想像してみてほしい。 もしあなたにとても可愛い恋人がいたとして。 その恋人が、なんていうかこう、ちょっとポーッとした感じの天然系で、かつお菓子が大好きだなんていういかにも女の子らしいステータスを持っていたりして。 その女の子が今、自分の肩に寄りかかってすやすやと可愛らしい寝息を立てて夢の国を旅行中だったとしよう。 そして今、あなたの手には一本の棒付きキャンディーがある。 取り立てて珍しくもなんともない、普通のスーパーでも売ってるような、何の変哲もない棒付きキャンディー。 ……やることは一つ、だよね? というわけで、 「んみゅぅ……? ん、ちゅ、ちゅぱ……ぺろっ、ちゅ、ちゅ」 舐めさせてみた。 ちゅぱちゅぱちゅっぱちゃぷす! 「ん、んぅ……ちゅ、くちゅ、ん、んぅ…………れろれろ〜」 うん、思ったとおりだ。 エロい。 違う、間違えた。 うん、思ったとおりだ。 可愛い。 起こさないように細心の注意を払いつつ、僕は手にした棒付きキャンディーを隣で寝ている少女――小毬さんの口元へと持っていく。すると、小毬さんは夢でも見ているのか、至福の表情を浮かべつつ飴玉を紅くぬめった舌先でちろちろと舐め始めたのである。 「ちゅ、ちゅ、ちゅ……ん、おいひいれふ〜」 目を瞑ったまま、実においしそうに飴玉を味わっているその様子は、実にエロ、じゃなく、子供っぽさを絵に描いたかのような微笑ましさに満ち満ちている。「プリン&カラメルソース味」と書かれたその棒つきキャンディーは、お祭りの屋台なんかで見かけるスーパーボールくらいの大きさで、真ん中から黄色の部分と褐色の部分に分かれている。察するに、この黄色の部分が「プリン味」で、褐色の部分が「カラメルソース味」なのだろう。小毬さんはまるで何かの鈴口でもなぞるかのように、二つの味の境界線にあたる部分を舌先で丹念に舐めあげていた。 ごくり。 誰かが生唾を飲んだような音が聞こえた。うん、誰かってそりゃ、他でもない僕なんだけどね。 だってそりゃあ貴方、この絶妙な舌使いを見せ付けられちゃ男としてはもうたまらんでしょう。 「んっ、んっ、んっ……じゅぽ、じゅぽ」 調子に乗って棒付きキャンディーをピストン運動の要領で出し入れしてみる。途端、先ほどまで(飴の)先端に蛇のように喰らい付いていた舌先は奥へと引っ込み、本能からかはたまた単なる肉体の反射か、小毬さんは唇をすぼめて(飴の)先端をきつく締め上げだした。握っている棒の部分にまでその感触が伝わってきている。なんていうかこう、ぎゅっとされたのがわかる。どうしてそんなことがわかるのかというと、たぶん口で言ってもうまく理解できないだろうから今度あなたも誰かで試してみることを強くお勧めする。百聞は一経験に如かず、なのである。 「んぅ、ちゅ、ちゅ〜……ちゅ、ちゅ〜……ちゅぅぅぅ」 うわあ、締まる締まる。 これじゃあすぐにイッてしまう。 いやイくっていうのはもちろん、棒付きキャンディーの先端が吸い取られてポーンと棒から離れて「イって」しまうという意味なんだけどね。 あっはっは、他にどんな意味があるっていうんだろう? 周囲からひそひそと声が聞こえ始める。 「え、なにやってんのあれ?」 「なんかヤバくない?」 ああ、言ってなかったっけ? うん、僕と小毬さんは今、電車の中にいるんだ。 何の変哲もない鈍行列車の、前から数えて6号車、取り立てて混んでいるというわけではないが、かといって空いているというほどでもないその車両の真ん中に陣取って、僕はただ寝ている小毬さんに棒付きキャンディーを食べさせているに過ぎない。 どうしてそんなシチュエーションになってるのかといえば、別に面白い理由があるわけでもなく、単に僕と小毬さんが付き合っていて、今がデートの帰りであるとでも言えば納得していただけることだろう。他に説明すべきことは何もないはずだ。 僕らの正面に座っているおばあさんがものすっごい目でこちらを凝視していることに気づいたけど、そんなことはどうでもいい。 僕は任務を果たさなければならないのだ。 お菓子好きな小毬さんにこのお菓子を最後まで食べさせるという任務を。 それはとても崇高で、敬虔で、したがってやましい気持ちなどまったくもってナンセンスで、ゆえにこの任務は崇高で、敬虔なのである。 まるで論理が破綻しているような気もしたが、そこはそれ、崇高なる目的の前では人間が勝手に持ち出したロジックなどという益体もない概念は宇宙の塵芥ほどの価値もなく、よって頭から排斥することも吝かではないのではないかなぁなんて考える次第である。 「んぐぅ……んっ、んっ、んっ」 とん、とん、とん、とリズミカルに棒付きキャンディーが跳ねる。どうやら小毬さんが(飴を)くわえ込んだまま舌で攻めているらしい。そっと棒から手を離すと、それはまるで一個の生命体のように自在に宙を動き回って人々の視線を掻っ攫っていく。老若男女問わず、その奇天烈な動きに心を奪われた様子で、誰も身じろぎ一つ起こさない。 「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ、んっ、んっ」 それはもはや、一つのショーとなりつつあった。 くちゅくちゅ、と淫靡な音をたて、一心不乱に飴玉を蹂躙しつくそうとする、半分寝ぼけた少女。 もうすでに僕の手を離れ一つの生き物と化してしまった棒付きキャンディーは、荒れ狂う獰猛な怪物のように、自らを観察している衆目に対し威嚇するかのように激しい律動を呈し続けている。ぐいん、ぐいん。 棒の先端(つまりは飴を持つ棒の部分)が、その本来の用途を見失って、ぐいんぐいんと、中空に何人なりとも理解し得ない摩訶不思議な文字を描き続ける。あれは何かのメッセージなのだろうか?『早く解放してほしい』とか、なんかそんなことを言っているのかもしれない。だとすれば、彼は何から解放されたいと願っているのだろう? あるいはあれは何かを招き寄せる儀式の踊りのようなものなのだろうか?『我が呼びかけに応えよ』とか、なんかそんなことを意味しているのかもしれない。もし仮にそうなのだとしたら、呼び寄せるのは間違いなく男の性欲だろう。そしてそれは間違いなく成功を収めているといっていい。 つーっと、一筋の透明な滴が、棒の根元(つまりは小毬さんの口元)からゆっくりと垂れ落ちる。それは彼女のあごを伝って、ぽたりと、小毬さんの豊満な胸のちょうど真ん中辺りに落ちて小さなシミを作った。 ごくり、と生唾を飲み込む音が聞こえた。いや、今度のは僕だけじゃない。様子を窺っていた乗客の半分(具体的に言えば男性客)ほどが一斉に唾を飲み込んだのだ。それはまるで冗談みたいに車内に高く響き渡り、僕らの心を一つのカタルシスへと導いていく。 『エロい』 迷惑そうな顔をしている隣の若いお姉さんとか正面で露骨に嫌悪感を示していたおばあさんはともかくとして、僕らの心は間違いなく、鈍行列車の前から数えてちょうど六番目、6号車両の中で一つになっていたのである。 そんな意味不明な連帯感に浸っていると、突然『ガクン!』と列車が大きく揺れた。 一連のショーに見入っていた乗客は一斉に何事かと驚き辺りを見回す。 何のことはない。 単に列車が急カーブに接した際に、車掌さんがスピードを間違えていたのか、普段よりもちょこっと大きく揺れただけである。 僕も少し驚いてしまったけれど、まあこれは電車を乗る上である程度想定できるし、取り立てて騒ぐようなことでもない。 やれやれ、と体勢を立て直し、視線を戻したところで、しかし僕らはこの小さなアクシデントがいかに大きなものであったのかを思い知ることとなった。 「んんんんんっ〜!? …………こく、こく、こく、こくっ」 遠心力でのけぞったらしい小毬さんが、口内に溜まっていた唾液を飲み干していく。 喉を小さく震わせ、ゆっくりと、まるで極上のワインを味わうかのように。 「んんっ……ぷはぁ……ほぇ?」 恍惚とした表情で唾液を飲み干した小毬さんと、恍惚とした表情でそれを見守っていた僕ら男性客。 時間の感覚などとうに失せてしまった鈍行列車の6号車の中心で、正気に戻った僕らはただお互いの顔を見つめるばかりだった。 *** 「もうっ、理樹君ひどいよっ!」 「ご、ごめん! つい調子に乗っちゃって……」 ぷんすかと漫画みたいな擬音が聞こえてきそうな様子で、肩を怒らせのっしのっしと道を行く小毬さんは、しかしその容姿のせいかまったく迫力に欠け、むしろ可愛らしいという表現こそが適切だといえると思う。とはいえそれを指摘するわけにも行かず、『私、怒っちゃってます』といわんばかりに頬を膨らませて僕のことなど顧みずに先を進む小毬さんの機嫌をとろうとあれやこれやと提案してみるけれど、彼女の怒りは一向に収まる気配がなかった。 「あ、見て、小毬さん! あそこの喫茶店、期間限定のおいしそうなパフェがあるよ! ちょっと寄っていかない?」 そんな風に彼女の好物で注意を惹きつけようとしても、 「知らないっ」 取り付く島もない。 (参ったな……) (今日はせっかく、小毬さんの誕生日だっていうのに――) 結局電車を降りてからこっち、僕らは一度も顔をあわせずに目的地へとついてしまった。行き着いた先は、僕らの住む町からは7駅ほど離れた場所にある、この一帯では類を見ないほどの大型のお菓子専門店だ。いまだに機嫌の悪そうな表情で立ち止まった小毬さんから二歩ほど後ろにつき、目の前にたたずむ建物を仰ぎ見る。 一面を白一色で覆い尽くすその外観は、砂糖をイメージしているのだろう、なるほどいかにもお菓子専門店に似つかわしい風貌だった。4階建ての、洋風のお城を模しているところから、付近では『お菓子の城』だなんて呼ばれたりしているけど、そのあだ名はまったくもって正しいと思う。多くの人が知っている御伽噺に『お菓子の家』が出てきたと思うけど、幼いころ絵本で見たあのときの願望をまるごと現実世界に持ってきてしまった感じだ。よく観察してみると、お城を飾りつけるありとあらゆるアウトテリアも決してイミテーションではないのだろう、その辺のお店ではちょっとお目にかかれないような不可思議な輝きを有していた。あれがいわゆる『本物の風格』というやつだろう。っていうか、城の天辺にある尖塔の先に見えるマリア像みたいなの、あれ純金で出来てないですか? とまあ、こんなん経営成り立ってるのかといいたくなるほど贅を尽くしたお城風のお菓子屋さん(こういうと安っぽく聞こえるので以降はお菓子専門店と呼ぼう)へと僕たちがやってきたのには、もちろん理由がある。それは、つい先日のことに遡る。 *** ――そういえば小毬さん、もうすぐ誕生日だよね ――あ、覚えててくれたんだ〜 ――もちろんだよ……その、恋人、なんだし ――そ、そっか、そうなんだよね……えへへっ ――あははっ、そ、それでまたみんなで集まってパーティーをしようかって話なんだけど、予定大丈夫かな? ――うん、もちろんだよ〜 ――ただ、クドが日程合わせるのに苦労したみたいで、全員で集まれるのが誕生日の前日になりそうなんだ ――そっかぁ、クーちゃん外国にいるんだもんねぇ、そういうことなら、うん、おっけーですよ〜 ――そっか、よかった……それで、当日は結局空いちゃうわけだよね? ――うん、そうだねぇ ――その、よかったら二人で過ごさない? ――ほんと!?やったぁ〜 ――うん。ってゆうか、僕のほうが『やったぁ〜』な感じなんだけど、いいの? ――うんっ!みんながわざわざ私のために集まって祝ってくれるのはもちろん嬉しいんだけど、やっぱり理樹君に祝ってもらえるのが、一番嬉しいから〜 ――うん。そういってもらえると、僕も嬉しい ――えへへ〜……あ、そうだ、私その日ケーキ作るよ〜 ――え?でも、小毬さんの誕生日なのに、本人が作るっていうのも…… ――だいじょーぶ、万事おっけー、ですよー ――よくわからないけど、まあ小毬さんがそれでいいのなら ――うんうん、じゃあ当日は買出しの付き合い頼んじゃっていいかなぁ? ――もちろん 説明が前後する形になって申し訳ないのだけれど、もう僕らは高校を卒業し、それぞれの夢に向かって着実に進路を歩んでいた。リトルバスターズも事実上解散し、今は皆各地に散らばってしまっている。僕と小毬さんだけは同じ大学へと進学(このときはまだ付き合っておらず、同じ大学を選んだのはあくまでも偶然だ)したこともあって、割と良く会うことができたけど、遠いところにいるほかのメンバーとはそういうわけにもいかない。それでも高校時代に築いた関係はそう簡単に壊れてしまうものでもなく、僕らはお祝い事にかこつけては皆で集まって以前のように馬鹿騒ぎすることもあるのだ。ちょうど小毬さんの誕生日が近かったので久しぶりに恭介と連絡をとったところ、 「任せておけ」 の一言でなんとものの見事に全員を集めることに成功したのだった。アメリカの大学へと渡ったクドだけは、レポートの関係でどうしても当日は日本にいられないとのことで、全員が集まるのは誕生日の前日ということになったけれど、そんなのは些細な問題だ。決して暇を持て余しているとはいえない僕ら一人一人が、同じ目的で同じ日に集まれるというのは、とても貴重で、すばらしいことだ。僕はいい仲間たちに巡り合えたと、心からそう思う。 それはともかくとして、予定通り集まった僕らは、しばし互いの近況報告を兼ねた擬似同窓会みたいなことをやり、その後で小毬さんを盛大に祝った。その席で実は僕ら付き合ってるんだと報告したところ、その場にいた全員に思い切りもみくちゃにされてしまったが、それはまた別の話だ。 昨日の席ではだいぶ酒を飲まされ、疲れも溜まっていたのだろう、約束の買出しへ行く途中の電車で小毬さんは眠ってしまい、暇を持て余した僕が下心丸出しの悪戯を施したのはもうすでに述べたとおりで、そのせいで小毬さんの機嫌が一気に悪くなったのもわかってもらえたと思う。ああ、まったくもう、二度と鈍行列車の6号車には乗らないぞ。 以上、僕たちの現状をダイジェストでお送りいたしました。って誰に言ってるんだ、僕は。 *** と、そんな回想に浸っていた僕の存在などまるで気づかないように小毬さんはずんずんと店内へ入っていった。あわてて僕もその後に続き、 「待ってよ小毬さん」 そう声をかけるも、小毬さんはつーんとそっぽを向いて店内を物色し始める。こりゃあ当分機嫌は直らないだろうな、と僕も覚悟を決め、彼女の後ろをついていくことにした。 「あ、これとかおいしそうじゃない?」 「…………」 「これ、小毬さんさんが好きだっていってたやつだよね」 「…………(ぷいっ)」 負けるな僕。 もともとは僕のせいなんだから。 とはいっても、ここまで徹底的に無視されてしまうとさすがに堪えるけどね。 ほとぼりが冷めるまではそっとしておくのも手なのかなと思い始めたとき、ちらりと窺った小毬さんの表情が先ほどよりも柔らかくなっていることに気づいた。 大好きなお菓子に囲まれ、その匂いに当てられたのだろう、さっきまでの『私怒っちゃってます』から『私怒ってるんだもん』ぐらいに表情が変化している。いやまあ微妙なニュアンスは伝わりにくいのかもしれないけど、本当にそんな感じだ。むっつりと、しかし嬉々とした感情を体から漲らせて、小毬さんはメープルシロップやらチョコレートシロップやら、その他ケーキに使うらしいトッピング用品を次々と籠へ放り込んでいく。頭の中ではすでに完成されたケーキ像が浮かんでいるのだろう、商品を選ぶ手にあまり迷いが見られない。値段の差を見極めるためか、時々同じような商品を二つ三つじーっと見比べたりする以外は、比較的スムーズに必要品が選択されているらしい。その辺の事情はレシピ自体知らない僕にはなんとも理解しようがなかったが、それはまあ男の宿命みたいなものだし素直に諦めておくことにした。 会計を済ませ、店を出る。見上げた空は、どこまでも鮮やかな青一色で、だからこそその下に佇む僕らの暗澹たる思いがいっそう惨めに思われた。意を決して仲直りしようと小毬さんの側へ歩み寄る。彼女は相変わらず僕の顔を見てくれようともしなかったけど、雰囲気で僕のことを意識しているのがわかる。やはり好物に囲まれて気が緩んでいるのか、今ならなんとか話を聞いてくれるぐらいはしてくれそうだ。これを逃したら多分次はないと思い、電車を降りてからずっと考えていた謝罪の言葉を口にする。 「ごめん、自分でもなんであんなことをしたのか……」 「…………」 「いや、ほんとはわかってるんだ。小毬さんの寝顔があまりにもかわいかったから……でも」 「…………」 「もう二度とあんなことしたりしないから、機嫌、直してくれないかな……?」 「……はぁ」 小毬さんは弱々しい笑みを浮かべながらため息をつくと、ゆっくりと僕のほうを振り返った。数時間ぶりに正面からみることができた彼女の顔には未だに10%くらいは不機嫌の相が出ていたけれど、基本的には見慣れた、いつもの彼女がそこにはいた。困ったように苦笑すると、人差し指でこめかみのあたりをこりこり掻きながら話し始める。 「いいよ、もう。元々私が眠ったりしたのがいけなかったんだし」 「そんなこと――」 「でもね」 ない、と言おうとした僕の言葉をさえぎり、ちょっと悲しそうな顔で小毬さんは続ける。 「今日、久しぶりに理樹君と一緒に出かけられるって、私ずぅっと楽しみにしてたんだよ?」 「うぅ……」 「そういう女の子の気持ち、汲み取ってほしいなぁ」 そういうと、小毬さんはまたぷくっとハムスターみたいに頬を膨らませる。しかしそれはさっきまでと違い、いささか冗談めかしているところもあり、そのことが僕を少し安心させた。 「お詫びといったらなんだけど、今日は小毬さんの誕生日だし、何でも言うこと聞くよ」 「……なんでも?」 「……僕にできることなら、だけど」 さすがに一食が一万単位になるような高級レストランに連れて行けといわれても困るし、情けないとは思ったけれど僕は念のため予防線を張ることにした。小毬さんは一瞬目をぱちくりとさせると、僕の真意を探るようにじーっと目を合わせてくる。距離が近いこともあって少し恥ずかしかったけれど、ここで目を逸らすのも不自然だし、彼女の気が済むまで付き合うことにした。 「じゃあねぇ……」 やがて気が済んだのか、小毬さんは目線を少しだけあげ、人差し指をあごにあてて思案するようにうなると、何か楽しいことでも思いついたのかのようににっこりと微笑んだ。 *** 「なぜ、こんなことに……」 後ろ手に椅子ごとロープで縛られ、さらには目隠しまでされ状況がまったく把握できなくなった僕は、つい先ほどの出来事を省みることにした。 ――とりあえず、理樹君のアパートへれっつごーですよ〜 ――僕のアパート? 何をするんだろう? ――なにって、ケーキ作り ――けーき……? あ、そっか。うん、そうだったよね! ――……うーん? 変な理樹君 ここまでは確かな記憶がある。間違いない。仲直りの握手をした後こう切り出してきた小毬さんは、もういつものとおりにこにこ笑顔で、だから僕もつられて笑顔になって。 それからおしゃべりをしながら電車に乗って、学園を出てからアパートを借りて一人暮らしをするようになった僕の部屋の前までやってきて、こんな会話を交わしたはずだ。 ――ついたねぇ ――今鍵開けるから、ちょっと待ってて ――久しぶりだなぁ、理樹君の部屋入るの ――ははっ、ちょっと散らかってるけどね。さ、どうぞ ――お邪魔しま〜す。……うん、なんだか理樹君のにおいがする〜 ――ええっ!? それはなんていうか、恥ずかしいな……ちょっと換気するね ――うん。じゃあ私は、理樹君でケーキ作る準備をしてるね どこからどうみても健全なカップルっぽい会話が、どんな紆余曲折を経てこんな状況を生み出したというのだろうか。おかしい。そんな馬鹿な。ついでのようで実は重大なことをいうと、僕はすっぽんぽん、つまり全裸で椅子に縛り付けられていたりするんだけど、まあそれはいい。いや、よくはないけど、さしあたっては瑣末な問題に過ぎない。 待て。 待て待て待て待て待て待て。 果たして本当にそうだろうか? あの会話に、どこか不自然な点はなかっただろうか。 素っ裸でなおかつ椅子に縛り付けられ、変態丸出しなことも忘れ考えに耽っていると、僕は唐突に、小毬さんの発言の一部がさりげなく、しかし明らかにおかしいことに気づいた。 ――じゃあ私は、理樹君でケーキ作る準備をしてるね 僕で? 僕でケーキを作る? それ、なんだかちょっとおかしくないですか皆さん。 ああ、落ち着け僕、妖精さんに話しかけてどうする。 理樹君でケーキを作るって、まさか僕の手をとって二人仲良く作業するとか? あ、それ楽しそうだな。 ――理樹君、ちょっと手を貸してね。次はこうして、こうして〜 ――あ、あの、小毬さん? ――ん? なあに? ――そ、その、胸が当たってるんだけど ――ふぇ? あああぁあ、ご、ごめん〜 なんてお決まりの、テンプレみたいな王道路線。 だがそれがいいんだ。 王道には王道たる理由があるのだ。 圧倒的多数によって長年支持され続けてきたからこそ『王道』なのだ。 ベタと言われようが、ありきたりと言われようが、だからなんだっていうんだろう。 少なくとも裸で椅子に縛られて放置なんて変態道一直線な今の状況よりかはよほどいいはずだ。 「お待たせ〜」 状況に似つかわしくない、のほほんとしたこの声の主は、間違いない、この春からめでたく僕の恋人と相成った小毬さんだ。彼女はまるでデートの待ち合わせに二分ほど遅れたときにぺろっと舌を出して謝るときのような軽い口調で、上下丸出し素っ裸な変態へと話しかけてきた。もちろんその変態とは僕のことに他ならない。 「ごめんねぇ。ちょっと手間取っちゃった」 「いや、ていうか、いったい何が始まるんだろう?」 なかば確信めいたものはあったけれど、あえてそう尋ねる。 「何って……おしおきっ☆」 「……ですよね」 ――とても楽しそうな声が返ってきた。 *** 「こ、小毬さん、やっぱりまだ怒ってる?」 「んーん。怒ってないよ」 生クリーム絞り袋の先に取り付けられた金属片の冷たい感触が、首筋から鎖骨に沿って流れていく。触れるか触れないかギリギリなラインでの微妙なタッチで加えられていくその刺激に、情けなくも呻き声が抑えられない。 実は舌先で舐められるのは経験済みだったが、そのとき感じた暖かな艶かしさとはまるで正反対だ。押し付けられた金属の無機質な、冷え切った感触に、小毬さんの静かな怒りを感じた。 「いや、でも、その、」 「しゃべったらめーっ」 ぴしゃりと言い切られ、口を閉ざす。 辺りは静寂に包まれ、小毬さんの静かな呼吸すらもはっきりと聞こえる。彼女の手の中のクリーム絞り袋の先は、一呼吸ごとにゆっくりと目的地へと導かれていく。乳輪の付近までたどり着くと、先ほどまでの微妙なタッチから一転、肌を軽く引っかく程度に力が加えられていった。かりかり、と音が聞こえそうな触感に、微かな痛痒を感じる。 「……っ」 「んー? 理樹君、どうしたのかな?」 実は全部わかってるけど、あえて相手に答えさせる。その質問の主目的は相手の羞恥心を刺激することであり、それがわかっていた僕は小毬さんの質問を無視して刺激に耐えていた。半ばあきらめて受け入れることにしたとはいえ、こんなアブノーマルなプレイを素直に楽しめるほど経験豊富ではない。そんな僕の態度が気に入らなかったのか、彼女は袋の先を使って、乳輪の外周に沿って円運動を始める。 「こしこし、こしこし〜」 「……く……ふ……」 声を上げまいと気を張るのは実は逆効果で、それは『自分は感じています』と声を大にして発言しているのと大差はない。案の定小毬さんは僕の反応に満足気なため息を漏らすと、そのまま描いていた円の中心へと這わせていく。螺旋状に形の整えられたデコレーション用の金属口に、刺激を受け肥大化していた僕の乳首が吸い込まれて、ぴったりとはまってしまった。 まるでこの為に作られたかのようにジャストフィットしたその口金に、僕の乳首は捩られ、あるいは引っ張られ、蹂躙されていく。クリームの形を整えるために誂られた螺旋構造の内部が、逐一乳首を擦り上げる。やや強すぎるその刺激に、快感よりかは痛みが先んじていたので抗議の声を上げると、リズミカルに口金を操っていた小毬さんの手がぴたりと動きを止めた。 「……ぁ?」 「ぬ、抜けなくなっちゃった……」 「ええええええええ!?」 目隠しをされていたのでよくわからないが、たしかに先ほどからぎっちりと詰まったような窮屈さを乳首の先に感じていた。それは小毬さんがそういう風に攻め立てていたからだと思っていたけど、どうもそうではないらしい。視界が閉ざされ、不安な気持ちが増大していた僕の耳に、あんまり焦っていないようなのんびりとした声が滑り込む。 「うん、見なかったことにしよう。おっけー?」 「こ、困るよっ!?」 冗談じゃない。 これから先、右の乳首にクリーム袋垂れ下げながら生活しろというのだろうか? それはなんていうか痛そうというか、乳首千切れちゃう気がする。 少なくともあまり洒落にはならないと思う。 お仕置きといえども、これはちょっと、いや、かなりきつい。 「な、なんとか取れないの?」 「無理やりとろうとすると千切れちゃいそうだし……そうだ! このままクリーム出してみましょ〜」 えぇーと突っ込むよりも先に、人肌よりはやや冷たく、金属よりは暖かな、言ってみれば生暖かな感触が僕の乳首を襲ってきた。圧迫され、硬直していた乳首がその柔らかな感触でほぐされていくような錯覚めいた快感に、思わず声が漏れる。耳に届いたその声は、およそ自分の出した声とは思えないような艶っぽさを帯びており、僕は自らの痴態に顔から火が出る思いだった。 「……ん、は、……っ」 「理樹君、なんだか声がすごいえっちだよ……あ、ヨダレが」 突如、口元に熱い吐息を感じたかと思うと、ちゅるちゅうっと音を立てて小毬さんが僕の口元から垂れていたヨダレを舐めとっていく。焼けた石でも押し当てられたかのような熱さを感じて仰け反ると、彼女の舌先はそのまま勢い留まらず僕の下唇をなぞり、口内へと侵入してきた。 「ん、ちゅ、んん、ぷはぁ」 口内に流し込まれた液体が喉を焼きながら胃の中を満たしていく。蜜を一滴飲み干すごとに、着実に『僕』が高まっていくのを感じる。 「んー、はむはむ」 濃厚な舌の絡み合いが終わり、一息ついたのもつかの間。 今度は体を傾けたかと思うと、耳たぶに噛み付いてきた。 「うわぁ……」 熱い吐息が耳元にかかる。思わず体がぶるっと震え、しまったと思ったがもうすでに遅い。 小毬さんは2,3度僕の耳たぶに噛み付いた後、味わうかのようにそれを口に含んで舐りだした。 「んちゅ、んぅ、れろれろ〜」 舌をふんだんに使って耳をいじられていくうちに、いつしか僕の下半身は、彼女を欲するように激しく屹立していた。 この舌で、僕のペニスをいじってほしい。 この淫らな口に、竿の部分をしごいてもらいたい。 根元から亀頭に向けて舌を走らせ、カリの部分を一周。裏筋を通って鈴口へ。それから中へ侵入せんと丹念にスジを責め立てて欲しい。 ぴたりと寄せられた熱い体からは、煮詰めた甘いシロップのような、濃厚な女の匂い。 耳たぶを甘噛みする口元からは、行為に夢中になっている女の喘ぎ声。 視覚が遮られたことで聴覚や嗅覚がその機能を一時的に拡張したのか、彼女の『女』の部分がやけにはっきりと伝わってくる。 ……それは必然的に僕の下劣な妄想を掻き立て、精神を蹂躙し、体を蝕んでいく。 今僕は、境界線の狭間で揺れ惑っていた。 明らかにアブノーマルなプレイのはずなのに、不思議と普段彼女としているえっちよりも断然、僕は興奮を覚えていたのだ。 それは彼女も同様らしく、いつもの恥じらいはどこへやら、積極的に行為に及ぼうとしている。 ……これでいいのだろうか? 本当に、このまま流れに身を任せてしまってもいいのだろうか? 僕らはこれまで極めて健全なお付き合いをしてきたつもりだし(普通にえっちはしていたけど)、これからもそうするつもりだった。 どこでどう間違って、ここにたどり着いたのか? 疑問に思わないでもなかったが、今となってはどうでもいいことだった。 このままでいいのかいけないのか、それが重要なのだから。 "Tobe,ornottobe?" ……よくない →欲望とはこの世でもっとも率直で、素直で、わかりやすく、愚直で、尊く、真摯で、ようするに純粋な願いなのである 突如、視界が開けた。数十分ぶりに見た陽の光は、しかし今の僕の目にはずっと長い間ご無沙汰であったかのように眩しく感じる。何が起こったのかを理解するのにさほど時間はかからず、目を覆っていた布がはずされたということにはすぐに気が付いた。暗闇に慣れていたところに唐突かつ膨大な光量が浴びせられたため、数秒はまともに目を開いていられなかったけれど、すぐに瞳孔が光量にあわせて縮小していき、真っ白だった景色が現実色に染まっていく。 目隠しを外されて最初に目に映ったのは、開け放たれた窓から吹き込む涼風と、それに靡く緑色のカーテン。ぱたぱたと揺れるそれを目で追うように顔をスライドさせていくと、小悪魔的な悪戯っぽい笑顔を浮かべた小毬さんが、『チョコレートソース』というラベルが貼られたビンを手に、しゃがみこもうとしていた。 「こ、小毬さん? ま、まさかとは思うけど……」 「えへへ〜」 問いには答えず、小毬さんはそのまま僕の下腹部あたりを正面に跪くと、やおら手にもったチョコレートソースを絞り出すように力を込めた。 赤く腫れ上がった灼熱の棒に、褐色のどろりとした液体がかけられていく。よく冷えたその感触に、ぞくりと背筋が震える。身動きの取れない体を精一杯そらすと、椅子がぎしりと抗議の悲鳴を上げた。 「いただきます〜」 あーんと口を開けて、小毬さんが僕のアレへと顔を近づける。ふわっと風を感じたかと思うと、一転、ざらざらとした舌苔が僕のモノ先を包み込んだ。 「はぁむ、ちゅ、ちゅぱ……んふぅ、あまくて、おいひい〜、ん、んちゅ」 ソースを万遍なくまぶされ、もはやチョコ棒と化した僕自身を、まるで駄菓子を頬張る子供のようにしゃぶりつくそうとする小毬さん。しかしその実、いつものあどけなさはどこか奥へと引っ込み、やや焦点のずれた目で淫らに男の欲棒を銜え込んでいる。そのギャップにあてられたのか、屹立しきっていたかに思えた僕のソレがさらに膨張し彼女の口内を蹂躙せんと暴走し始めた。 「んぐっ!? ん、理樹君、ひつもより、おっひく、あむ、ちゅる、なってる、ちゅぱ」 「うあっ……ん……くぅ」 精一杯噛み殺そうとしたけれど、押し寄せる快感の波に開いた口が塞がらず、そこから空気が漏れ出すように喘いでしまう。上目遣いで僕の反応を窺っていた小毬さんは、それを見てさらに僕を責め立てようと竿の部分を口で丹念にしごき始めた。 「んっ、ふっ、んっ、んっ、ちゅる、ちゅ、んっ、んっ」 「……っ」 奉仕というよりは、文字通り喰らい尽くす勢いだ。根元まで銜え込んだかと思えば、舌で舐めあげながら唇で竿をしごきつつ引いていく。抜けそうになったところでまた銜え込み、今度は口内粘膜で亀頭を擦りあげてくる。その刺激は、まるで性器に挿入したかのような錯覚を引き起こすほどだった。彼女の口元から垂れる、唾液とチョコソースが入り混じった茶褐色の液体がやけに淫靡に映る。それはぽたりと床に落ち、カーペットに染みを作ったが、今はそんなことはどうでもよかった。 「ちゅぴ、ちゅぱ、んぅ〜、れろれろ〜」 「こ、こまりさ、ん、で、でそう、だ、よ……」 裏筋を舐め上げられ、一気に下腹部に意識が集中する。視界はちかちかと明滅し、頭の中はまっしろだった。吐き出すことにのみ特化した体は、自然と腰を上げ射精準備に入る。それを即座に察知した小毬さんは、 「だ〜めっ☆」 爆発寸前だった僕のペニスを根元から引っつかみ、ぎゅ〜っと強く握り締めた。今まさに尿道を駆け上がろうとしていた精液は、そこで抑えつけられ、噴火前の火山のようにぐつぐつと、根元で燃え滾るだけだった。 「うあっ!?」 どくんどくん、と脈打つように肉棒が跳ね上がる。しかし、本来飛び出すべき白濁液は押さえ込まれ、亀頭がはじけ飛びそうなほどに膨らむだけだった。二、三度上下に跳ねた後、じわりと鈴口から少量の液体が流れるのを感じる。しかし、射精後の開放感には遠く及ばず、むしろ圧迫されたことでますます劣情が跳ね上がっていくだけだった。 「だめだよ、理樹君。これはおしおきなんだから、理樹君が気持ちよくなったりしたら、だ〜めっ」 「そ、そんな、うあ、はぁ」 赤黒く腫れ上がったペニスが悲鳴を上げ、脂汗が額に滲みあがる。霞む視界の先に、蠱惑的な眼差しで僕を見つめる小毬さんの顔があった。彼女は手に持った『メープルシロップ』のビンからラッピングリボンを外し、それをそそり立つ僕のペニスの根元にくるくると巻きつけ始めた。 「よいしょ、よいしょ。……うん、これで、おっけー」 3回ほど丁寧に巻きつけると、ぎゅっと最後に締め上げてから蝶結びにあつらえる。にこーっと微笑みながらおっけーサインを出す小毬さんを、しかし僕は非常に嫌な予感を感じつつ眺めていた。 *** 「あっ、んっ、ぐ、あ、はあ、はあ、うあああああ!?」 「んんっ!? ちゅ、んぅ……ふふっ、理樹君、涙がちょちょぎれてる〜」 もはや何度目となるのか。 快感の最高潮、けれど尿道を駆け上がり鈴口を震わせるものはなく、肉棒は空撃ちを繰り返し、その分だけ鈍い痛みがずしりと重くペニスにのしかかる。すでにピークは超えているというのに、弾けることが出来ず、ペニスの膨張が収まらない。尿道を押さえつけるリボンが張り裂けそうにぎちぎちと悲鳴を上げていた。 後ろ手に縛り付けられ、目尻に浮かぶ涙も拭えず、快感を吐き出すことすらも許されずに、ただ蹂躙されるだけの、僕。 だというのに、股間を燃え上がらせる欲情の炎は醒める事を知らず、むしろ特殊すぎるこの状況こそがまさしく僕にとってもっともふさわしい舞台なのだといわんばかりに感度が高まっていく。 あごが疲れたのか、フェラチオから手コキへと作戦変更したらしい小毬さんが、はちみつをローション変わりに両手でしごき始める。滑りを良くするためのものとは違い、べたべたと粘りつくだけであまり上手にはいかないらしく、小毬さんはちょっと苦戦していた。両手で竿を包み込み、ゆっくりと確実に上下させていく動きは、普段の僕だったら物足りなかったかもしれない。しかし、血液を塞き止められ、熱と感度の限界値を超えつつある今の僕のペニスにとってはちょうどいいくらいだ。ほんの少し触れられただけでも腰が浮き、すぐにも達しそうになる。しかしながら、それは今の僕には許されていない。 「んっ、くっ!?」 吐き出せない苦しみは、激痛となって体の中でのた打ち回る。少しの間とはいえ血の循環を阻害されたペニスは、もはや赤黒さから青黒さへと変色しつつあり、傍目からみても危険指数が高そうだ。脂汗がだらだらと体に浮き出るのを感じた。 「んー、じゃあそろそろ、ほどいてあげるね〜」 さすがに限界と見てとったのか、小毬さんは僕の情動を根元から抑え付けていたリボンをしゅるしゅるっと解き始めた。蝶結びを解かれると、開放されたペニスが一気に跳ね上がる。そのまま、溜まりに溜まっていた白濁液が小毬さんの顔面へと容赦なく襲い掛かり、てらてらと妖艶に光っていた瞳を、頬を、唇を汚していく。 「わぷぷっ!? ん、熱い、ちゅ、ん」 いまだかつて体験したことのないほどの量の精液を吐き出す。それは止まることを知らず、どくんどくんと脈動しながら放出されていった。水鉄砲のように勢いよく、ぴゅっと飛び出た一塊の精液が、小毬さんの鼻筋へとかかり、ずり落ちて口元へと垂れていく。彼女はそれをぺろりと舌で舐めとると、 「ちゅぷ、ん、あまくて、おいひい〜」 と味わうように、こくりと嚥下する。それから彼女は、熱に浮かされ、ぽーっとしたおぼつかない表情で僕を見上げるとにこっと微笑み、そばにおいてあったティッシュ箱から何枚か抜き取り、顔を拭った。それをゴミ箱へ放ると、すっと立ち上がってスカートのホックをはずし始めた。彼女の一挙手一投足に目を奪われ、僕はただ彼女の動作を見守ることしかできなかった。 スッっと衣擦れの音が聞こえる。続いてぱさっと床に布物が落ちる音が聞こえ、視線の先、フリルのついたかわいらしい、ピンク色の下着が目に飛び込んでくる。初めて屋上で出会ったときのような、動物柄の子供っぽいパンツとは違う、年頃の少女らしいシンプルな下着。よく見れば恥丘のを覆う部分にはすでにシミができており、彼女のほうの準備が整っていることは誰の目にも明らかだった。 「んしょ、んしょっと」 彼女はやや覚束ない足取りで僕の傍へとやってくると、そのまま馬乗りになるように僕の太ももへと乗っかってきた。服の上からでもよくわかるほど張り詰めた胸の膨らみが眼前に差し迫り、吸い寄せられるように双丘を見つめてしまう。形のよいその膨らみにすぐにでも手を伸ばしたい衝動に駆られたが、あいにくと後ろ手に縛られた今の僕にはそれも叶わない。太ももに感じるしっとりと湿り気を帯びた下腹部の感触が、僕の葛藤をさらに増幅させていく。そんな僕をじらすつもりなのか、小毬さんは上に乗ったまま特に何もせず僕の様子を窺っている。気のせいか、少し楽しんでいるようにも見えた。 「こ、こまり、さん……」 「んー? 理樹君、どうしたのかなぁ? なんだか声が切なげだよ?」 「ほ、ほんと、あやまるから、もう、ゆるしてくれないかな……」 「……ほんとに反省してる?」 ジト目で返され、やっぱり怒ってたんじゃないかと思ったが、口に出したらなんだかとんでもないことになりそうなので黙っておく。代わりに僕の口をついて出た言葉は、平謝りのそれだった。 「し、してるってば」 「ほんとのほんとに?」 「ほんとのほんと」 「ほんとのほんとのほんとに?」 「僕が小毬さんに嘘をついたことがある?」 「……そういえば、理樹君、時々私に意地悪することはあるけど、嘘はつかないかも」 「そ、そんなに意地悪してる覚えはないんだけど……」 「ん、それじゃあ、解いてあげるね〜」 僕の弱々しい抗議は無視されたが、まあ拘束も解かれたことだし特に気にしないことにした。僕のことを気遣ってか、やや緩めに縛ってくれていたので特に痕にはなっていない。 解放された手を握ったり開いたりして久々の自由を満喫すると、そっと目の前の少女の頬へと添えた。 「んっ……」 そのまま顔を寄せ、口づけを交わす。 彼女の口元にかすかに残っていたチョコレートやはちみつのせいか、それはとても甘いもので。 変態ちっくな性行為の後とは思えないほどで。 かすかに赤く染まった小毬さんを見て、胸がきゅっと締め付けられた。 「小毬さん、その……」 「……うん、いいよ」 最後まで口にせずとも、お互い求めることはただひとつだった。小毬さんはこくりと頷くと、挿入しやすいように腰を浮かせ、よろけないように僕の首へと腕を回す。胸板に押し付けられた彼女の柔らかな乳房に手を添えると、僕はそれを軽く揉みながらペニスを秘唇へとあてがう。そこはもうすでに十分すぎるほど分泌液で濡れており、やけどしそうなほど熱かった。先端で入り口を何度か擦りあげると、上に乗っかっている小毬さんの体が大きくびくんと跳ね上がる。 「んんっ!? あ、ん、あ、ああっ!? んちゅ、ん、んっ」 舌をやさしく絡めとり、じっくりと味わいつつ腰を突き上げていく。ずずずっとスムーズに入っていくそれと同調するように彼女も腰を下げていき、やがて僕らはぴったりと一つに繋がる。すでに何度となく繰り返してきた行為。いつもならここでしばらく動きを止め、キスや乳首への愛撫などを行うのだが、今日の僕にはそんな余裕はなかった。しびれるほどの刺激を絶え間なく与え続けている彼女の膣内が、それを許してくれないのだ。襞の一つ一つが肉棒へとぎっちりと絡みつき、かすかな身じろぎだけでも射精するには十分に思えるほどの快感を与えてくれる。 「んちゅ、ん、りきくん、なんか、きょうのわたし、んあ、ああん、ちょっと、ん、へん、かも、ん」 彼女のほうもいつもより興奮しているせいか、感度が高まっているらしい。それを悟った僕は、ならば遠慮はいるまいと一気に腰を突き上げていく。 「やっ、んんっ、ま、まって、だんめっ、んくぅ!?」 ましゅまろのように柔らかな双乳を、形が変わるほど強く握りながらピストン運動を繰り返す。一際高く小毬さんが叫んだとき、もしかして痛かったかな、と少し不安になったが、すぐに杞憂であったことを悟る。 「あ、あ、ああ、ん、は、あ、あ、ああっ」 快感のためか開きっぱなしになった小毬さんの口元から、ぽたぽたと唾液が胸元へと落ちてくる。目は歓喜に染まり、いつの間にか彼女自らが角度を変えつつ腰を使って僕を攻め立てているほどだった。普段見ることのできない小毬さんの痴態を、むしろ喜ばしく思い、僕も負けじと応戦する。 「あ、やっ、なんか、んっ、あたまが、くふぅ、おかしく、や、なちゃいそう、ああ、あ、あ、ああああっ!?」 何度目かの応酬の後、斜めに突き上げた僕のモノ先が彼女のGスポットを捉えたのか、小毬さんが悲鳴に近い喘ぎ声を上げながらがくがくと体を揺らし僕の体へと崩れ落ちていく。膣内が一気に収縮し、少しでも油断するとすぐにでも果ててしまいそうになる。慌てて肩をつかんで抱きとめると、彼女は重たげに顔を上げて僕の目を見、恥ずかしげに呟いた。 「私、多分今、い、イっちゃった……かも」 「そ、そっか。あれが、女の子がイくってことなんだ……」 恋人になって、肌を重ねるようになって随分経つけれど、小毬さんが今みたいな反応をするのは初めてのことだった。今までにも気持ちよさそうな様子を見せてくれることは何度もあったんだけど……あれは絶頂とは程遠い感覚だったのかもしれない。実際、小毬さんは初めての感覚に戸惑いを隠せない様子で、荒く息をついており、なんとか呼吸を整えようと悪戦苦闘していた。艶を帯びたその瞳が、恍惚とした表情が、先ほどの感覚の至上さを物語っており、僕はなんだか嬉しくなってくる。僕の行為で小毬さんがイってくれた。それが純粋に嬉しい。 「……理樹君は、まだなんだよね?」 「え? あ、うん。そうだけど……でも、大丈夫なの?」 男の僕には女の子の絶頂の感覚なんてよくわからないけど、少なくとも僕自身の経験上では、達した後のあの気だるさからしてこれ以上続けられるとは思えない。 「ん、私なら大丈夫。理樹君こそ……さっきから股間が、その、すごいことになってるし」 「あ、あははは」 確かに、ここで『私もうダメ〜』とかダウンされても困る。ぎちぎちに屹立した肉竿は、しばしの休息を挟んでも衰えることを知らず、むしろ焦らされていることでよりいっそうびくびくと脈打つようになっていた。それが結合部を通して伝わってしまったのか、小毬さんはなんだかどういったらいいのかわからない様子で、繋がった部分を恐る恐る窺っていた。 「小毬さんさえよければ、このまま続けてもいいかな?」 「うん、理樹君にも気持ちよくなってもらいたいし……ひゃうんっ!?」 無事了承を得られたところで、動きを再開する。恥液に満ちた小毬さんの膣内は、先ほどイったためかますます勃起したペニスに絡みつき、このまま銜え込んだまま離してくれなさそうなほど締め付けてくる。亀頭を子宮に叩きつけるとその衝撃にあたまがしびれ、入り口まで引き抜くと、肉棒が襞に擦れて電気ショックでも受けたように全身が硬直する。その甘美な時間をいつまでも味わいたくて、僕はにじみ出そうな精液を必死にこらえてピストンを繰り返す。 「あ、ぐ、はあ、ああ、ぐ、んぅ」 「んや、あ、ん、は、んん、んん、んはぁあああっ」 口から漏れ出す喘ぎ声を止めようともせず、僕らはただお互いを貪り尽くすように求めた。夕暮れの紅の差し込む室内には、体がぶつかり合う激しい音と、恥液が掻き混ざり合う淫靡な音と、僕らの喘ぎ声とで、まるでオーケストラが奏でるシンフォニーのようなメロディーが響き渡っていた。一瞬、隣室の住人に聞こえていやしないだろうかと不安になったが、それも今更かとすぐに思い直し、行為に集中する。先ほど探り当てた小毬さんのスポットを重点的に攻めると、すぐに一際高くあまい声が聞こえてきた。 「やあん、そこ、だめ、ああ、だめ、くふう、へんに、なるぅう、ああんっ!」 「ぐあ、あ、うあ、はあ」 締め付けのあまりもぎれてしまうのではないかと思うほどの収縮を感じ、我慢の限界が来たことを悟る。僕は小毬さんの腰をがっしりと掴むと、フィニッシュに向け動きを加速していった。 「うう、あ、こまり、さんっ! もう、そろそろ、出るよっ!!」 「んぅ、くふ、ん、うん、あ、いいよ、わたしも、なんだか、また、イっ、あ、ああ、ああ、あああああああぁぁぁぁ!!」 びゅく、びゅく、びゅく、と鈴口から子宮へと叩きつけるように精液が放出されていく。暴発した白濁液が膣内で逆流し、淫らな音を立てて僕のおへそのあたりまで飛び散ってくる。僕と小毬さんとが混ざり合った愛液は、触れればやけどしかねないほどの熱量を持っており、下半身が熱に侵されていく。 視界が地震でも起きたかのようにぶれ、視点はゆらゆらと定まらない中、小毬さんが背筋をぴんと張って仰け反り、ぴくぴくと痙攣しているのが目に映り、ああ、お互い同時に達したんだなということがかろうじて理解できた。やがてふらっと前のめりに倒れてきた小毬さんの体をなんとか抱きとめると、そのまま僕らは重なりあい、もつれあって椅子から転げ落ち、急激に襲い掛かってきたまどろみにしばし身をゆだねるのだった。 *** 激しいセックスを終え、交代でシャワーを浴びた後で、『今日は泊まっていくね〜』と明るく宣言した小毬さんの要望にしたがって、夕食をともにし、その後(本物の)バースディケーキを食べた。小毬さんお手製のそれは、お菓子作りが得意な彼女らしくものすごく細部まで凝っており、店で買うのと変わりないどころか、勝るとも劣らずの出来栄えだった。もちろん味のほうもお墨つきで、僕は改めて彼女の優秀さを思い知り、こんな娘が恋人だなんて恵まれてるなぁとしみじみと実感した。照れくさくて口には出せなかったけれど。 彼女のほうもすっかりご機嫌で、鼻歌交じりに終始ご満悦の様子だった。甘いものを口にしたときの小毬さんは本当に幸せそうで、見ているこっちまで幸せになってくる。僕らは昼間の喧嘩なんてなかったようににこにこ笑い合い、素敵な夜をすごした。ケーキを食べた後は、お互いなんとはなしに身を寄せ合い、ぽつぽつとお互いのことや、昨日久々に再会した高校時代の友人たちのことなどを口にした。話題は尽きることなく、気がつけば日付も変わっており、深夜と呼べる時間になっていたので、そろそろ寝ようかと寝巻きに着替えて床に就くことにした。 「理樹君と一緒に寝る〜」 という素敵な申し出を僕が断るはずもなく、狭い布団の中、抱きしめあうような格好で横になる。眠いはずなのに不思議と目は冴え、思考はどこまでもクリアだった。朝の電車の出来事、昼間小毬さんに無視されてたこと、それから夕方の……。 ちらりと横を見ると、小毬さんのほうも眠れない様子で僕をじっと見つめていたらしい。何か用なのと声をかけると、んーんと微笑んで首を振るだけ。唇を寄せて軽いキスを交わすと、僕は夕食のときからずっといいたかった言葉を口にした。 「小毬さんって、結構えっちだったんだね……」 「ふぇ? あ、あれは違うよ〜。その、だって、半分以上は理樹君のせいだし……」 「いや、でも、まさか人を縛りつけた上、Sっ気丸出しで攻めてくるとは夢にも思わなかったし」 「うぅ〜、あれは仕返しのつもりで〜、でも途中から私も乗り気になっちゃったけど……」 「やっぱりえっちなんじゃないか」 「ち、違うってばもう〜。理樹君の意地悪っ」 「あはは、ごめんごめん。でもさ、今日の小毬さんの顔、すごくえっちで、その、また見たいなぁなんて思ったり……」 「ほわぁ……すごく恥ずかしいよ……でも、理樹君になら、その、いいかなぁ……」 よっしゃ! と思わず心の中でガッツポーズなんかしたりする僕。 ……最低だなぁと自分でも思う。 「でも、理樹君だから、だよ? 他の人になんて、絶対見せられないもん。だからもう、あんなことはしないでね?」」 「うん、わかったわかった」 「……ほんとかなぁ?」 「ほんとほんと」 「……理樹君、あやしい」 「あやしくないあやしくない」 「うう、なんか納得いかないような……ま、いっか。それじゃあ私、もう寝るね」 「うん、おやすみ」 「おやすみなしゃい〜ふわぁ〜」 最後にもう一度キスをすると、小毬さんは目を瞑ってそのまますぐに寝息を立て始めた。すーすーと穏やかな呼吸音を繰り返す彼女の吐息を子守唄に、僕も目を閉じることにする。 ――さて 思った以上に疲れていたのか、すぐに津波のように眠気が押し寄せてくる。サーファーのようにうまくその波に乗っかると、後はもう落ちていくだけだった。 ――次は、チョコバナナなんて舐めさせてみるのも、いいかもしれないな なんてことを考えたりは、していない。 決して。 <了> あとがき 「だめだ……このSS……早くボツにしないと……」 ↑執筆中ずっと思ってました。いや、なんていうか18禁なんてノリで書くものじゃねーなぁと思います。みんなが清純派なら、ぼくは変態道一直線だーなんて書き始めたのはいいものの、一字一句にものすごく精神を削られました。喘ぎ声とかきついですね、まじで。冷静に考えるとボイスなしで喘ぎ声入れてもあんまり意味ないじゃんとか思ったりしましたが、考えたら負けかなのノリで自重はしませんでしたぜ。よかったのか悪かったのか、それはぼくにはわからない。 相変わらず展開が強引なのは作者の力量不足だとして、エロこまりんとかもう少し自重すべきだったのかなとか思ってたりします。かといって書き直す体力なんてからきしありませんでしたが。こまりんファンの皆様、不快に思ってしまったとしたらすみません。お楽しみいただけた方が少しでいてくれればなぁと、それだけを切に願っています。 なお、テキストがエロゲ風なのは仕様です。他に書き方を知らないもので――この作品、俺の初エロSSなんだぜ――文章だけで表現するにはエロゲ風ってあまり向いてないなぁとつくづく思いました。まあこまりんボイスが脳内で再生可能な人はあまり気にならないでしょうということで、不満だった人はがんばって脳をダメな方向へ鍛えてくださいね! え? 作品そのものがダメだったって? それは……もう……どうしようも……orz 多分ぼくが18禁SSを書く事は、この先ないでしょう。これが初であり、また同時に最後でもあるというわけであります。果たして楽しめた 最後に、こんなSSでも掲載してくださった心優しい神海編集長様に、多大なる感謝を。 それではこの辺にて失礼させていただきます。感想とかこっそりくださったりするととても喜びますー。 ということで、NELUOさんから頂きましたいちはちきん。これが初書きとかマジ信じられない。 冒頭でいきなりアクセル全開、最早理樹君の所業は鬼畜を通り越して犯罪的ですらありますが、甘かった。ちゅっぱちゃぷすの部分はまだ序の口だった。本領発揮は後半ですよ。何というエロこまりん。SMが綺麗に分かれてて「これはいいかっぷるですね」と言っていいのかどうかもわかりません。いや理樹君は自業自得だけれど。というか縛られたら辛いよぅ。思わずこの話を読んだ世の男性諸君は股間を押さえてしまったんじゃないでしょうか。 しかして素晴らしいのはネタだけでなく、文章もしっかりエロさを際立たせております。大丈夫、自虐せずとも充分過ぎるほど完成度高いです。むしろ私の方が……何か、落ち込む……orz ともあれ、理樹君でケーキ作りとか考えられるNELUOさんは天才だな、と。才能溢れ過ぎですっ。 大変良きものをありがとうございました。ごちそうさまです。お読みになった皆さんはよろしければ下のWeb拍手、あるいはNELUOさんのサイトで感想を。メールだといい感じに機密性があって両者共に恥ずかしくないかもしれないしそうじゃないかも。 ……次回、もしよければいつか書いてみてくださいね? 何かあったらどーぞ。 |