「悪意なき嫌悪感」





 いつものように教室で僕は真人と談笑をしていた。
 そこで不意に聞こえてきた言葉……。

「ねぇ、能美さん、今日の英語でまた失敗するかな〜?」

 クドは、クラスの笑い者となっていた。

「するんじゃな〜い? だって能美さんだし!」

 クドの口にする英語は、いつもジャパニーズ発音で、文法的にも間違ったものが多い。
『外国人』なのに、英語ができない。
 そんなクドを笑う者は数知れずにいた。

 僕は居心地の悪さを感じ、早急に外に出ることにした。


 ガラッ


 僕がドアを開けると、そこには俯いた状態のクドがいた。

「……クド……」
「……あ、リキ……」

 悲しそうな瞳で、僕を見る。
 僕が声をかける前に、クドが言った。

「……私なら、だいじょうぶです……。いつものことですし、もう……『慣れて』いますから……」

 何か自分に言い聞かせるようなことを言った後、クドは一人になりたいと言って、そこから立ち去った。


 今の僕には……何もできない……クドを笑うクラスの皆を止めることも、クドの感情をこらえさせている『何か』を取り除くことも……。


 前にクドが言っていた。

他人ひとのすることのそのねっこに悪意はない』のだと……。

『悪意がない』のなら、注意をしても、自覚はしてもらえない。
 自覚がないのなら、『何が善く』て、『何が悪い』のか、わかってもらうことはできないだろう。

 要するに、注意しても『無駄』……というわけだった……。



 今、僕がクドを追いかけても、きっと何もできない。
『今』の僕には、まだ……。



 授業の始まるチャイムがなり始めた時、クドは帰ってきた。
 明るいいつもの笑顔で……。

 僕はその光景を見る事が、とても心苦しく思えた。



 英語の時間。

「よし、ここから最後まで、能美、読んでみろ」

 最近、英語の先生はクドをよくあてる。
 それは教育のためなのか、笑い者にするためなのか、定かではない。
 だが、はっきり言えることは、クドは英語の時間、ほぼ毎回、あてられるのだ。

「は、はい!!」
「座ったままでいいぞ」
「あ、は、はい……」

 クドはこりもせず、あてられると立つ。そのたびに先生に「座ったままでいい」と促される。

「え、え〜っと……」





 ……
 …………
 ………………





 相変わらずクドはジャパニーズ発音、そして読み方を間違ったり、詰まったりを繰り返していた。

『授業の間は』誰も、何も言わない。
 間違えてしまうことなどはもう日常茶飯事、誰も笑うものなどいない。

 だが、授業を終えた休み時間。
 クラスの皆は皆クドの話題を出し、笑う。

 それを席で聞いているクドは、暗く、俯き、『何か』に耐えていた……。

「クド、やっぱり……」
「大丈夫ですよ、リキ。だいじょうぶです……」

 笑顔を見せてくれるが、その笑顔には、『本当の笑顔』は含まれていなかった。





 ……
 …………
 ………………





 また、試験が近づいてきた。

「ぐっどもーにんぐです、リキ!」

 教室の前で、クドが挨拶をしてくる。

「おはよう、クド」
「試験も近づいてきたのですが、リキ、また手伝ってもらえないでしょうか?」
「うん、いいよ」

 僕らは試験が近づくたび、家庭科部の部室で、試験勉強をする。
 大好きなクドと、また今日から、一緒に勉強できる。
 そう思いを馳せて、教室のドアを開けようとしたとき……。

「ねぇねぇ、今度の英語のテスト、能美さん赤点取ると思う?」

 また、賭け事だ……。

「最近直枝くんとがんばってるみたいだし、今回も大丈夫なんじゃない?」
「でも今回のテスト、難しいらしいよ〜?」

 クド以外にも、英語が苦手な奴ぐらい、それこそ死ぬほどいるだろう。
 なのに、何故クドが外国人だってだけで、賭けの対象にならなくちゃいけないんだ!
 もう、我慢の限界だ……!!

「ちょっと……!!」

 僕が行こうとした瞬間、制服の袖を掴まれた。

「……クド……!」
「言いましたよね、私。他人ひとのすることに、悪気はないと」
「でも……クド!」
「私なら、大丈夫です……。それに、仕方ないんです」

 一息ついて、クドは言った。

「私が外国人なのに、英語を喋れないのが、いけないんですから」
「っ!」

 クドの言ったことは、自分を自虐するような言葉だった。
 クドは自分の中で、自分を『ダメな子』だと認めてしまっている……。


 悪気がないのだから……自覚をしない……。
 自覚をしないのだから、今やっていることが『善い事』なのか『悪い事』なのかも、わからない……。


 不意に、その言葉が頭をよぎった……。


「さ、リキ、入りましょう」

 その笑顔にはやはり、『本当の笑顔』は含まれていない……。





 ……
 …………
 ………………





 放課後、僕とクドは部室で試験勉強をしていた。

「では、れっつしけんべんきょうすたーとなのですっ!」
「うん、そうだね」
「あ、飲み物、もってきますね!」


 しばらくして、クドが持ってきたのは……。

「? コーヒー?」
「はい! こーふぃーですっ!
 試験勉強をすると眠くなってくるので」
「へぇ、って今日、眠いの?」
「えっと、はい、少しだけ、ですけどぉ」
「じゃあ、今日はやめとく?」
「いえ、だいじょうぶです! お気になさらず……あ、えっと、どんと・へるぷ・みー!!」
「そっか」

 たぶん、Don't worryと言いたかったんだろう……。
 でも、言いたい事はわかるし、そういうクドが好きなのだから、訂正はしないでおく。





 ……
 …………
 ………………





 次の日の放課後、また僕とクドは試験勉強をする。

「あれ? 今日もコーヒー?」
「はい、昨日とは違うものですよ!」

 おかしい……お茶や紅茶しか出さなかったクドが、2日も連続でコーヒーを出してくるなんて……。

「クド、なんで最近お茶とかじゃないの?」
「あはは、最近とてもすりーぴーなんですよ、私」

 クドのほうを見ると、目の下にうっすらと「隈」があることがわかった。

「……! クド、もしかして、あまり寝てないんじゃないの!?」
「え? いえ、そんなことないですよっ。いつもぐっすりぴーぴー寝てますよ」
「嘘だ……」

 もしよく寝ているのなら、目の下に隈なんかできるもんか。

「寝れてないんでしょ……、クド」
「リキ……」
「正直に答えてよ、クド」
「……はい、実は最近、あまり寝ることができてないのです……」
「……」
「ご覧のとおり、私は英語ができません……」

 クドは続ける。

「だから、私はクラスの皆さんから、笑われる存在になってしまいました。
 前にもいいましたが、皆さん、悪気はないのです。
 それは、わかっているのです。
 でも、わかっていても、やっぱり、笑われるのは……辛いです」

 今にも消えそうな声で、クドは話す。

「それでいつしか私は、変わりたいと思うようになっていました。
 来ヶ谷さんのような、『ないすばでぃ』で何でもできるような人になりたいと……」

 それは、クドのささやかな願い。
 誰しも持っている、他人ひとに対する憧れ。
 でもその願いは、僕を不安にするだけだった……。


 結局、それから僕とクドは、帰る時まで、一言も喋ることはなかった。


「じゃあ、また明日、クド」
「はい、しーゆーです、リキ」

 暗い挨拶を交わして自室に戻った。





 ……
 …………
 ………………






 テスト前日。

「リキ、今日の試験勉強は中止にしたいのです」
「……うん、いいよ。でも、大丈夫?」
「はい、もちろん、心配には及びません! 今までガンバって勉強してきたので大丈夫です!」
「いや、そうじゃなくて、体の方……」

 クドは明らかにやつれていっていた。
 目には隈がある。
 小柄な体が、少しやせ、さらに小さく見える。

「え? あ、はい、大丈夫ですよ。私はいつも元気100倍ですっ!」

 そんな言葉も、今は頼りないほどに、やつれていっていた。





 ……
 …………
 ………………





 テスト当日。

「リキ、今日はがんばりましょう!」
「うん、でも……」

 クドの体は限界に近づいていた。

「大丈夫ですよ、リキ」
「本当に?」
「本当ですっ。あい・あむ・ふぁいん・とぅもろーなのです!」

 心配していても何も始まらない。
 今はクドの言葉を信じることにした。



 テストが終わって、クドの様子を見に行く。

「クド、大丈夫だった?」
「あはは、はい、大丈夫……だと思います。あまり自信はありませんが……」
「テストも終わったし、今日はゆっくり休みなよ」
「はい。あ、でも、今日から野球の練習がまた……」
「そうだけど、ダメだよ。そんな体で出たら、倒れちゃうよ」

 練習に出ようとするクドを引きとめ、自室で休養をとるように促した。





 ……
 …………
 ………………





 翌日の放課後。

「リキ! 野球の練習に行きましょう!」
「ん、今日は大丈夫そうだね、クド」
「はい! 昨日は何も考えずに寝たらぐっすり寝られましたよ」

 元気よくそういうクドに、僕は少し、安心することができた。



「よ〜し、クーちゃん、いくよ〜!」
「ばっちこーい、なのですっ」

 いつものようにクドが小毬さんとキャッチボールをしている。

 鈴の投げた球を打とうとした時、不意に声が飛んできた。

「クーちゃん!? だいじょうぶ!?」

 小毬さんがクドの名前を呼ぶ。

 どうかしたのだろうか……。

 見てみると……。



 クドが……倒れていた……。



「クド!!」

 すぐさま僕等はクドの元へ駆けつける。

「クド! しっかりして! クド!」

 僕はひたすらクドの名前を呼び続ける。

「理樹、保健室へ運ぶぞ」

 恭介が僕に言う。

「うん」



「ん〜、精神的な疲労による寝不足ね」



 保健室の前、僕と恭介は立ちつくしていた。
 不意に恭介が僕に言う。

「理樹、クドを助けてやれ。
 今のあいつを助けられるのは、お前だけだ」
「うん」
「俺は残りのメンバーをまとめてくる。理樹、お前はクドのそばにいてやれ」
「うん」

 恭介はそういってグラウンドへ戻って行った。

「クド……」



 ガラッ



 保健室のドアを開ける。

「クド!」
「静かに、今は寝てるわ」
「あ、すいません……」
「ゆっくり寝かせてあげなさい。私はこれから職員会議があるからいかなくちゃいけないんだけど……」
「あ、僕がついておきます」
「そう、じゃあよろしくお願いするわね」



 数分後。

「……リキ?」

 クドが目を覚ましたようだ。

「大丈夫? クド」
「あはは、倒れてしまいました……」

 僕の質問には答えず、話し始めた。

「やっぱり、ダメな子ですね、私は。
 強くなくっちゃって……思ってるのに……。
 負けちゃダメだって……わかってるのに……。
 なのに、また失敗して、皆に迷惑をかけて……」

 クドは今、自分を変えようとしている。
 自分が『嫌い』だから……。

「ダメだよ、自分を嫌っちゃ」
「嫌ってなんか……いませんよ」
「いや、嫌ってるじゃないか。今だって自分を『ダメな子』だって見下げた。
 クドは今まで何回も言ってきたよね? 他人ひとのすることに悪気はないんだって。
 でも、それは半分合っていて、半分間違っている」
「……え?」

 クドの言う『他人ひとのすることに悪気はない』というのは間違ってはいない。
 けど、もうひとつ……。

「自分がすることにも、悪気はないんだよ……」

 そう、自分がすることにも……そのねっこには……悪気なんてありはしない。
 同じ、人間なんだから……。

「だって、そうじゃないか。
 クドは自分のことを嫌いじゃないと言った。
 でも、現にクドは自分を『ダメな子』と言った。
 クドは本当は自分のことを嫌ってるんだよ。
 悪気はなくて、いつの間にか自分で自分を苦しめている」
「……」

 悪気がないから、自覚できない。
 自覚がないから、物事の「善し悪し」を考えることができない。

「自分を嫌いになっちゃダメだ! 自分に自信をもつんだ、クド!」
「でも……でも、リキ……それでは私は、いつまでも皆の笑い者です。
 リキは……リキは私が皆の笑い者になっても良いと言うんですか!!」

 クドは泣き出した。大粒の涙を流して、叫んだ。

「私は笑われたくないです! 笑われるのは辛いです!」
「それはクドが自分を嫌っているからだ!!」
「……っ!!」
「自分を好きになれたら、きっと皆もわかってくれる。
 それがクドの『個性』なんだから!
『クドだけが持っている』、個性なんだから」

 そうだ、クドはいままで自分を嫌っていたから、諦めにも似た言葉を口にしていた。
 自分を『ダメな子』だと認識してしまったから、笑われてしまった。

「クドはクドのままで良い。僕は今のクドが好きなんだ」
「リキ……」

 少しの希望と、少しの不安の表情を浮かべて、僕に聞いた。

「じゃあ……じゃあ、自信を持っても、皆に笑われてしまったら……」
「そんな人はいないよ」

 そう、この世にそんな人はいない。

「自信を持って生きている人を、笑う人なんて、どこにもいない。
 もしいたら、その人は、『悪気がなくて、自分を嫌ってしまっている』人だ。
 そんな人もまた、そういう『自信を持って生きている人』を見て、自分に気付く。
 だから、初めは笑われても、すぐにそれは無くなっていく」

 そうやって、徐々に無くして行けばいい。
 すべては自分が自分を好きになることから始まる……。

「だから、ね? クド。『自分を好きになろう』」
「リキが……リキが、そういってくれるなら……」

 笑顔で答えてくれるクド。その笑顔は、クドの『本当の笑顔』のように、感じられた……。

 そして、夕日に照らされる保健室の中で、僕たちは新たな世界の始まりの祝福に、甘い口付けを交した……。



 ―僕とクド、二人は互いに違う存在だけど、
   僕とクドは、一つの道を、共に歩む。
    僕とクドの道は、まだ始まったばかり……―










 あとがき

 ここまで読んでくださった方々、ありがとうございますです♪

 どうも、月澄です。

 さて、自分の中では大体いつも話作りが決まっていて、「原作の中の何か」を題材にとることが多いんですよね。
 なのでさほど番外編というか、日常的なものを書くことはあまりできなかったりw
 今回はクドルートであった「皆に笑われるクド」を書こうと言う意思でした♪

 何分未熟な上、あまりクド中心に書けてなくてすいませんw

 本当はクド視点で書きたかったんですが、主催的なものでは「リキ×クド」ということだったのでやはりリキ視点でなければダメかなっとw
 でもやはりリキ視点だと、通常の「原作視点」のような形なのであまり上手くできないんですよね(汗)
 いや、もちろんヒロイン視点でも上手いとは言えませんがw

 この物語を書いた自分が言っちゃダメな気がしますが、自分はあまり時間をかけないので(物語構成は時間かけますが、執筆の方はさほどかけませんw)かなりダメダメな感じになっちゃってることかと……w

 実は自分の場合「起承転結」の「転」が抜けてたり、「起」が抜けてたり、「承」が抜けてたりと、なんか色々抜けてるんですよね(苦笑)
 いや、もちろん、悪気はないですよ(笑)
 今回は……多分「起」が抜けてるんじゃないかと(笑)
 でもそれは「月澄クオリティー」ということで☆


 さてさて、物語の説明ですが、

 ん〜っと、とりあえずクドがテヴアから戻ってきた後の話、という感じなんですが、その辺の設定はかなり無視ってます(笑)
 ホントのクラスの皆のクドに対する「見方」を中心に書いたものなんですよね♪
他人ひとのすることは……そのねっこに、悪気はないのです」という言葉は必須だったのでそういう形でとらせてもらったまでです(笑)

 今回は『自信』を題材に!

 最終的にクドあんまり喋れてない気がしますが、話的にはクド話なので……はいw
 自分の場合、キャラ視点で書くとそのキャラ中心に書いてしまうのでw



 泣く泣く諦めた言葉が結構あるんですよね。

・クドが初めから暗かったため、「わふ〜!」が出せませんでしたw
・原作ででてきたクドのへなちょこ英語があまりだせませんでした(泣)
・ひんぬーわんこ、これは出したかったです!!!(笑)

 一番悲しいのが「わふ〜」が存在しなかったことですねw


 では、あとがきのほう、長文になってしまい、申し訳ないです。
 ではでは♪



ばっくとぅいんでっくす、なのですっ


専用掲示板にじゃんぷですー