、そして鈴役の俺へと回されていた。
 …しまいにはどれがどんな俺なのかわからなくなってな…」
「鈴が竹刀を振るってたりしてたね…気合たっぷりの声つきで。
 真人が女言葉でホントは友達たくさん欲しいとか言い始めた時は怖かったよ…」
「ああ。
 あのときは唯一、理樹の存在だけが救いだった…
 心のよりどころは、普段どおりの理樹だけだった」
「強い絆なのですねぇ」
「そうだ。
 あの交換日記は実に様々な俺と理樹との絆になった」
「っていうかもはや、恭介の個人的な日記だったよね。…たまに僕が書き込むだけの」
「なんだよ、良い思い出だと思ってたのは俺だけかよ」
「…わふー」

 気落ちしたようなうめき。

「みなさんには…思い出がたくさん、あるのですね」

 クドがふと、目を伏せる。
 恭介がふ、と笑みを漏らした。

「ああそうさ。
 けど、思い出なら誰にだってある。欲しいなら作れば良いだけだろう、能美。
 …さて。俺もそろそろ戻るか。明日もあるんだ。適当なところで切り上げろよ、二人とも」

 くああ、と欠伸をひとつして、恭介がかまくらから出て行く。
 後には僕とクドだけが残った。
 恭介が戻ってこないのを確認して、僕はクドに声をかける。

「…クド」
「…リキ?」
「近くに行っても良いかな?」

 きょとん、と大きな目がこちらを見上げる。
 僅かに差し込むあかりが、白を僕に焼き付けている。
 ふと、その目が、弓のようにしなった。

「いいですよ」

 了承を得て、クドに身を寄せる。
 それから、クドの身を抱え上げた。

「わ」

 呟き終わるより早く、自分の両足の間にクドを下ろす。
 それから抱きかかえるように、クドの体に腕を回した。

 クドの体は冷たい。

 人よりずっと小さなクドの熱は、失われるのが早いんだろう。
 少しでも体温を分かち合いたくて、回した腕に力がこもる。

「…リキ?」

 不思議そうな瞳が、こちらを見上げる。
 上下逆さまの顔が、こちらの視界に映る。

 さらさらの髪がわずかに揺れた。

 覆いかぶさるように、クドの顔の右側に移動する。
 視界の中で本来の位置に戻ったクドの唇に、顔を寄せた。

 吐息のかかるような距離で、一度動きを止める。
 そうして、クドに目を合わせた。
 少しの間、見詰め合う。

 心臓が鼓動を増す。
 どっどっと、やかましい音。

 クドも同じなのだろうか。

 ふと、クドが顔を下げた。
 それから上目遣いでこちらを見る。

 それを契機として、こつん、と彼女の額に額を合わせる。

 冷たい額。
 身に残る熱を分け与え、僕は目を閉じた。

 僅かな空白。
 遅れて、唇に冷たい感触。
 控えめな接触に、僕は目を開いた。
 視界に映るのは、ちょっと不機嫌そうなクドの顔。

「ずるいです、リキ…」

 誘うように目を閉じたこちらへの不満。
 それがなんだか可愛くて、笑みがこぼれた。

「ごめん、でも…最近僕からばっかりだから」
「その…とても恥ずかしいのですよ?」
「うん…でも」

 す、と顔を寄せる。

「好きだよ、クド」

 呟いて、キスをする。

 雪明りの中。
 僕らはそんなつたない接触を繰り返していた。

 何度も。
 …何度も。

 体勢が疲れたのか、そのうちクドが僕の腕の中から横にずれる。
 ぎゅ、と片手を握られ、片方の背を預けあう。
 そうしたら、眠気が襲ってきた。

 …ふぁ。

 今日はなんだか、疲れた。
 けど…おなじくらい楽しかった…っけ




 夢を見ている。
 いつか誰かを見送った夢。
 離れ離れになってしまう二人の夢。

 現実は残酷だから目を背けようとして。
 でも逃げ出した先もやっぱり残酷で。

 それでも構わないから。
 諦めないで、と言うために。

 互いを分け合った二人の話。

 少しだけ、涙が出そうになった。
 僕のことじゃないのに、自分のことのようで。

 おぼろげなまま、それでも。
 それを乗り越えようと、必死になった二人の夢。
 結果は曖昧でよくわからない。

 けど。

 そのぐらい、二人は好きあっていて…
 ともに居たいと手を伸ばしたことは。
 きっと、忘れない。

 いつか夢がうしなわれてしまうとしても。
 この今をきっと、忘れないで…いいのかな




 あったかい…
 ん…

 まどろみの中から、意識が戻る。
 なにか、やけにリアルな夢を見ていたような…
 みじろぎしながら重たい目を開くと。
 こたつ。
 こたつがあった。

「ええっ!?」

 驚き、身を震わせる。
 夢かと思ったけどそうじゃない。この暖かさはこたつの熱だ。
 手をつけば雪ではなく畳に触れる。

 外からは光が差している。
 日陰でもはっきりわかる。
 コレはこたつだ。ご丁寧に板の上には籠に入ったみかんもある。

 夢かと見渡す。
 けれど周りは依然、雪壁のまま。
 そして…隣にいたクドは、いつの間にかいない。

「クド…っ!?」

 身を跳ね起こし、外へ。
 すると、光のまぶしさに目がくらんだ。

「わっ」

 それから、光に慣れた目に飛び込んでくる。

「リキー!」

 片手を嬉しそうに上げた、小柄な女の子の姿。
 よかった。
 クドはすぐ側にいた。

「完成しましたっ!」

 上げられていた片手が、ば、と僕の後方を示す。
 振り返った。
 すると。

 やけに大きくなったかまくらがあった。
 10人分くらいの巨大なスペース。

 コードが一本、尻尾のように延びている。
 目で追えばどうやらペンションまで繋がっているらしい。
 こたつは真人辺りが運び入れたのだろうか。
 そして大きなかまくらの周りに、スキーウェア姿の皆がいた。

「起きたか理樹…」

 なぜか、こぶし大の雪の塊を手渡される。

「え?」

「いいからそこにたたきつけろ」

 促されるまま、かまくらの不自然に開いた部分に雪の塊を押し付ける。

「完成だ!」

 恭介の声と、ぱぱぱ、と手袋越しに手を叩く音。

「えええっ? 今のどんな意味があったのっ?」
「私ももう完成したものだと思ってましたっ?」
「お前らが始めたものだろう。なら終わりもお前らの手じゃないとな。
 これから助け合っていく二人の門出を祝う初めての共同作業にしてもよかったんだが」
「いや結納とかしてないから。式とか挙げた覚えも無いから」
「まあいいじゃないか、ともかく完成だっ! はい拍手ー!」

 恭介の号令に倣い、みんなの手からからばばば、と拍手が起きる。
 僕も倣って、手袋のままで手を叩いた。
 そんな中、ぐ、と腕が引っ張られる。

「わわ、どうしたの恭介」
「落成式だ。とりあえずコタツに入れ。みんな入るぞっ」

 ずるずると出てきたばかりのかまくらに突っ込まれる。
 外は朝の寒さ。
 けれどコタツに入れば、あったかい。

「かまくらと言えばみかんだろう」
「いやそれはあまり聞かないけど…」

 なんだかんだで、ミカンに手を伸ばしながら、みんなが喋りだす。

「うーん、良いれひだねっ」
「食べながら喋ってはいけませんよ。それに三枝さんが起きてきた時にはもう」
「んんーんんっ。みおちんしーっ! しーっ! それは言わなければ問題ないのだっ」
「でも、ほんとに良い出来だよー」
「まったくだ。早起きしたかいがあるぜぇっ」
「この馬鹿は朝五時に起きたらしいな」
「恭介氏は本当に元気な子供のようだな。というかさすがに狭いぞ」

 コタツに10人はかなり無理がある…ぎゅうぎゅうだ。
 謙吾と真人は入れなくて、雪壁に背を預けているし。

「なあ謙吾…眠くないか。五時に起こされた上に哀れな囚人のようにかまくら作れとかわけわかんねえんだが…」
「…眠いな。恭介も必要な睡眠時間を考えて欲しいものだ」
「だよな…で、なんで頑張った俺らがこたつの外なんだ…? 一番雪持ってきたのは誰だよ」
「知らんな。知る必要も無い」
「うあああっ! せめて聞いてくれよぉ…」

 騒がしいかまくらの中、昨日捻った右足の状態を確認する。
 うん…なんとか大丈夫だろう。

 ふと、横にいるクドに視線を移す。
 肩をくっつけるほどの近さ。
 上目遣いのクドがいる。

「どうしましたか、リキ」
「ああ、うん…今日は一緒に滑ろう?」

 すぐに、クドが笑顔をくれた。

「はいっ♪」

 小さな指が、みかんの皮を丁寧に剥いている。

「リキ、食べますか?」
「ありがと」

 みかんをほおばり、喧騒に耳を向けながら。
 さっき、朝の光と一緒に目にした空を思い出す。
 快晴。
 ふと、話題がこちらに振られた。

「今日はスノボやるぞ理樹」
「ええっ? やったことないよっ?」
「大丈夫だ、お前ならできる」
「何の根拠があるのさ…」
「リキがすのーぼーどしてるの、見たいですっ」
「わかってるじゃないか能美」

 思わずため息が漏れる。
 けど、なんでかそんなに嫌じゃなかった。

「さーて、じゃあいくかっ!? とりあえず朝飯だな!」

 楽しげな恭介の声。
 そしてそれに応じる、傍らの女の子の声。

「わふー!」

 それに続くようにみんなが、思い思いに声を上げて。
 ミカンも置いたまま、かまくらから抜け出していく。

 一面の白が目に痛い。
 快晴の空を突き抜けた光を、キラキラと眩しく弾いている。

 どうやら今日も。

「…うんっ」

 へとへとに疲れるくらい、楽しい一日を過ごせそうな予感がした。

「わふーっ?」

 ずべしゃーっ!

「はは…」

 とりあえず今は。
 豪快な音を立てて転んだ女の子を、助け起こそう。



ばっくとぅいんでっくす、なのですっ


専用掲示板にじゃんぷですー