家庭科部室の隅で、今、僕達は息を殺し座り込んでいる。 電気を消した部屋は薄暗く、外から射し込む月明かりだけが視界の助けだった。 壁に背を付け寄り掛かる僕の腕の中には、クドがすっぽりと収まっていて、同じく口を固く結んでいた。 身を縮こまらせながら、さっき声が聞こえた方――扉の側を見つめる。 「……何か、夜の学校って怖くないですか? 今にも、こう……出てきそうで」 「別にそんなことはないと思うけど。だいたい、見回りはいつもしているでしょう。どうして今日に限って怯えてるのかしら?」 「だ、だって……さっきまでずっと怪談聞かされてて……」 「……消灯時間が近かったのに、あなたは何をやってたの?」 「わたしは止めようって言ったんですよぅ……。そういうの苦手だし。でも、友達が楽しそうに話し始めて……」 「全く……次は気を付けなさい。それと、苦手ならはっきりと言うべきよ」 「は、はい。わかりました。……うぅ、トイレ行けなくなったらどうしよう」 基本的に、夜になると生徒は外出禁止だ。暗黙の了解として見逃されてる部分もあるけれど、あまり度が過ぎていると厳重注意を受けることになる。例え情状酌量の余地があったって、完全にお咎めなしとはいかないだろう。見つかったら面倒なのは間違いない。 どうやら外にいるのは、風紀委員らしかった。声は二人分、そのうち一人は覚えのあるもの。委員長の、佳奈多さんだ。 クドもそれには気付いたようで、身体が僅かに強張ったのを感じた。 心臓が、早鐘を打つ。近付いてくる足音が、部屋の前でぴたりと止まった。 「異常はないみたいね」 「あれ、この辺、ちょっと前まで電気点いてませんでした?」 佳奈多さんの言葉に、もう一人が疑問を投げかける。 僕は思わず息を詰まらせた。極度の緊張で全身から汗が滲み出る。 「……どうだったかしら。まあどちらにしろ、もう消えてるんだから誰もいないでしょう」 「そうですね。じゃあ終わりにしましょう。それで早く戻りましょう」 「あなた、そんなに怖かったの? ……いいわ、明日も早いしね。今日は大目に見てあげる」 向こうの気配が遠ざかり、そこでようやく忘れていた呼吸を再開した。 クドが心配そうな顔をして見上げてきたので、大丈夫、と目で告げる。 「行ったみたいだ」 「ですね。……佳奈多さん、こっちに気付いてたみたいですよ」 「うん。僕もそんな気がしてた」 だとすれば最後のひとことは、僕達に対しても向けたものかもしれない。 お礼なんて言ったら逆効果だろうけど、口にはせずに感謝するくらいなら、怒られることもないはずだ。 ありがとう、と心の中で呟いて、肩の力を緩めた。 ――そもそもどうしてこんな時間に家庭科部室まで来ているかというと、発端は僕の携帯に届いた一通のメールだった。 『少しお時間いただけませんか。家庭科部室で待ってます』と書かれた内容。末尾にはKNの二文字。 アドレス帳に登録してあるんだからわざわざ名乗る必要もないのに、律儀に毎回自分のイニシャルを打ち込んでいるところが、何ともクドらしかった。今から行くね、と返信し、筋トレ中の真人に出かけてくることを告げる。 「どこにだ?」 「えっと……ちょっと」 「ちょっとだぁ? こんな時間にいったい……」 そこで言葉を切って、急ににやにやし始める真人。 「……そうかそうか、オーケイ何も言わなくていい。見回りが来たら誤魔化しといてやるよ」 「何を納得したかは知らないけど、たぶんすぐ戻ってくると思うよ」 「遅くなったら、の話だよ。まあ、オレの筋肉予知に外れはないがな」 「聞いただけでもすごく胡散臭い予知能力だね……」 からかい混じりの言い草に、居心地が悪くなって僕はさっと部屋から抜け出した。消灯時間の少し前、寮内は生徒の行き来もほとんどなくて、使わない場所の電気は切られている。暗がりから暗がりへ、人の目を避けるようにして渡り廊下を歩き、家庭科部室に辿り着く。 明かりが点いていたから、クドが先に来ているのはすぐわかった。 小さく声を掛け中に入ると、部屋着姿のクドが僕を認める。 「こんばんはです、リキ」 「こんばんは、クド」 「どうぞ座ってください。お茶でも振る舞えればいいのですが……」 さすがにこの時間帯、好き勝手やるわけにもいかないだろう。 卓袱台を間に挟み、クドの向かいに腰を下ろして、僕は軽く息を吐いた。 「消灯前なのに呼んだってことは、何かあったの?」 「はいっ。明日にしようか迷ったんですけど、どうしてもリキに見せたかったので」 「……見せたかった?」 「これです」 懐から薄い物を取り出し、それをクドは卓袱台の上に置く。 何の変哲もない封筒だ。端の方に『AIRMAIL』と記してあって、口は開いてしまっている。 表に書かれた文字は読めないけれど、たぶん、寮の住所だろう。封筒に書くことなんてそれくらいしかないと思う。 「リキ、どうぞです」 言われた通り、僕は封筒を手に取り、指を口に入れて中身を引っ張り出した。 何故か二枚ある。丁寧に畳まれた紙をぴっと開くと、片方は封筒の表と同じ字でびっしり埋まっていた。 日本語でも英語でもない、不思議な綴り。以前少しだけ教えてもらったことがある……確か、ロシアの言葉だ。 「これはクド宛てに?」 「はい。書いてあることもほとんど私に向けた近況なので、リキに聞かせるようなものではないですけど」 「そっか。じゃあこっちの手紙は戻すね」 傍らに一枚を置き、クドが見せたかったという方に目を通してみる。 「……あれ、日本語?」 「リキ宛てなのですよ。読んでみてください」 淀みなく整った筆跡で、冒頭に僕の名前が書いてあった。 そこから先、十数行にわたる文章を読むにつれて、僕は自分の頬が赤くなっていくのをはっきりと感じた。 これは……えっと、何というか。 手紙から一度視線を外し、正面に座るクドを見ると、嬉しそうに微笑んでいる。 おそらく――いや、間違いなく、クドもこの手紙は読んだんだろう。その上でこうしてるってことは……うわぁ。 「どうでしたか?」 「……ねえクド、一応訊くけど、送ってきたのは誰?」 「おかあさんですっ」 「どうして僕のことを知ってるの?」 「こまめにお手紙のやりとりをしてますから。リキのことも……その、いっぱい書いたので」 ……物凄い要約をすると『クーニャをよろしくね』って内容だった。 つまり、僕達の関係は親公認になったということで。公認されたからどうってことでもないんだけど、何か気恥ずかしい。 妙な雰囲気が家庭科部室に満ちた。まともにクドの顔が見られない。 それでも次の言葉を探そうとしていたところで、不意に遠くから声が聞こえた。 僕は反射的に部屋の電気を消し、クドの手を引っ張り隅の方に座り込んで――そして今に至るというわけだ。 「……リキ、あの」 「どうしたの?」 「手が……」 安心した直後、言い淀みながらも僅か下を向いたその仕草に、自分がどんな姿勢でいるか気付いた。 背後から抱きしめるようにして、僕の腕はちょうどクドの胸の辺りを覆っている。いくら慌ててたとはいえ、あんまりいい状況ではないだろう。生地に阻まれて柔らかさや温かさはさほど伝わってこないけど、代わりに、少し速い鼓動が響いてくる。 「あ、ご、ごめんっ」 一瞬強張り、軽く重ねた腕を解こうと動いた僕を、けれどクドは弱い力で押さえた。 すっと片方の手に触れられる。細いクドの両手は、窓から入り込む夜風に晒されていたからか、ちょっと冷たい。 また、鼓動が間隔を狭めた。 「……クド?」 「リキは、こうしているのは嫌ですか?」 「え、嫌、ってことは、ないけど」 「じゃあ……しばらくこのままでいても、いいでしょうか」 そんな風に頼まれて、断れるはずもない。僕が頷くと、振り返ることなくクドはこっちの手をきゅっと握った。 ほぅ、と小さな口から息が漏れる。そうしていると冷たさが仄かな熱に変わり、今度は手のひらが撫で擦るように上下し始める。優しく緩やかに、すりすり、すりすりと。それは何かを確かめる風にも思えた。 「いけないことだって、わかってますけど……リキと二人きりでいられるのは、嬉しいです」 「うん。僕も、クドといられるのは嬉しいよ」 「……こんなチャンス、きっと、滅多にありません。だから――」 掴まれていた手が離され、腕の拘束から抜けたクドが上半身ごと振り返る。 振り返って、そのまま僕達の距離はすぐ縮まった。声を発するよりも早く、僕の唇が塞がれる。混乱しながら鼻で吸った空気に混じる、頭を痺れさせるような甘い香り。香料とも、石鹸やシャンプーのものとも違う、おそらくは、クドの、女の子の匂いだった。 「んっ……ふ、リキ」 胸元に寄り掛かられ、情けなく後ろに倒れてしまう。 仰向けになった僕を見下ろすクドの表情は、影になってほとんどわからない。 でも、薄暗い部屋に浮かぶロシアンブルーの瞳だけが、艶やかに濡れて月明かりを反射していた。 「く、クド、待って」 「……どうして、ですか?」 『いけないこと』をしている後ろめたさと、状況に流されているような雰囲気が、理性をギリギリのラインで押し留めていた。 だめだよ、と言いかけ、けれども僕の口はそこで固まる。 ようやく闇に慣れてきた視界の中で、悲しそうな顔をするクドを認めて。 「私には、そんなに魅力がないですか? リキは……リキは、一度も“そうしたい”と思ったことは、ありませんでしたか?」 「……ううん」 「なら、」 「――クド。焦る必要は、ないんだよ? 僕には経験がないから、本当にどういうものかはよく知らないけど……きっと、すごく痛くて辛いと思う。それに、もし始めちゃったら、僕はクドを傷つけちゃうかもしれない。泣かせちゃうかもしれない」 普段感じているクドの好意が錯覚でないのなら、拒絶されはしないだろう。 だからこそ僕は怖かった。本当は嫌なことでも、クドなら絶対に我慢してしまう。例え全てが終わって、目を真っ赤にしたクドが笑って許してくれたとしても、間違いなく酷い後悔に襲われる。 それは、嫌だった。 「だから無理しなくても――」 「……リキ。私の目を、見てください。無理してるかどうか、嘘をついてるかどうか、リキならわかるはずです」 「………………」 「いつだって、リキとなら私はよかったんです。……はしたないですけど、想像したりも、しました。リキはどんな風にしてくれるかとか、そんなことを考えた時も、いっぱいありました」 どくん、と心臓が大きく跳ねる。 決死の告白をしたばかりのクドは、今にも倒れそうなくらい顔を紅潮させて、僕の胸に身体を寄せてきた。 吐息が、細やかな手指の動きが、微かな震えが、全て伝わってくる。 ああ……僕は、なんてことをしたんだろう。大事な人に、こんな思いを味わわせて。 気遣うだけが優しさじゃないんだ。 その優しさが残酷さに変わってしまうことだって、ある。 クドを壊れ物みたいに扱うばかりで、僕は本当の気持ちに気付いてあげられなかった。 仰向けになったままで、クドの背中へ手を回す。あやすように軽く叩くと、震えはすぐに治まった。 抱きしめればすっぽりと包み込めてしまえるその身体はとても幼げで、僕を受け入れるには小さいはずだ。これから始めようとしている行為がどんなものになるのかまではまだわからないけど、痛みなく終えられるとは思えない。 でも、クドもそれを理解した上で、無理してないって言ったから。 あと必要なのは、傷つけて泣かせてしまっても最後までやり遂げようという、僕の覚悟だけ。 「……ごめんね。情けないよね、僕」 「いえ、そんなことはないのです。だってリキは、私を抱きしめてくれてますから」 「クド」 「はい」 「ここで、しようか」 「……はいっ」 「じゃあ、とりあえずどいてくれるかな」 「そ、それはご遠慮願いたいと言いますか、その……リキはこのままじゃだめですか?」 こんな押し倒されてるみたいな恰好じゃ何もできない。そう思って口にした頼みを、何故かクドに拒否された。 僕は戸惑う。現状、自由に動かせるのは首と両腕くらいだ。お腹の辺りに乗っかられているから上半身を起こすことも無理で、苦しくないのが幸いだった。クドの体重の軽さを、身を以って実感する。 「えっと……どうして?」 「自分勝手な言い草で、大変申し訳ないですけど……い、今更、恥ずかしく、なって……わふ……」 最後の方は尻すぼみになって、ほとんど聞こえなかった。ただ、暗くてはっきりとはわからないまでも、表情を見れば一目瞭然だ。薄闇に染まったクドの顔は、病気か何かじゃないかって勘違いしてしまいそうなほど真っ赤な色に変わっている。 「……ぷっ、あはは」 「リっ、リキ! 笑うなんてひどいですっ!」 「ご、ごめんごめん。別にクドを笑ったんじゃないよ。何か、緊張してた自分自身が馬鹿みたいに思えて」 「リキも緊張してたんですか?」 「そりゃそうだって。クドは僕を何だと思ってたのさ」 「わふっ、そ、そうですよね。……でも、ちょっと嬉しいです。こんなところまでリキと一緒なのが」 明け透けなひとことに僕も恥ずかしさを改めて覚え、今度は苦笑した。 固くなる必要はない。僕らのペースでやっていこう。 「……クド。脱がせて、いい?」 「はい。どうぞ、です」 両手を持ち上げ、僕から見て左側、クドの右胸を斜めに通っている継ぎ目のリボンをひとつずつほどいていく。 音を立てて最後の結び目が解けると、押さえを失った下側――胸元から身体の前面を覆う布がはらりと割れて垂れた。下には、ブラジャー以外何も着けていない。控えめな胸と白い肌色が、薄暗い家庭科部室の中で際立っていた。 目で合図し、脱がせやすいよう身体を近付けてくれているクドがアオザイの袖から腕を抜く。床に服が落ちる、ぱさり、という乾いた音色が耳に残った。緊張ではなく、微かな期待と背徳感めいた気持ちに心臓が跳ねる。 蜜に誘われる虫のように、僕の指は無意識のうちにクドの肌へと伸びていた。 「んっ……」 鎖骨を撫で、そこからゆっくり下へと降りて、ブラジャーに触れる。ホックはどうやら後ろにあるらしく、このままじゃ外れそうにない。今度は何も言わず背中に手を回し、紐を伝ってホックの位置を探った。くすぐったさにクドが身を捩るけど、敢えてそれを無視して続ける。……見つけた。 留め具の接続を外した直後、重力に従って僕の胸にブラジャーも落ちる。そうすることで、秘められていた部分が露わになった。思わず喉を鳴らし、僕は凝視してしまう。 「リキ、あんまり見つめないでください……」 「……綺麗だよ。何というか、それくらいしか言えなくて申し訳ないけど」 「でもでも、すごくちいさいですよ?」 「大きさは関係ないって。クドはクドじゃないか」 やっぱり気にしてたんだ、と心中で嘆息する。小さいことに対してコンプレックスを持ってたのは知ってるし、しょっちゅう牛乳飲んでたりするのはたぶんそういう意図があったからなんだろうけど、別に僕は胸の大きさでクドを選んだわけじゃない。 「……それに、きっと全然揉めないと思います」 「そうかな」 段々表情が暗くなってきたので、ちょっと意地悪な気持ちを込めて、先端に触った。夜の暗がりだからこそ鮮明に浮かび上がっている、桜色の突起。潰すようにして押し込むと、突然の感覚にクドは過敏な反応を示した。ひゃうっ、と可愛らしい声を上げ、身体が仰け反り僕の手から勢い良く離れる。抗議の視線が返ってきた。 「リリリリキ、な、なな何をするんですかっ」 「ほら、柔らかかったよ? ずっと触ってたいくらい」 「……わふ、そういう言い方は何だかずるいです。とんでもないことをされたはずなのに、許したくなっちゃいます」 「じゃあ調子に乗って、もっとちゃんと触ってもいい?」 「……リキはずるい上に意地が悪いです」 まあ、答えがわかってて訊くのはそうかもしれない。 自分がいつもより強気になっているのを感じながら、もう一度、優しく指で触れる。確かに、例えば来ヶ谷さんなんかと比べるとぺったんこだとは思うけど、それでも男の僕とは違い、明らかに膨らんでいる双丘。ぷにぷにとつつけば沈むほど柔らかく、正直、癖になりそうだった。 「ん、はぁ……っ」 時折漏れる艶やかな声と吐息に否応なく興奮し、飢えにも似た衝動を募らせつつ僕は愛撫を続ける。手のひらで包み、五指で揉み、刺激を与えていく。勿論女の子の胸を弄るのは初めてだけど、こうすればいいんじゃないか、こんな風にすると気持ちいいんじゃないか、と手探りで反応を見るのはどこか楽しくもあった。 そうしていると次第にクドの身体がこちらに落ちてきて、ついには僕と密着した。手を差し挟む隙間がなくなり、代わりにツンと張った乳首の感触を衣服越しに察知する。 間近に迫ったクドは、どこか焦点の合っていない潤んだ瞳で僕を見つめていた。その唇に吸い寄せられ、衝動的に押し付けて奪う。隠すもののない胸からは心臓の高鳴りが伝わり、求めるままに口内で差し出された舌の動きは、今までのどんな口付けよりも激しかった。荒い鼻息と共に、クドが強く求めてくる。仰向けになった僕は、流れ込む唾液を際限なく受け止め、飲み干す。 「あむ……じゅる、はっ、んふぅっ、んんんんっ」 くちゅくちゅと音が響き、絡めた舌が溶けてしまいそうな熱さに、この行為の非日常感に、思考が麻痺し始める。 口端から溢れた唾液が下に位置する僕の頬を通っていくけれど、それに構わず没頭し続けた。 お互いに息継ぎを繰り返しながら、延々唇を重ね合わせる。時間の間隔を忘れかけてきた頃、僕達はどちらからともなく僅かな距離を置いた。月明かりを背にしたクドの唇はぬらぬらと濡れ光り、きっと僕も同じようなものなんだろうな、と思う。 「……リキ、リキを脱がせて、いいですか?」 「うん。クドだけなのは不公平だよね」 細い指が、シャツのボタンを上から一個一個外していく。仰向けのままで脱ぐのはちょっと窮屈だけど、僕は何とか取り去った。ただ、もう一枚残った薄手の下着は、腕だけじゃなく首も抜かなきゃいけない。 「手を真上に伸ばしてしてください。はい、ばんざーい、です」 「何か小さい子供になったみたいだ」 「なら私はおかあさんです?」 「かな。クドならいい母親になれるよ」 ――これで、二人とも上半身裸になった。 とはいえ気恥ずかしさは断然クドの方が上だろう。なのに胸を隠す様子がないのは、さっきのキスで割り切れたからかもしれない。最後には全てを見せ合うことになると、始める前に僕達は理解していたのだから。 外気に晒された僕の胸板に、寄り添うようにしてクドは頬擦りする。 心臓の辺りに耳を当て、鼓動の速さを確かめると、指の腹で臍周りをつつ、となぞった。 くすぐったくて身を捩る、そんな僕の上を這いながら、尖った乳首を擦り付けてくる。 「んっ、私、今、変です……ふぅっ、お腹の奥がきゅんってして、すごくあつい……ふぁっ!?」 切ない声を上げるクドは、あまりにも、扇情的だった。先端をどこかに引っ掛けたのか、びくんと跳ねて脱力するその姿に、僕は自分の理性が遠のいていくのを感じた。背中に腕を回し、抱きしめた格好で横に転がる。たったそれだけの動作で、僕とクドの上下は反転した。今度は僕が押し倒す状況になる。 喉がカラカラに乾き、惜しげもなく裸身を見せるクドから目が離せない。しどけなく投げ出された手は時折ぴくりと動きかけるも、何か躊躇いを覚えているようで上がらなかった。 薄暗い部屋の中で煌々とその存在を主張するロシアンブルーの瞳。うっすらと汗ばんだ白磁の肌。朱に染まった頬と口元に残る涎の形跡。全てが、本当に何もかもが、僕の浅ましい感情を煽り立てる。 けれど、どうにか自制できたのは、下側になったことで月光に映えるクドの表情を目の当たりにしたからだ。 そこに浮かぶ、完全な信頼の色。覚悟とも違う、深い、深い微笑み。 僕は震えた。この、小さくも愛らしい女の子が向けてくれている、とても大きな気持ちに改めて気付いて。 ……息を吸う。荒れ狂う衝動をゆっくりと宥め、落ち着かせ、そして再びクドを見る。 不安があった。恐れがあった。でも、それ以上の喜びがあった。僕らの想いは、今も同じだ。 さっきの行為の余韻か、呼吸を不規則に乱しているクドが、すっと両手を持ち上げて僕の頬を軽く押さえた。そこに力はなかったけれど、意図を理解した僕は自分から顔を寄せて口付ける。ちょん、と触れるだけの、優しいキス。 「クド、下も脱がせるよ?」 「はぃ……っ」 クドは消え入りそうな声で返事をし、立ち上がり一歩後ろに下がった僕の前で、細い腰が宙に浮く。下着なのかどうなのかいまいち判別が付かないドロワーズに手を掛け、ゆっくり引っ張って下ろしていく。ゴムのラインが太腿まで行った辺りで、もう一枚穿いていたパンツに隠された、クドの秘所が視界に入ったので、それも脱がす。 濡れてる、と言いかけ、僕は口を閉ざす。羞恥で足をカタカタと震わせながらも、決してクドは隠そうとしていない。おそらくは死んでしまいそうなくらいの恥ずかしさに耐えて、見せてくれている。 「……そういえば、ドロワーズって……その、下着だよね?」 「違いますっ。リキ、ドロワーズはふぁっしょんなのですよっ」 「ファッション?」 「いえす、淑女の嗜みなのです」 気を紛らわせようとしてちょっと関係ない話をしてみたら、意外な反応が返ってきて可笑しかった。 ぷくりと頬を膨らませるクドに謝罪の言葉を告げ、それから「触るね」と耳元で囁く。 微かな頷きを確認し、僕は股下へと手を伸ばした。腰骨にまず指が当たり、ぴくっ、とクドが動いたのは無視して目的の箇所に近付ける。 濡れそぼったそこへと指が迫っていくにつれ、クドが身体を強張らせるのが手に取るようにわかった。 溢れ出る水が伝う、足の付け根まで辿り着く。ここに来るとささやかな抵抗もなくなり、未だ緊張を解かないながらもクドは僕を受け入れようと待っていた。初めて目にする秘裂は、蜜を吐き出しひくひくと生き物みたいに蠢いていて、一瞬それがクドとは別の存在じゃないかと錯覚させられる。けれど、僕に見つめられるのとほぼ同時、流れる液体の量がどっと増したのを知って、背筋に甘い痺れが走った。 「くぅ……んっ」 人差し指がつぷりと沈む。粘ついた蜜で満ちた中は、火傷するんじゃないかと思うほど熱かった。 鼻に掛かった艶のある声を聞き、また理性が削られていくのを感じつつもさらに奥を目指すと、陰唇とは別の感触が指に伝わる。僕はこういうことに関する僅かな知識を総動員して、割れ目の上に指を持っていった。小さく膨らんだ陰核を見つけ、触れる。クドの腰が跳ね上がった。 「ひゃぅっ!? リ、リキ!?」 「大丈夫、変なことはしないから、力抜いて」 快感よりも驚きが勝ったのか、目を見開いて僕の名前を呼ぶクドにそう囁き、もう一度そっと指の腹で撫でるようにする。睫毛を震わせ、何かに耐えるような表情を浮かべて、それでも僕に身を委ねてくれているクドは、本当に健気で可愛らしい。 緩やかに、なるべく優しく刺激を与えていく。その度にクドは反応し、くすぐったそうな呻き声を上げては口を閉ざす努力をしていた。今更だけど、ここが学校の敷地内であることを思い出す。夢中になってすっかり忘れていた自分を恥じ、僕は一旦手を止め落ち着こうと深呼吸する。 そんなこちらの動きを変に思ったのか、クドが不安混じりの目で見つめてきた。 「……リキ?」 「ごめん。ちょっとドキドキし過ぎてたみたいだったからさ」 「そうでしたか。てっきり、今日はやめようかって言われるかと思いました……」 「えっと、クドは……その、最後までしたいの?」 「はい。何というか……このまま止めても、収まりが付きそうにないです」 「そ、そっか……。うん、僕も、正直結構色々危うい」 「なら、続けてください。私はリキになら、何をされてもいいですから」 ――あ、まずい。 心臓が喉から出てきそうなくらい激しく高鳴り、眩暈で一瞬視界が真っ白になる。 そして気付いた時には、手が勝手に動き始めていた。秘裂に中指も入れ、二本の指でぐちゃぐちゃに掻き回す。唐突な強い刺激にびくびくと陸に打ち上げられた魚みたく身悶えするクドの唇を、半ば強引に奪った。かなり荒い扱いにも構わず、従順に舌を差し出すその仕草が余計に僕を加速させる。 二箇所で卑猥な水音を響かせ、クドはやがて絶頂に至る。塞いだ口の中で声にならない叫びが広がり、全身が弛緩するのがわかった。くたりと力の抜けたクドから唇を離すと、唾液が僕達の間にアーチを作る。視界に映ったロシアンブルーの瞳は焦点が合っていなくて、どこか遠い場所に意識が行っているようにも見えた。 秘裂は大量の愛液を流し、太腿とお尻を伝い落ちて畳を濡らしている。あられもない姿が、僕の劣情をより高めた。 「あ……リ、キ」 目に意思が戻り、僕を認めたクドが手を伸ばす。 その腕を取って引っ張り上げ、僕達は同じ目線で向き合った。 まだ身体に力が入らないのか、しなだれかかってくるクドを抱きしめる。部屋中に独特の匂いが漂い、呼吸をしているだけでどうにかなってしまいそうだった。切れる寸前の理性の糸を何とか繋ぎ留め、耳元に顔を近付ける。 「たぶん、これでいけると思う。……挿れるね?」 「わふ……それなら、下は私が脱がせたいです……」 少し覚束ない手付きで、クドは僕のズボンに触れた。ゆっくりとした動きで留め具を外し、チャックも下ろすと、穿いていたトランクスが晒される。さらにそれにも手を掛け、するすると引きずり下ろし始めるのを眺めて、例えようもなく恥ずかしい気持ちになった。……そっか、クドもさっきこんな思いをしてたんだ。 「……これが、男の人の……リキの、ですか。おっきいです。初めて見ました……」 「あ、あんまりじろじろ見ないで……」 「ふふ、リキも恥ずかしいんですね。ちょっと、触ってみてもいいですか?」 「いや……あ、う、うん」 つい否定の言葉が出そうになり、慌てて言い直す。 僕の返答にクドは頬を綻ばせ、火照った指を竿に絡めてきた。 冷たさは感じず、人肌のぬくもりと微かな快感を覚える。おもむろに軽く手指が上下し、思わず小さく呻いた。 それで味を占めたらしく、熱に浮かされたようにクドは僕のモノを扱き出す。 「リキ、女の人みたいで可愛いです……」 「ちょっと、くぅっ、クド、だめ、そんなに刺激しないで……!」 「……私の手、気持ちいいですか?」 「気持ちいい、けど……!」 尋常でない状況、クドにされているという現実、拙いその手の動き、全てが興奮のスパイスだった。湧き上がる衝動は、少しでも気を抜けば外に溢れ出してしまうだろう。そうなる前に、僕はクドを制止する必要があった。 「クド、っ、ストップ!」 「わふっ!?」 開いていた両手で肩を掴み、揺さぶりながら声を掛ける。 その勢いでクドは僕のモノから離れたけれど、直前の一際強い刺激で危うく射精しかけた。 こめかみ辺りに浮かんだ水粒はほとんど脂汗で、僕は内心ひやりとしつつクドの額を自分の頭で小突く。 「すみません、リキのを前にしたらつい……」 「あのね……いや、まあいいけどさ。大変なのはここからだよ?」 「わふー、そうでした……。でも、リキとなら平気ですよ。のーぷろぶれむです」 「うん、クドを信じる。――じゃあ今度こそ行くね」 再び微かな身体の強張りを感じ、それを解こうとついばむようなキスをする。 腰を軽く引き、硬くそそり立った剛直の先端をクドの入口に当てた。粘ついた蜜が付着し、生温かい感触を得る。 視線で合図を送り、僕は慎重に押し進める。潤滑液のおかげか、思ったよりは滑らかに挿入できた。 ずぶりと音が聞こえそうな調子で、ゆっくりと幹が沈んでいく。指で掻き混ぜていた時には余裕すら感じたクドの中だけど、おそらく三本指でも足りない太さを持つ逸物にとっては狭苦しかった。まだ、奥に達してもいないのに。 「ぐぅっ……!」 膣口に差し掛かり、僕とクドの隙間がさらに縮まると、締め付けはより激しくなった。 このまま行けば引き裂いてしまうんじゃないかと思うほど絡みつく肉壁の力は強く、さっきの前戯もあって、少しでも気を抜くとすぐ射精しそうだった。苦しげに表情を歪めるクドを見て、なるべく早めに辛いことは済ませたいと心中で呟く。 ふと、行き手を遮る薄い膜に突き当たった。決して強固ではない、障害というには些か弱々しいもの。 処女膜だ。 「クド、たぶん、すごく痛いと思うけど、頑張って」 「わかって、ます。一気に、行っちゃって、ください」 クドもわかってるんだろう。ここは勢いで破ってしまった方が、きっとまだ楽なはず。 きゅっと目を閉じ覚悟したクドの様子を確認し、僕は腰を突き出して押し込んだ。 音にはならない、けれど確かに何かが裂ける感覚。膜を通過した先端は窮屈な肉壁を擦り、そのまま最奥で止まる。 「ひぐっ! ……かふ、ひ、っふっふっふ、ぅ……」 「……クド。全部、入ったよ」 「は、い。リキのを、お腹いっぱいに、感じます。奥に、こつん、って、当たってます」 結合部を見ると、僕のモノは二割程度を残して全て埋まっていた。緩やかに溢れ出る蜜に混じり、うっすらと赤い液体が流れている。鮮明な血の色に、僕はクドが体感したであろう激痛を想像した。 その痛みを僅かばかりでも肩代わりできないことに、歯痒さを覚えながら。 断続的な、詰まった呼吸を繰り返しているクドが落ち着くまで、動くのは我慢する。今も、痛覚という刺激に触発されてかきゅうきゅうと締め付けてくる膣は、これまで味わったことのない強烈な快感を伝えてくる。 理性が火で炙るように削られていく。それを何とか耐えながら、もう大丈夫だ、と言える状態に戻るまで待った。 もう、ここに至って、後には退けるわけがない。二人で一緒に、最後まで。 「動くよ」 凝視しなければわからないほど微かな頷き。 けれど僕を見つめるクドの瞳は強い意志を孕んでいて、これ以上興奮しようがないと思っていた僕の心臓を、呆気なく高鳴らせた。せめて楽な姿勢で、とそっとクドを押し倒し、身体を両手で固定してから腰を動かし始める。 破瓜の血と愛液を潤滑油に、男根を一度引き抜きかける。それだけで強烈な痺れが下半身を走り、頭の中が真っ白になってちかちかと明滅した。歯を力の限り噛み締めることでどうにか意識が途切れるのを避け、今度は挿入。最初あんなに苦心したのが嘘みたいにすんなり奥へと達し、抽出の時とはまた違った、でも度合いとしてはほとんど変わらない気持ち良さが僕を襲う。 「あっ、はあぁ、んぅ……んっ、リキ、なんだか、変な、かんじですっ、痛いのに、気持ち、よくてっ」 辛さが滲んでいたクドの声にも、次第に別のものが混ざり出す。幾度もピストン運動を繰り返しているうち、結合部からはぐちゅぐちゅと激しく卑猥な音が響き始めた。ピンク色に変わった潤滑油は泡立ち、際限なく溢れては畳を汚していく。 理性の糸はとうに焼き切れていて、自分の動きに遠慮や気遣いがなくなっているのを感じる。眼下に組み敷いたクドを、限界まで膨張した逸物で突き上げては引き抜き、獣のように貪った。 「リキっ、これ、だめです、あたま、まっしろになって、あ! だめ、声、おさえられない……!」 「クド……っ!」 「はむ、ん、んぐ……、れるくちゅ、っぷはあむちゅぷ、リキ、ちゅるちゅく、はぁ……っ、リキぃ、もっとぉっ!」 嬌声が部屋に響き始め、それを僕はクドの口を塞ぐことで封じた。今度はただ身を任せるのではなく、より積極的にクドも舌を絡めてくる。むせ返るほど濃密な性の匂いと、思考を完全に麻痺させる水音、そして下半身から途切れることなく駆け上がってくる衝動の奔流に、気が狂いそうになる。 お互いに限界が近いのは理解していた。むしろ、まだ決壊していないことが奇跡だった。 「クド、最後は一緒に、いこうっ!」 「はいっ、いっしょ、いっしょです、あっ、あぁっ、リキ、リキ、リキっ!」 ずくん、と一際強く腰を打ちつける。もうほとんど悲鳴に近い声を上げ、クドの身体が仰け反って硬直した。瞬間、奥まで入り込んだ肉棒の付け根に猛烈な射精感を覚え、無意識のうちに全力で抜き取る。モノが栓となってこぼれずにいた大量の愛液が溢れ、同時に耐え切れず先端から濃い白濁が吐き出されて飛び散った。粘度の高いそれはクドのお腹や胸元に跳ね、絶頂の余韻で小さく身を震わせる無防備な姿に、性的な彩りを加える。 しばらく僕達は放心したまま、だらしなくも性器を剥き出しにした状態で息を荒げていた。 「はぁ、はぁ、はぁ……クド、平気?」 「…………ぁ……リキ」 虚空を彷徨っていた瞳が焦点を結び、うっすらと微笑む。 体力とか精気といったものをごっそり吸い取られたような、けれども心地良い虚脱感に全身を包まれながら僕は呟いた。 「――やっちゃったね。何か、嘘みたいだ」 「あはは……でも、嬉しかったですよ。リキと……その、ひとつになれて」 「そ、そっか……。うん、ぼ、僕も嬉しかったよ」 「じゃあお揃いですね。……わふー、まだ頭の中がふわふわしてます」 「立てそう?」 「ちょっと、無理みたいです。終わって安心しちゃったからでしょうかー……」 「かもね。こっちもすごくだるくて、しばらく動けそうにないや」 「……ならリキ、隣で、手、繋いでてください」 その申し出に従い、僕は横になってクドの手を握る。 返ってくる力は弱々しいけど、解けなければいいか、と思った。 不思議なくらい心は落ち着いていて、穏やかで幸せな気持ちのまま、ずっとこうしていられたら、なんてことも、考えた。 「それにしても……どうしよっか、これ」 こうして二人は結ばれました、めでたしめでたし――で終わればいいんだろうけど、現実はそんな優しくないというか。 とりあえずクドが持ってきてたポケットティッシュで全身にこびりついた精液やら何やらを拭き取り、窓を開けて換気する。流れ込んでくる外気は火照った身体に心地良くて、少しだけ目を細め僕達は風を浴び、脱ぎ去った時、端に除けておいた服を身に着けてから、足下に視線をやった。 ……端的に言えば、酷い有り様だ。汗や血混じりの愛液、その他諸々が染み込んだ畳は変色して、独特の匂いを漂わせている。基本的に家庭科部室は僕とクドしか使わないとはいえ、このまま放置しておいていいわけもない。 「クド、雑巾どこにあるかわかる?」 「あ、ちょっと待ってください、今取りに――」 そう言って立ち上がりかけたクドの動きは、明らかにぎこちなかった。 「無理しなくていいよ。さっきので辛いだろうし」 「わふ、すみません……。何というか、リキのがまだ挟まってる感じで……」 「……そ、そうなんだ」 「出てすぐのところに掃除用具入れがあって、雑巾とバケツはそこに置いてあります。洗剤はこの部屋です」 「わかった。持ってくるね」 念のため物音を立てないよう気を付けながら外へ。用具入れはすぐ見つかった。近くの水道でバケツに水を汲み、二枚の雑巾を固く絞って部屋に戻ると、クドがちょうど棚の方から洗剤の容器を取り出しているところだった。 僕は四つん這いで移動するクドの隣に腰を下ろす。どうも本調子じゃないのか、一瞬腕の力が緩んでバケツを引っ繰り返しかけた。ぴしゃっと小さな波が跳ね床を濡らしそうになるも、間一髪で溢れずに済む。 ふぅ、と安堵の溜め息を吐いた僕に、クドがくすりと笑って手を差し出した。 しっかり水切りした雑巾を渡す。 「畳は優しく撫でるように拭くのですよ」 「こう? あ、だんだん落ちてきた」 「その調子ですリキー。私も頑張りますっ。ごしごしー」 「……でも、完全には落ちてくれそうにないね」 「今度掃除したら畳上げしてみますけど、次は別のところでした方がいいかもしれません……」 「………………ねえクド、今自分が何言ったかわかってる?」 「わふ? えっと……あっ」 気付いたらしく、事を始める直前と同じくらい紅潮したクドを見て、急に僕も恥ずかしくなった。 妙な雰囲気の中で口を開いても、誤魔化しにしか聞こえないように思えて――しばらく無言で畳を拭く。 「……あの、リキ」 「な、なに?」 「リキは……また、私が……その、したいって言ったら、その時は、応えてくれますか?」 か細い声で問われ、僕は反射的に頷いた。 今の言葉にだけは返事を迷うつもりもなかったから。 「情けない思いさせちゃったしね。今度は、うん、僕から言うよ」 「……はいっ、いつでも待ってますっ」 年齢とか立場とか、そういうものに縛られた僕達は、身体を重ねて愛し合うことも難しいけど。 それこそ焦らなくていい。ひとつずつ、僕とクドなりのペースでやっていこう。 ――想像する。 ――小さな家で、ヴェルカとストレルカ、その子供に囲まれて、幸せな日々を過ごす未来を。 ――僕は職を持って、クドは僕の帰りを待って、いつか息子か娘ができればいいな、なんて話しながら笑い合う未来を。 叶えばいいと思う。叶えたいと思う。 ならきっと、簡単ではなくても、決して届かない夢じゃないはずだ。 「さ、早く片付けちゃおう。あんまり遅いと明日起きられなくなっちゃうかもしれないし」 「ですね。お寝坊さんになると、佳奈多さんに迷惑を掛けてしまいます」 「僕は迷惑掛けられる側なんだけどね。真人が起こしてくれって言うから」 「あはは、井ノ原さんらしいです」 まずは一歩。 これから先へと、踏み出した。 あとがき よ、ようやく終わった……! 10KB分まで状況説明、そこから先20KBにわたる十八禁描写と、我ながら頑張った。よく頑張った。 ということで『あいうぃっしゅーしゅありぃとぅもろー(I wish you surely tomorrow.)』、如何だったでしょうか。 何かもう内容に関しては詰め込めるだけ詰め込んだ感じなので、ほとんど語ることもないんですよね……。 あ、コンセプトは「ぼくの考えたエクスタシー」。でも予想SSとかそんなんじゃありません。私が思うままに理樹君とクドの初体験シーンを想像してがしがし書きました。妄想にも程がある。 相変わらずあとがき書きながら考えたタイトルも適当です。超嘘英語。意訳すると『きっと明日も私はあなたを願う』なんですが、遠い昔に英語の勉強を投げ捨てた私にはこれが合ってるのかどうかもわかりません。まあ間違えてたらそれはそれでクドっぽいよね! しかしまあとにかく台詞が難しい難しい。エロく、かつ違和感がないよう気を配ってはみたものの、正直実用性皆無だと思います。エロスよりも愛しさを追求したのでそれはそれでいいんですけど、本当に疲れました。終盤は全然進まなかったしなぁ……。やっぱり色々な意味で経験が足りてないからか。 で、一回ちゃんと読み返してみたらすっごく粗い。言葉の重複が目立ちまくってました。たぶんまだ残ってる。 あともうひとつ、さり気なさ過ぎてスルーしてる人も多いと思うんですが、さらっとクドのおかあさんが生きてる描写を入れてたりします。拙作『50ノーティカルマイルの空』の設定を真っ向から否定する感じでアレですけど、別に可能性ってひとつじゃないですよね? おかあさんがちゃんと生存していて、だからクドは夢を継ごうとか考える必要もなくて、リキとの幸福な家庭を、未来を、ただ望むような。そんなおはなしも、あっていいんじゃないでしょうか。 このおはなしを書き終えたことで、肩の荷を降ろし切った気がしました。 自信は持てませんが、苦労した分達成感も大きいです。これで他の作業に集中できるよ! ……ということで、主催作品はこれにておしまい。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございましたっ! 専用掲示板にじゃんぷですー 何かあったらどーぞ。 めーるふぉーむ 感想などあればよろしくお願いしますー。 |