16.プラティナ日誌そのさん


『今日も戦闘の数は少なく済みました。目に見えてウイルスが減ってますね。
 その具体的な理由まではわかりませんが、いいことだとは思っています』

そんな書き出しで始まった、今日の分の日誌。
筆記者はフォリア。名字はない、ただのフォリアだ。

シュレリアはエレミアの騎士全名及び彼らのパートナーの顔と名前の全てを一致させている。
日誌や普段の些細な会話、仕草の観察などである程度の人となりも理解しているので、違和感にはすぐに気づく。
故に、数日前からフォリアと……パートナーであるエシウスの雰囲気ががらりと変わったのを見抜いていた。

特別誰かを贔屓したり気に掛けてるわけではないのだが、二人の境遇に関してはシュレリアも心を痛めていた。
比較的早くに両親を亡くし、騎士の仕事で稼ぎ食い繋いできたエシウス。
過去、リディウス家の養子になることを拒み、人付き合いが苦手な彼をずっと気遣い続けてきたフォリア。
その強固な絆を、羨ましいと思った日もあった。それほどに二人は家族として寄り添っていた。
しかし、互いの相手に対する認識、まあぶっちゃければ向ける気持ちの種類が違っていたのだ。

……鈍感な人を好きになって苦労する、フォリアさんの心境がよく理解できましたからね。

そういう人間を振り向かせるのは本当に難しい。
もしかしたら、一生女性としては見られないのではないかと不憫に思ったりもしたのだが。
恥ずかしくも幸せそうな彼女と、無口ながらそっと手など握る彼を見て、収まるべきところに収まったと納得したのだった。

日誌はいつもの、丁寧かつ要領良く重要な事柄を記した巡回内容の報告を終え、私情の部分に入る。
女性らしい、とは言えないぴっちりとした筆跡で、

『これまで何度か相談に乗っていただきましたが、それについて、解決したことをお知らせします。
 私は……その、リディウス家に引き取られ、育てられ、本当でないながらも家族の愛に触れられました。
 正直、本当の家族にならないか、と言われた時、心が揺れました。嬉しかったんです。
 ……あの時フォリア・リディウスになっていたら、今の私はここにいないでしょう。
 幼い頃から一緒にいて、私はエシウスを護りたい、と思うようになっていました。
 でも、家族として過ごしてきた私には、その気持ちが親愛か愛情か、判別できなかったんです。
 ただ……きっと、心のどこかでは、もうわかっていたんでしょう。
 血の繋がりがない、そんな引け目と、迷惑を掛けているという罪悪感から自分は養子の申し出を断ったと思っていました。
 ですが、それは違っていて。私は、家族としてではなく、愛したかった。愛されたかった。
 彼は家族以上の存在だったんです。二人で過ごして、自然に、そう心の整理がつきました。
 ―――― 私は弱い女でした。彼の姉であることに安らぎを感じていました。
 もしこの気持ちが届かなかったら。叶わなかったら。そんな未来が、怖かった。
 姉ですらいられなくなることを恐れて、踏み出せず、長い時間が掛かりました。
 ……きっかけは、恥ずかしながら、些細なことです。それに関しては今度話します。
 でもそのきっかけのおかげで、私は踏み出す勇気を持つことができました。
 彼は、不器用です。不器用で、その上弱いです。騎士としての実力はあっても、人としてはまだ未熟でしょう。
 それは私も同じ。だから二人でこれからは、頑張っていこうと思います。
 色々と心配をお掛けしてすみません。そして、ありがとうございました。
 シュレリア様も、ライナーさんと幸せになれるといいですね。
 ……今だから言いますが、正直いちゃつく二人に嫉妬したりもしました。羨ましい、って。
 同時に、シュレリア様は私の理想でもあったんです。あなたのようになりたいと、思っていました。
 ―――― 今日、エシウスと私はダイブ屋に行くつもりです。初めて、です。
 先日インストールも済ませました。痛いけど、幸せでした。もっと早くしてもらえばよかったと考えたりもしました。
 いつか……養子としてでなく、フォリア・リディウスになる日が来たら、必ず式には呼ばせていただきますね。

 私は、自分の生まれに後悔していません。むしろ、誇らしく思います。
 エシウスと共にいられることを、何よりも嬉しく思います』

ぱたんと日誌を閉じる。
よほど舞い上がっていたのでしょうね、とシュレリアは嘆息した。
普段の冷静な彼女なら、まずこんなことは記さないだろう。
日誌は公共物。何人もの騎士達が目を通す冊子だ。そんなものにここまでプライベートなことを書くとは、彼女らしくもない。
らしくない、のだが、

「幸せが、伝わってくるようですね」

少し悩み、シュレリアは日誌を新しくすることにした。
これは飲み物を零して駄目にしてしまったとでも言おう。不名誉な響きだが、まあ構わない。

「……頑張りましたね、フォリアさん」

なら、負けないように自分も幸せでいようと、まだページの残った日誌を胸に抱きしめた。


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15.Was yea ra chs mea yor en fwal


どうにか脱衣所を離れ、もうシャワーの音も聞こえないことに安堵を覚え、エシウスは溜め息を吐く。
頭を振って雑念を払おうとするが、払ったそばからまた湧いてくるためどうしようもなかった。

落ち着け、と深呼吸。
鍛錬の時と同じ要領で、精神を静め整える。
風のない、凪の世界。目を閉じ、闇の中に自分を置いて、思考を無に。

……落ち着いたか。

三十秒ほどを掛け、そう自己分析したエシウスはいつも通りでいようと構える。
そもそもそんな考えをしている時点でいつも通りではないのだが、何となく意識し過ぎるのもまずいと結論づけて。
遠くで微かにドアの動く音を耳にし、しばらくしてひたひたと近づいてくる彼女にどんな言葉を掛けようか悩み、

―――― 現れたフォリアの姿を見て、今度こそ彼は完全に固まった。

脱衣所に、服はあったはずだ。
そして、着替える時間も十二分にあったはずだ。
なのに何故、何故彼女は―――― バスタオル一枚だけの格好でいるのか。
予想し得ぬ展開に悩みも何も全て彼方へ吹き飛び絶句する彼の下へと、彼女はゆっくり寄っていく。
頬は赤く湯に浸かっていた所為か上気しており、肌も僅かに湯気を立て薄桃色に染まっている。
バスタオルが隠せるのは胸の下半分から腰、太腿に続く境目辺りまでで、他はどこも外気に晒されたまま。
大きくはないが決して小さくもない胸は、バスタオルによって寄せられ谷間を作り。
タオルの筒から伸び出た細い足も、艶やかな肌を見せつけるようだった。

そして何より、羞恥の色を湛えながらも、それ以上の決意を秘めた表情。
熱の篭もった吐息が、潤んだ瞳が、普段の彼女からは考えられない色気を醸し出している。

「……エス」

両親を除けば、彼女だけが、彼をその名で呼ぶ。
二人きりの時にしか言わない、幼い頃に付けられた愛称。
右手の指が、バスタオルの、左腰骨より少しだけ臍に近い部分に作られた継ぎ目を掴んだ。

一瞬の躊躇。しかし、止めない。
そろり、そろりとめくられる。肌を隠す覆いが取り払われる。
右腕の腹で股下にあるタオルの端を、左手で胸元を押さえながら、局所的に晒されたそこには、

「見て」

楕円状に描かれた、紋様があった。白い肌の上に、目立つ黒の線。
エシウスはそれを知っていた。エレミアの騎士となった人間が、知らないはずはない。

インストールポイント。どんなレーヴァテイルにも必ず存在するものだ。
場所には個体差があり、身体のどこかに紋様が描かれている。形も一致しない。
ただ、共通しているのは、それがインストールと呼ばれる行為に必要なものであることと、 本来彼女達が見せようとしない、本能的に隠そうとしている身体の一部であること。
原理はよくわからないが、インストールは時に対象となるレーヴァテイルの体調を崩すらしい。
場合によっては命にも関わる。インストールとはそういうもので、即ちインストールポイントを見せるのは命を捧げることにも近い。

それを、フォリアは自分に見せている。
タオルを掴む手を震わせながらも、顔をさらに赤くしながらも。

「……これが、私のインストールポイントよ。臍の左にあるの」
「………………」
「エスになら、見せてもいいと思った。エスになら……」

右の手首を掴まれる。彼女の左手で。
抑えを失ったバスタオルが、ぱさりと床に落ちた。
そのまま、自らの裸身に少しも構わず、エシウスの手を引きつけ、インストールポイントに触れさせる。

「触って。感じて。私のここは、どうなってる?」
「…………温かいな」
「ええ。私も、エスの手を、温かく感じるわ」

……あなたになら、私の命を預けてもいい。
心から、フォリアはそう思う。本当に、本当に心から。

「……リア。俺は――――
「言わなくても、いいわよ。エスがその名で呼んでくれたから、私は十分」

自分が姉であろうと誓った頃、彼女は他人がいる時には、彼をエシウスとフルネームで呼ぶようになった。
彼を弟として見ると誓った頃、彼はそれまで使っていた愛称でフォリアを呼ばなくなった。

エシウスにとって、フォリアは家族だったのだ。
姉でもない、妹でもない、ただ、大切にするべき、護るべき家族。
なのにリアと呼ばなくなったのは、ずっと昔、彼女が好きだったから。
自分より弱くて、でも自分より強い、彼女のことが、好きだったから。

家族であると決めた時、昔の己は、彼女をリアと呼ぶ己は捨てた。捨てたはずだった。
でも、今、自分は何と言っただろうか。彼女を、何と呼んだだろうか。

―――― 捨てたなんて、どうしようもない嘘だ。

わかってる。エシウス・リディウスは、不器用で、口下手で、面白い話のひとつもできない馬鹿な男だ。
そんな自分の隣に、いつもフォリアはいてくれた。そして、彼女は勇気を振り絞り、大事なところを見せてくれている。
羞恥に震える手が、艶やかな癖のある灰色の髪が、手首を掴む指先が、触れる肌のぬくもりが、何もかもが、愛しい。
だから、だから――――

「…………エス?」

そっと、彼女の左手を解き。
バスタオルを拾い上げ、掴ませ、それから、

「んっ!?」

抱きしめた。
壊れないよう、優しく。不器用なりに、想いを込めて。
一瞬抵抗を感じたがそのうち余計な力も抜け、体重が預けられる。
淫靡な雰囲気は欠片もない。ただ、互いの熱を、鼓動を、言葉に出来ぬ感情を伝えるだけの行為。

背に腕が回される。
エシウスのそれよりも繊細な、フォリアのタオルを持った左腕が。
抱き合う姿勢で、空いていた右腕は彼の首に掛かり、引き寄せるように顔を下げさせ、耳元にその瑞々しい唇を近づける。

「私は、あなたの全てを受け入れるから。……ね?」



寂しくないと言えば嘘になる。
母は病で息を引き取り、父は騎士の仕事で殉職。
気づけば、家族はフォリアだけだった。フォリアだけが、エシウスのよすがだった。

だが、思う。
多くのものを失って、残ったものを護ろうと必死になった。
そんな、情けない、みっともない自分だけれど、本当に大切な唯一は、護れたのかもしれない。
ならば選ぶ道はひとつ。これからも、ずっと、彼女を護ろう。護り続けていこう。

夜は長い。
初めて、二人は両親がいない境遇に感謝した。


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14.ミュールの日常


自分が特別早く起きているのかどうか、アヤタネにはよくわからないのだが、しかし我が母は間違いなく寝過ぎだろうと思う。
何しろベッドから出てくるのは昼頃だ。稀に、極端に早い日もあるとはいえ、普段は気が済むまでぐっすり睡眠。
おかげで朝食を作る手間の半分が省ける。いや、自分は食べなくてもいいので場合によっては全部だけれど。

「……ん、おはよう、アヤタネ」
「いつものことながらもう朝じゃないですよ。昼食、要ります?」
「ええ。お願い」

寝起きが悪いわけではないので、挨拶や返事にもちゃんと芯が通っている。
昼食の要求もいつものこと、一応聞きはしたが既に作り終わっていた。
それを淡々と食べるミュール。箸を止めておいしいともまずいとも言わない。
アヤタネはそんな母の姿を眺めているだけで満足だった。何を口にせずとも、確かに嫌がらず食べてくれているのだから。

少食な分、胃に入る量も少ない。
ライナーと比べたら四割くらいだな、と絶対に成長しない母の身体に名状し難い感情を抱き、食器を片づける。
かしゃかしゃと水場でアヤタネがスポンジを握り皿を磨いている間、ミュールは自室に戻りその日の予定を決めるのである。

基本的に彼女は気まぐれで、散歩に出かけたかと思えば、何となく部屋でごろごろするだけだったりする。
隣、シュレリア(とライナー)宅に(前置きなく)踏み込み、ライナーにグラスメルクを教わったりシュレリアをからかったりもする。
大聖堂などでレアードやエレミアの騎士達の仕事を見学することもあれば、 唐突にふらっと塔内まで赴き、バイナリ野にアクセス、保存された様々なデータを参照、調査、あるいは新たに作成することだってある。

特に最近彼女がしているのは、仮想世界の製作。
少し前、ちょこっとシュレリア達が遊んでいたところを適当にいじったのだが、何故か妙に好評だった。
そのため実はかなり(表情に出さず)気分を良くしたミュールは色々と試行錯誤しつつ話のネタを考えていた。

「元があると楽だけど、一から考えるのも楽しいのよね……」

詩に近いのかもしれない。聴かせるか見せるかの違いだ。
何だかんだで、シュレリアやライナーが自分の作った仮想世界で遊ぶ姿を見るのは面白かった。
また作ってやろう、という気になれる。次はもっと、もっと面白くしてやる、と。
踊らされてる気もしないでもなかったが、それはそれで、嫌ではないと思う自分がいた。

……信じられない変わり様ね。

本当に、クレセントクロニクルの下で眠っていた頃は、こんな日を迎えるとは全く想像もしていなかった。
自らを虐げた人間に対する憎しみすらも覆い包む、世界の穏やかさ。
狭い、有限の居場所ながらも、ここで生きている者がいる。懸命に、必死に、そして幸福に。

―――― 少しだけなら。
自分も、そこで過ごしてもいいと、そう思った。

「……ま、今日はこんなものね」

途中で保存し、自宅へと帰る。
帰る。帰るのだ。彼女には、帰るべき場所があるのだ。

居を構え、穏やかな表情も時折見せるようになった己が母の帰宅を、アヤタネは優しい眼差しで迎えるのだった。

……余談だが。
外に出ない日、ミュールはおよそ五割の確率で、服を着ずに過ごしている。
息子と同居しているのに隠さないところを見ると、よほど窮屈なのには耐性がないのかもしれない。


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13.大切ということの意味


言うまでもないのだが、エシウス・リディウスは歴とした男性である。
無表情で無愛想、自身を鍛えること以外興味がないように見え、 実際ほとんどの男と比べれば枯れていると表現されても全くおかしくはない性格で、そもそも彼に近づく女性が皆無だった。
それはある意味当然で、いつも、エシウスの隣にはフォリアがいたからだ。
騎士としてのパートナー、だけならまだ(面立ちは凛々しいので)寄る女性もいただろうが、 一つ屋根の下で住んでいるとなると話は違う。事情を知らないものならば、 どうしたって姉弟、あるいは兄妹には見えない二人が同棲していると思っても仕方ない。

しかし周知の通り、エシウスとフォリアはいわゆる家族の間柄だ。
養子にこそ入っていないものの、十数年を共に過ごした二人は血の繋がりがなくとも家族であることに変わりはない。

閑話休題。話を戻そう。
エシウスは確かに一般的な男性と比べ女性関連の物事には興味が薄い。
だが、彼とて―― 敢えて下卑な言い方をするのなら―― 不能ではないのだ。
羞恥の感情もある。当然、女性のあられもない姿を目にすれば表情には出難いがかなり動揺する。

……ここでひとつ、考えてほしい。
例えば、家族、母親の裸に、息子は特別な感情を抱くだろうか。
姉や妹でも同じだ。普通なら、決して劣情を催したりはしない。しないはずだ。なら、

―――― なら、自分はどうしてこんなにも心乱しているのか。

率直に言って、エシウスは激しく慌てていた。
全身全霊で横を向き目を逸らしたが、瞼を下ろしても、その裏に灼きついた光景が消えない。離れない。
額にじわりと浮いた、冷や汗と呼ばれるものが頬を伝い足下に落ちる。

迂闊にもシャンプーを切らしてしまい、動けなかった彼女に渡しに行った、のだった。
積まれた着替えには目もくれず、風呂場のドアをノック、持ってきた旨を告げる。
ガラス越しの影がドアを内側から引き、僅かな隙間を通って伸びた手が何かを探るように彷徨う。
そこでちゃんと渡せれば問題なし。無言でエシウスは去るつもりだったのに、偶然の重なりがそれを許さなかった。

ひとつでもタイミングがズレていたら、そうはならなかっただろう。
風呂椅子に座る彼女がいたのは、ギリギリでドアの開きを阻害しない位置。
腰を下ろしシャワーで髪を濡らし、腕一本分の隙間なら外からは死角になる場所で新品のシャンプーを受け取ろうとしていた。
迂回するように伸ばした手の所為で、頭もドアの側に捻る形。
届かず少し肩を押し込み、その拍子か垂れ下がった髪の、まだ濡れていなかった一房が鼻に触れ、刺激をし、

「っくしゅんっ!」

思わずくしゃみを一度。それで済めば良かったが、頭の位置が悪かった。
勢いで前に動いた額がドアに衝突、強打。腕を挟む。
反動でのけぞり、伸ばしていた右手も引っ込めて、ぶつけた額と挟んだ二の腕を押さえてさする。
またドアも、彼女の腕を挟み跳ね返り、頭突きの衝撃を運動エネルギーに費やした結果、

「………………え?」
「…………あ」

エシウスとフォリアを隔てる壁が、なくなった。

「………………」
「っ!」

絶句する彼女から物凄く焦った表情で目を逸らし、しかし彼女の方にあるドアノブを取るわけにもいかず動けないエシウス。
現状を一応頭では理解しているが意思が付いてこないというか思考が真っ白になって硬直したフォリア。
無言の時間は五秒に及び、そこまで経ってようやく彼女は、ぎぎぎ、と油の切れた機械のような動きでドアを閉めた。
再び二人は断絶される。互いに、自分の世界へと没頭する。

微かに聞こえてくるシャワーの音と、微動だにしないガラス向こうの影をぼんやり見つめながら、エシウスは戸惑った。
何故か、さっきから心臓が五月蝿くて仕方ない。考えも纏まらない。

……白い肌だったな、と思う。
……艶のある髪だったな、と思う。
……胸は幾分小さかったな、と思う。
……そして、自分はどうしてしまったのか、と思う。

彼女自身が公言している通り、フォリアは姉のような存在だ。
もうほとんど覚えていないのだが、幼い頃は一緒に風呂も入っていた。
共に過ごした時間は長く、家族と呼べる間柄だと自分でも認めている。それが誇らしくすらある。
なのに、胸の妙な高鳴りを抑えられない自分がよくわからない。わからない、のだ。

黒い姿を扉越しに確認して、必死に跳ねる心臓を落ち着けまいとフォリアはひたすらシャワーを浴びていた。
無意識のうちに、そっと自分で肩を抱く。それから、胸に手を置く。

……見られたことを、恥ずかしい、と思った。
……できるなら時間を巻き戻したい、と思った。
……風呂を出たらどう接しようかしら、と思った。
……でも、少しだけ嬉しかった、と本音ではそう思った。

数瞬前、彼は珍しく表情に出るくらい驚き、慌て、目を逸らしたのだ。
家族だというのなら、ただの姉だというのなら、あんな態度は取らない。
意識してくれた。自分の一糸纏わぬ姿を見て、彼は確かに、意識してくれた。
羞恥の感情以上に、喜びを覚えている自分はおかしいだろうか。ああ、それでも、

「嬉しいんだもの。どうしようもなく」

家族であるという間柄は、ひとつのしがらみにも成り得るとフォリアは知っていた。
大切なのはどちらも同じ。しかし、『大切』の種類が違う。価値が違う。意味が違う。

―――― 踏み出そう。恐れずに、迷わずに。

それが望ましくない選択肢だとしても、後悔をするのだとしても、今は立ち止まらずに。
頷き、フォリアは普段の五割増な丁寧さで、ゆっくりと髪を洗い始めた。


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12.いつかそんな日も来る


「……先にばくばく箸付けておいてから言うのも何だけど、アヤタネのご飯はおいしいわね」
「それはどうも」
「当然よ。私の自慢の息子だもの」
「その容姿でよく言うわ……」

呟く間にも、ひょいひょいとおかずを摘まむ手は止まらない。
皿に取り、口へと運んでいく。咀嚼し、飲み込んでからまたひとつ。
和食が中心の食卓、どちらかと言えば洋食に傾倒しているシュレリアとはまた違った味わい。

……そういえば、昔ライナーが思わず「俺のために味噌汁を作ってくれ」って言ったらしいけど。

正直それを聞いた時には何血迷ったことを口走ったんだこの超鈍感、と思ったが、なるほど今ならよくわかる。
お椀を持ち、口元まで近づけ、ずず、と一口。程良い塩の加減と味噌の風味が絶妙で、端的に表現するならすごくおいしい。
これならさぞかし食事時は楽しみなんだろうなと対話主を羨みながら、ミシャは味噌汁のお椀をテーブルに置いた。

すっかり和んで夕飯を一緒にしているが、元々彼女はミュールと話をしに来たのである。
ライナーを焚きつけ、あとは何をしたものかと考え、一度じっくり腰を据えて向き合いたいと思ったのがかつての敵。
率直に言って、ミュールのことはほとんど何も知らない。シュレリアから過去の話を聞いたが、それだけだ。
実際会ったのもクレセントクロニクルでの戦いの時のみで、会話らしい会話は全くしていない。

ミシャには、彼女をよく理解もせずに封じ続けてきた、という負い目に近い感情があった。
確かに、自分も星詠の使命としてしか見ていなかったし、自由を奪われてきたことに憤ってもいた。
だが、それでもクロニクルキーで彼女は長い間縛られていたのだ。どんなに言葉で取り繕っても、その事実は消えない。
知っていたなら何かができたとも思わないけれど、何もできなかったわけではないだろう。
少なくとも、ミュールの境遇と心情を慮り、受け止めたからこそ、ハーモニウスを謳えたのだから。

一方ミュールも、シュレリアからミシャの過去を聞き、彼女に対する認識を改めていた。
星詠は憎い。かなり憎い。恨んですらいる。束縛された時間は、相当に長かった。ただ眠るのは苦痛以外の何物でもなかった。
意思を得、反乱の道を選んだ彼女の根源は、憎悪の感情だ。自らを道具として扱った人間への、狂おしいほどの負の感情。
それは今も失われたわけではない。昏い色の炎は、まだ心の奥底で燃えている。
しかし、親と子の罪が同じではないことを知った。過去に押し付けられたしがらみの中で、新たな道を作る人間もいると知った。
人は全て、ひとつに括れるものか。否、人の意思も様々で、自分に優しさを与える者もいたのだ。確かに、いるのだ。
日々の尊さを、世界の広大さを、人々の営みを知った彼女は、ミシャの苦しさを多少なりとも理解することができた。

詩によって互いの心を伝え合った二人。
何よりも強い想いを込めたもので己を語った彼女達ならば、歩み寄れないことはないだろう。

「……こうしてると、敵対してたのが嘘みたいね」
「奇遇ね。私も今、あなたと同じことを考えていたわ」
「そ。ミュール、私あなたとは仲良くなれる気がするの」
「別に馴れ合うつもりはないけれど……ま、時々つまらない話になら付き合ってあげる。今日みたいに」
「はい、食べ終わったらデザートでも。母さんのために甘さは控えめにしておいたよ」
「あ、ありがとアヤタネ。うわおいしそう」
「料理しなくていいから楽ね」

何だかんだで気が合いそうな二人だった。
あと、アヤタネは完全に主夫と化していた。


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11.プラティナ日誌そのに


手を掛け、開き、そして彼女はぴしりと固まった。
エレミアの騎士の統括を務めて幾百年、様々な人達の日誌を見てきたのだが、

……何ですかこれは。

ページに書かれている文字には、前回、前々回、どれだけ過去を遡っても同じものがない。
つまり、それは初めて日誌を書いた誰かの筆跡であり、ついでに言えばシュレリアには嫌ってほどに見覚えがあった。

『今日はシュレリアが不在だって聞いたからライナーに付いていってみたわ。
 あ、勿論許可は取ってあるわよ。不在者からは無言の了解を。
 しっかし、あなた達のやってた巡回ってこんな地味な仕事なのね。虱潰しに見回って、面倒ったらありゃしないわ。
 そりゃウイルスは導力プラグによく集まるから特定はできるだろうけど、他に出ない理由もないし。
 些細な確率のために人数割いて、使われる側も大変ね本当。
 だいたいあの辺りのなんてライナー一人で十分じゃない。レーヴァテイル要らずで瞬殺してたわよ。
 私が謳う暇もない。まぁ、困っても謳うつもりはなかったけど。
 ああ、そういえば詩魔法はしばらく謳ってないわね。いい加減使わないと勘も鈍るわ。今度戦闘にかこつけて試射しようかしら。
 それはともかく、最近のウイルスはまるでなってないと思わない?
 ファイアウォールの突破も遅いし、データ解析速度も牛歩、何よりプログラムの組み方が甘過ぎる。
 偶発性の天然物なんてその程度ね。私の作成した物に比べれば天と地ほどの差よ。
 ……うずうずしてくるわ。でもウイルスは作るとライナーもアヤタネも怒るから、仮想世界でも作ってようかしらね。
 私だって、その……あまり被害は、出したくないし。……別にあなた達のためじゃないわよ。寝覚めが悪くなるから、それだけ。
 アヤタネが頻繁に目を通してるけど、バグはなくならないから巡回は続ける必要あるんじゃない?
 難儀なことよね。でもそれが私達に課せられた、塔に縋る者達の宿命だと思うわ。ま、精々頑張りなさい』

―――― 頭が痛くなってきました。

管理者が本当に頭痛を覚えるはずはないのだが、精神的な問題でシュレリアは周囲に響くような溜め息を吐く。
いつの間にそんなことをしていたのかとか、
ライナーはひとことも言ってなかったとか、
偉そうに何故批判されなければならないんですかとか、
貴方のウイルス批評はこれっぽっちも聞いてませんとか、
そもそもどうしてここまで言われてるんでしょうかとか。
疑問は激しく尽きないが、正直胃の辺りが気のせいかむかむかしてきたが、 とりあえず最後まで読もうと自分がミュールに教えた文字を目で追い、 終点に行き着いたところで彼女は残りの処理も何もかも放り出して飛び出した。

長々と書かれた、巡回の記録になっているのかどうかも怪しい文字列。
その最後には、

『どうでもいいけど職務中なのにあなた達はよくもまああんないちゃついてられるわね。
 昨日も―――― ああ、止めとくわ。とてもじゃないけど私からは言えない』

古人曰く、五十歩百歩。どんぐりの背比べ。
そして、昨日も何だったんだ。


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10.今の自分にできること


数日後。
自身の定時巡回が終了してから、エシウスは大聖堂でレアードの手伝いをしていたライナーを引き止めた。
同じく仕事を終えたフォリアは怪訝に思ったが、彼は真面目な表情だったので何も言わない。
気づき振り返ったライナーは、レアードに離れる旨を伝え、フォリアも一緒に話しやすい場所へと案内される。

「で、俺に何か用が?」
「…………はい。頼みたいことがあって、来ました」
「ああ、無理難題じゃなければ引き受けたいけど、聞いてから判断する。言ってみてくれ」
「実践訓練の、相手を……お願いしたいんです」
「俺と?」

頷いたエシウスの顔はどこか緊張していて、いつもの冷静さが少し欠けているようにフォリアは感じた。
それも仕方ないと思う。彼が上司であるライナーと剣を交えたいと考えるきっかけになった、先日の事件。
エシウスが倒すのに苦心したガーディアン達を文字通り一瞬で破壊したライナーと、訓練でとはいえ戦おうとしているのだから。
実力では叶わないと理解しているからこその表情。プライドだって、ないわけではない。負ければ悔しいはずなのだ。

「……それでも、強くなりたいのね」

憂いを帯びたフォリアの瞳は、訓練に相応しい場所へと移動を始めた二人を追いかけていた。
邪魔の入らない、武器を振り回すのに十分な広さを確保できる場所。
エシウスの先導で辿り着いたのは、リディウス家の庭。普段彼が鍛錬を行っている、ある意味では慣れた空間。
しかしそれは全くハンデにならないと、ライナー以外の二人は戦う前からわかっていた。
確信へと変わったのは向かい合った両者が己の獲物を握った時。
空気が張り詰め、息苦しくなるほどの緊張を観客であるはずのフォリアは強いられる。

……あれはちょっとした反則技みたいなものでさ。

道中、苦笑しながらライナーが語ったことを思い出す。
彼は(自分で言うのも何だけど、という前置き付きだが)優秀なメルクであり、装備のひとつひとつも自作物。
エレミアの騎士に支給されている鎧などとは桁の違うものばかりで、 また、パワードとして使用しているグラスノ結晶も、話だけ聞けば冗談にしか取れない高性能のものが大半だという。
だから、このままでは不公平に過ぎると。そう言った彼は、鎧を脱ぎ、昔使っていたらしい支給品の武器を持ってきた。

ライナー・バルセルトの武器は両刃剣、いわゆるバスタードソードだ。
刃を当ててすっと引けば切れるような鋭さはなく、剣そのものの重量で押し潰すように、斬る。
当然振り回すにはかなりの膂力が必要とされ、また、一撃一撃の物理的な威力は高い。
受け切るには厳しく、そもそもエシウスの武器である刀では耐えられるかどうかも怪しい。
対するエシウスの刀は鋭さに重点を置き、振り抜く速度と併せて致命傷を与えるためのもの。
指が触れるだけでも血が滲むほどの鋭利さを得た代償に、刃の部分は薄く脆い。
相手の太刀を受け流すならまだしも、真正面からかち合えばまず先に折れてしまう。

そして今回、両者共、鞘に入れたままの状態で戦うことになっている。
ただの訓練なのだから当然だが、その場合、武器の特性を活かせないエシウスの方が不利と言えるだろう。

―――― だが、ひとつやふたつの不利を乗り越えられぬ程度では、到底彼には叶わない。
わかっている。自分はきっと、この勝負に勝てないだろうと。
それでも、エシウス・リディウスは決めたのだ。目指す目標として、辿り着くべき高みとして、彼を見ると、定めた。

「…………行きます」
「よし。いつでも来い」

……錯覚でなければ。
フォリアの目には、二人とも何故か……笑っているように、映った。

「っ!」

詰まるような呼気を合図に、エシウスの姿が掻き消える。
一秒にも満たぬ間でライナーの背後へ移動、架空の鞘から抜刀する心持ちで胴を狙う一撃を見舞う。
が、鈍い音を聞き、すぐにエシウスはその場を離脱した。先ほどまでいた空間を、袈裟の軌道で斬撃が通過する。

ライナーは背後に回られたことを的確に察知し、寸分の狂いなく受け止めた後、素早く剣を戻して斬りかかった。
言うだけなら簡単だが、実践するのはあまりにも難しい。それを難なくやってのけた彼を、やはり恐ろしい、とエシウスは思う。
思い、

……それでこそ、目標と決めた人だ!

速く。疾く速く。風よりも、音よりも速く。
戦いに於いて、重要な要素はいくつもある。その中でも、エシウスが求めたのは速度。
向かう速さ、避ける速さ、斬る速さ、戦う速さだ。相手よりも、何よりも先を行く、絶対的な動きだ。
それは常人なら視認もできぬ歩法になり、数え切れぬ手数になり、当たれば意識を刈り取る必殺の技になる。
無呼吸のうちに行われた居合いは三十に及び、手先、脛、脇腹、顎、側頭部、どれもが正確に致命的な位置へと導かれる。が、

無傷……!

同じ数、三十度響いた鋭い金属音は、その全てを防いだ証拠。
ただの一回も反撃せず、ライナーの剣はエシウスの三十手を余すことなく受け切った。
肺に詰まった息を吐き出すと同時、ほんの微かな、素人目には瞬きより短い時間だけ、エシウスに隙が生まれる。
ライナーはそれを逃さない。左中段に構えたバスタードソードを掬い上げるように、右上へと振り抜く。

「……は、っ!」

間一髪でバックステップ、回避される。
だが、そこまでは計算の内。この瞬間を、ライナーは待っていた。

「隙あり!」

たった一歩で離れた間合いを詰め、振り抜いて右肩まで上がっていた己の獲物を、渾身の力で打ち下ろす。
先ほどのものとは違う、腕の力だけでない、武器の重さを足した斬撃。
エシウスは刀で受け流そうとするが間に合わず、

「……勝負あった、かな?」
「………………参りました」

肩に当たるギリギリで、ライナーの手はぴたりと止められていた。
針のような雰囲気は弛緩し、武器を収めた互いはどちらからともなく握手をする。
その際、交わされた言葉は僅か。エシウスは「……また、お願いします」と言い、ライナーは「わかった」と言った。
投げ捨てた荷物を拾い上げ、軽い別れの挨拶と共に、ライナーは颯爽と去っていった。

「…………エス、大丈夫?」

複数の意味を込めた問い。
その答えには、一拍を要した。
一度目を閉じ、刀の柄を握り、己の未熟さを振り返りながら、

「強かった。……だが、いつか勝つ」
「……そう。貴方がそう言うなら、必ず叶うわ」

彼の表情に暗い色はない。負けて悔しくても、それ以上に得たものがあるから。
今まで、何かと気負ってきたように見えたけれど、余計な力が抜けたみたいだ、とフォリアは思った。

きっと、彼はどんどん強くなっていくだろう。
自分のために。そして――――

―――― 私のため、でもあるのかしら。

なら嬉しいと、そんな気持ちを胸の内に抱きながら、室内に戻る彼の背中を追いかけた。


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9.もう一度護るために


通常、塔のガーディアンは区画毎に、その施設に見合ったレベルのものが配置されている。
不穏な侵入者を排斥し、異物を排除し、塔のあらゆる場所を守護する存在。
配置されるそこが中枢に近ければ近いほど、もしくは重要であればあるほど、高い能力を持つ者が選ばれる。
例えばシルヴァプレート中心とSPU付近では、ガーディアンの質が違う。そういうことだ。

上述の通り、ガーディアンは塔を守護する存在である。
そして、護るべき対象を離れることはまず有り得ない。彼らが自分の領域を出ることはない。

―――― 正常ならば。

早朝と呼ぶにもまだ早い、どちらかと言えば夜明けに近い時刻。
リディウス宅にて就寝中のエシウスとフォリアを起こしたのは、酷く慌てた仲間の訪問だった。
さほど会話をしたこともない同僚の話を要約するならば、

「……緊急招集」

エレミアの騎士及びパートナーは、即刻プラティナ大聖堂に集合。
彼らを纏める立場にあるプラティナ総帥、レアード・バルセルトの指令だ。
その言葉に従い、二人は急ぎ準備を済ませて人気のない街中を走った。
大聖堂に集まったのは、全騎士のおよそ六割。連絡の取れない者達も一人や二人ではなく、現状はこの人数が限界だった。
最近はウイルスの出現個数も徐々に減少しており、下層との交流も盛んになってきたため、 数日、あるいは数週間単位でプラティナを離れる者が増えてきていた。今回は、それが裏目に出たということである。
仕方ない、と割り切り、レアードは大聖堂に詰め込んだ騎士達に召集の理由を告げた。

……発端は、定時巡回者のパートナーが慌てた様子で大聖堂に戻ってきたことだ。
彼女は自分のパートナーが重傷を負ったこと、そして、本来使徒の祭壇周辺にはいないはずの敵と接触した、と話した。
駐在していた騎士達は即座に状況を判断し、怪我人の救助と周辺封鎖を開始。
幸いにも重傷者は大事に至らず、無事に治療へと回される。しかし、問題は怪我を負わせた相手。
それが、プラズマベルを守護しているはずのガーディアンであることだった。

プラズマベル自体は機密事項扱いだが、ガーディアンの情報は塔に存在するものならば全て騎士達に行き渡っている。
敵数は不明、原因も不明。そも原因はひとつしかないだろうが、誰も口にはしなかった。
考えなければならないのは、塔内でも最上級の力を所持するガーディアンが、自分達に牙を剥くということ。
さらに、所用で騎士を統べるシュレリアが不在であり、援助が得られないことも彼らの不安を倍増させた。

不在前、シュレリアはレアードに対し、緊急時の統率はライナーに任せると言っていた。
レアードもそれで支障ないと判断、ライナーに今件を委任する。

大聖堂に集まった騎士達が散開、封鎖班と合流し接敵を開始したのは迅速とも言える速さだった。
その際、ライナーの指令はひとつ。決して個人行動を取らないこと。
ガーディアンの中には物理的な攻撃に耐性を持つ者が存在し、騎士だけでは倒せないからである。
前衛が詠唱中のレーヴァテイルを護り、後衛の彼女達が詩魔法を撃ち込む。
基本と言えるこの戦法が、今回は取るべきたったひとつの手段。

三組六人で一斑とし、各々が殲滅を行う。
エシウスとフォリアも例に漏れず、他の二組と共に塔内を奔走していた。
時に戦闘中の班に加わり補佐に回り、時に敵を誘き寄せ有利な状況で戦闘を始める。
刀で斬れる相手は全て、神速の抜刀でエシウスは斬り捨てた。斬って斬って、斬り続けた。

球形ガーディアンのレーザーが、同僚の足を撃ち抜く。動けなくなった味方をパートナーが背負い退却した。
航空系のミサイルが無防備な仲間の背を狙う。反応して防御姿勢を取ったが無傷とは行かず、動きが鈍る。
前衛二人がこれで戦闘から抜けた。班の中でまともに戦える組は、エシウスとフォリアだけ。
そして敵はまだ、数体残っている。簡単には逃げられない。
何かを言いたげなエシウスの意図を汲み、フォリアはミサイルの一撃を貰った騎士とそのパートナーに告げた。

「退がってください。私達が足止めします」
「しかし……!」
「大丈夫ですわ。だから、行って」
「…………ああ。恩に着る」
「無理はしないでくださいね……!」

感謝と心配の言葉を有り難いと思いながら、フォリアは謳う。
……自分はさして威力のある詩を謳えない。状況を打開するような力は持っていない。
故に、奏でるべきはエシウスのための詩。彼が求める速度の到達を叶える詩。

聞こえてきた彼女の凛とした声を背に受けて、エシウスは駆ける。
初歩から最速に。後ろの彼女に射線が通らないよう、敵の注意を引きつけ、向けられた銃口が火を噴くと同時に回避。
回避行動はそのまま攻撃への動作。武装のない背後から抜刀、納刀と共にそこまでで短い一息。
再びふっ、と吸気をした時には、一体が胴体を横一文字に斬られて爆発四散した。
止まらない。止まらずに、機械的に、繰り返す。回避の後攻撃、攻撃の後回避。
金属を斬る音と自分の呼吸音、彼女の歌声と爆発の多重奏。戦場に溢れる無数の音色。
傷つけはさせない、と思う。そのために強くなろうとした。強く在ろうと努力した。だから――――

「っ!」

これで最後、と振り抜いた刀には、何の抵抗もなかった。
敵の胴体を走った銀弧は致命傷を与えることなく素通りする。
液体金属で作られたその身体は、如何に鋭い一撃でも斬ることはできない。
エシウス・リディウスは致命的な場面で、判断を誤った。手が止まる。
それはほんの僅かな時間だったが、一秒の隙すらも許されぬ状況下では最悪の一瞬。

―― 零、と呼称される特殊機械型ガーディアン―― は詠唱中のフォリアへと高速で接近した。
自由自在に変化する右腕部が鋭利な刃物の形を取り、振り下ろされようとする。

脳裏に、過去の記憶が浮かんだ。
護れなかった自分。傷を負った彼女。繰り返される、過ち。
あの時彼女は、腕の痛みを抑えて、しょうがないわね、というような顔をしていた。
そして今……死を前にして、己の大事な家族は、フォリアは、微かに笑っていた。信じてる、というような顔で。

―――――――― っ!」

駆ける。速く、速く。もっと速く、何よりも速く。あらゆるものを凌駕する、最高の速度を。
果たしてその想いに答えた彼の足は、彼女の前に立つことを叶える。
珍しく心から驚いた表情を垣間見た気もしたが、今集中すべきは右手に掴む刀の柄。
練習はした。幾度もなくした。振り抜く刀に意思を込め、そして信じる。斬れる、必ず斬れると。
ふっ、と短く吐いた息が合図。迫り来る敵の一撃よりなお速く、

「はっ!!」

一閃。渾身の剣気を纏った居合いは、ガーディアンを一刀両断にした。
ずるり、と分かたれ落ちるその上半身の行方を見もせず、エシウスはフォリアの方へと振り向く。
口から漏れるのは、本当に小さな「よかった」という囁き。
そんな彼の背に、彼女はそっと手を回して、ぽんぽん、と叩いた。

「もう……世話の焼ける弟ね」
「…………弟じゃないだろう」
「大差ないわ」

苦笑するが、急に力が抜け、フォリアは膝をついた。

「あ、安心して、腰抜けちゃったみたい」
「……世話の焼ける」
「…………ごめんなさい」
「いや、構わない」

そう言い、エシウスはフォリアを背負う。
プラティナまで戻ろうと歩き出し、

「………………」
「簡単には、帰らせてもらえないみたいね」

新手が数体通路の向こうから近づいてきた。
対する二人は、自力で立てないレーヴァテイルと満身創痍の騎士。
それでも、もう刀を握るのが辛いほど消耗していても、ここを通すわけにはいかなかった。
フォリアを降ろし、再び柄を握る。今度は詩魔法の補佐もない。
最悪死も覚悟しなければならない状況の中、構え、

「退がれ!」

突然聞こえた声に、エシウスはフォリアを再度背負いバックステップで離れた。
そして自分達と入れ替わるように影が横を抜ける。
白と黒のコントラスト。太身のバスタードソードを振りかぶる姿は、騎士達の誰もが知る者。

「あああああああああああああああっ!」

ライナー・バルセルト。
彼の剣から大気を斬り裂く風の衝撃波が無数に放たれ、瞬く間にガーディアン達を破壊していく。
五度の破砕音が消え、エシウスとフォリアの前に立ちはだかっていた敵は全て跡形もなくなった。

「二人とも、戻ってくれ。後ろの通路は安全だから、そっちを通って」

言うだけ言って颯爽と走り去っていく彼を見送り、二人は申し合わせたかのようなタイミングで、首を傾げた。


結局、最後は彼が一人で残っていた敵を殲滅したらしい。
そのあまりの馬鹿馬鹿しさにフォリアは溜め息を吐き、エシウスはひとつの決意をするのだがそれはまた別の話。
今回の事の顛末、つまり何が原因だったのかについては、所用を済ませ戻ってきたシュレリア達のお隣さんが語ってくれた。

「ほら、アヤタネに命じてプラズマベルに手入れたでしょ。あの時に、細工しておいたのよ」
「細工?」
「ウイルスに時限式のプログラムを仕込んで、指定した日に指定した場所を襲撃するようにしたの」
「………………」
「嫌がらせのつもりで準備したんだけど、すっかり忘れてたわ。あら、シュレリアったらそんな震えてどうしたの?」
「あ、貴方って人は―――――――――――― っ!」
「わーっ! シュレリア様、落ち着いてー!」


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8.踏み込めないその一歩


彼女は両親のことを何も知らない。捨て子だったからだ。
なので正確な齢もわからない。おおよそ二歳くらいの頃に、街の片隅に捨てられていたのを拾われた。

彼女にとって幸運だったのは、善良な性格をした人に拾われたことだろう。
それが当時一歳だったエシウスの両親であり、引き取られ丁寧に育てられることとなる。
二人の赤子を抱えたリディウスの家は、経済的にも労力的にも大変だったのだが、子供好きの両親は苦に思わなかった。
精一杯の愛情と、ささやかな家族のぬくもりを。時に厳しく、時に優しい義父母の元、彼女はすくすく成長していく。
捨て子というある意味でのハンデを背負いながらも、性格が捻じ曲がらなかったのは、育て親のおかげと言えるだろう。

フォリアという名前は、彼らが名づけたものではない。
彼女が持っていた唯一の、実親の手掛かりとも言える、赤子を包む毛布。
そこに小さく縫われていたのが『Foria』という綴りだった。

見なかったことにしてもよかった。教えなければ、本当の意味で彼女はリディウスの子になっていた。
だが、彼らは残されたものを大切にした。それこそが、残された実親の愛情なのだと理解したが故に。
捨てられたことに何らかの理由があるとすれば、愛情が消えたわけではないと、そう思ったから。
ならいつか、成長した彼女が「本当の両親に会いたい」と願うかもしれない。そんな、可能性の芽を摘みたくなかった。

結局、彼女はそんなことを一度も言い出さなかったのだが。
それはリディウスの家を自分の居場所とし、彼らを本当の家族と認めているからである。

十歳の時、捨て子であったことを教えられ、その上で、養子にならないかと勧められた。
素敵な申し出だったが、彼女は辞退する。負い目からではない。遠慮でもない。

―――― その頃既に、フォリアはエシウス・リディウスに淡い感情を抱いていた。

一つ違いである彼に対し、妙に姉ぶろうとしていたのも、本心を隠すためだった。
単純に世話の焼き甲斐があったのも確かだが、義理ながらも姉弟という立場に甘んじたのは、それが大義名分に為り得るから。
家族だから、姉だからそばにいてもいい。問題ない。彼女とて、決して強くはなかった。

今はそれが壁になっている。
想いは膨らむ一方で、些細なことにも過剰に反応してしまう自分が嫌になり始めてきていた。

どこが好きか、と聞かれれば、迷いなく『全て』と答えるだろう。
不器用で、でも優しくて、実は面倒臭がり屋で、強くなろうと足掻いていて、他人のことをちゃんと考えられる性格で。
けれど彼はどう思っているのか、想像すると苦しくて、知るのが怖くて。

変わってない。何もかも、彼は昔から変わってない。
だから、きっと、自分に対する気持ちも家族に向けるそれのまま。

彼がエレミアの騎士になったのは、単純に父親がそうだったからだ。
平和のために戦う父の姿を彼は誇りに思っていたし、憧れてもいた。
そして彼女は、危険な道を選ぶ彼を少しでも護れればいいと、パートナーに志願した。

結果―――― 彼を傷つけてしまった。
あの時、敵の一撃を避け切れず、怪我を負ってしまったのは彼女だ。
だが、そういうことではない。護れなかったという事実は、彼の心に傷をつけたのだと、彼女は知っている。

強さを求めて走る彼の背中を、遠いと思う。
届かない想い。変化を恐れるが故に、動けない。

養子になっていれば、ただのフォリアではなく、フォリア・リディウスになっていれば。
ただの姉弟でずっといられるのかもしれないと、そんなことを考えた。つまらない、絵空事だった。


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7.日常の交差、再会の約束


オリカ・ネストミールはカルル村の宿屋に店を構えるオルゴール屋の主人だ。
まだ経営を始めて間もないが、客受けはそこそこにいいらしい。
天然だが程良くとっつきやすい性格のおかげで、子供達やお年寄りの人気が特に高かった。

仕事の出来はというと、これまたひとことでは言い表し難い。
基本的には元ある曲、例えばスクワート村にあった童歌や古くより伝わる作者の名も知らぬ歌をオルゴールにしている。
またそれと別に、個人単位で頼まれてオリジナルの曲を作ることもある。
彼女とて詩の紡ぎ手、レーヴァテイル。依頼は内容次第だが断らず、自分なりの誠意を以って請け負っているとか。

村の人から外の人へ。外の人からその知り合いへ。
彼女の名はオルゴールの評判と共に少しずつ広まり、空港都市ネモ、エル・エレミア教会の総司、ラードルフの耳にも入った。
色々と忙しく最近全く動けなかった彼も、ようやく話が一段落し余裕を持てるようになった。
ネモとプラティナを結ぶ航路、テル族やエレミアの使徒達との交流、教会と天覇の技術提携などなど。
全てを叶えるのは難しいことだが、それをどうにかするのが自分の使命だと粉骨砕身していたのだった。

しかし、ふとした時に仲間のことを思い出す。
今どうしているのか。どこで頑張っているのか。立場上、なかなか出歩けないので近況を知るのも一苦労だ。
すると無性に会いたくなって、話をしたくなって、仲間の大切さを改めて感じる。
そこで耳にしたオリカの話、ラードルフは思い切って休暇を取り、部下に不在中のことを任せ、カルル村に向かったのである。
周りの人間は優秀だ。不安要素はひとつもない。だからこそ、落ち着いた今は休暇を取れる。
そろそろ下の育成も考えなければならないな、と仕事思考が抜けないラードルフは、懐かしみながら徒歩で行く。
かつて歩いた道。いつか走った道。こんなところにも思い出はある。

……懐かしめるのはいいことだな。

そうして気づけば、村に着いていた。
宿屋のドアを開ける。カウンター側を見ると人影はなく、不在か、と退出しかけ、

「………………♪」
「……鼻歌?」

近づいて見下ろす。
栗色の長い髪の少女が楽しそうにごそごそと何かをいじっていた。

「……オリカ。君はその、相変わらずだな」
「ん? お客様ですか? いらっしゃいませー」
「ちょ、ちょっと待った! まさか私のことを忘れたのか!?」
「え? ………………あー! ラードルフ総司! お久しぶりですね」
「何だその間は。それに今はもう司祭だ。だいたい君は教会に所属してないんだから司祭は要らないだろう」
「呼び慣れてたから……駄目ですか?」
「……まぁ、別に構わんよ。君がそう呼びたいなら総司でも」

そんなに影薄いか自分、と半ばマジ凹みをしつつ、カウンター奥を見回す。
どうやら作業場も兼ねているようで、用途不明の部品や作業用道具らしきものが散乱していた。
台の上にはいくつか完成品と思われるオルゴールが並べられてある。
眺めていると物欲しそうにでも見えたのか、

「あ、買います? 今ならお安く」
「いきなり商売を始めるな。いや、少し興味があってね。オリカ君の作ったオルゴールがどんなものか」
「じゃあ聴いてみます? えっと……これなんかぴったりかなぁ、と」
「ふむ。失礼するよ」

一度断り、目の前に置かれたオルゴールをそっと開ける。
形状は一般的なシリンダー・オルゴール。横の発条を回し、手を離すとシリンダーが回転し始めた。
弾く。金属の音。でも、それは不思議と柔らかく、耳心地良く、するりと頭に入ってくる音だ。
音は流れを作り、流れが曲と呼ばれる。ラードルフは知らずに目を閉じ、聴き入っていた。
どこかで聴いたことのある曲だ、と思い、少し考え、

「……ああ、そうか。教会の聖歌か」
「はい。他にもいくつかあるんですけど」

エル・エレミア伝承。教会の教え、その根本にある文書。
伝承に記された文の中には歌になったものも存在し、賛美歌などの形で知られている。
なるほど、そこはオリカの領分だろう。エレミア三謳神話を好んでいた彼女ならではの選曲かもしれない。

変わってないな、と思う。
それは、おそらくいいことだ。彼女は変わり、しかし変わっていない。
ならばきっと、他の皆もそうなのだろう。仲間を信じるというのは、こういうことなのだな、とも思った。

さらに二つほどの曲を聴かせてもらい、ラードルフは帰ることにした。
あまり長居をしても仕方ない。それにやることを全てやれば、またすぐに会える日も来るだろう。
そのためにはまず仕事をこなすことか、と苦笑し、別れを告げた。

「またな、オリカ君。次はこちらに来るといい。歓迎するよ」
「わかりました。ラードルフ総司……じゃなくて、えっと、ラードルフさんも、また」
「……総司で構わないと言ったのにな」

最後に囁き、笑みが漏れた。
この調子なら、他の皆と会うのも楽しみだと心を躍らせながら。

―――― 彼は知らない。
去っていく自分の背中を見送るオリカが、こんなことを考えていたのを。

……また老けたよね。二年後には髪が真っ白になってたりして。

本人の前で言わないだけ、彼女も進歩したのかもしれない。
変化とは総じて、目に見えないものである。


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6.分け合う荷物の重さ


……最近、また鍛錬の量が増えてきた。
今も庭で腕立て伏せなんて古典的な特訓をしているエシウスを見つめながら、フォリアは溜め息を吐く。
ちなみにその前は腹筋背筋共に千回と数えるのも馬鹿らしい数をこなしている。

強くなろうとしてるのはわかるが、それでは本末転倒だ。
彼はこのまま頑張り続けて過労でぶっ倒れたいのだろうか。

……体調とかまるで気にしないんだもの。

いつも眺めていればわかる。彼が全くそういうところに無頓着であることくらいは。
自分で気づかないうちに限界を振り切って、結果何日も寝込むエシウスの姿は容易に想像できた。
要するに、どこか抜けているのだ。他人には寡黙で冷静、隙のない人間として見られているかもしれないが。
実際は口下手で無趣味で欠落の多い、ぶっちゃけて言えば完璧とは程遠い人格の持ち主である。

世話が焼ける、と思う。でも、嬉しいのも確かだった。
フォリアは知っている。彼があそこまで懸命に自身を鍛える理由を。

今でこそエレミアの騎士の中でも上位に位置する実力を持っているが、昔、ほんの二年も前はそうではなかった。
彼より優れた騎士はたくさんいたし、自分も含めて新入りに見合った実力と評価され、実際その通りだったのだ。
ただ、彼は努力を怠らなかった。向上心があった。それが彼を高みへと連れていった。

武器を振るには体力が要る。
刀を扱うには基礎が要る。
そして戦いを行うには技術が要る。
騎士として要求された全てを、彼は見事に習得してみせた。
しかしそれは、ただ強くなることを望んだが故の結果ではない。

「………………」

右腕、肩の僅か下辺りをフォリアの手指が掴み、撫でるようになぞる。
『敵』に傷つけられることは何度もあった。でもそこだけは特別。もう痕も残っていないけれど。

初めて二人だけで巡回をした時、獣の爪で引き裂かれた箇所。
本来レーヴァテイルは前衛の後ろでひたすら詩魔法を唱える、言わば固定砲台の役割を持っている。
殲滅は彼女達に任せ、詠唱が終わるまでの護り手となるのが前衛として構える騎士の仕事だ。
相手を一人で片づけられる実力があるならいいのだが、基本的に前衛だけだと戦闘は多対一となる場合が大半。
複数を纏めて倒せるような騎士は、滅多にいない。だから彼らは後衛のレーヴァテイルを護る。
敵の脅威が自分を越えてはいけないのだ。だがあの時、エシウスは背後への通過を許してしまった。

一瞬のことだった。目前の一体を斬り捨て、振り返った彼の表情は今でも覚えている。
仏頂面の彼には珍しい―――― 少し泣きそうな顔だった。
飛び掛かってくる爪の一撃を左に回避したが間に合わず、二の腕を襲った灼けつくような痛み。
詠唱が途絶え、苦痛の呻きが漏れる。く、と息が詰まり、傷口から肘まで生温かい液体が流れる感触を味わった。
実行中の詩魔法を中断。体勢を立て直そうとする頃には、着地した相手に瞬速で接近した彼が最後の一匹を倒し終えていた。

すぐに治癒したので、大事には至らず傷も残らずに済んだ。
でも、それ以来ずっと彼は自分に傷を追わせた事実を悔やんでいて、ただひたすらに強く、強く在ろうとした。
もう護れないなんてことが二度とないように。同じ過ちを繰り返さないように。

……止められるはずがない。
だって、自分のために無理をしてくれているのだから。
彼のためを思えば諌めるべきなのに、頑張ってほしいと願うのは我が儘だろうか。

「……我が儘ね」

自嘲も程々に、フォリアはとりあえずの決断をする。
止められないならせめて、負担を軽くしよう、と。
何でも一人で背負い込む必要はない。楽になれるところでは、荷を分けて軽くすればいい。
腕立てをちょうど終えた彼の背中に声を掛け、

「エシウス」
「…………ん?」
「明日から、朝夕の走り込み、私も付き合うわ」

自分自身も鍛えれば、さらに痛みを得る確率は減るだろう。
護られるのも嬉しいが、ただ護られるだけでは嫌だと、そう思った。


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5.行く先はまだ見つからなくて


もう後ろを振り返っても、雲に霞んで何も見えない。
全天の空。眩暈がするくらい変わらぬ同じ景色。

どれほどの時間が経ったのか、それは計測器に目をやればわかることだったが、注視すればするほど嫌になってくる。
無機質過ぎて。この現実を改めて突きつけられているようで。
針が示す数値は小刻みに揺れ動きながら、けれど一定のラインを保ったまま。
安定してると言えば聞こえはいい。でもそれは、望むものがまだ遠いということだ。

「なぁ、まだ着かねえのか?」
「その台詞何度目? ボクはもう聞き飽きたんだけど」
「違いねえ」

背中越しに低い男の声が飛んでくる。
軽口を返し、重い溜め息を漏らして少し目を閉じた。

……飛空挺は確かに頑丈だ。エネルギー効率も良く、唄石の原理を利用して大気中の導力を変換し推進力に変えている。
しかし永久機関というには程遠く、一応導力源はまだ結構残っているがいつかは切れる。
それに、パーツには耐久限界が存在する。稼動させていれば劣化は避けられない。
しかるべき設備の下で定期的に整備をしなければ、いずれ動かなくなるだろう。

当てのない旅とは、そういうものだ。わかっている。わかっていた。
こんな時考えるのは決まってルークのことだった。勝手に先に行って、行方を眩ました馬鹿な男。
一人で夢を叶えたのか、それとも道半ばで潰えたのか。知らない。別に、もう知らなくてもいい。
ただ、かつて彼が抱いただろう衝動、感情が理解できないわけではなかった。
でなければ、今こうしてホルスの翼を離れてはいない。夢を追いかけては、いない。

旅はいつか終わる。どんな形にしろ。
探し物が見つかるか、飛空挺が動かなくなるか。どちらが先かは微妙なところだと思う。
いや、微妙というのは希望的観測だ。どう考えても、途中で墜落する可能性の方が高い。
クルシェ・エレンディアは技術者であるが故に、そのことを十二分に理解していた。

地図もない。目指すべき方角も示されていない。
それでも、探したいと思った。どこまで行けるのか、知りたかった。

自分だけでいいって言ったのに。
そしたら大馬鹿が一人付いてきた。
別に要らないって言ったけど、本当は少しだけ有り難かった。

彼女は聡明だったから、背後で悪態を吐く彼が、自分を気遣っていることに気づいていた。
軽口や冗談で気を紛らわせて、道化を演じたりして、重い雰囲気を掃ってくれていた。

……頼りになるんだよね。ほんのちょっとだけど。

旅立って数日。同行人はつまらなさそうに外の青空を眺めている。
その横顔に向けて、クルシェは声を掛けた。
操縦桿は握ってなくても構わない。オートパイロット機能に支障はない。

「ねぇ、ジャック」
「何だ?」
「明日は、見つかるかな」
「さあ。どうだかな。でも、そうだな……少しくらい祈ってみるか」
「祈って見つかるなら苦労はしないんだけど」
「やらないよりマシだろ。それに俺は"アルカ"だしな。御利益あるかもしれないぞ?」
「胡散臭い……」
「な、何だと!?」

テル族十二流派の一、アルカ。念願成就の能力。飛空挺の中でそんな話を聞いた。
彼はテルを抜けたが、それでもテル族だ。僅かばかりなら、期待してもいいのかもしれない。

「………………」
「いきなり黙ってどうしたんだよ」
「そこの馬鹿は祈らないの?」
「ばっ、馬鹿とは……あーもういいや。仕方ねえ、祈ってやるか。ちっさい姫様のために」

それ以上何も言わず、クルシェは雲平線の彼方に向かって願いを込めた。
微かに―――― 不覚にも赤く染まってしまった頬を隠す、誤魔化しの意を含めて。

箱舟は二人を乗せて空を翔けていく。
旅の終わりを目指して、どこかへ。


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4.目指す高みは遙か遠く


金属の滑る音が響く。しかしそれは一秒にも満たない時間。
目視では銀の軌跡にしか見えぬ、横一線の光が立てられた仮想敵の人型、その胴体を横切る。

「………………」

抜かれた刀は鞘に収められた。今となっては扱いに戸惑うこともなく、親指と人差し指の間の皮膚を傷つけることもない。
鍔が鞘の入口に当たり、冷たい音色を大気に行き渡らせるのと同時、目前の藁人形がずるりと上半身を床に落とす。
断面は綺麗に揃い、斬撃の鋭利さを示していた。

それは如何なる鍛錬の上に為せる業か。
しかし彼は、結果に満足していなかった。
まだ。まだ足りない。速さが足りない。鋭さが足りない。強さが足りない。
す、とゆったりした動作で刀を再び抜き、流水の如き滑らかさで地に落ちた藁の下へと鋼を通す。

「…………ふっ!」

気合を込めた呼吸。刃の側面に乗せた藁が一瞬で跳ね上がり、宙に浮く。
上昇を始めた時には既に収刀が終わっており、頂点に達し静止した藁を居合いで斜め左下から斬り上げる。
そこからは無呼吸の連続斬撃。収刀と抜刀を無数に繰り返し、細切れになるまで刻む。刻み続ける。

大道芸だ、と彼は思う。
こんなもの、実践では何の役にも立たない。
だが、鍛錬にはなるだろう。要求されるのはただ神速を以って相手を一刀の元に斬り伏せること。
それに必要なのは、居合いの速度だ。斬鉄すらも叶わせる、絶対的な速さと鋭さ、即ち強さ。
事実、彼の刀はガーディアンの硬い金属体ですら断てる。が、それだけだ。それだけなのだ。

居合いは基本的に『待ち』の技術である。
刀の先端が行き渡る円状の範囲、そこに足を踏み入れたあらゆるものを倒し近寄らせぬ一撃必殺の境地。
しかしただ待つのみでは、塔に巣食う異形の者やウイルスに侵蝕されたガーディアンには通用しない。
殴りかかってくる相手の方が少ないのだから。突っ立っていれば射程外から撃ち抜かれるだけ。

だからこその速さ。瞬きの一瞬より短い時間で間合いを詰め、敵の背後に回り、全ての挙動を先行して叩き込む。
ある意味綱渡りとも言える、それがエシウス・リディウスの戦い方だった。
獣の爪や牙も、機械のレーザーやミサイルも、当たりさえしなければ支障ない。
ひたすらに回避し、回避という動作がそのまま攻撃に繋がる。許すのは一撃、可能ならそれすらも。

彼はいつも、無傷で戦闘を終了する。
が、その内面では真綿で首を絞められるような緊張を強いられているのだ。
一手間違えば死に直結する挙動。潜り抜けるのは際どいライン。
冷静でいられるのは鍛錬の賜物だ。例えちらつく死の恐怖を感じていたとしても。
そして同じくらい、自分以外の者を護る難しさを感じていたとしても。

かつて、まだ彼が今より未熟だった頃。
成り立てのエレミアの騎士として、フォリアと共に巡回で戦闘を行った。
彼は努めて冷静であろうとし、だが自らの未熟さ故にフォリアに傷を負わせてしまった。

傷はすぐ治る。痛みもなくなる。フォリアがレーヴァテイルである以上、そして治癒の詩魔法を謳える以上。
それでも、傷跡は消えない。傷つけた、という事実は彼に爪痕を残した。

以来、彼の鍛錬はさらに密度を増した。より激しく、より長く、強くなるために。
どんな状況下に置かれようとも、護るべき人を護れるように。
努力とは、確固たる意思の上に積み重ねられるものだ。そういった意味で、彼は申し分ない努力家だった。
過去の傷が、彼の背中を押す推進力になる。それが痛みを伴うものであっても。

「………………」

走るか、と思う。刀の柄を握ると集中し過ぎていけない。
額に滲んだ疲れの汗を拭い、エシウスは鞘と柄から手を離した。
手を離し、鍛錬の場所である庭の端に置かれた道具を取る。

「…………掃除」

……とりあえず、散らばった藁切れを片づけなければ。
フォリアに怒られるのは何だかんだで怖いエシウスだった。あの迫力は戦闘時とはまた違った怖さがあるので。


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3.プラティナ日誌そのいち


エレミアの騎士は、巡回後、状況報告と情報整理のため日誌を書くことが義務づけられている。
とはいえそれに目を通すのは二人。
プラティナの政治面、事務部分を束ねるレアードと、騎士達の上に立つシュレリアだ。
当然仕事の合間に読まなければならないが、騎士達全員の日誌を渡されても全て把握できるはずがない。

よって、ローテーションを組み、一冊の日誌を共有して順番にその日のことを記していくのである。
主な内容は自分達が回った箇所でのウイルスとの戦闘量、その強さなどに対する主観交じりの感想。
加えてだいたいの者は近況報告を入れる。今日はこれからどうするか、今の自分の体調は、といった具合に。

日誌を開き、文字を目で追う度にシュレリアは思う。
こういうものは、殊更に個性が出るのだと。
実際、記す人間(レーヴァテイル)によって、文体も口調も、そして語ることもまるで違う。
一応これも仕事の一環なのだが、まあ少しばかりは砕けた物言いでも構わないだろう。
特に近況報告のところ、楽しそうに予定を話す者や悩みの相談を書く者など、読んでいて飽きない。
日誌の確認は、密かなシュレリアの楽しみのひとつでもあった。
最近はライナーも忘れたり書かなかったりする日がなくなって、余計に嬉しいのだ。

しかし、個性が出るのはあまりいいことばかりでもない。
この場合は個性というより、もっと別の……それ以前の問題な気がするのだが、

「…………何とも」

その日、シュレリアが開いたプラティナ日誌の記入者は、エシウス・リディウス。
断言口調の事務的な報告から始まり、淡々と簡潔な戦闘記録が並ぶ。
言葉は必要最低限といった感じで、一文字たりとも無駄な発言は存在しない。

「味気ないですね……」

例えばこれが書類なら理想的と言えるのだが、日誌の場合はまた要求されるものが別である。
上司と言えど、同じ職場で働いているのだから、関係を良好にするのも大事だろう。

彼は戦闘能力も高く優秀だ。
が、どうも他人よりも遙かに言葉少なく、意思疎通が上手く行かない面も多い。
パートナーであるフォリアの弁では「不器用なだけ」らしいが、

「難しいものです」

どうにかならないものか、と思う。
部下の心配をするのが上司の務めだ。だからこそ、日誌は重要な確認手段と言える。
彼らを理解し、思いやる下地を作るための。

「……今度、フォリアさんにそれとなく言っておきましょうか」

それで何かが変わるかは怪しいところ。
だが彼女なら、自分よりは上手くやってくれるだろう。

上に立つ者は、何かと大変なのである。シュレリアの苦労は人知れず積み重なるのだった。


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2.レアードの憂鬱


困ったことに、人は生まれた時から確たる差がある。それはれっきとした事実だ。
皆平等と謳っているものだが、どうしても諸々の面で『違い』は表れてしまう。
しかし、環境が人格、性格、好悪の感情を築き定めるのならば、もっとよく考えて接するべきではなかったのか。

……今になって、プラティナ総帥、レアード・バルセルトはそう思う。

認めていないわけではない。むしろ、自分に対してはっきり物言いをすることができたのは好ましくすらある。
ただ、何というか……そう、呆れていたのだ。我が息子の、知識の足りなさに。

要するに、ライナー・バルセルトは勉強下手の、ぶっちゃけ馬鹿なのだった。
実の父親にそれはもう大きな溜め息を吐かせるほど。

「……どうしたものか」

呟いてどうにかなるはずはないが、愚痴のひとつやふたつ言いたくもなるものだ。聞かせる相手がいずとも。
最近、ちょこちょこと暇を見て仕事を手伝ってくれるようになった。それは嬉しい。
何だかんだで息子もだいぶ成長して、正直あまり共通の話題もなく、互いの距離が取り難かった。
さらにこちらは総帥という職にあり、対しライナーはエレミアの騎士、立場的には上司と部下。
仕事をしている以上、親子の関係は忘れなければならない。私情を持ち込んでも碌なことがないからだ。

まあそれでも、二人だけの時は気を抜いても構わないだろう。
例えば書類整理の間に、近況を尋ねる会話をしても罰は当たるまい。
口下手な息子ながら、それなりに望ましい答えが返ってくる度レアードは僅かに口元を綻ばせる。

今更かもしれない。が、親子の絆というものを、この歳になって好ましく思うのだ。
あるいは、これまで厳しくしてきたからこそ。断絶していた関係の修復が、単純に嬉しいのだろうか。

「だが、な……」

再び嘆息。原因は勿論、不肖の息子である。
手伝いの内容はこちらの職務の関係上多岐に亘るが、まあ、力仕事はいいとしよう。
仮にもエレミアの騎士、身体能力を見れば基本が内務専門な自分より遙かに高い。
というより、他の騎士達と比べてもそのパワーは頭一つ抜けていて、書類の束を軽々と抱えてみせた時は少し感嘆した。
自分があれと同じものを持ったなら、下手をすればギックリ腰になる。歳を取るのはいいことばかりではない。

問題は机に向かうような、色々な計算をするような事務処理だ。
当然ながら高度な知識や計算力、つまり政治面の強さが必要なのだが、ライナーにはそこが欠けている。
……というより、全くと言っていいほどない。本当にどうしようもないほどにない。

現実として、レアードはもう結構な年齢。勿論、ライナーよりも早く老い、そして死ぬだろう。
そこまで先のことでなくとも、総帥の仕事が立ち行かなくなる時はいつか訪れる。
総帥という立場自体が要らなくなれば構わないが、少なくともまだしばらくは必要なはず。
ならば求めるべきは後継者で、レアードにとってその対象は一人しか思い浮かばなかった。

遠くない未来に、ライナーには今の自分の座に座ってもらいたい。
隣にはシュレリアを。おそらくその頃には二人の関係も進んでいるだろうし、彼女から異論が出ようはずもない。
そして、彼女になら心置きなくライナーを任せられる。きっと、互いが互いを助け合う良い関係になるから。

しかし―――― 現状では不可能だ。
あまりにも未熟な馬鹿息子を、この椅子には置けない。

「……やはり、今から学ばせるしかないか」

足りないままではあらゆる意味で後々困る。
現在息子と同居している彼女も、色々と悩んでいるに違いない。

―――― 思わず頭痛がするほどの鈍さだからな。

うむ、と決断し、レアードは部下の一人にシュレリアを呼ぶよう言った。
父親として、とても重要な『頼み事』をするために。

「シュレリア様。……あの馬鹿に、勉強を教えてやってくださいませんか?」


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1.もうちょっと人目とか気にした方が


人と、レーヴァテイルと、テル族。教会と天覇、プラティナとホルスの翼。
ライナー達の尽力、ミュールを巡る長い彼らの旅を経て、世界は大多数の者が知らぬところから変化していった。
理解と和解。少しずつ、これまではいがみ合ってきた全てが歩み寄るようになり。
人々が覚えていない過去より続いていた、エレミア誓約書による断絶も終わりを告げた。

それは、遅々とした歩みかもしれない。
けれど確かに、間違いなく良い方向へと変わってきているのだ。
プラティナにもテル族やホルスの民が躊躇いなく訪れる日は、近いうちにやってくるだろう。
また同じく、エレミアの使徒がホルスの翼に降り立ち、信仰や畏怖の象徴ではなく隣人として触れ合える日も。

何はともあれ、世界は緩やかに、変化の兆しを見せ始めていた。
エレミアの騎士達にとっても例外ではない。例外ではないのだが、

「………………」

騎士の一人であるエシウス・リディウスのパートナー、フォリアは目前の光景に戸惑いを隠せなかった。
唐突とも言えるウイルスの激減と共に、しばしの不在から戻ってきた上司、シュレリアは何故かあのごてごてしい鎧を脱ぎ去り。
半ば怪奇めいた噂の立っていた装甲の中身は、信じられないことに自分より遙かに可愛らしい少女のもので。
さらに、プラティナ総帥レアードの息子として有名なライナー・バルセルトと何やらいい雰囲気になっているのだから。

フォリアは、自分が比較的冷静な考え方のできるレーヴァテイルだと思っている。
実際その認識は確かで、同僚の評価は『大人びている』というのが大半。
こと状況判断に於いて、彼女は皆、そして誰よりパートナーのエシウスからかなりの信頼を得ていた。

しかし、そんな彼女を以ってしても、一連の事実は驚愕に値した。
シュレリアは、ひとことで言えば厳しい上司だった。
どんな状況でも確実に下される決断は合理的にして正論。
恐ろしいほど沈着で、選択を迫られれば迷わず答えを選べる強さを持つ。
レーヴァテイルとしての実力も、頭一つ抜けている。圧倒的な火力、詠唱の速さ、護り手無しに敵と渡り合える判断力。
畏怖と信頼、そして憧憬の念を持って熱い視線を送る子も、一人や二人ではない。
フォリアはそこに入りこそしないが、評価に見合う尊敬はしていた。

それが。
巡回の時こそ変わらず見事な手腕を発揮するが、仕事を終えれば豹変と言っても差し支えないほどの変わりよう。
遠巻きに窺っていただけなので具体的な会話の内容まではわからずとも、表情を見ていれば十分だ。
顔色豊かに、怒り、微笑み、時にはしゅんとし、そして仄かに頬を赤く染める。

まるで、恋する乙女のように。

ある種触れ難い雰囲気を纏っていた頃の上司と比べれば、親近感を抱けるだろう。
シュレリア様も、自分達と同じなんだと。
……でも、とフォリアは思う。

―――― いちゃつくならもう少し人目を気にした方がいいんじゃないかしら。

思うと同時に、ほんの僅かばかり、羨ましいとも感じるのだ。
人目も気にならなくなるくらい、好きでいられる幸福が。

後日、ライナーの致命的な『鈍さ』を知って、ちょっとだけ同情するフォリアだった。
こっちの気持ちに気づかない相手を持つと、苦労するものである。