「わふっ!? 目にしみますっ!?」

「わわっ!? クド公暴れちゃ駄目だって!」

「三枝さん……もしかして私の髪で遊んでいたりしませんか…?」

「そんな事ナイナイ!」

「そうですか〜……?」

「はい、シャンプー流すから目を閉じて閉じてっ!」

「んーっ」

「……ちょんっ」

「わふっ!? どこをつついているんですかっ!?」

「ん? ……ぽっち」

「そんなところつついたら駄目なのですっ!」

「え〜〜〜」

「『え〜〜〜』じゃないですっ!」

「だってクド公、必死になって目を閉じちゃってさ。そりゃいたずらしたくなるってものですヨっ!」

「ならないですっ!」

「もぅ! 我侭だなぁクド公は……」

「どっちがですかっ!?」

「…隙ありっ! ちょんっ!」

「わふっ!! またしてもっ!?」
















    Curly hair ─クドリャフカ─ <Кудрявка>
















「いいお湯だったよ〜!」

葉留佳は上機嫌で部屋に戻ってきた。

その後ろから、妙にへこたれた気配を醸し出しながらクドがついてくる。

「つつかれました……、つっつかれました……、色々つんつんされました………」

どうやら色々されたらしい。

「はるちゃんあんまりいたずらしちゃ駄目だよ?」

「小毬ちゃん小毬ちゃん。そうは言うけどさ、あれは誘ってたよ? いやマジで」

「言いがかりも甚だしいです……」

クドの脱力っぷりはなかなかの物だった。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「…来ヶ谷さん。落ち着いてください…」

「…はぁ…、すまない美魚君。おねーさんには君がいると言うのに少々前後不覚になっていたようだ」

「勝手に所有権を主張しないで下さい…」






その夜、クドと美魚の部屋にはいつものメンバーが集まっていた。

それと言うのも、夕食時に鈴が偶々クドの髪に触り、

『ん? くどの髪はきれいだな、さわふやだ』

と呟いた一言から始まった。


鈴の言葉に端を発し、触りたい触りたいとクドの髪を触り倒す女性陣。

散々髪の毛を弄られて、クドは椅子に座りながらもぐったりとしていた。

そんなクドを見かねて、来ヶ谷が颯爽と提案をする。

『ふむ…それでは毎日交代でクドリャフカ君の髪の毛を洗ってあげよう。なに、髪を触らせてくれた恩返しというものだ』

賛成多数。

本人の遠慮は効果なし。

その場にいた男性陣は、

『(絶対に自分の趣味だよな)』

と思ったが、せっかくの提案を壊すわけにもいかず口を閉じていた。

もしもこの話題を壊していたとしたら、どの様な断罪が行われていた事か。




ともあれ、初日の担当者は葉留佳だ。

その結果が……


「つんつんつ〜ん♪ 満足満足〜♪」


……全然クドの為になってはいなかった。














「今日は私だよ〜、クーちゃんっ」

「小毬さんですかっ、よろしくお願いしますっ」

二日目のクド丸洗い係は小毬の番だった。

「これだけ髪が長いと洗うのも大変だよね〜?」

「はい、大変です。……でも」

「でも?」

「こんな私の髪を好きって言ってくれた人がいます。…だから全然、苦じゃないです」

そう言ってクドは『わふっ』っと柔らかく微笑んだ。

「……もう〜、クーちゃん可愛いっ!」

「わふっ!?」

クドの健気な可愛さに負けた小毬は、クドを後ろから抱きしめる。

「クーちゃんって柔らかいよね〜」

「……今、私の背中には到底到達不能な神秘の柔らかさがきょーちょーされています……」

「?」

「なんでもないです。求めてやまないものであっても、手に入らないものってあるんですよね〜…ね〜…ね〜」

「クーちゃんどうしたの?」

「その自然さが、持つ者のゆとりというものなのでしょうか……わふぅ〜」

なんとも微妙な溜息をつくクドだった。














「あたしの番だな」

「鈴さん、よろしくお願いしますっ」

「まかせておけ。丸洗いは得意だ」

「わふっ!?」

三日目は鈴の番だった。



お風呂場に入った二人。

クドは既にシャワーの前に座り込み、準備万端なのだが…

「鈴さん?」

鈴はクドをみつめたまま動かない。

「……くどは髪も肌もきれいでうらやましい」

ぽろり、と言葉が漏れる。

「やっぱりあいつも、くどのこういったところが好きなのか…?」

「はい?なんでしょうか?」

「…髪がさらさらで気持ちいいって言った」

「ありがとうございます〜」

「…よしっ! 流すぞ? 目は閉じないと駄目だ。しぱしぱするぞ」

「はいっ! ん〜っ、どうぞですっ!」

「しゃわしゃわしゃわ〜っ」

鈴はおかしな擬音を口にしながら、クドの髪を洗い流した。














「待っていた……。この時が訪れる事を、ただ待ち続けていたんだ……」

「…お…おてやわらかにおねがいします…」

ついに来た。

四日目の夜が。

この日を誰より待ち続けていた彼女の担当日だ。

「どうしたのかね? さぁ入ってくるといい」

「わふぅ」

「? なにかね?」

「……どうしてタオルを巻いていないんですか?」

「はっはっは、おかしな事を聞くなクドリャフカ君は。こうしなければ直に味わえないだろう?」

「聞くのが怖いですが……、何をでしょう…?」

「クドリャフカ君を」

「…それではありがとうございました」

「待て待て」

「わふっ!」

風呂場から回れ右をしたクドを、来ヶ谷は後ろから抱きかかえた。

「ああ……、これはこれで素晴らしい……」

「わふっ! わふっ! わふっ!」

後ろから抱えられたまま、両手をぶんかぶんか振り回しているクド。

その様子を見ているだけで来ヶ谷は御満悦だ。

「わふっ!? なんだか来ヶ谷さんの手が蠢いていますっ!?」

「……逃げる君がいけないのだよ?」

「逃げませんっ! もう逃げませんから、ってそれよりその凶悪なふたつの山を押し付けないで下さいっ!」

「ん?何の事かね?」

「で…ですから……」

「はっきりと言ってもらわなければどうしようもないな……うん」

「く…くるがやさんの…」

「私の?」

「…わふ〜…」

完全に来ヶ谷の独壇場だった……














「人様の髪を洗うのは初めてです。上手に出来ないかもしれませんが…」

五日目。

美魚とクド。

二人の落ち着いた入浴光景が広がっていた。

「そんなことないですっ。とてもきもちがいいのです〜っ」

「……どうしてでしょう? そのように仰って頂けると、とても嬉しく思えます」

「…西園さん、とてもお上手です〜。…わふぅ〜……」

目を閉じて、されるがままになっているわんこ。

前日の影響か、この静かに流れる時間がとても心地良く感じられた。

「……西園さん」

「なんでしょう?」

「るーむしぇあを引き受けてくださって、ありがとうございました」

「唐突ですね…。わたしも望んで能美さんの部屋に来たんです。そのように仰られても…」

「それでもです……。独りは、寂しかったです……」

「……」

返答は無い。

ただ静かに髪を洗う優しい音だけが風呂場に流れていた。

「……」

「……」


…わしゃ……わしゃ……わしゃ……


「……」

「そうですね……」

「? 西園さん…?」

「独りは…寂しいですよね…」

「……はい」


…わしゃ……わしゃ……わしゃ……


「そういうことでしたら、感謝の言葉をお受けします」

「……はい」

「代わりに」

「はい?」

「わたしからも言わせてください。……能美さん、ありがとうございました」

「っ! は、はいっ! ……み…み…」

「能美さん…?」

「ん〜……っ! あ、あのっ!」

「?」

「……これからは…あの……、みお、さん…って呼ばせて頂いても…宜しいでしょ〜か…?」

「……はい。これからもよろしくお願い致しますね……」

「わ……わふぅ〜〜っ!!」

「能美さんっ!?」

感極まってクドは美魚に抱きついた。

「……」

美魚は最初戸惑いもしたが、やがて優しい笑顔になり……クドの頭を何度も何度も撫でていた。














「あれ?みなさんどうしたんですか?」

六日目の夕食後、クドが部屋に戻ると今日もメンバーが集合していた。

「お風呂は昨日で終了しましたよね…?」

クドの疑問に答える者は誰もいなかったが、全員満面の笑顔だった。

「?」

「さて、クドリャフカ君」

来ヶ谷が一歩前に出た。

「これを装着するといい」

「わふ?」

来ヶ谷が手にしていた物体は……スクール水着。

……ちなみに色は白。

「これはなんでしょ〜か?」

「クーちゃんが着る水着なんだよ〜」

「えと、すみません……お話が見えてこないのですが…」

「クド公丸洗いミッション、最後の挑戦者がお風呂で待っているのだヨー!」

「? え〜と…どなたでしょうか…?」

「それはお楽しみだよクーちゃんっ♪」

「…これを着なければ駄目なのですか?」

「おねーさんとしては構わないのだが……『せめて水着は必要だよねっ!?』と言われてしまったからな」

「わふ?」

「必死でしたね…」

「ああ、半分叫んでいたな」

「…あの…?」

「さささっ! 着替えて着替えてっ! 見張りははるちん達に任せてど〜んと入ってくるのだっ!」

「?」














「や……やあ、クド……」

「……リキ…何してるんですか……?」

風呂場で待っていたのは水着姿の理樹だった。

「うん、ちょっと色々あってね……」

「…もしかして私の髪を洗ってくれる最後の挑戦者って…」

「僕…だったりするんだけど…」

「……」

「……クド?」

「わふぅぅぅぅぅっ!!」










「……驚きました〜〜」

「ごめんね、びっくりさせちゃって……」

「いいえ〜」

ようやく落ち着いてきたのか、クドの受け答えもしっかりしてきた。

理樹はそんなクドの髪を、やさしく愛しむ様に洗っていた。

「みんながさ…」

「はい?」

「みんなが順番にクドの髪を洗ってるって聞いて、ちょっとだけ……」

「ちょっとだけ?」

「ちょっとだけ…羨ましくなって」

「羨ましいんですか? リキは?」

「…うん…。僕は今まで、何度もクドの髪を触らせてもらったよね?」

「…はい…」

「だけどさ、一度も髪の手入れを手伝った事は無かったから…」

理樹は泡を流しながら、優しくその手に髪を乗せる。

「少しだけその事を来ヶ谷さんに話しちゃって…ね…」

「…そうですか…。…リキはどうして私の髪の手入れをしたかったんですか…?」


くるくる、くるくる。

理樹はその手に乗せている髪の毛を、無意識のうちに自分の指に巻いていた。


「自分の大好きなもの…。それを自分でも守りたかった…っていうのは変かな…?」


くるくる、くるくる。


「ちょっとだけ……はずかしいです……」


くるくる、くるくる。

理樹の手の中で、クドの髪の先が柔らかなカールを描いていく。


「あはは…。うん、言ってる僕も恥ずかしいや…」

最後にもう一度、髪をお湯で流した。

「…色々なクドが知りたかったんだ…」

それが全ての答えだった。




「……私も、色々な自分を知ってもらいたいです…」


















「わふ、くるくる巻き巻きさんになってしまいましたっ」

いつもは軽くウェーブが掛かっていたクドの髪。

今夜はその先端が、きれいなカールになっていた。

「理樹くんがしたの? クーちゃんのカール」

「理樹、お風呂で何をしてたんだ?」

「少年……一体どんなプレイを…」

「別にそんなつもりは……って鈴、その目は何っ!? それと来ヶ谷さん!? プレイって何さっ!?」



「くるくるさんです…っ」

「これでは一晩は直らないですね…。能美さん?」

「えへへっ」

「…どうしてそんなにいい笑顔なのでしょうか…?」




「ごめんね…クド…」

素直に謝る理樹。

申し訳なさそうにクドを見ると……




「リキ、どうですか? この巻き巻きさんな髪の毛も私なのですっ!」

「クド…?」










カールした髪……『巻き髪』



そう。

それはロシア語で……





ばっくとぅいんでっくす、なのですっ


専用掲示板にじゃんぷですー