「女子力、です?」
「ええ。おまえに足りないものよ」

 五月の連休明け、オカ研部室でソファに座り、おやつのクッキーをぱくぱく食べてた私は、朱音さんの言葉に首を傾げた。
 よくわかりません、という視線を投げかけ、またクッキーをひとつつまむ。口の中に放り込めば、さくっとした歯応えと優しい甘みがふんわり広がって、それだけで幸せな気持ちになる。
そんな私を見ていた朱音さんは、呆れたように目を細めて「そういうところがだめなのよ」と呟いた。

「いい? 私からすれば、ちはや、おまえは女じゃないわ」
「でも、私男の人じゃないですよ?」
「生物学的分類の話ではなく、嗜みの問題。そこにあるからといって菓子を遠慮なく貪り食う姿は、お世辞にも女らしくないでしょうに」
「むさぼり食うって」

 別にがっついてるつもりはなかったんですけど。
 なんて思ってるのが顔に出てたのか、朱音さんはPCの前からこっちの向かいに移動してきた。

「女はかくあるべしとか前時代的なことを言うつもりはないけれど、それでも最低限、はしたない真似は慎んだ方がいいわね。あなた、ただでさえガサツな印象があるのだから」
「朱音さんも結構ズボラな印象あるんですけど」
「私はいいのよ。独り身だし」

 すっぱり言い切られた。

「とりあえず、いくら太らないからってどこでも物を食べまくるのは控えなさいな」
「おなか空いたらどうすればいいんでしょう」
「我慢なさい。あとは……そうね、料理は作ったことある?」
「咲夜にちょっと教わりましたけど、最近はほとんどないです。瑚太朗もさせてくれませんし」
「掃除や洗濯は?」
「昔一度やって色々壊しちゃってからは、咲夜がするようになりました。今は……瑚太朗がやってくれてますね」
「……それで危機感を覚えない精神構造が問題だわ」

 正直に答えると、朱音さんはものすごく重い溜め息をこれみよがしに私の目の前で吐いた。女子力なるものは未だによく理解できてないけど、下に見られてるのはわかる。

「じゃあ、どうすればいいんですか」
「それはまあ、家事を覚えればいいんじゃない?」
「朱音さんは……」
「あなたに教えられるほどではないわね」
「ですよねー」

 甲斐甲斐しくご飯作ったりする朱音さんなんて想像つかない。
 こころなしか視線が針みたいに鋭くなった気がしたけど、私はクッキーに手を伸ばすのを止め、少し真面目に考えることにした。
 そう。
 言われてみると確かに、なんでもかんでも私は瑚太朗に任せっきりだ。それは、うん。やっぱりよくないんじゃないかと思う。
 とはいえ、どうしたらいいんだろう。

「朱音さんは頼りにならないですし……」
「さらっと失礼なことを言うわね」

 仮に、家事全般を誰かに教わるとして。
 瑚太朗にお願いするのは何か違う。きっとイヤな顔ひとつせずに協力してくれるだろうけど、負担を減らしたいのに、別の負担をかけたら本末転倒だ。
 なかなか上手い案が浮かばず一人唸っていると、不意に部室のドアが勢いよく開いた。
 突然の音に振り返ってみれば、

「話は聞かせてもらったわ!」

 右手を横に伸ばしたままのポーズでそう言い放った直後、つかつか歩いて私の両肩を掴んできた人がいた。西九条先生だった。

「ちはやさん、あなた、家事を修める気があるのね?」
「え、えーと、そうしようかなと」
「なら私に任せなさい。組織勤めで忙しい身だけど、こう見えても家事は得意なのよ」
「とーかのごはんは結構おいしい」

 一緒に来てたらしい静流が、ひょっこり西九条先生の背後から顔を出した。頭の動きに合わせて、二つ結びの髪が大きく揺れる。

「独身だから他にやることがないんじゃなくて?」
「……千里さんは目上の人に対する言葉がなってないですねえ」
「いいえ、同じ独り身だから先生の気持ちがわかるんです。もっとも、若い分私の方が未来がありますけど」

 それを何となく目で追うと、恥ずかしそうに静流は縮こまった。短くない付き合いだけど、小動物っぽい印象がまだ抜けない。ちょっと猫を思い出して、たまに餌付けしてみたくなる。
 試しにちょいちょい、と手招き。
 ソファの隣席をぽんぽん叩いて、クッキーのお皿を差し出す。静流はまず私を、それから朱音さんと西九条先生を見やって、控えめな仕草で一枚を取った。
 はー、和みますねー……。
 頭の上でバチバチ飛び交う視線を忘れて、私もまたおやつタイムを再開した。



 続きは新刊をよろしくお願いしますー。



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