1. 神社でお参りをする時、本気で願い事を神様に叶えてほしいと思う人は、いったいどれくらいいるのだろうか。 お賽銭を入れ、礼を尽くし、真剣に祈りはするものの、それが本当に神様のおかげで叶うわけはない、なんて心のどこかで考えているものだ。 「プロデューサーは、何をお願いしたんですか〜?」 「アイドル向きないい子をスカウトできますように、ってところだな。イヴは?」 「世界中の子どもたちが幸せになるようにってお願いしました〜」 「また随分壮大な……」 「それほどでもないですよぉ」 今は参拝も終え、来た道を戻っているところだった。 島根にある日本でも有数の神社、出雲大社――東京の事務所から遠く離れたこの地にプロデューサーとイヴ、ブリッツェンが訪れたのは、元々仕事のためだ。若干交通の便が悪い、少し寂れた温泉郷の地域振興役として、数日間泊りがけで動き回った。締めのミニライブも無事成功し、地元の人々と観光客に惜しまれつつ別れを告げたその帰り。折角だからと観光がてら、足を運んだのである。 「こういうおっきな神社ってはじめてですけど、なんだか不思議な雰囲気ですねぇ」 「サンタとして、何か感じたりするものなのか?」 「特別そんな感じはないですね〜。でも、空気は東京より綺麗だと思います〜」 歩きながら目を閉じて、イヴが大きく息を吸う。 隣でブリッツェンも真似をしたのが見え、しかも満足そうにふすーと鼻息を漏らしたので、思わずプロデューサーは噴き出しかけた。トナカイは深呼吸するものなのか。それはただ息が荒いだけじゃないのか。未だにイヴの相棒なこの生き物は謎が多い。全てを理解するのは、もう諦めるようにしている。 どうしたんですかと首を傾げるイヴに、何でもないと手を振って、プロデューサーは大きなトランクを引きながらこれからの予定を考える。 帰りまでは、移動時間を差し引いてもまだ余裕がある。仕事にしろプライベートにしろ、島根に来る機会はそうないだろうし、出雲大社を一時間ほど回っただけでとても楽しそうだったイヴのためにも、もう一箇所くらいどこかへ寄ってみようか、と思う。 付近の観光地を携帯で調べていると、気づけば正門前の鳥居前に着いていた。 鳥居は人の世界と神様の世界を分ける、境界門の役割を果たすという。実際に境内から出たところで、景色はがらっと変わってしまう。自然に囲まれた、静謐とした神域から、人工物に囲まれた、車の行き交う人界へ。どこか夢から覚めたような気持ちになりながら顔を上げたプロデューサーは、不意に立ち止まった。 正面、通りがかってはちらちらとブリッツェンを指差したり写真を撮ったりする参拝客の流れに混じって一人、背の低い少女の姿が見える。 この辺りの子だろうか。遠出をするには向かなさそうな、濃い水色と白の柄に桜を散らし、豪奢な帯で腰を締めた着物姿。赤い紐のようなもので長い髪を結い、袖から白い手を覗かせ、風呂敷包みの箱を抱えている。頭頂部には着物と同じ柄のリボンを結び、くりっとした瞳がきょろきょろと辺りを見回していた。 七月頭とはいえ、今日は平日、まだ学校のある時期だ。 なのにこの時間に出歩いているのも引っかかるし、服装が服装だからか、妙に目を惹く。 しかしそれ以上に、何か深い、窺い知れないものを持っているような気がした。 「プロデューサー? どうしたんです?」 「ああ……ほら、あの着物の子」 「わぁ、かわいい感じの子ですねぇ〜。あれがキモノですか〜」 「街中を着物で歩いてるのって、珍しいなと思ってな」 「確かにそうですねぇ。ちょっと歩きにくそうですし」 少女の隣には、さらに小さな子どもがいた。縋るように少女の手を握り、泣きそうな表情で俯いている。しかしそのうち、少女が鳥居の方――プロデューサーのすぐ横を指差した。顔を上げた子どもが突然走り出す。プロデューサーの隣からも夫婦らしき男女が飛び出してきて、二人で正面から来た子どもを抱きしめた。 迷子になっていたのを、ここまで連れてきたのだろう。ありがとうございますと頭を下げる両親に、よかったのでしてー、と少女は笑みを返す。外見から想像できる歳に見合わぬ、慈愛に溢れた笑顔だった。 反射的に、いいな、とプロデューサーは思った。 職業柄、特に年頃の女性を見かけると、その人がアイドルに向いているかどうかという視点で見てしまう。もっとも、光るものがありそうだからといっていきなり声をかけるのは、いろんな意味で難易度が高い。最悪警察に通報されかねないからだ。一人ならまだしも、イヴとブリッツェンを連れている状況で冒険に出るつもりはなかった。 残念だけど仕方ないか、と再び歩き出した瞬間、親子と別れた少女と目線が合った。 錯覚だったのかもしれない。が、彼女はプロデューサーとイヴを見て一瞬だけ瞠目し、まっすぐ、プロデューサーへと近づいてくる。 そして、 「見つけたのでしてー。そなたー、人をお探しなのでしょうー?」 「え?」 ――願いが叶ったとして、それが神様のおかげだと本気で思う人は、いったいどれくらいいるのだろうか。 少なくともその時のプロデューサーは、理由もわからず、戸惑うことしかできなかった。 人通りの多い鳥居前で立ち話も何だからと、近くの喫茶店に収まった。 さすがにブリッツェンは店内に入れるわけにいかないので、申し訳ないがしばし表で待機だ。とはいえそのまま待たせるのも可哀想なので、サンドイッチを頼んで渡しておく。ちゃんとマスターに頭を下げる辺り、何だかんだで賢いのだと思う。 とりあえず適当にブレンドを三つ注文する。未だに事務所の物置住まいなイヴは、プロデューサーやちひろと一緒にコーヒーを飲む機会が多いため、すっかりブラックにも慣れてしまっている。一方、着物の少女は、そもそもブレンドやコーヒーが何なのかよく知らないらしかった。 このご時世、コーヒーを知らないとなると、よほどの世間知らずか、特殊な環境で育ったのかもしれない。 大抵の喫茶店では、ブレンドは作り置きされているものだ。 五分とかからずテーブルには三つのカップが並び、プロデューサーは何も入れずに飲んでみせる。 イヴもそうしたからか、そのまま飲むものだと認識したらしく、少女はそっとカップに口をつけた。 「……苦いのでして」 「横のポットに砂糖が入ってるから、それを好みの量足して混ぜればいいよ。あとはこれ、ミルクも入れればまろやかになるから」 「助言感謝するのでしてー」 ミニトングで角砂糖をつまみ、ぽとんぽとんと落としていく。 備え付けのスプーンで混ぜ、ミルクも注ぎ、恐る恐る一口。 「苦甘い……これがこーひーというものなのですねー」 「コーヒー、飲んだのは初めて?」 「その通りなのでしてー内地にはまだ知らないことも数多くー」 「……内地?」 「言葉の綾なのでしてー」 表情を変えないままにそう返され、掴みどころのなさにプロデューサーは唸った。 隣のイヴを窺うも、どうも外のブリッツェンが気になるらしく、度々窓側を覗いている。件のブリッツェンは、案の定道行く人に囲まれていた。事務所付近では近隣の住民も慣れたものだが、普通トナカイが街中を歩いていれば目立つだろう。まだイヴやブリッツェンがそこまで有名ではないとはいえ、今後さらに顔が売れたら、外出については考えなければいけないなと思う。 ともあれ、まずは目の前の子だ。 「それで、ええと……」 「申し遅れましたがーわたくし依田は芳乃でしてー」 「……依田さんは、本当に俺を探してたのか? 人違いとかじゃない?」 「いえー。間違いなくそなたたちなのでしてー」 「じゃあ、どうして俺達なんだ? さっき、人を探してるのか、って言ってたけど」 「先ほど大社にてー、よき人と巡り会わんことを神に祈られたでしょうー。のみならずー常よりそなたが願っているゆえー、わたくしはそなたのお力になるため参ったのでしてー」 「……つまり、俺が神様にお願いしたから俺のところに来た?」 「この地におわす神様がーそなたのもとへわたくしを導いたのではないかとー」 あまりにも荒唐無稽な話だった。 が、一概に嘘や妄想の類だと否定できないところがある。 「プロデューサー、そんなにじっと私を見てどうしたんですか〜?」 「いや、世の中の不思議なことってひとつじゃないのかなと」 「たくさんあった方が色々楽しいと思いますよ〜」 「気の抜ける回答をありがとう」 不思議第一号のイヴと第二号のブリッツェンを順繰りに見て、溜め息を吐く。 ソリで空を飛ぶアイドルとトナカイがいるのだから、仮に神様の声を聞く少女がいたって、まあおかしくはないのかもしれない。それを証明する手立てはプロデューサーにはないが、おそらく彼女――芳乃は本気でそう言っているし、思っているのだろう。 事実、プロデューサーは出雲大社の神前で、次のスカウト成功を祈願した。 その願いを聞き届けたかのように、芳乃が現れたことも確かだ。 全てがただの偶然だとしても、神様のおかげだとしても、プロデューサーとしてやることは変わらない。 「とりあえず、まだこっちは名乗ってなかったな。はい、これ」 単純に自分の名前を教えるのは簡単だが、自己紹介なら名刺を渡す方が手っ取り早い。 物珍しげに受け取った名刺を眺め、芳乃はそこに書かれたプロダクションの名前を平坦な声で口にした。 たぶんよくわかっていないだろうと、反応は気にせず話を続ける。 「簡単に言えば、俺はアイドル事務所のプロデューサーだ。で、隣の子がうちのアイドルの一人」 「はい〜。イヴ・サンタクロースと申します〜。外にいる子はブリッツェンです〜。芳乃さん、よろしくお願いしますねぇ」 「プロデューサー、イヴ、ブリッツェン……覚えましたのでー。こちらこそよろしくお願いいたしましてー」 芳乃が深々と頭を下げたので、イヴもお辞儀をしてみせた。 着物姿の少女と銀髪の少女が頭を下げ合う光景は、なかなかシュールなものがある。 イヴも随分日本に馴染んだよなと思いつつ、 「さっき依田さんが言ってた通り、いい人に会えますようにって神様に願ったのは本当だよ。アイドルになれそうな子を見つけてスカウトするってのも俺の仕事でさ、向いてそうだったり、アイドルに興味ありそうな子には声をかけてるんだ」 「ほー……ではわたくしもーそなたのお目に適ったということでー?」 「ああ。できればスカウトしたいなと思ってる」 まだ出会って二十分程度しか経っていないが、プロデューサーは芳乃にアイドルとしての可能性を見出していた。 普通でない、というのは、それだけで一種のアドバンテージだ。独特な喋り方、浮世離れした言動、形容し難い凄味のような雰囲気。大衆の中にあっても人々の視線を集める、備え持った特徴。万人が身につけられるわけではないものを、芳乃は自然体で周囲に示している。 「勿論そんな簡単に決められることじゃないと思う。けど、ちょっとでもやってみたいな、体験してみたいなって考えてくれるなら、資料とかも渡すから、読んでみて、一度親御さんと話し合ってほしい。……どうかな。アイドル、やってみないか?」 一気に喋りきり、プロデューサーは正面から芳乃の目を見た。 何度やっても、この瞬間は慣れないものだ。断られたらといつも緊張してしまう。 しばらく芳乃は無言のまま、プロデューサーをぼんやりと眺めていた。そのうち少しだけイヴの方を向き、微かにこくりと頷いた。 「そなたのお力になるにはーアイドルになればよいのですねー。そういうことならばアイドルとしてーそなたのお役に立ちたくー」 「……ってことは、前向きに考えてくれてるんだよな。じゃあこれと……あとこれ、うちの事務所のパンフレット。あとで目を通してもらえればいいかな。ホームページもあるから、そっちを見てもらってもいいんだけど」 「スカウトってこんな風にするんですねぇ〜。私の時とは全然違います〜」 「イヴはスカウトってより住み込みだったからなあ……」 「そなたー、つかぬことをお伺いしますがー」 「ん? 何か気になることがあった?」 「ほーむぺーじとは何でしてー?」 「えっ」 コーヒーどころか、インターネットを知らない子だった。 拾った当時のイヴも大概だったが、輪をかけて世間知らずである。 「依田さん、携帯は持ってる? こういうの」 「持っていないのでしてー」 「家の電話番号とかはわかる?」 「わたくしの家に電話はないのでしてー」 携帯どころか電話自体が存在しないって。 よほど経済的に困窮しているのか、あるいは何か複雑な事情を持っているのか。 彼女の来歴がますますわからなくなってきた。 「ま、まあ、渡した資料を見てくれればいいよ。あとは、うちの事務所って東京にあるから、関東圏以外に住んでる子は親御さんと引っ越してもらうか、寮に住んでもらわなきゃいけないんだけど……」 普段通りの説明義務を果たそうとして、芳乃がハッとしたような表情になっているのを見た。 それから異様に間が空き、ともすれば聞き逃しかねない小さな声で彼女は呟いた。 「……むー、それは困るのでしてー」 「えっ」 「そなたたちに会いに参りましたがー、やらねばならないことがあるゆえー明後日までには故郷へ戻らねばいけないのでしてー」 「……ちょっと待って、依田さん、地元はこの辺じゃない?」 「昨日奄美より出てきましてー」 あまみ? と反射的にとあるアイドルの顔を思い浮かべたプロデューサーの横で、宙に視線を彷徨わせたイヴが「なるほどぉ、かなり遠いところから来たんですね〜」と一人で納得していた。 それを聞いて数秒後、ようやくプロデューサーも気づく。 都道府県の区分としては九州、鹿児島県になるが、一般的に奄美と言えば、位置的には鹿児島と沖縄の中間――離島としては全国有数の面積を持つ本島と、十数に及ぶ有人島、無人島をひっくるめた諸島全域を指す。 交通の便を考えても、島根からは相当に遠い場所だ。軽々しく来られる距離ではない。 というか、 「何でイヴはそんな日本の地理に詳しいんだ……?」 「サンタは地理を覚えてやっと半人前、ですからね〜♪」 それにしたってよく細かいところまで記憶しているものである。 ほんのり誇らしげに胸を張るイヴに感心し、一息。 片手間で携帯で奄美本島までのルートを調べてみたが、やはり乗り継ぎが多く、移動だけで一日近くかかりそうだった。 「確認するけど、今日にはここを離れなきゃいけないんだよな?」 「そのつもりでしてー」 新幹線か飛行機か、予約しているにしろしていないにしろ、タイムリミットは近いだろう。プロデューサーとイヴは元々、夕方頃の飛行機で東京に帰る予定だった。チケットも予約済。事務所に戻ればまた明日から仕事はあるが、どうしても外せないものはなく、ほとんどは他の子達の付き添いだ。 頭の中で目まぐるしく、一週間後までのスケジュールが飛び交う。真っ当な思考をするならば、ここで芳乃と別れるのが正解だろう。彼女についていったところで、それがスカウトに結びつくとは限らない。プロデューサーがいないことで、事務所のみんなに迷惑がかかるのも間違いない。 プロデューサーは、明確に神様を信じてはいない。都合の良い時に神頼みをすることはあっても、自分のしたこと、誰かの頑張りや成果を、神様のおかげだと言うつもりもない。それらは全て、掴み取った当人のものだからだ。 しかし、目に見えない、運命的な巡り合わせというものも、確かにある。 例えばあの冬、路頭に迷ったサンタの少女を拾ったように。 スカウトは本当に、一期一会だ。地方の仕事で訪れた島根の、たまたま観光目的に寄った出雲大社で、こうして出会った少女がいる。今、この機会を逃せば、きっと再び会うこともないだろう。 チャンスの女神には、前髪しかないという。 プロデューサーとしての直感は、それを掴めと訴えていた。 「依田さん、ちょっと電話してもいい?」 「構わないのでしてー」 最低限の礼儀は尽くし、携帯の連絡先から事務所の番号を呼び出す。 耳に当ててツーコールの後、涼やかな応対の声が聞こえた。 電話の主、千川ちひろに対して口早に名乗ると、どうしたんですか、と幾分心配そうに問いかけられる。これから話すことを考えるとふつふつ罪悪感が湧き上がってきたが、そこは静かに飲み込んだ。 「すみません、急な話なんですが、これから奄美に行きたいんです」 『奄美って、鹿児島のですか? 帰りの飛行機はもう予約取ってましたよね?』 「ええ、でもそっちはキャンセルしようと思います。本当に申し訳ないんですけど……ちょっと、どうしてもスカウトに必要でして」 呆れたような、長い吐息が受話器から響く。 およそ五秒、返事はなかった。当然ちひろの顔は見えないのだが、プロデューサーの脳裏にはジト目の表情がありありと浮かんでいた。 やがてマウスをクリックする音と、電卓らしきものを弾く音が断続的に続く。 それも止むと、先ほどよりトーンの低い声で、 『具体的な行き先と、滞在予定期間を教えてください』 「ちょっと待ってください。依田さん、島の名前とかわかる?」 「あ、それなら私日本地図持ってますよ〜」 「何で持ってるんだ……いや、でも助かる」 「はい、芳乃さん、どの辺りですか〜?」 「ここでしてー」 芳乃が指差したのは、本島よりやや南の、地図上ではかなり小さな島だった。 目を凝らして島の名前を確認し、ちひろに伝える。 『……出雲からだと、結構時間かかりますね。今から移動すれば、明日の日中には到着すると思いますよ』 「ありがとうございます。移動時間込みで三日……いや、四日の予定です」 『わかりました。スケジュールはなるべくこちらで調整しておきます。一応確認しますが、仕事で急ぎのものはないですよね?』 「はい。どうしても自分が必要な仕事もないはずです」 『みんなにもそう伝えておきましょうか?』 「勘弁してください……。あ、あと、経費で落ちたりは」 『自腹でお願いしますね?』 そこだけ有無を言わさぬ迫力があった。 思わず背筋がぴしっと伸びる。 『それと、イヴちゃんはどうしますか? 今週はもうお仕事もないですし、レッスンの予定もまだ入れてませんけど……』 「俺としては、できれば戻ってちゃんと身体を休めてほしいんですよね。ただ、ブリッツェンがいるとはいえ一人で帰らせるのもちょっと心配というか」 「あのぉ、私もついていっていいでしょうか〜」 おずおずと手を挙げたイヴが、携帯にぐっと顔を寄せてきた。 「プロデューサーがいなくても帰れるとは思うんですけど、芳乃さんの故郷の島、一度見てみたいんですぅ。サンタとしても、実地確認は大事なことですし、向こうの担当の人に何かあった時、助けに行けたらいいなって〜」 「……だそうです。そこまで言うなら俺はイヴの意思を尊重しようかと」 『はい、そういうことなら、ちゃんとスカウトも成功させて、イヴちゃんとブリッツェンと一緒に、無事に帰ってきてくださいね。責任重大ですよ、プロデューサーさん?』 「ちなみにイヴとブリッツェンの交通費は」 『お給料から差っ引いてもいいんですよ?』 「……あとでお金下ろしに行きます」 「あっ、自分で出しますよぉ〜」 「いや、いいんだ。元々無理言ったのは俺の方だしさ」 いくら何でも、この状況で未成年の子に払わせたら大人として駄目だろう。 これからの出費を想像するとなかなか辛いものがあるが、一度決めたことを翻すつもりはない。ちひろの方で調べてもらった、細かい乗り継ぎルートを手帳にメモし、なるべく定期的に連絡するよう約束して電話を切る。 胸ポケットに携帯を仕舞い、一連のやりとりを見ていた芳乃に、プロデューサーは言う。 「というわけで、依田さんの故郷まで案内してもらっていいかな」 ほんの僅か、芳乃が目を見開いたような気がした。 それから地図を畳むイヴと、残りのコーヒーをくいっと飲み干すプロデューサーに、 「承りましてー」 柔らかく、どこか嬉しそうに笑う。 少し大人びた、穏やかな微笑だった。 続きは新刊をよろしくお願いしますー。 |