「井ノ原さーん」

(おかしい……)

「……それでですね……が……どうでしょう? 井ノ原さん」

(やっぱり、どう考えてもおかしい……)

 ここ数日、真人とクドの仲がどういうわけか、とてもいい。
 なんだか休み時間になるたび、二人でどこかに行っているみたいだ。
 もちろん、真人とは相変わらずだし、クドとは休日には必ずデートに出かけている。
 それでも、どうしてか気になって仕方がない。
 真人は、親友の恋人を取るような人間じゃないし、クドの僕への想いがウソなんかじゃないことは信じてる。
 それでも……

(なんだか、僕ってイヤなやつだな……)

 胸に沈殿していくイヤな気持ちが、二人を見るたびに胸を締め付けていく。



 女の子を好きになったのも、付き合うのも初めてな僕にとって、それは初めて感じた痛みだった。







『願いが叶う場所 〜Place where wish is fulfilled〜』   朝倉 蒼 《AOI-ASAKURA》







「はぁ……」

 真人とクドが二人してどこかへ行く姿を陰鬱な気分で見送る。ため息をついたのはこれで何度目だろう。

「はぁ……」

 ダメだ。そんなことを考えてたら、よけいため息が。

「どうした少年? 元気がないな」
「うわぁ! 来ヶ谷さん、いきなり目の前に現れないでよ」
「はて、私はずっとここにいたつもりだが」

 来ヶ谷さんは、ちょっとだけ僕の方に顔を寄せる。

「本当に大丈夫なのか少年?」

 きっと心配してくれているのだろう。来ヶ谷さんは、初めて見る優しい笑顔を浮かべていた。

「悩み事ならおねーさんに言うといい。今なら自慢のおっぱいを貸してやらんでもないぞ」

 なんというか……笑えない。

「ごめん、来ヶ谷さん。今はそういう気分じゃ──」
「ちなみに、今日ついたため息は今ので5回目。一昨日から通算すると24回目だぞ」
「え?」
「これだけ頻繁にため息をついてれば、イヤでも目につくものだ。恭介氏も心配している」

 来ヶ谷さん、その気持ちはうれしいけど、わざわざ数える人も珍しいよ。

「……」
「本当にどうしたんだ、少年? 私でよければ力になるが」
「ありがとう来ヶ谷さん。けど、大したことじゃないから……」

 そう言って、僕は無意識のうちに視線を外してしまった。そして、そんな僕をじっと見つめる来ヶ谷さん。

(……………………)

 すると、突然来ヶ谷さんは一人でうんうん、とうなずき始めた。

「なるほど、クドリャフカ君絡みというわけか」
「!?」
「おや? どうやら図星のようだな」

 なんていうか、たまにこの人は本当に人の心が読めるんじゃないか、と思う。

「そうかそうか、なるほどな。たしかにここ数日、真人少年とクドリャフカ君は大変仲がいい。少年が思い悩むのもしょうがない」
「あ……え、うん」

 すると、今まで聖母のようだった笑顔が意地の悪い笑顔に変わった。
 イヤな予感がする。

「おーい、葉留佳君ちょっと来てくれ!」
「って! なんで葉留佳さんを呼ぶのさっっ!」

 つい大声を出してしまった僕とは裏腹に、来ヶ谷さんは余裕しゃくしゃくだ。

「なにを言うか少年。悩み事というものは、一人で悩むよりも大勢で悩んだ方が簡単に解決するものだ」
「それはわかるけどっ! その顔で言われても説得力な──」

 バァーンッッ!

「やっほー、ハロー、アニョハセヨー! はるちん、呼ばれて飛び出てただ今参上ー!」

 景気よく教室のドアを開けて、ドタドタとやってくる葉留佳さん。
 なんというか、すでに手遅れみたいだ。

「姉御ー、呼びましたかい?」
「うむ、まぁ座りたまえ葉留佳君。実はな、理樹君が『恋の悩み』を抱えているようなんだ」
「うっひゃー、マジっすか! 理樹君が『恋の悩み』!? これはまたアレキサンダーな話題デスネ」

 よくわからないけど、きっと「エキセントリック」のことだろう。
 そして、ムダに「恋の悩み」の辺りの声が大きい。
 続ける来ヶ谷さんも負けじと飛ばす。

「そうだろう、私も久しぶりに腕が鳴るというものだよ」

 いやいや、ケンカじゃないんだから……
 それに、そんなに大声で騒いでると、

「んー、なんだ? 理樹がどうかしたのか?」
「ダメだよー理樹くん。浮気なんかしたら。クーちゃんがかわいそうだよ」
「ほぅ、理樹もちょっと見ない間に成長したのか」
「とうとう棗×直枝が実現するのですね……ぽっ」

 ほら……あっという間にみんな来ちゃったよ。
「それだとまるで僕が、クド以外の女の子を好きになっちゃったように聞こえるよっ!」
 って言うタイミング逃しちゃったなぁ……
 うん、そして、メンバーが集まると必ず──

「よし、それじゃあ今回のミッションは『理樹の悩み相談室プレイ○ーイ編』に決まりだな」

 どこからかやって来るのが恭介なんだよね。

「「「それで、理樹はクド以外の誰を好きになったんだ?」」」
「それで、理樹くんはクーちゃん以外の誰を好きになったの?」
「それで、少年はクドリャフカ君以外の誰を好きになったのだ?」

 こうなったら仕方がない。正直にみんなに打ち明けよう……
 きっとみんなでなら、どんな悩みだってすぐに解決できるよ。




「棗×直枝……ぽ」

 大丈夫かなぁ……





 話し合いの結果、真人に直接聞いてみよう、ということになった。
 理由は簡単。

「真人はバカだから、なにを聞いても問題ないだろう」

 という満場一致の意見によるものだった。
 なんというか、みんな真人相手だと本当に容赦がない。

(ごめんね真人……今度欲しがってた「どろり濃厚プロテイン」買ってあげるから)

 悩みの種の張本人に同情しつつ、僕は次の休み時間を待つことにした。





◇     ◇     ◇





 教師が黒板に書き連ねる数式を、ボンヤリと眺めながら僕は一人だった頃を思い出していた。


 家族が死んで、突然一人ぼっちになった僕は、毎日泣いてばかりだった。
 そして、いつしか毎日が雨になった。
 いつまでも降り続ける雨は、いっそう僕を家に閉じこもらせる原因になった。
 そんな日がしばらく続いたある日、ついに世界は灰色に包まれてしまった。

 毎日毎日、僕は一人びしょ濡れになりながら泣いた。
 あんなに鮮やかだった世界は、どんよりとした雨に覆われ、僕の世界を埋めつくす。

 そして、ある日。見かねたおじさんが僕を外へ連れ出そうと、お使いを頼んだ。
 僕は黙ってうなずくと、雨靴をはいて、傘を手にお使いに出かけた。
 しくしくと降り続ける雨の中、行き慣れたスーパーへの道を僕はとぼとぼと歩いていた。
 そうして半分も歩いただろうか。突然の突風に傘をさらわれた僕は、尻もちをついて転んでしまった。

(やっぱり、お外になんてでるんじゃなかった……)

 びしょ濡れになったズボンが気持ち悪い。そんなことを思っていると、突然空から声が降ってきた。

「強敵が現れたんだ。君の力が必要なんだ!」

 そう言って差し出された手を恐る恐るつかんだ時、僕の世界の雨は止んだ──




(そうだ、今の僕にはリトルバスターズのみんなが、たくさんの仲間がいるんだ)
(だったら悩むことなんてない。だって今でも僕の世界はこんなに鮮やかなんだから)


 ぐっと、こぶしに力を入れて、気持ちを持ち直す。
 そうして見回した世界で──真人が小刻みに震えていた。

「ふっ、258筋肉、ふっ、259筋肉、ふっ、260筋肉……」

 めまいがした。

(……寝よう)

 幸い僕の病気のことは教師も承諾済みだ。
 僕は咎められる心配もなく、意識をゆっくりと閉じた。





◇     ◇     ◇





「……て……だ……キ」
「んっ」
「起きてください、リキ。もう放課後ですよ」

(……そうか、もう放課後なのか)

 って!?

 慌てて起きる。教室の人影はすでにまばら。どう見ても完全に放課後だった。

「よく眠れましたか? リキ」

 小さい体をさらに縮めて僕の顔を覗き込むクドの動作は……なんていうか、すごくかわいい。

「うん、起こしてくれてありがとう。クド」

 とりあえず、よだれが垂れていないか確認してから、帰り支度を整えた僕はクドと一緒に教室を出る。
 オレンジ色に染まった廊下を二人で歩きながら、僕は恭介達の言葉を思い出していた。




「もし、仮に能美が真人と浮気をしているとしよう。その場合、能美に聞いて答えが返ってくると思うか?」

 仮とは言え、あんまり想像したくないなぁ。

「んー、クーちゃんだと『あわわわわわわ』ってなるんじゃないかなー」

「あわわわわわわ」とクドのマネをしながら小毬さんが言う。

「はぁ……萌え」

 プラスダメな人が一人。

「とにかくだ、これが真人ならどうだ? あいつのことだ。なにも考えずに口を滑らすに違いない!」
「「「おおー」」」

 さすが恭介さんだという声がちらほら。あまつさえ拍手まで送る小毬さん。
 みんな気付いてないけど、恭介けっこうひどいこと言ってるんだよ?

「と、いうわけだ理樹! お前のミッションは真人からことの真相を聞きだすことだ。……できるな?」

(ごめん、真人。たとえどんな結果であろうと、僕は真人の味方になるよ……)



「リキ? どうしました、ボーっとして」

 気がついたら目の前にクドの顔がアップで迫っていた。
 もちろん、身長差があるのでクドは一生懸命爪先立ちをしている。
 どうやら、考え込んで立ち止まっていたみたいだ。
 あわてて意識をもどし、昇降口に向かって歩き始める。

(こんな調子で聞けるのかな……)



 考え事をしていたせいか、思ったよりも早く昇降口についてしまう。

(恭介達は、真人に聞けって言ったけど……)

 僕はちらりとクドの方を見る。相変わらず犬みたいに元気いっぱいだ。
 けど、どうしたんだろう。なんだか動きが少しロボットっぽいというか、ぎこちない?
 犬は犬でも、今日はA○BOなんだろうか。



 校舎から出ると、そこはオレンジの光でいっぱいだった。
 校庭を走る運動部の影法師が、ぐるぐると回って目が回りそうなくらいだ。

「わふー、リキ、リキ、影がいっぱいあるのです!」

 さっきまでのA○BOとはうって変わってクドは、元気にはしゃぎはじめた。
 一生懸命、影を踏もうとジャンプしているクドの姿を見て、僕は決心した。





◆     ◆     ◆





 校庭を抜けた後も、ぴょんぴょん影踏みをしているクドに、僕はあの質問をすることにした。

「ねぇ、クド」
「ふぁい、なんですか? リキ」

 ぴょこんと立ち止まって僕の方を向く。僕は2,3歩歩いてそばによる。

「あのさ、ちょっと聞きにくいんだけど。最近クド、真人と一緒にいることが多いよね……毎日なにしてるの?」

 きつく聞こえないように、ゆっくりと優しく言うように意識して声を絞り出す。

「えーっと、あのですね。これには海よりもふかーいといいますか、なんといいますか」

 クドは、珍しく言葉をにごした。けれど、どうしても聞きたかった僕は、先を促す。

「うー、その……笑わないでくれますか?」

 もちろん。
 僕はクドの目をしっかりと見て、うなずいた。

「……ぉ…」
「え?」
「だから……ぉ…ぃ……」

 うつむいてボソボソというものだから、よく聞こえない。
 そんな僕の様子を見て、意を決したのか。クドはぎゅっとこぶしを握って、目を閉じる。

「ないすばでぃに……」
「ないすばでぃになるためのとれーにんぐですっっ!!!」

 ……は?
 ナイスバディになるためのトレーニング?
 誰と?
 真人と?

「私、ちっちゃいですから……少しでもリキが私のことをもっと好きになって欲しかったんです。それで、来ヶ谷さんに相談したら……筋肉をきたえ……るのが……グス……いいって言われて……」

 なるほど、それで真人か。

「だから……ひっく、井ノ原さんに……お願いして毎日とれーにんぐをしてい……ひっく……」

 自分でも気付いていないんだろう。目から零れ落ちる涙は、クドがどれほど必死だったかを僕に教えてくれた。

 僕は……バカだ。
 こんなにも……自分のことを想ってくれている女の子の気持ちに、どうして気付いてあげられなかったんだろう。
 そして……なんでもっと自分の大事な人達のことを信じてあげられなかったんだろう。
 クドは、こんなにも小さい身体で、一生懸命なあまり泣いてしまうほど、いっぱいに僕のことを想ってくれている。

 気がつけば、僕はクドを優しく抱きしめていた。
 大切な宝物が、これ以上涙を流さないように。そっと、胸に抱きしめる。
 こうすることで、言葉以上に、クドの想いが伝わるような気がした。

「……ひっく……う……うわぁぁぁん」

 寮への帰り道。僕とクドは柔らかなオレンジ色に包まれた世界の中、一つの長い、長い影法師を作り続けていた。





◇     ◇     ◇





「ハイ、これ。パックだからあんまりおいしくないだろうけど」

 窓の外の景色は、すでに暗く夕方はとうに過ぎている。
 僕の制服のジャケットを羽織ったクドは、うつむいたままカップを手に取った。
 そしてそのまま隣に座って、紅茶を口にした。

 どれだけ時間が過ぎたのだろう。
 二人で肩を寄せ合い過ごす時間は、これまで過ごしたどんな時間よりもゆっくりと流れていく。

「あの、リキ」
「うん」

 お互いに顔は見ない。けど、確かに僕らは繋がっているという気配。

「リキは……私のこと好きですか?」
「うん」
「私のこと、これからも好きでいてくれますか?」
「うん」
「英語がしゃべれない……変な外国人でもですか?」
「うん」
「全然いろっぽくなくて……こんなちっちゃくてもですか?」
「うん」
「この前みたいに──」

 大丈夫、僕の心は変わらない。
 どれだけ離れていても
 どれだけ時が経っても
 なにが起きても

 辛かったあの日
 二人が通じ合えた奇跡
 その想いを忘れない限り

 僕はそっとクドの手を取って、手の平に紋様を描いた。
 僕が描き終わると、今度はクドが僕の手取り繰り返す。

 お互いの手の平には「二人の紋」。
 それは、僕とクドをあらわす契りの証。

「クド……」
「はい」
「好きだよ……」

 クドはなにも答えない。かわりにそっと左手を差し出した。
 僕も左手を差し出し、二人の紋を合わせる。

 どんなキレイ言葉よりも
 この行為の意味は一つで
 永遠のものなんだ


 その様子を見つめるクドの顔は、うっすらと微笑んでいた。

 そうして僕らは、今度こそお互いを見つめあい──


 ガチャ


「ふぅー、今日もいい汗かいたぜ。さて、メシの前に筋トレで……も……ありゃ?」
「どうした真人? お前はただでさえムダにでかくて邪魔な……のは……」

(………………………)

 思いっきり謙吾と目があってしまった。
 真人は……ダメだ。処理落ちでフリーズしてる。

「ほ、ほら真人、あっちで筋トレをしよう! 今日は俺も付き合っちゃうぜー! さぁーて筋肉タイムの始まりだっ!」
「なにぃ! 筋肉タイムだと!?」
「あぁ、そうだ。筋肉タイム……いや、筋肉オリンピックの開催だっっ!」
「うおおおおおおっっ、なんだか知らねえが燃えてきたぜぇぇっっ!」
「そーら、筋肉、筋肉♪」
「おうっ! 筋肉、筋肉♪」

 ガチャ

「「筋肉、筋肉♪」」


 壁越しに聞こえる二人の笑い声は、あの頃のままだった。
 そう思いたい。



 ……こうして、僕の悩みは解消され、結果としてお互いの絆を深めることになったんだけど。







「来ヶ谷さんっっ!」

 次の日、教室で来ヶ谷さんを見つけた僕は、彼女の元にかけよる。
 今日の僕は昨日までの直枝理樹じゃない。
 その証拠にずんずんと大股で歩き、来ヶ谷さんを威圧する。

「おや、おはよう少年。今日は絶好のスケッチ日和だと思わんか?」
「あ、うん。そうだね。ってそうじゃなくてっ!」

 バンッっと机を叩いて来ヶ谷さんを睨……見る。

「クドと真人のこと、知ってて僕のことからかったんでしょ!」

 来ヶ谷さんは、「あぁあのことか」なんて顔をすると、意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「うむ、勉強になっただろう? あれが『嫉妬』というものだ。これで少年も、いや、理樹君も少しは大人になっただろう。はっはっはっ」

 頭にきた。来ヶ谷さんは楽しんでやってたに違いない。
 こればっかりは許さないぞ、と目に力を込めて来ヶ谷さんを非難する。

「ほぅ、いい目をするようになったじゃないか、理樹君。もしかして……」

 来ヶ谷さんは、意地の悪いにやけ顔から一変して鋭い目つきで。

「ダメだぞ理樹君。クドリャフカ君の初めては、私が既に予約済みだ」

 なんて爆弾発言をした!

 賭けてもいい。この人は絶対反省なんかしていない。
 きっと、一生反省なんかせずに、飄々と生きていくんだろう。この人は。
 そう思うと、なんだか怒るのが虚しくなってきた。

「時に少年、昨日は寮の前でアツアツだったみたいじゃないか」
「□×△●△×◇!?」
「ふむ、夕暮れ時に抱き合う男女……さしずめ、あの道は青春街道といったところか」

 しまった、よく考えたら寮近くであれだけ騒いでたら、目立って当然か。
 さすがにあれははずかしいな。

「うむ、少年よ、君はまだ若い。存分に青春を謳歌したまえ」

 はっはっはっと笑いながら、僕を叩く来ヶ谷さん。
 一応、あなたも同い年だから。
 あぁ、穴があったら入りたい……

「おいっ! まてよ謙吾っっ!」
「ええい、しつこいぞ真人。もうやらんと言ったらやらんのだ!」

 なんだか、廊下の方が騒がしい。
 声からして真人と謙吾みたいだけど、何かあったのかな?

「ほら、謙吾、一緒にやろうぜっっ。筋肉、筋肉♪」
「だぁぁぁぁぁ、やめてくれぇぇぇぇぇ!!!!」

 なんだろう。めずらしく真人が押してる、というか謙吾が変だ。

 ガラッ

「ん、理樹おはよう」

 そこに、ポニーテールをしっぽのようにゆらゆらさせながら、鈴がこちらにやってくる。

「おはよう鈴。ところで真人と謙吾だけど、なにかあったの?」

 同じ幼なじみの鈴なら、事情を知ってるかもしれない。
 さっきからずっと、廊下から再び謙吾の絶叫が聞こえる。これはきっと、ただ事じゃないはずだ。

「そぉーれ、筋肉、筋肉♪」
「やめろぉぉぉぉぉ、頼むからやめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」

(……まさか)

「あぁ、昨日の夜、二人で寮の中を踊ってたんだ」

 やっぱり……

「最初はきしょかったんだけどな。見てたらおもしろくなってきたから恭介を呼んで、びでおに録画したんだ」

 うわっ、それは謙吾も災難だったなぁ。
 様子を見に廊下に出ると、ビデオカメラを持った恭介と、踊り続ける真人に追いかけられる、哀れな親友の姿があった。
 恭介はともかく、どうやら真人の中では未だに筋肉オリンピックが開催されているんだろう。
 しきりに謙吾に向かって「金メダルがどうの」と説得を続けている。

「あちゃー、謙吾くんも災難デスネ」
「おはよー理樹くん」
「はっはっはっ、私に逆らうとこうなるのだよ、謙吾少年」
「わははははははは」
「井ノ原×宮沢ですか……わたしの趣味じゃないです」
「ふかーっ」
「こらっ! 貴方達、廊下で騒ぐのは……きゃぁ!」
「わふー。リキ、おはようございます。って! ななななななんですか? これは」




 あぁ……これが僕の、僕らの求めた日常なんだ。
 みんなで笑って、遊んで、はしゃいで……

 隣には、大切な人がいてくれる。

 そんな世界を……僕らは望んだ。





 だから僕は願ったんだ。

 この日常が、ずっといつまでも続きますように

 大切な人、クドといつまでも共に歩ける世界を




 僕は、そう願わずにはいられない



 たとえこの日常が──

 夢だったとしても。













《了》



ばっくとぅいんでっくす、なのですっ


専用掲示板にじゃんぷですー